コンテンツへスキップ

2010年のFAO昆虫食報告書「HUMANS BITE BACK!!」をどう訳すか問題。

昆虫食では2013年の報告書が注目されがちですが、FAOは2010年にも報告書を出しています。これは昆虫食に対するFAOの基本的なスタンスを示すもので、私は好きでよく引用するのですが、あまり有名ではないです。巷の昆虫食ビジネスは2013年の報告書の中の一つの論文(2010年温室効果ガス論文)の図、ただ一つだけに注目してしまっていて、どうにもFAOの文脈を捉えきれていないように思います。

「文脈を捉えきれない」と何が起こるかというと、FAOの主張に反したり、FAOがこれからやるべきと主張する方針と衝突するにもかかわらず、「FAOが言っているから正しい」かのような、存在しない権威を傘にきたような主張をしてしまう危険があります。FAOの役割は国際機関ですので、そこと反する主張をしながら昆虫食を推進するのはもちろんありうることなのですが、(私もFAOに100%同意ではないです)適切な引用は適切な文脈の解釈あってこそ、ですね。もちろん適切な翻訳も、適切な解釈あってこそ、です。

さて、2010年の報告書のメインテーマは「Edible forest insects 食べられる森林昆虫」です。森林から供給される昆虫などの採集食材は、現地住民の栄養を支えているのですが、森林を木材として現金化する、という目先の利益ばかりにとらわれると、現金を得たところで森林が破壊され、それまで得られていたインフォーマル(流通経済に乗っていない、自給自足や地域内の物々交換をインフォーマルといいます)な食材について、見過ごされてしまうし、かえって栄養を阻害するかもしれないから注意せよ、と警告するものです。

木材の現金化が、ほかの売り物とトレードオフになるのであれば、(たとえば売り物になる伝統薬や染料など)、ブレーキがかかるのですが、栄養となると、当事者もほとんど気にしていません。貧困地域においては現金の得られる手段というものはたいそう魅力的で、当然ながらそこには基本的な栄養教育も行き届いていないので、「栄養があるものを食べなくてはいけない」という発想がそもそもないです。

ちょっと話はそれますが、よく昆虫食を「貴重な栄養源」として表現されることがあります。その際に気をつけなくてはいけないのが、彼らは栄養があるという「動機」で食べているわけではない、ということです。美味しいから、そこにあるから食べています。栄養という「機能」があることと、彼らが栄養を動機として食べているかは別のことで、現地に栄養教育が普及していない以上、栄養教育をしても行動を変えられない状況があるならば、昆虫を食べている動機を栄養と断定するのは不適切、といえます。

話を戻しましょう。

FAOのスタンスはこのときも一貫して、途上国、小規模農家、先住民を重視して、一切ブレていません。2013年の報告書に際しても先進国「にも」食の選択肢になるのではないか、と問題提起をしたところ、先進国だけでバズってしまい、途上国の先住民は置き去りになっています。2021年からFAOの報告書は「先住民のフードシステム」として、生態系を持続可能な形で利用してきた(持続可能じゃない先住民はそこで途絶えてきたシビアな現実もあるわけですが)歴史のある生態系利用について、未来に必要になる、あたらしいフードシステムを提案するものになるだろう、と注目しています。もちろんそこに昆虫も含まれます。

ですが、スタートアップがアピールするのは消費者や投資家の注目である、地球温暖化対策、食品安全、効率化ですので、FAOの主張を十分に受け止められず、ややズレた解釈や広告をしてしまっているのが現状です。

このままズレが拡大すると、「先進国の資本による高効率、大規模でエシカルな工場」が建設され、その建設労働者や軽作業の単純労働者が、昆虫を食べてきた田舎出身者の出稼ぎだったりする事が起こりえます。

これはまさにFAO2010年が警告したとおり、「現金のために栄養が悪化する」あるいは「昆虫を食べてきた貧困地域から昆虫食をとりあげて、先進国向けの栄養をつくる」というたいそうよろしくない産業へと育ってしまいかねません。こういうのを生物学的盗賊行為(バイオパイラシー)といいます。

まとめの図です。

さて、これらを踏まえて本題に戻りましょう。「HUMANS BITE BACK!!」をどう訳すか?

このお題は内山さんから投げかけられたもので、それまで私自身は直訳が難しいため、ちょっと皮肉めいた意訳として「人類よ、食いあらためよ!」とたびたび訳していました。今回、翻訳者の友人に聞いてみたところ、悪くない意訳だ、とのコメントをもらったので、教えてもらったロジックを紹介しておきます。これは翻訳の勉強になりました。

一般的な話として、書籍や報告書の「題名・見出し」の意味するところは2つで
1,内容の予告 2,読者の興味を引く要素

内容を見てみると、Edible forest insects とHumans bite backは「人間が、昆虫を食べる」という意味で同じ内容を示している。つまりHumans bite backは 1,内容の予告という機能はほとんどもたず、2,読者の興味を引くためのフレーズが大部分と考えていい。じゃあどんな興味を引くためのものか。

bite backが句動詞で、単語の直訳では意味が通じない。「人類が噛み返す」ようなニュアンス、本当は虫が人を噛むものなのに、といった前提が読者に共有されていると想定すると「その逆」が読者をおどろかせ、興味を引くフレーズとして機能する。

ただ、報告書の内容を見ると、「先進国が見過ごしてきたインフォーマルな昆虫食を見直すべき」という反省の文脈が含まれているので、読者層を「昆虫が人間を噛むことがあっても、人間が昆虫をかむなんて?」とおどろくような、昆虫を食べない先進国だけに限定してしまうのは、それはそれで「これまで食べてきた人たち」に対して包摂的じゃない。

日本でもイナゴを普通に食べてきた人が、このフレーズにピンとこないものになってしまうだろう。なのでちょっと本意とズレてしまう。
そうするとキリスト教の和訳でよく使われる「悔改めよ」というフレーズをパロディにして、「食いあらためよ!」とし、これまでの先進国が途上国へ一方的に価値観を押し付けてしまった反省を踏まえ、人類全体に改めて提言するものとして「人類よ、食いあらためよ!」は悪くない意訳、となる。

とのことでした。翻訳っておもしろい!特に題名については映画なんかも原題と邦題が大きく違っていることもあり、直訳を含めて正解が無数に考えられる中で、説得力をもたせるここらのロジックはとても勉強になりました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。