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さて、ラオスは引き続きロックダウンの毎日です。6月末に入国して隔離期間14日、ビエンチャンでワクチンをうち、中部タケークに移動して自宅隔離14日、もう8月ですが、一ヶ月活動したと思ったら市内感染が少しずつ増え、8月31日から9月13日まで街ごとロックダウン。

ここまでは食料品の買い出しや、テイクアウトの買い物はできていたんですが、市中感染が止まらず、ラオス国内でも感染者が多い地域になってしまったので、更に厳しい外出禁止が9月27日まで。家にずっといるのでやることが捗るか、と思ったら、備蓄の食料から自炊するのでけっこう手間がかかるのと、メンタル維持のほうがけっこう大変で、まぁなかなか、オンラインで引続き日本ともつながりながらどうにかやっていきます。庭に畑もありますし、昆虫が自給自足できるようイネ科の草も用意してあったので、外出禁止でもいろいろと実験はできるのですが、買い物ができない、息抜きに外に出れない、というのはなかなかなものがあります。

さてロックダウンで悶々としていたときに、こんなつぶやきが。

いやいや。そうはならんやろと。

幸いドラゴンフルーツは日持ちがするので、備蓄用として買っておいたものがあり、できなくはない。

お酢も買ってあり、めんつゆがあり、お米も買ってあるので、できなくはない。だけれども。

冷蔵庫にあった
ドラゴンフルーツ。

中身はカットして冷蔵。
今日の主役は皮だ。

生でかじる。水気があってあおくさいけど甘みがない。ちょっとぬめりのある「果物の皮」の印象。そうはならんやろ、と思いつつ
ちょっとだけ期待する自分がいる。

わさびもしょうゆも買いに行けないからめんつゆとライムで許しておくれ、、茹でよう。

茹でる。

すぐクタっとするので、
冷水に入れて外皮をむく。
いやー。。どうか。

ヅケ。

予想通り、マグロ、、ではない。ヌルっとした甘くない「なにか」だ。
しかしマズいかと言われるとマズくはなく、うまいかと言われるとうまいとも言えない。。。
判断に困るな、、、
どうすればいいんだ。。。。

結論は明日にします。
#外出禁止限界ラオス飯

Originally tweeted by ラオスで外出禁止の蟲喰ロトワ (むしくろとわ) 著書「おいしい昆虫記」by おいしい昆虫生活™️ (@Mushi_Kurotowa) on 2021年9月20日.

#外出禁止限界ラオス飯

🍣🍣🍣 すしだな。

ぐにんぐにんする。めんつゆに漬けたドラゴンフルーツの皮。
マグロではない。
だけど、、、?

「23世紀の合成寿司」っぽい。
たしかに寿司の楽しみは通りすぎる。通りすぎるけど満足感として貯まらない感じ。食後は虚無。
#外出禁止限界ラオス飯

https://twitter.com/Mushi_Kurotowa/status/1439955202275102723?s=19
昨日から続く話です。

コーンツナサラダに。。。?

いやー。食感が虚無。クセはないし味付けはなんでもいけるんだけど、ツナとコーンに比べて食感の喜びがずいぶんと低い。
うーん。これは、、もういいかな。

Originally tweeted by ラオスで外出禁止の蟲喰ロトワ (むしくろとわ) 著書「おいしい昆虫記」by おいしい昆虫生活™️ (@Mushi_Kurotowa) on 2021年9月20日.

ごちそうさまでした。楽しかったけど、、、次のロックダウンまではやらんかな。

先日こんなつぶやきをしたら、思いの外多くの反応をいただいて、おもしろかったのでまとめておきます。

自分としては当然というか、当たり前のことを当たり前のテンションでつぶやいた、つもりだったのですが

リプライと引用RTが多く、届くべき方たちに届いたんだなぁと感慨深いです。しばらく素の反応をいただきたいので、コメントは控えて放置していたのですが、気になったコメントをピックアップしていきましょう。

とその前に、図解をしてみました。

さわれることと、好きなことは相乗効果があります。昆虫を好きでいるために、ハンドリングできると便利ですし、よりたくさんの情報を得ることができます。

また逆に、きらいなこととさわれないことにも相乗効果があります。さわれないことで不意の昆虫との遭遇で対処できる手が限られますし、そのとき虫から攻撃されたり、逆に殺してしまったりしたら、苦手な気持ちは高まるでしょう。

