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先日こんなつぶやきをしたら、思いの外多くの反応をいただいて、おもしろかったのでまとめておきます。

自分としては当然というか、当たり前のことを当たり前のテンションでつぶやいた、つもりだったのですが

リプライと引用RTが多く、届くべき方たちに届いたんだなぁと感慨深いです。しばらく素の反応をいただきたいので、コメントは控えて放置していたのですが、気になったコメントをピックアップしていきましょう。

とその前に、図解をしてみました。

さわれることと、好きなことは相乗効果があります。昆虫を好きでいるために、ハンドリングできると便利ですし、よりたくさんの情報を得ることができます。

また逆に、きらいなこととさわれないことにも相乗効果があります。さわれないことで不意の昆虫との遭遇で対処できる手が限られますし、そのとき虫から攻撃されたり、逆に殺してしまったりしたら、苦手な気持ちは高まるでしょう。

しかし、さわれるし、すきな人、と、さわれないし、きらいな人が大部分であるからといって、すきでさわれない人、きらいでさわれる人が見えなくなってしまうと、昆虫との付き合い方が狭くなってしまいます。すくないけれども、そこに人がいることを確認して、多様性の広がりを見ていきましょう。

ということで先のつぶやきに至ったわけですが、先に「図解」するよりも、その図でいうところの見逃されがちな右下だけに言及することで、これを見た人のつぶやきを誘ってみることにしました。語りすぎないほうがいい。

「私だ」とか「私の家族だ」という反応が10人ぐらい。大人になると種類によって異なったり、何らかのエピソードがきっかけだったりして経験の多さを感じます。子供も興味はあるけどさわれない、さわれる方法がまだわからない、と大人を頼ってくる様子もあります。

その中で「ありがたい」という反応もあって新鮮でした。やっぱり少ないからといって、無いものとされることとは違うわけです。

「イルカやクジラ、トラ、イヌ」といった、他の動物と比較するコメントもありました。イルカやクジラは、触ったことがない、そして野生の場合ですと触ることが適切でない動物ですが、それでも堂々と好きと言える許容があります。おそらく虫だと「すきなのにさわれないの?」「さわれないんだったらすきとはいえないんじゃないか」といった圧を感じる経験があったのではないでしょうか。

文章から図解の構造を読み解いてくれた方もちらほら、シンプルなテキストにすることで、そこから受け止めやすい方法でそれぞれ響いてくれるという意味で、意外な大きい反応になったのでは、と分析しています。

難しいですがこういうの、もっとやってみたいですね。

さてさて、6月24日に渡航してから、なんやかんやあってホテル強制隔離が終わったのが7月8日。
日本にいる間に、呼吸器疾患をコントロールしてる関係でかかりつけ医に相談していたところ、早期接種を推されて一回目のファイザーワクチンを6月20日に打ったところで渡航となりました。

キャッサバが育ちつつあるタケクの我が家

隔離期間中にラオス側の調整をしていただいて、二回目をラオスで受けることになりました。これはけっこうレアなのでは。保健NGOとして田舎で活動する以上、感染リスクの持ち込みは最低限にしないといけません。mRNAワクチンは超低温冷凍庫が必要な関係で、首都ビエンチャンでしか受けられず、各社のワクチンがCOVAXというWHO主体の枠組みで分配されている様子。空港のPCR検査は韓国が提供しているとのこと。いまのところラオスでの接種の完全普及は2023年を予定しており、接種スピードの遅さから地域を分けた強いロックダウンが唯一かつ効果的な方法、とのことです。首都ビエンチャンはレッドゾーンで、活動地のカムアンは2週間以上、一人の市中感染者も出していないグリーンゾーンになります。やはりレッドゾーンはみなマスクをしていましたが、グリーンゾーンは普通の生活に戻っている様子。観光客がほとんどおらず、観光客向けのホテルや飲食店が閑散としています。

アジア経済研究所がここらへんまとめてくださっていました。ありがたい。

んで7月11日に接種して、そのまま中部タケクに移動。接種日までの週末に少し時間があったのでビエンチャンでパソコン関係の物品購入をチェック。気軽にタイに渡航できなくなったのと、近年のバーツ高もあって、なかなか日本と同じ価格、同じクオリティとは言い難いですが、それでもちょっと気の利いたものを扱う店もふえてきたようです。

今回持ち込める荷物制限が厳しく、重くてかさばる調理器具を運んだこともあり、かなりの物品を諦めていたので、ビエンチャンで補充できてよかったです。調べたらEMSも止まっていて、割高のDHLか船便。
送ろうと思って断念した、ちょっといいキーボードもこちらで買えました。
ゲーミングキーボードってレインボーにきらめくんですが、なんかアガりますね。タイ語がいい感じ。

