あの終わり方がハッピーエンドだと仮定した場合、
どう考えても食べてる。少なくとも間接的に利用している。と考えるしかないんですあの世界は。
さらにいうと、「昆虫食」という発想すらないかもしれない。「持続可能なカガステル農業」を考えたとき、すでに唯一の食料源がカガステルになっている可能性すらあります。
さて突然、無茶ぶりでトクロン先生から振られていたネタを、一年ぶりぐらいに回収します。頭の隅に引っかかっていたのが、ついに結論を得ました。
カガステルの考察の難しさは、公式設定としての「語り部」がいないことです。(進撃の巨人では現在公開可能な情報、という第4の壁を破るような公式設定が、読者を誘導する役割を果たしていましたが)
そして一見すると、ポストアポカリプス的な世界ゆえに、語られる状況がもうすぐ滅亡することを示しているのか、それとも再生の途上なのか、それとも持続可能な定常状態なのか、判断する要素が少ないことです。
またその原因が「大戦」と「カガステル」という2つの破局を経験した後なので、今の状況がどちらの破局の結果なのか、判別しにくい。さらにもう一つ、ラストまで「総括」がなかったことで、なんとなくいい雰囲気のラストシーンのあと、どんな未来が待っているのか、暗示されていないことです。コレは困った。
劇中のカガステルは、モンスター・パニックの要素と、ミリタリーアクションの要素、そして(人間がモンスターに変わるという意味での)ゾンビものの要素を併せ持つわけですが、そこに「食」と「生殖」がからまってくると、ジャンル別だったものが、全体のシステムの関係性や持続可能性について読者が気になってきてしまう、という状況にあります。私もフードシステムが気になってしまって、本命のストーリーが頭に入らなくなることがありました。
これはうまく整理しないと、モンスターの要素とゾンビの要素が文字通り「食い合って」しまうという意味で、どっちつかずになってしまう、やややこしい作劇の問題です。おそらく作中において、あえて濁すような言い回しもありますので、野暮に明快にしないほうがいいのかもしれません。しかしSDGsを定義した2030アジェンダにもこう書いてあるわけです。「すべてのゴールは統合され不可分」なのです。せっかくですので、ハッピーエンドに終わるための持続可能なカガステル農業の未来に向けて、ここはSDGs的な最適解を目指しましょう。
カガステルが誰かにデザインされた、目的を持った生物であるかどうか、は結局濁されています。これもまためんどくさいです。しかしカガステル研究者だった親子、エメト・キーリオとフランツ・キーリオ父子が「人類の進化では」との仮説で20年以上、研究を進めてきたわけで、彼らの遺志をつぐことにしましょう。
カガステルは人類の進化であり、この物語はハッピーエンドである。と仮定します。
こういう先に未来(ゴール)を決めて、
今何すべきかを逆算していく、というのをフューチャーデザイン、といったりしますね。
下の図はここから引用です。
さて、SF批評のマナーとして、最小の補助線でもって、この世界を解釈してみましょう。シンプルな仮説でよく説明できることが、解釈の正解かどうかは作者しかわかりませんが、それはそれとして良い考察である、とは言えるでしょう。
読後の雰囲気からしても、物語はハッピーエンドで終わってほしいものです。なのでラストシーンのあとは「持続可能なカガステル農業」がある、と願望をこめて想定してみます。
大フィクションとして
「カガステルは人体に窒素同化とリン回収濃縮、そしてセルフ防犯機能をもたせた農業のためのデザイナーズ感染症」という仮説をぶっこんでみます。つまり発症者は「農家へ強制的に転職させられた」のです。ウイルスによる染色体のリコンビナント、遺伝子導入、いろいろ想像できそうですが、「戦時下のため、カガステルへの発症リスク情報が粛清の対象になってきたことから、かなり情報の精度が低く、調査分析が荒い」ということが示されています。いろいろ考えつつも、作中で示される不確定な情報を鵜呑みにしすぎず、最小限の理解にしておきましょう。
性質の一部は(キーリオ父子研究者の予測に反して)遺伝するらしいということもふくめて、なんらかの変異原性をもつことが示されました。そして全員がカガステルになってしまえば(コルホーズやソフホーズのような?)それもまた一つのハッピーエンドなのですが、人間の遺伝子を再編・利用する性質から感染や発症に対してかなり個人差がある、と言えそうです。また「昆虫」とは無関係なこと。「野生」と「虫籠」の2パターンの生活史がありそう、とも語られています。