しかし、さわれるし、すきな人、と、さわれないし、きらいな人が大部分であるからといって、すきでさわれない人、きらいでさわれる人が見えなくなってしまうと、昆虫との付き合い方が狭くなってしまいます。すくないけれども、そこに人がいることを確認して、多様性の広がりを見ていきましょう。

ということで先のつぶやきに至ったわけですが、先に「図解」するよりも、その図でいうところの見逃されがちな右下だけに言及することで、これを見た人のつぶやきを誘ってみることにしました。語りすぎないほうがいい。

「私だ」とか「私の家族だ」という反応が10人ぐらい。大人になると種類によって異なったり、何らかのエピソードがきっかけだったりして経験の多さを感じます。子供も興味はあるけどさわれない、さわれる方法がまだわからない、と大人を頼ってくる様子もあります。

その中で「ありがたい」という反応もあって新鮮でした。やっぱり少ないからといって、無いものとされることとは違うわけです。

「イルカやクジラ、トラ、イヌ」といった、他の動物と比較するコメントもありました。イルカやクジラは、触ったことがない、そして野生の場合ですと触ることが適切でない動物ですが、それでも堂々と好きと言える許容があります。おそらく虫だと「すきなのにさわれないの?」「さわれないんだったらすきとはいえないんじゃないか」といった圧を感じる経験があったのではないでしょうか。

文章から図解の構造を読み解いてくれた方もちらほら、シンプルなテキストにすることで、そこから受け止めやすい方法でそれぞれ響いてくれるという意味で、意外な大きい反応になったのでは、と分析しています。

難しいですがこういうの、もっとやってみたいですね。

足立区生物園に展示されてます!

以前に応募して入選していた、害虫展season2 は、9月7日より9月20日まで、東京会場の足立区生物園にて展示開始しています。

家族に見に行ってもらったのですが、常温の液浸標本たちは心配していた変色もほぼなく、無事展示されているようです。

以前からフォローしていた、ドラァグクイーンのRachel D'Amourさんが観に行ってくださったそうで、
実物展示というのは普段接点のない方を招待できるので改めて素敵だなと。

足立区生物園、いいですよね。新鮮な気持ちでまた観に行ってみようと思います。
東京には上野に巨大なミュージアムたちがあるので、「日本一」を観たければそっちにいけばいいわけです。

以前に行ってみた渋谷区ふれあい植物センターにも感じたのですが、生活や地元になにをもたらす施設なのか、という意識がはっきりしていて、とてもいいです。地方の博物館だと、上野に行けない人のためのトップ施設という立場も必要になりますが、東京の小規模博物館はそこらへんをはっきり使い分けていて、すごく勉強になります。

この感染状況ですし、ぜひ見に来てほしい、とはいいにくいのですが、

何かの際にお寄りくだされば、足立区生物園に害蟲展が置かれることの面白さを

味わっていただけると思います。

全滅しました、もあり得たわけですよ。

そもそもが産卵室を作ってその中で産卵するのが普通らしく、それが壊れた、あるいは壊してしまったから観察できている、というこの状態。

まずはこちらをみて欲しい。

時系列でまとめたのはこちら。

https://twitter.com/i/events/1423197330585505795?s=20 モーメントになってます。

いやもうね。この親が寄り添うこの様子。

色々言いたいことはあるけれど、そもそもの情報量がすごいのでまずじっくりみて欲しい。タイムラプスで見つかる生態。ありがとう。自然界にグッドもバッドもないけれど、それでも去来するものがあるさ。

自由時間のほとんどをつぎ込んでしまったので、そろそろ通常業務に戻りつつ、依頼仕事を片付けつつ、観察を続けたいと思います。

さて、タケクでの自主隔離もあと2日となった7月23日。玄関の横に謎の物体が。卵、のように見えるけどなんの卵?