接種後6時間でタケクへ。無事(?)肩が腫れてきて、翌日だるさと関節痛がマックス。


なんだかんだ一日だるく過ごしつつ、自宅待機となりました。入国隔離後、すぐに移動すれば二回目の隔離は免除されたのですが、レッドゾーンのビエンチャンにワクチン待ちで滞在していたため二度目の自主隔離に。
一週間は外に出れず、二週目は食材の買い出しはOKとのこと。

ようやく先週末に開放!ひさしぶりの町並み。変化はフードパンダ(ウーバーイーツみたいなの)が増えたこと。

湿気は強いですが雨上がりはひんやりと過ごしやすく、日本の夏よりもつらくない。
寝具にダニがやってきていたので晴れ間を狙ってダニ熱殺

隔離二度目といっても庭はあるき放題なので、かなりストレスは少ないですね。虫はよい。
今週末でようやく自由の身です。田舎に行きたい。

「おいしい昆虫記」発売一ヶ月が過ぎました。
みなさまのお手元に届いているでしょうか。

某所でコラボを始めようとしている企業の方が、「おいしい昆虫記」を読みはじめてくださったとの報告をいただきました。また別のラオス関係の方から、本を熟読してくださり、信用を頂いたとのことでいろんな方をご紹介いただきました。

やはり、ひとまず信用を勝ち取るにはエモい部分が必要なんだろうと思います。その後にまでエモさで押し切るのはプロとしてよろしくなくて、私の手に余ることについては適切な専門家へと橋渡しをして、ビジネスとして成立するよう後押しするのが、蟲ソムリエの役割でしょう。

だいぶ前になってしまいました。

私のたっての希望で、AI HASEGAWAさんとトークイベントをできることになりました。同時に代官山蔦屋書店で昆虫食本のフェアもしてくださるとのことです。

非常に濃い時間になりました。ご覧いただいたみなさま、ついてきていただけたでしょうか。ここではもうちょっと補足を入れつつ、振り返ってみましょう。私とこのあたりの分野との、はじめの出会いはここらへんの書籍から。

最初は反発から入りました。「スペキュラティヴ・デザイン」問題を解決ではなく問題提起をするデザイン。
問題をほじくり出して、解決しようとしない。なんと無責任なことだろう!

このスペキュラティヴ・デザインの流れでバイオアートも説明されることが多くあります。バイオロジーを背景とする表現物でありながら、論文ではなく専門家による査読もない。評論は美術畑の人からはあるのに生物学からはほとんどない。反発そして嫉妬ですね。当時は私が論文がかけずに苦悩していた時期でしたので、余計に憎悪が募ったと思います。最近これを読み返すと、「思ったことをプロトタイプの状態で世間に出せるというのはなんと自由なんだろう!」というまた違った感情もわきあがってきました。ヒトの情動とは変化するものです。

そして、未来と芸術展での「POP ROACH」の展示。

こちらも以前から知っていた作品なのに、六本木という土地柄もあり、「都市」に寄り添うものの、昆虫食文化をもつラオスには縁遠い、と感じるようになりました。少しの寂しさと、フェアネスについて物申したい感じ。そして「おいしい昆虫記」を出したこともあり、日本の出版においてラオスの昆虫食の「リアル」を日本にただ、そのままを持って帰っても、「遠く異国の昆虫食」と、リアリティの薄い、地続きで見てくれない、という反応も気になってきました。

ラオス産の昆虫を日本に持ち込んだときに、「遠く異国の昆虫食」では売れないでしょう。そこにラオスと日本を共有する、リアルではなく「リアリティ」のスペキュラティヴなデザインを仕掛けないといけないのでは、と考えたのです。

そしてイベント直前、流れがまとまらずウンウンうなっていたとき、愛さんから送られてきた参考文献の中に、こんな本が出てるではないですか!

ラオスでバタバタしていて、帰国後はおいしい昆虫記を書いていたので、お恥ずかしいことにまったく気づいていませんでした。さっそく購入して、授業を受けてみることに。

どうしても通常のビジネス、デザインでは「望ましい」部分しか可視化されない。

PPPP図という、ピコ太郎みたいな図から入ります。現在から未来に向かって、可能性は円錐状に広がっていると考えてみると、人間の想像の限界によって、あるいは資本主義的な投資、投機のバイアスによって、どうしても今の構成員による「望ましい」未来しか想定されなくなってしまう。すごくよくわかります。昆虫食とほかの食資源の将来性を「直感に従えばフェアに比較できるとピュアに思いこんでいる」という場面によく出くわします。