それでは参りましょう。まずはカガステルの生態について。
一読した当初、わたしは「人間はカガステルにとって遺伝資源」ではないかと考えていました。しかしデザイナーによって目的をもって作られたとすると、それは奇妙です。人間の不確かな遺伝資源をカガステルがわざわざ摂取し、利用する意義は見えません。もう一段階シンプルに考えましょう。人体は単純に、「リン資源」なのではないでしょうか。つまり劇中、かなり存在や描写が隠されていた「農業」および「弾薬」に、その理由を求めてみるのです。
壁で覆われた集落、集落間の移動に武装した隊列を組む、などなど、人口が密集した集落が点在していながら、農業、電気、上下水道など、インフラに関わる設定は、徹底的に情報が明かされませんでした。ポストアポカリプスもので、そのようなシステムが設定に明示され、ストーリー展開に利用されるのは、映画でいうとスノーピアサー、ブレードランナー2049、マッドマックス怒りのデスロード(ここでは弾丸農場バレットファームで人間のウンコから弾薬を製造しているという公式設定がありました)など2010年代中盤から後半にかけてですので、2005年開始というカガステルにおいて、それを求めるのはズレてしまうかもしれません。オーバーテクノロジーになりすぎないよう、誠実に想像で補いましょう。
カガステルは人間を襲う、という設定から、すべての農業が無人ロボット化していた、と考えることができるかもしれません。そうすると古い兵器で戦闘していたり、コンピューターが古い、最先端なはずの研究所内があまりにアナログであることから、これは整合性が薄いと思われます。カガステルがいないにしても、人間が襲いに来てしまうでしょう。またアンチョビやサバなどの海産物らしきものが出てきていましたが、これが海が利用可能な状態にあるのか、それとも缶詰として備蓄されていたものを、人口が減った人類が掘り出して使っているのか、明確な描写はありませんでした。海の幸も期待しないでおきましょう。
また、カガステルが昆虫とは類縁関係がないとはいえ、「昆虫食」という言葉は劇中に出てきませんでした。あったのは第一巻106ページの商店街シーン、右下「BUG」という看板。これも昆虫食なのか、それとも虫対策用品店(つまり武器屋)なのか、わかりません。もう一つあったのは「ミートボールとヨーグルトソースと雑穀ピラフ」さて、何のミートでしょう。そうですね、カガステルです。「首の後ろに神経毒を打ち込む」と殺せるという意味でも、食利用のしやすい生物といえるでしょう。
そうすると単に人類同士が共食いするのと、どう違うのでしょうか。考えられるのは、何らかの付加的機能です。人類には到底できないことが、カガステルにはできる、ということです。「野良カガステル」の卵から孵った幼虫についても、人間より大きかったことから考えると、おそらく単なる従属栄養生物ではなく、独立栄養生物の側面も持ち合わせていた、と考えられないでしょうか。「発症」によって変形していった人間も、カガステルになるにつれ固く巨大になっていったように見えます。動物に必須で、硬い強靭な甲皮が必要で、その原料が環境中から得られる、つまり空気中の窒素から「ハーバーボッシュ法」を生体内で行って、人体に利用可能な窒素化合物を得ていた、と考えてみましょう。
窒素ではないですが、熱帯雨林におけるアリのバイオマスが、そこに住む哺乳類の合計より重い、という論文がありました。単なる捕食者ニッチではなく、農業やスカベンジャー(分解者)として、炭素循環の担い手としての役割があるだろう、との推測をしています。バイオマスや個体数でいうと人間を凌駕しているかもしれないので、カガステルには様々な生態系の機能を担ってもらいたいものです。
その中でも葉っぱを集め、キノコを栽培する農業を行うハキリアリについては、体内ではダメージの大きい、激しい化学反応を「体外」で行うことで、栽培したキノコに含まれるリグノセルロースを速やかに分解し、消化利用可能にしているそうです。カガステルは強靭な外皮の中でこのような「苛烈な化学反応を体内で」行える、画期的な家畜なのではないでしょうか。そうすると、あの資源が少ない世界で気兼ねなくドンパチ=火薬がふんだんにつかえることも理由がついてきます。火薬に利用する窒素化合物も、カガステル由来なのでしょう。虫籠に人間の軍が立てこもるのも納得です。