小ぶりなビー玉ぐらい。中でぐるぐるしている。

魚のような体型で外鰓がある。ということは両生類?おたまじゃくしのような体型ではなくスラっとしているし、サンショウウオだとすると脚がない。すると詳しい方からリプライをいただきました。

なんか、すごい生き物らしい。名前にミスリードを誘われたが、イモリが足を失ったグループ、ではなくて両生類の無足目、という無尾目(カエル)有尾目(サンショウウオ)でもない、3つ目の大きなグループとのことです。南米、東南アジア、インド、マダガスカル以外のアフリカに生息、パンゲア大陸由来とのこと。すごいな。

毒のある種もいるらしいとか、卵生とか胎生とか、地中性とか水性とか、いろいろと多様性があるようですが、如何せん情報が少ない。日本でも継代飼育に飼育した人はまだいないのだとか。

確かにラオスの雨季は粘土質の土が水を含んでヌルヌルになり、人の行く手を阻む。トヨタのオフロードでないと未舗装の道は踏破できない。農村部では田植えを終えると農閑期になり、あまり農作業をしない。農地で重たく粘着する土を無理にいじると体を痛めてしまう(私は腰を痛めました。)雨季は意外と生き物に出会いにくい気候なのだろう。 それでもなお、たまたま偶然、玄関の横に産卵したというのは喜ばしいことだ。フェンスで囲まれた敷地内なので、犬も怖くないし、泥棒も入ってこない。カメラを設置しよう。インターバル撮影だっ!

ここでお母さん登場。模様からコータオヌメアシナシイモリと推測されます。

タイムラプスが、、うまくいかない!マニュアルフォーカスが解除されてしまう(仕様とのこと)

二度目!

昼間は雨!水没したけれど大丈夫そうだ。

そしてその夜。オートフォーカスのための小さな明かりをともし、待ちます。昨日は日没後すぐに来ていたのに、なかなか来ない。うろうろしていたら土から顔を出すお母さんと目が合う!これはすまない。邪魔をしてしまっていたようだ。

そしてついに!タイムラプス成功!

今のところ、卵が完全に水没すると世話をしにこなさそうです。そして水に浸かっても卵は死なない模様。

周囲の水位が下がると、乾燥の危険が高まるので粘液をまとわせてそれを防ぐ、のでしょうか。抱卵といっても温めるというよりはぐるぐると回転させているようです。どんな意味があるのでしょう。翌朝子守をしたまま発見。抱卵の時間帯は結構アバウトなのか、それとも天気次第なのか、しばらく観察を続けます。

さて今夜は金土と続いた長い雨がいったん途切れ、6時からタイムラプスを動かし始めています。さて母親は来ているでしょうか?水位が低いので、これまでの考察がただしければ、日没後すぐに来るでしょう。

しかしこれ食えるのか、ラオスにも食う文化があるのか、知りたいところです。写真を見せて聞き込みをして、

調べてみます。

出国も迫る6月16日、サエボーグ個展「Livestock」を観てきました。イベントでのパフォーマンスが本領発揮なアーティストですが、展示として造形をじっくり観られるのもまたよいものです。パフォーマンスはまだ観れず。

ご本人も会場にいらして、「食べること」「ウンコすること」を中心に色々話しました。

センシティブなテーマであることもあって、一部撮影禁止だったり入り口からは見えない位置に置いてある作品もありましたが、全体的に「お祭り感」があるのがいいですね。ご本人も「祝祭」を意識されてるとのことでした。

どうしても作品展示というのは触れる時間が短くなりがちで、「なぜここにウンコがあるのかわからない」といった素朴な感想もあったようで、そりゃ大動物家畜がいて食肉生産をしていたら、そこにウンコがあるだろう、という発想が、どうやらない人もいるらしい、のです。

どうしても人間はピンとくる部分に目が行きがちで、作品を観に来るときはその感度が高くなっているときでしょう。そのときに「システム全体」を見ることがいかに難しいか。

ピッタリとしたラバーはきもちいい、とか、くびれやくるぶしがピタッとしていて、いいですね。

また一方で、「作る側」になると見え方が違ってきます。取材し調査し、試作と思索を繰り返し「何を強調するか」を考えるとき、「何を強調しないか」そしてその全体を把握していないと見失うものがあるのでしょう。

昆虫食と文明」という名著のあるデイビッド・ウォルトナー・テーブズ

の「排泄物と文明」にも話が及びました。

国境なき獣医師団をつくった疫学者で、学者肌の雰囲気を漂わせるナイスな翻訳文なのですが、サエボーグさん的には「めっちゃ大事なのはわかっているけれど読み込みにくい」とのこと。確かにちょっと硬いし、前提知識がいるし、サイエンスを背景にしない人にはとっつきにくいかも。