縄文時代に昆虫食があったのか、証拠は見つかりにくいときに、「あっただろうと想像する」ことができなくなっている。

未来を考えるときに、昆虫を食品レベルの値段で養殖する技術はあるのに、その技術がまだない培養肉のほうが「望ましい」ので「起こりそう」と思われてしまっている。

おいしい昆虫記についても、前半は個人的な話ですが、後半はスペキュラティヴ、つまり社会的動機から問題提起をしたい、という構造になっています。

最後にワークシートがついています。この「スペキュラティヴ・デザイン」というのは対話型専門知の一つ、と言い換えられるかな、と思いました。

実際に空欄に入れていく、という行為によって、どっちつかずだったものを「とりあえず当てはめてみる」という思考の整理が進んでいきます。それが自分のモヤモヤのすべてを表すものではなくても、「選んで当てはめる」ということが大事。目指したいのはラオス発の昆虫養殖技術が世界に広がり、各地から多様な昆虫食材が貿易されて、みんなが食べたい昆虫を食える未来。

そして大資本が富裕層向けに昆虫を売り、ラオスの貧困層は労働搾取される、これが最悪のシナリオでしょうね。

やっぱり不思議だったのはこれまで書いてきた計画書との違いですね。「え、自分の痛みって必要なの?」と面食らいました。しかしNGOや研究者も、様々な個人的な背景から、熱意を継続している方が多くいます。なるほど、痛みか。。。。

私にとって「痛み」とは「自分が変人に見られたくない」ということでした。昆虫を食材として扱う、というまったくおかしくないことが、「奇妙キテレツ」に見られてしまうことで、これから昆虫食が取り組むべき技術的課題ではなく、見た目の問題に矮小化されてしまうのを見てきたからです。フェアに議論したい。そのときに偏見は大きく邪魔をしてきます。それが今は痛い。

さて、今回はあえて「おいしい昆虫記をスペキュラティヴ・デザインから解剖する」ということを愛さんと一緒にやってみました。

対談の中でいろいろとアイデアが湧いてきて、「演じてみる」ということが私のこれからの余白だろうなと思えてきました。自分じゃない人だったらどうするか。イーロン・マスクだったら昆虫を宇宙に打ち上げるだろうし、クリストファー・ノーランだったら緊張感が3時間つづく映画を作るだろう。

そしてやはり、昆虫は「悪目立ち」してしまう。先の森美術館の展示でも、poproachよりもアートとして高く評価されている作品、Shared baby やImpossible babyよりも、SNSでつぶやかれたのはPoproachのほうが多かったそうなのです。そして色を変えてゴキブリを食べやすくするという発想自身が「ルッキズム」ではないかという指摘をされて驚いた、とおっしゃっていました。

ゴキブリには人権がないので、この作品そのものはルッキズムにはあたらないのですが、その茶色い見た目が嫌悪されている構造から、肌の色を理由とする差別のような、ある種のルッキズムを連想させてしまったようなのです。これは驚いた。

以前に別の作家さんから「昆虫は無価値であることが社会的に共有されている」という話をもらったことを思い出しました。無価値だからこそ、食べない愛好家と、私のような食べる人が一緒に話ができる。

また無価値だからこそ、ある種のミームのように、自分の思い入れが自由に投影されてしまう。のでしょう。

昆虫食の見た目解決として、「すりつぶす」というのはルッキズムの度外視、とは言えそうですが、果たしてルッキズムからの解放、といえるのか、むしろ「すりつぶせば食える」ことこそルッキズムに縛られていないか。

ここらへんも新しい切り口です。ルッキズムと昆虫を、あえて近づけたり遠ざけたりして教材にしていくような、そんな攻め方ができそう、という、私にとっても非常にスペキュラティヴな経験でした。長谷川愛さん、ありがとうございました。

愛さんからも、「苦手な昆虫と向き合ってみる」という宣言をいただきました。アーティストが本気で昆虫と向き合っていく先に、どんな挑発的なデザインが生まれてくるか、とても楽しみです。

以前に「害虫展」に応募した写真作品ですが、使ってみたかった「メタルプリント」での出力をしました。これはアルミ板に昇華印刷をしたもので、光沢や発色が優れているだけでなく耐候性が非常に高く、「アルコールにも耐える」という今の感染制御のご時世でピッタリの性質をもつ、写真パネルとのことでした。これを昆虫料理レストランに飾りたいのです。

返却してもらっておいしい昆虫記、出版記念の一日店長でも飾らせてもらいました。

強度はアルミ板のまま。曲がらない限り印刷は痛みません。かなり丈夫です。角は気をつけたいところですが、取り回しは楽でした。

さて、このパネル、本当にアルコールに耐えるのか。やってみたいのですがこの大きめパネルだとちょっと決心がつかない。

ということで光沢のある昆虫の質感も確かめたいと、ちょうどやっていたモニター募集に応募することにしました。

そして、

とどいた!

そして、買っておいた蒸留エタノールで拭く!