カガステルが昆虫と類縁関係がないことは明示されていましたが、その生態を考察する上で、アリはハチなどの社会性昆虫と比較して考察されていました。社会性昆虫にみられる「群知能」は、個体それぞれ単体では不合理な生理生態をしていても、群れとして適応度を高める行動をとるとき、群れにおいて最適な行動をとるよう個体の行動が調節されている、として分析します。カガステルの窒素同化の機能も、同様に考えてみましょう。
社会性「虫籠のカガステル」は、孤独性「野良カガステル」と異なり、女王からの「周波」でコントロールできていました。これが音波なのか電磁波なのか(つまり周波数)は明示されなかったものの、距離に従い減衰するところを考えると何らかの空間を伝わる波だったと思われます。
そうすると、待ち伏せタイプで飢えをしのぎ、散在する野良カガステルと違い、虫籠のカガステルの多くが、波の届く近くの人間という資源にたよりっきりになってしまうリスクがあります。これでは常に警戒行動をしている、群れのエサを賄うことが難しくなってしまいます。また、人類はカガステルの登場と同期して戦争状態になっており、人口の2/3が失われています。カガステルにとっても、減少しつづける人類だけをエサ資源としているわけにはいかないのです。また「虫籠」は構造物様のものも作っているようです。その強度が人類の鉄筋コンクリートに比べて強いわけでもなさそうなので、「戦争に勝てる構造物」を作るための分泌係としてのカガステル、というわけでもなさそうです。
また、完全な独立栄養生物であった、と考えてしまうと、人類を捕食する意義もなくなってしまいます。なので足りない栄養素を仮に「リン資源」としておきましょう。戦争によりリン鉱石は不足し、あるいは戦時中に資源国が海に流すなどの措置をして、地球上のリン資源は薄まり、利用困難な状態、と仮定してしまいましょう。カガステルの死体が蓄積している虫籠の地下は、肥料に適したグァノのような、蓄積したリン鉱石のようになっていることでしょう。カガステルのウンコの描写はありませんでしたので、人間を食べた後は虫籠に戻ってウンコをするのかもしれません。
そうすると「虫籠のカガステル」が行っている作業は「人間を苗床にした農業」に近いことがわかります。おぉ、再生中の森を守る番人としての蟲、と説明された風の谷のナウシカよりも「積極的に人間を狩りに行く」生態も説明できます。つまり人間と人間の感染者であるカガステルは、耐圧性の外皮で高温高圧の窒素同化を行い、「相互に狩り合う」ことで種内競争を行い、リン資源などの利用しにくくなった薄い元素を濃縮し虫籠に溜め込み、農業を発展させつつ、環境収容力の中に収まるよう、急速に個体数を間引きし、安定させようとしているのです。
ようやく全体像が見えてきました。
それでは「人類全体」ではなく個人として、独裁軍事政権の「都市」か、さっさとカガステルに発症してカガステル同士は戦わない「虫籠」か、それとも「野良カガステル」か。どれを選ぶのがいいんでしょうか。
カガステルになる資質のない主人公たちは人間のまま「野良」を選んだようですが、ハッピーエンドを狙うならば窒素化合物は弾薬にせずできるだけ肥料に、ウンコと死体は捨てずにリンを回収し、カガステルに狙われないよう自動化ロボット農業をどこかでスタートする、というのがよさそうです。
主人公たちの次のゴールは、都市間の人間同士の戦闘を(統一にせよ全滅にせよ)収束させ、火薬より肥料に窒素化合物を転用し、ウィズカガステルの未来を達成するためにも、「砂漠でも海でもない農耕適地を探すこと」と「兵器を改造した無人農業ロボットの開発」「都市間を移動する無人の肥溜め」ですね。「無人カガステル捕縛装置」なんかもいいかもしれない。そうすると、彼らカップルの仕事、役割は見えてきました。「無人ロボット農場の用心棒」です。無人となると戦時下ですからむしろ人間から狙われやすく、そこをさらにカガステルが襲いに来る事も考えられます。であればイリがカガステルを追い払うか、近所のカガステルを使役し、防御に利用する、キドウが作物泥棒を肥料に還元する。といった農地の用心棒職なら、食いっぱぐれることはないでしょう。
なかなかバイオレンスなカップルですが、紛争や収奪がまかりとっているあの時代の食糧生産は命がけなのです。カガステルも人間も、そろって畑の肥やしになってもらいましょう。環境収容力のみが、あの時代の生死を決めるのです。用心棒としての雇用を確保すれば、自分探しの旅をはじめていたアハトも定職につけそうです。