そういう意味で表現の目的ごとに「解説役」というのがいろんな形で必要なのでは、とも思うのです。対話型専門知だ。

最近リアルタイムで読書をしてメモを残していく「読書メモ」というのをやっているのですが、もともとは読書中にTwitterを占拠して、気が散るのを抑えるための苦肉の策だったのですが、意外と好評で、こういった専門知ユーザーとしての目線を増やしていく、というタイプの対話型専門知も実践できればな、と思っています。

専門知を再考する 読書メモ

https://togetter.com/li/1708730

食農倫理学の長い旅 読書メモ

https://togetter.com/li/1733281

さてさて、6月24日に渡航してから、なんやかんやあってホテル強制隔離が終わったのが7月8日。
日本にいる間に、呼吸器疾患をコントロールしてる関係でかかりつけ医に相談していたところ、早期接種を推されて一回目のファイザーワクチンを6月20日に打ったところで渡航となりました。

キャッサバが育ちつつあるタケクの我が家

隔離期間中にラオス側の調整をしていただいて、二回目をラオスで受けることになりました。これはけっこうレアなのでは。保健NGOとして田舎で活動する以上、感染リスクの持ち込みは最低限にしないといけません。mRNAワクチンは超低温冷凍庫が必要な関係で、首都ビエンチャンでしか受けられず、各社のワクチンがCOVAXというWHO主体の枠組みで分配されている様子。空港のPCR検査は韓国が提供しているとのこと。いまのところラオスでの接種の完全普及は2023年を予定しており、接種スピードの遅さから地域を分けた強いロックダウンが唯一かつ効果的な方法、とのことです。首都ビエンチャンはレッドゾーンで、活動地のカムアンは2週間以上、一人の市中感染者も出していないグリーンゾーンになります。やはりレッドゾーンはみなマスクをしていましたが、グリーンゾーンは普通の生活に戻っている様子。観光客がほとんどおらず、観光客向けのホテルや飲食店が閑散としています。

アジア経済研究所がここらへんまとめてくださっていました。ありがたい。

んで7月11日に接種して、そのまま中部タケクに移動。接種日までの週末に少し時間があったのでビエンチャンでパソコン関係の物品購入をチェック。気軽にタイに渡航できなくなったのと、近年のバーツ高もあって、なかなか日本と同じ価格、同じクオリティとは言い難いですが、それでもちょっと気の利いたものを扱う店もふえてきたようです。

今回持ち込める荷物制限が厳しく、重くてかさばる調理器具を運んだこともあり、かなりの物品を諦めていたので、ビエンチャンで補充できてよかったです。調べたらEMSも止まっていて、割高のDHLか船便。
送ろうと思って断念した、ちょっといいキーボードもこちらで買えました。
ゲーミングキーボードってレインボーにきらめくんですが、なんかアガりますね。タイ語がいい感じ。

接種後6時間でタケクへ。無事(?)肩が腫れてきて、翌日だるさと関節痛がマックス。


なんだかんだ一日だるく過ごしつつ、自宅待機となりました。入国隔離後、すぐに移動すれば二回目の隔離は免除されたのですが、レッドゾーンのビエンチャンにワクチン待ちで滞在していたため二度目の自主隔離に。
一週間は外に出れず、二週目は食材の買い出しはOKとのこと。

ようやく先週末に開放!ひさしぶりの町並み。変化はフードパンダ(ウーバーイーツみたいなの)が増えたこと。

湿気は強いですが雨上がりはひんやりと過ごしやすく、日本の夏よりもつらくない。
寝具にダニがやってきていたので晴れ間を狙ってダニ熱殺

隔離二度目といっても庭はあるき放題なので、かなりストレスは少ないですね。虫はよい。
今週末でようやく自由の身です。田舎に行きたい。

出国前にようやっと、完成しまして、害虫展season2 への応募が完了しました。これから一次審査、二次審査へと進み、落選しなければ、落選しなければ、ですが、足立区生物園、箕面昆虫館でそれぞれ展示されます。TwitterでRTいいねをしていただくと残れる確率が高まりますので、応援よろしくおねがいします。

Insect "Cooked" Specimens 昆虫”調理”標本

害蟲展は第一回、昨年2020年の応募が初めてで、入選をいただくことができました。だれが害虫、という線引をするのか、そしてそれを更改するのはだれか。(それがラオス人であってほしい、という願望も含めて)ヤシオオオサゾウムシを題材に、写真作品を応募しました。