問題ないですね。重さもこの大きさぐらいまでだったら気軽に持ち運べます。ブルーの構造色が美しいフェモラータオオモモブトハムシのメタルな雰囲気も十分に伝わっています。

今回のモニターは、パイオテック株式会社さまの協力で実現しました。


 [HP]
 ・メタルプリント本サイト https://www.metal-print.jp/
 ・ペット特集サイト    https://www.metal-print.jp/lp/pet/
 ・趣味特集サイト     https://www.metal-print.jp/lp/hobby/
 ・コスプレ特集サイト   https://www.metal-print.jp/lp/cosplay/
 [SNS]
 ・YouTube  https://www.youtube.com/channel/UCkJx6l52i2-Wi_se9bhxABA
 ・BLOG    https://www.piotec.co.jp/blog/
 ・Twitter   https://twitter.com/piotec_hd_print
 ・Instagram  https://www.instagram.com/piotec_hd_print/
 ・Facebook  https://www.facebook.com/Piotec-HD-Print-335658950230225/

この画像、パネルについても、貸し出しサービスに使われるかも、とのことでした。なかなか画像や動画では伝わりにくい質感ですので、見て確認するといいかと思います。

▼貸し出しサービス

https://www.piotec.co.jp/blog/?p=708

さて、「きらめく」といえば、ちょうどこんな本が出ました。

肉眼で「きらめき」を感じるとき、光源とそれを反射する物体の関係から、左右の目には異なる反射が入ってくるでしょう。つまり立体映像と「きらめき」は相性が良い。VRなんかで映えるのでしょう。

一方で、印刷物、とくに液晶画面のように発光しない面で「きらめき」を表現しようと思うと、かなりいろんな表現技法が使われています。

そんな難しい事を考えなくても、ビジュアルがひたすらによいのがいいですね。オススメです。

美しい干物を見る気分で楽しめました。一部麻酔された昆虫がいる感じがしますが、ほとんどは乾燥標本です。

表紙になっているプラチナコガネは乾燥にともなう収縮で「貫入」のようなヒビが入っています。それを単なる学術標本の劣化ではなく「ある種の別の美しさ」としてテクスチャ表現したい、とのことでした。すごい。変態だ。(褒め言葉)

著者で最も若い法師人響さんは「アリの巣の生きもの図鑑」を見て昆虫の世界に入ったとのこと。そう。若いのです。

図鑑は単なる図鑑ではなくって、思い入れのある著作物は人の人生を揺さぶるパワーがあるなと改めて実感する、新世代の写真集でした。

このブログや私の表現物もそうなりたいと願う年齢になってきましたね。

二倍マクロ、気になっていたLaowaのレンズがこれまでいくつかありました。


虫屋さんの間で評判がよく、あらたにマウントを導入しようかと迷っていたときに、ついに

とうとうマイクロフォーサーズが登場

以前に同じ画角のレンズを導入していたのですが、古いZuikoレンズで、明るいものの、ハーフマクロです。そして前から持っていたオリンパス60mマクロ、比較していこうと思います。まずはファーストインプレッション。

たまたま、8月末にライトトラップへのお誘いをいただきまして、虫を撮りまくろうと某田舎に行ってきました。しかし暑い、、熱中症には注意をしつつ、、

そして某田舎へ。

ひさびさに虫とふれあいました。そしてカリッカリに写ってくれるLaowa まったく深度合成もなく、RAW現像もしてないので撮って出しですが、自動絞り最高!は言えます。ピントを先に決めてしまって近づいて、被写体とカメラの位置を調整している時、たいてい片手は空いていてほしいのですが、自動絞りでカメラ側から操作でき、またフォーカスピーキングを使うときに明るい状態でチェックできるのでありがたいです。

しかし、、無限遠から二倍マクロってかなりの振れ幅ですが、ハーフマクロあたりからフラッシュなしには厳しいです。オリンパスの60mmマクロと比べると防塵防滴がなく、カメラ内深度合成もないので、この描写が好きな人が買うことになるでしょう。このレンズの「味わい」みたいなところまで引き出せたらと思います。私の写真のゴールは「美味しそうに映るか」ですので。精進します。

そしてEm5 MK3とともにもう1台、G9のほうで撮影していたら、、、

チェックしたらオリンパス機では一切ゴミがなく、G9だけでした。

カメラのキタムラでクリーニングをしてもらい一件落着。オリンパスってすごいな、、と思いつつみなさま、メンテには注意しましょう。

読みはじめて休憩をはさみながら17時間ぐらいかかりましたが、ハードでヘビーな本です。

「未来の食」論において、なぜ地球全体のことを、先進国の賢い人が考えて、そしてみんなに広めるという植民地主義的な発想が拭えないのか、途上国のマイノリティは目に入らないのか、というラオスで感じた素朴な疑問について、フーディーという一種の社会的潮流が影響していることが示されていました。これは必読。

民主主義によって選ばれ、その他の民衆から一線を超えた「人気者」になりたいという卓越化の欲望が、更に社会格差を生み出しうる、あるいはもう生み出しているという現状まで、厳しく解析していきます。自称「フーディー」のヒトがこれを読んだら気を悪くするだろうな、という部分まで切り込んでいきます。こういったステークホルダーを「あえて配慮しない」ストイックな社会学的態度というのはすごいですね。

読後に私が感じたのが、これは「フーディー」に限った話なのだろうか、という部分です。

民主主義的な「フェアとされる」方法で資本主義的成功、つまりお金持ちになった有名人は、選ばれるまではおそらく格差に反発し、庶民に寄り添う姿勢を示しますが、次第に庶民では届かない富裕をアイコンとして「卓越化」してその影響力を、盤石なものにしていこうとします。

つまり新たな格差拡大の担い手となっただけで、格差是正に貢献したのかどうかすら、検証されていないのです。そしてこれがおそらく、多くの業界のスタンダードになっていますし、この風潮は続くでしょう。

さて、読書メモをもとにこの本を解読していきましょう。難解ですし、私がラオスで感じた疑問に答えるものでなかったら、読み終えることはできなかったでしょう。そんなハードな書籍が、翻訳で4000円という破格の安さで読めることに感謝です。

音楽の話は詳しくないんですが、ここからスタートします。なんとなく感覚はつかめますね。「音楽的雑食」と言われる場合、単純にどんな音楽もOKではなくって、本来「高尚」とされるもの、「低俗」とされるもの、「外」とされるものをあえて逸脱する、という評価があるんでしょうね。そして逸脱を評価の構造がないのに逸脱はしない。

「でたらめな味覚を持っているわけではなく、私は味覚の幅が広いのだ」いつか使おう。

非常に満足度の高い、情報密度の強い本でした。すごい。

昆虫食は未来の食糧問題を解決しない でも指摘したのですが、「未来の食糧問題」に関するテックがなぜ今の食糧問題と切断処理されているのか、未来の総量ばかりを気にして、現在の食料不均衡が悪化するのか改善するのかも曖昧にしてしまうのか。昆虫食でいうと昆虫の栄養を調べ、養殖に挑戦し、将来性を掲げる一方で、昆虫食文化のある地域の貧困と栄養不足に着目しないのか。

おそらく着目できているのは

社会学的背景のあるシャーロットさんアフトンハロランさんの二人ではないでしょうか。

学術的意義を社会の風潮にちょいと載せるときに、その風潮自体に偏見や差別が内包されていないか、吟味するための社会学的な批判は最初の課題設定のときに必要でしょう。なぜならその風潮に載せた「役に立つ」研究はそこに内包される偏見や差別の拡大再生産装置として機能してしまうからです。

自戒を込めてかなり注意。

そうすると私のこれまでやってきた昆虫の試食はフーディーの流れにある「文化的雑食」ではなく、「生物学的雑食」であり、社会から距離をとった孤独な時間が、この風潮に対する批判的な視点に気づくことができた、とまとめておきましょう。いやいやよかった。

ではこの先どうするか、という部分ですが、

「昆虫食を社会課題解決に利用できる技術をもつ集団」を作っていきます。

そして同時に、個別の社会課題解決の延長上に、未来に採用されるべきモデルが含まれている、と予言する仕事を同時にしていこうと思います。これを同時にしないと専門性にお金が落ちないからです。

逆に言うと、「今課題を抱えていない人」からは未来のソリューションなんて生まれないと強く言っておきましょう。

シビアさがないからです。未来の不確実性を自分のやりたいことをやるための資源として搾取してしまったほうが合理的です。そういう我田引水インセンティブが発生してしまいます。個別事例から精査して、拭い去るのはかなり難しいでしょう。

目の前の社会的弱者の課題解決が、未来の不確実性に対する備えになっていく、そんな好循環を作ろうとしています。「第一段階の成功」はすなわち目の前の社会的弱者「しか」救えないこと。これでも、もう十分です。国際協力としてこの部分を実装します。

さらに上乗せしたインパクトとして目指す「第二段階の成功」はそれだけでなく、社会全体の未来を提案する新たな選択肢が開発されること。でしょう。この部分に先進国が投資として実施すべきです。

昆虫食に対する知見や技術の不足は、昆虫食文化のあるラオスの足を引っ張っています。彼らの文化に応じた支援をするチャンスが失われています。しかし昆虫食文化をもたない先進国は、それに気づくチャンスすら失っています。