審査員の館野鴻さんから、「そのままじゃん!」と講評をいただきましたので、今度は「表現」を噛ませたものを作ろうと、立体作品にしました。手法は「液浸標本」です。

「昆虫標本ってうまそうじゃないな、、、」がきっかけです。昆虫は外形の特徴をかんたんに、そして長期に保存できることから、乾燥標本が主流です。バッタなどの一部の昆虫は退色してしまい、生きているときの彩りを残すことができません。凍結乾燥などの高価な機材が必要な方法も普及に困難があります。

またトノサマバッタは茹でると、含まれるアスタキサンチンがエビのように赤く色づき、その後茶色く退色してしまいます。佃煮などの保存食にする頃には茶色いのです。茹でたあと、冷凍してもしばらくすると退色してしまいます。エビぐらい赤くおいしそうなまま、保存できる方法はないか。

ということで海産無脊椎動物の液浸標本の方法を教えていただき、茹でたバッタの赤を保存する方法を模索しました。ようやく、まだまだ完成ではないですが、各調理法に応じて、退色脱色を最小限にした保存方法ができたので、既存の乾燥標本と並べ、「茹で」「揚げ」「混和」「成形」の4種の調理歴をもつ「昆虫”調理”標本」ができたのです。

これが昆虫の乾燥標本と生体が並ぶ昆虫館に展示されることで、乾燥標本が美味しそうに見えない、ということと「昆虫が美味しそうに見えない」ということは、必ずしも同一とは言えない、という新たな軸がみえることを期待します。

今回は「混和」「成形」という本来の標本、つまり外形の情報が残らないものも、あえて「標本」と称して並べました。果たしてあなたが食材として口にするのはどういう調理法なのか、乾燥標本の軸から少し外れて、昆虫調理標本を目の前に(審査が通過すれば、ですが)考えてみてはいかがでしょうか。

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ラオスを離れたのが2020年の3月22日ですので、実に1年3ヶ月!

日本で待ちぼうけで、おいしい昆虫記を書くことができましたが、

手続きはなかなか進まず、5月29日に渡航できそう、となったら歯のトラブルと、なかなかバタバタしておりましたが、渡航できました。今はホテルで14日間の隔離期間中です。バスタブはあるし、エアコンも新しく、ベッドも部屋も広い。なかなか快適な生活をしています。いまのところは。後半がなかなか厳しいらしい、との経験者のお話です。

さて、思い出してみましょう。6月24日。早めにアシアナ航空の窓口につきました。韓国の仁川国際空港を経由して、ラオスの首都ビエンチャンへのチャーター便を乗り継ぎます。このチャーター便を運行するのはティーウェイ。

成田からインチョンまではアシアナ航空。すると窓口のスタッフがなにやら険しい顔。「通常、トランジットで荷物の引き渡しをティーウェイと結んでおらず、今から照会しますが、返事がかえってこない可能性が、、、」

なんと。通常ではこういった荷物の引き渡しのない乗り継ぎは、韓国に一度入国して、自前で次の航空便に載せる操作が必要になるのですが、今の韓国はノービザでの入国を認めていないので、「特例的に」乗客が入国しなくても、乗り継ぎできるよう荷物の受け渡しをしている、とのことです。

しかしアシアナ航空とティーウェイはそれをしていない。一時間待っても返事が来ず、韓国の入国管理局は「入国者としてカウントされている」との返事。

これはあれではないか。ターミナル。

1,出国すらできない。

2,出国できるものの、荷物が韓国に取り残されて、自分だけラオスに。

3,出国でき、荷物が無事引き渡され、無事ラオスに荷物とともに入国できる。

結局一時間待ったものの、ティーウェイから返事がこなくて、2か3が決定。

なやましい出国

「8割ぐらいの確率でうまくいきますよ」と謎のはげましとともに、アシアナ航空で出国。インチョンでいち早くティーウェイに問い合わせ、荷物を確認せねば。

いなーい! ウイングのはしっこの搭乗口から引き返し、総合案内へ。事情を説明するとそこそこあることらしく、ささっと確認。アシアナ航空へ。

「アシアナ航空のスタッフが、ティーウェイに引き渡したってさ」との返事。さすがアシアナ。信用できる。

そしてティーウェイへ。出発時刻が迫ってくるとようやくスタッフが。チケットを見せると写真をみせてくれて、「この荷物?」と。そうそうそれ!