問題を問題と考えられない問題。これは深刻です。

そしてこの実装の現場は、私達先進国が、昆虫食というコンセプトを忘れてしまったことで失った選択肢の大きさをリマインドしてくれる現場なのです。

巨大な遺伝資源である昆虫について、食用になるというコンセプトが世界中に広まったら、生物多様性条約における「利益の配分」の概念すらひっくりかえってくるでしょう。薬用の遺伝資源はすでに考慮に入っていますが、

食用として育てやすく、美味しく、そして地域のバイオマスのディスアビリティを解消するような、そんな昆虫食の実装を各地域で実施し、そこで得られた知見を体系化していくことが、先進国フーディーの風潮に乗らない、文化の担い手をサポートしていく、真の意味での「昆虫食の参加型開発」となっていくのではないでしょうか。

この書籍のストイックさに影響されて、カタメ、キツメでまとめておきます。

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ご無沙汰しております。原稿書きに追われていましたが、

東京日本橋で7月25日から開催中の「害虫展」、8月末まで開催するそうです。

「害虫をテーマにした作品」ということで、審査員が豪華!

丸山宗利氏(昆虫学者)、舘野鴻氏(昆虫画家)、満田晴穂氏(自在置物作家)

ですって。なにか審査員のみなさんに見てもらいたい、とコンセプト一点張りで写真作品を応募しました。そして108点の応募作品の中から17作品に入賞! 

入賞作家という得がたい称号を得た私は、いそいそと、みなさまにご挨拶をしにオープニングレセプションに参加してきたのです。

先着500名様は、図録を手に入れることができます。作品のコンセプトや自己紹介など、読めば理解も深まる冊子です。

この図録の仕様にもあるように、「害虫という概念をもういちどひっくり返す」という意図があります。害虫はいつになったら、どういう状態なら「ただの虫」に戻れるのか。私達社会が戻すことを決めるのか。そういった根源的な問いがあるからこそ、私の「雑な」作品を選んでくださったのでしょう。

審査員の一人、絵本作家の舘野鴻 さんにも久々にお会いして、「だってコレそのまんまじゃん!」とのコメントを頂きました。感無量です。そうなんです。私の写真は「作品」というよりは「コンセプトそのもの」なのです。ここになんらかの作家の営みが加わることで、初めて作品になるのだろう、と、このコメントで理解しました。それでも選んでくださった審査員のみなさんに感謝。

やはり多種多様な、技法も問わない作品に囲まれて、審査も難しかったそうです。「一つの作品としては優れているけれど害虫展というまとまりの中にはちょっと合わないかなと選外になってしまった作品もあった」とのことでした。

そしてせっかくなので入賞された作家のみなさんとお話。マスク越しでしたが作品の方を見ながら、換気の良い会話を心がけました。

大賞は矢野希美(やのきみの)さんの「密臭」これはけしからん密ですね。

マルカメムシたちの密

定形にも不定形にも見える、玉砂利のようなカメムシたちが密になっていてそれが斜めから見るとキラキラとしたパールで仕上げてあります。これはSNSでは見られない雰囲気。とても上品で絹織物のようなきらめきがあります。そして脚が描かれていない。バジルシードみたいで美味しそうにも見えます。

クズのツルのような毛の多いところにマルカメムシが密集(臭)していると、脚の存在感は消え、なにか果実のような、ふしぎな見え方をしてきます。そんなコンセプトを聞いて翌日、河川敷に行ってみると、

虫こぶのようにも見える。

確かに脚の存在感はなく、ぷるんとした実のようにも見えます。

「このパールの使い方が上品でいいですね」と声をかけてくださったのは、萩原和奈可さん。実は以前にヴァニラ画廊で作品を拝見していた作家さんです。解説が加わると、このテラテラしたマルカメムシが、パール顔料を使うことで生き生きとしていることも説明してもらいました。なんと贅沢な鑑賞体験。

描写がリアルで「死」を強く印象づけながら、枯れたような時の流れの上品さを感じるふしぎな雰囲気。

そしてショウジョウバエの神経科学、というかつての私の大学院のときの研究とめっちゃ近い背景をもつ兄弟ユニット、上岡雄太郎/直樹さんの作品。ゴキブリのアンテナの動きを論文から再現したら、嫌悪感が呼び起こされるのか。

こういう論文由来でありながら、論文じゃない表現物、大好物です。

まぁとにかく多種多様な表現が集まったという意味で、虫好き虫嫌い問わずオススメです。ニンゲンの脳内には昆虫の情報が生態系のようなものを形成していて、そこを引き出してきたり、ハックするような作品が並んでいます。

自分の先入観と向き合ってみるという意味で、すてきな「場」になっています。図録の文章も必読ですのでできるだけ早めに、密を避けて場の雰囲気をかんじてみてください。

昆虫標本でおなじみの福井さんともお会いできました。たしかに情報がなければキンバエはかなりの美麗昆虫。

作品を見たあと、野外に「確かめに行きたくなる」そんなパワーがあります。

そこに置かれたゾウムシ養殖の写真。技工はないけれどコンセプトはある。そしてリアリティよりもリアル、というパワフルさ。実際に他の作品と並ぶことで、ちょっと空回りしているようにも感じました。見に来る人に寄り添う様子がないので「遠くラオスの出来事」に感じられてしまう。

並びました。

 そう考えると、遠くラオスの出来事を「近く」感じさせるようなデザインの取り組みが必要なのだろうなと感じます。そんな「昆虫食展」東京でもやりたいですね。

最後にご挨拶した春日さんが、Twitterでよく見る「かすがぁ」さんだと知りびっくり!

出品していたのはハエに「小虫のように」むらがる人々の油彩作品。この作風の振れ幅。すごい。

予想外の出会いというのをどうやってこれから安全に作り出していくのか、表現物を介してなにかできるのか、とか色々考えていきたいですね。

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サイエンスアゴラに試食提供でお世話になった昆虫食のTAKEOさんが、タガメサイダー発売記念にイベント「タガメナイト」をしたいということで、私は外の人だか中の人だか微妙な立ち位置のまま参加してきました。

企業ですので彼らにも秘密保持契約があって、私も「オープンにしてもいい情報以外は(秘密におく時間がつらいので)話さないでほしい」とお願いしていた手前、タガメサイダーの開発の情報を知ったのは、発売の直前のことでした。

開発着手のだいぶ前、私がタガメで飲料を作ろうと思い立ったのは2011年ごろのことです。というのもタガメの香りのもととなるフェロモンの分子構造をみていたとき、両親媒性の様子をみて「これアルコールに溶けそうだな」と思いました。

 

虫フェスでタガメウォッカをふるまったあと、タガメがゆらめくウォッカの瓶から、うっすらと田んぼのニオイがしてきたのです。これによりタガメ飲料の可能性は「漬けたタガメは2週間で取り出す」もしくは「合成タガメ香料を使う」という2方向にわかれていきました。

多様なレシピが発展したのは昆虫料理研究会のオープンな土壌のおかげですし、タガメをつかったカサーシャソーダなど、色々なコラボによっても広がっていきました。すごいぞタガメ。

そして、満を持して開発されたのがタガメサイダー。食用昆虫科学研究会からの長い付き合いの三橋さんがTAKEOに入社し、様々な専門性を駆使して香りをコントロールした逸品。かなり技術的にもすごいですし、悩まされていた田んぼのニオイも解消され、長期保存も可能に。

タガメのいい香りも、ちょっと癖のある香りも残しつつ、美味しいサイダーの範囲にきちんと収めてくる。クセの強い変化球を投げているのにストライクゾーンに収まる感じ。初心者にはただただ美味しいサイダー。食べ慣れている人にはタガメの美味しさ、香りを十分に伝えてくれるサイダーになっています。そして製法に関して特許を取得。初めて飲んだときはヤバい、と思いました。

そしてタガメサイダーをふんだんに振る舞うイベント、タガメナイトが開催。

タガメサイダーを割り材にして、いろんなソフトドリンクやカクテルをつくることができるワークショップ形式になりました。メーカーすごい。

「キミだけのタガメサイダーを見つけよう!」

紅茶系はどうだとか、牛乳とあわせるととか、いろんなアイデアをわちゃわちゃ言い合いながらのカクテル作りと試飲。ひさびさに限界までのアルコールを摂取しました。そしてグランプリのレシピをまたどこかで使おうとか、よく考えている。

サイダーそのものができたあとで、この個性的なロゴ、トガシユウスケさんの清潔感のあるタガメのイラスト・デザイン、そしてキャッチフレーズ「好奇心を刺激する!」というところの

プロダクトデザインの流れも楽しく聞けました。うらやましい!

私と共同開発しているバッタ生キャラメルはソースにも展開しています。改善中ですので製品化は少々おまちください。

ひたすらにおいしい。そしてバニラアイスにも負けていない。すごいぞバッタソース。

そしておつまみとなる焼きそばやおにぎり、ピザなど。

おなかいっぱい、飲み放題という贅沢な時間を過ごすことができました。1参加者として満足です。

タガメチームの活動の後。よく飲んだ。

さて、ここで使ってきた香りの良いタガメは和名でタイワンタガメ Lethocerus indicusと呼ばれる種です。そして日本のタガメ Lethocerus deyrollei は環境省から特定第2種国内希少野生動植物種に指定されそう、とのこと。ニホンタガメを使った昆虫食品は、事実上不可能になりそうです。