無事ラオスに入国できました。

入国後、書類のチェックとPCR検査の検体をとったあと、腕にGPSをつけてホテルへ。

ようやく落ち着きました。

ごはんは選べないけれどおいしい。

今回の感染症とは無縁な訪問者がいるので、今日も元気です。

久々の更新です。6月24日に渡航許可がおりましたので、正式にラオスに行けることになりました。

依頼の原稿をこなしていると、無料でブログを書くことがなんだか億劫になってしまいがちですが、好き放題書けるこの空間を大事にしていきましょう。いちおう独自ドメインでやっている以上、プラットフォーマーからはそこそこ自由でいられる、はず。

以前の「専門知を再考する」から引き継いでいる問題です。

昆虫食に一言も触れていない書籍を買って、昆虫食「で」批判的に読み込む。

こういう読書の方法を「コンセプチュアリゼーション=文脈化」と指摘していただきました。先の専門知の中には、そのコミュニティに属しているから得られる文章化できない暗黙知が含まれているので、専門分野ごとの「文脈」があります。

構築された文脈に対して、まったく言及されない昆虫食を「あてこんで」意地悪く読み解くことで、分野横断的な対話を発生させたり、脱文脈化、再文脈化を繰り返して、異分野同士に糸を渡していくイメージでしょうか。

さて、この論文も「昆虫食で」読んでみましょう。

地域の哺乳類や鳥の行動と収斂する傾向が、となったときに、わたしはいちはやく「昆虫食ってるな」と読みたくなるものですが、この著者はデータすらとっていません。これは怠惰なのか、それとも、、偏見と解釈していくほうがいいかもしれません。「昆虫を食べてない地域で高等教育を受けた研究者の割合が高すぎる」という貧困格差からくる、教育機会の不均衡の問題へとつながっていきます。

じゃあさらに、農地に殺虫剤を撒いて害虫と益虫を消費する食生活は、昆虫食の哺乳類や鳥と「収斂」しているのか?とまで考えると、殺虫剤式の農業が、野生動物と同じように昆虫を食べる食文化を維持することを困難にしてきたことまで、推測できます。殺虫剤は社会を豊かにしたことは確かですが、昆虫食というマイナーな文化を継続したまま、豊かになる道を閉ざしてしまった。つまり昆虫を食べない、殺虫剤を使う農業にコミットしたほうが高等教育にありつけるのです。

ジェンダーの問題でも、狩猟は男の仕事、採集や家事は女の仕事、というのが偏見から見逃されていたことが指摘され始めました。3割から最大5割は狩猟者は女性で、これまで男性研究者が多い分野だったことから、そこに懐疑的になる研究者がいなかったのでは、という指摘です。

私が妄想するのが、30年後、ラオス出身の食の哲学者が、私がラオスでやっている昆虫養殖事業の暴力性を批判する未来です。採集食という地域の生態系の様子を直感的に会得する機会を奪い、農地を広げ、ビジネスの材料へとした行為は、おそらく責められることになるでしょう。なってほしい。

そのときに、当時選択できた他の選択肢よりかはいくらかマシ、と言えるぐらいの理論武装はしておきたいものです。

この高等教育の不均衡の問題は、現行の資本主義を批判する文脈での弱々しさへとつながってしまいます。

都市生活者で高等教育を受けた、先進国の若者が批判した先には、彼らよりずっと困難にさらされている途上国の田舎を救うアイデアが出せませんし、彼らは批判者として先進国で「仕事」をしていますので、世界の田舎を救うインセンティブがないのです。これはいけない。上手に批判はできるけれど、代替案は出せない。そして今まさに作り出そうとしている昆虫食についても、批判者になってくれない。不耕起栽培や有機農業の弱々しさも、

有機作物の市場を背景とする温帯の農業の逆張りの一つ、として、慣行農業を批判することはできても、じゃあ昆虫が豊富で温かいラオスでも同じことできるの、という代替としての頑強さはありません。そしてそれを検証しようともしていないし、あったとしても新しい有機農業が誕生するのではなくて温帯での農法を移転するだけ。

そういう意味で、昆虫食を切り口にした、既存の学問分野、業界における「脱文脈化」と「再文脈化」が、これからの対話型専門知の構築を目指したい、昆虫食の役割だろうなと思っています。既存の学問分野において昆虫食を切り口に考えることで厚みが生まれ、頑強さが出るような「利点」が見えてくれれば、おもしろいのではないかと。

ということでまた読書に戻ります。