「生物の資源としての利用」と「資源としての保全」は表裏一体です。そして地元のコンセンサスが重要になります。ノルウェーに侵入したタラバガニや、東京湾のホンビノス貝など、外来種でありながら資源である場合の舵取りはとても大変なものになりますが、うまくコントロールできればパワーにもなります。

私のタイワンタガメに対する態度も同様で、もしタガメの食品がきちんと産業化し、生息地が保全され、タガメの高すぎる農薬感受性に配慮した、流域全体の農薬コントロールができれば、タガメの資源保護をするための資金源にもなるでしょうし、今後絶滅が危惧されたときにもその養殖技術は保全の助けになるはずです。

ということで、ラオスでもタイワンタガメが飼育できないか、チャレンジしているところです。タガメサイダーの特許をとった加工法は死んで輸入されたあとに加工を加える「ポストプロセシング」ですが、こちらラオスが生産地になると、殺す前に加工する(調味する、という意味では養殖そのものや蓄養などもプロセシングと位置づけられます)という「プレ・プロセシング」となる部分も技術を探っていけるはずです。

なかなか食べ残しが多く、農薬にも弱い子ですがただひたすらにかっこいいこと、市場で安く買えることなどから、研究には適した場所だと思います。ラオスで一緒にタガメ研究しませんか?

去る2019年の11月22日、SDGsの次の社会、というテーマで慶應大学SFCのオープンリサーチフォーラムに行ってきました。これはオープンキャンパスと成果報告会が一緒になったようなもの。六本木という好立地での開催です。

コオロギ研究でお世話になっているオオニシ先生の研究室の展示を見に行き、少しコメントしてきました。とてもいい作品があったことを報告しておきます。

こちら、フードロスがどのようなカテゴリーがあって、それが各地域ごとにどのような割合で排出されているか。それを左右の「フロー」として示したものです。実際になにかが「流れて」いるわけではないのですが、異なるカテゴライズの左右を見比べるときの手法として面白いと思います。

これまでの人類のタンパク源の変遷を年表であらわし、そのなかに昆虫も含めて検討しています。ヒストリーから未来を想像するときに危険なのが、「単なる歴史的経緯」としてのバイアスを正しいかのように引き継いでしまうことです。昆虫「も」考慮にいれることで、未来予測をより確実にしようとする姿勢がみられますね。

今回関心したのがこの作品。都市、農地、森林の土地の広さを一覧として示しています。

特にいいメッセージがこちら。Farm is NOT green.

面積としては地球上の陸地の0.5%しかない都市に半数の人口が集中するという偏りのある人口分布をしている人類ですが、その中で「多数派」によって意思決定をしてしまうと、農地に対してなんだか「グリーン」な期待を寄せてしまいがちです。

都会の無機的・機械的・閉鎖的イメージの裏返しとして、農地への過度なキラキラ期待をした作品が、「未来と芸術展」にも多く見られました。ビルにコケをはやして食糧生産とか。わずか0.5%しかない都市に注ぐわずかな太陽光を「効率的」につかうための巨大な建築物とか、都市が田舎から搾取する構造を無視して、そこに住む人口を自給自足で支えられる未来の光合成に思いを馳せる勘違いが多いところ。

そこでリサーチをして、否定をしてみせる。多くの人がもつ勘違いに迎合せず、都合よく利用せず、否定して正す、というデザインが必要になってきます。

SDGsというアクションそのものが、ややっこしい各専門分野をひとくくりにして「わかりやすく簡略化」したものですので、あくまで一般向けに端折られてしまった部分が多くあります。そこでその次を「提案」するならば、やはり各分野の専門的な理解は必要ではないでしょうか。

研究者に限らず、アーティストやデザイナーにおいても、すべての表現社に「リサーチ能力」が試される時代がやってきた、と思います。研究者が監修した成果物、というよりは協業によって新しいものがうみだされることに興味をもっています。

自分の専門におけるリサーチと、他分野の専門家にリサーチを依頼するクライアントとしてのリベラルアーツなども大事になってくるでしょう。そして必要なリサーチに応じてチームを組み、対応するなど、いろいろと進めていきたいと思います。

以前の味見をまとめておきましょう。 オオツバメガ Lyssa zampaが昨年12月2日の玄関に舞い降りました。大きい。

この玄関は借家の蛍光灯をブラックライトに交換しておいたもので、毎晩玄関になにかしらの昆虫がやってくる、素敵なエントランスになっています。

以前にはツバメガの仲間の死体を見つけたことも。いつか食べたいと思っていた大型のチョウ。ようこそ味見へ。

そして茹でて味見。

しっかりとした旨味があり、歯ごたえもみっしり。コクも強い。チョウのようなプロポーションだが、毛の多さ やはり蛾の系統に近い感じもする。毛が多さはあげたりするとより食べやすくなるだろう。

幼虫もたべてみたいものです。