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今まで分散していました、昆虫食情報発信ブログ

蟲ソムリエへの道

蟲ソムリエの実践ですが

こちらにまとめることにしました。どうぞこれからもご贔屓にお願いいたします。今年は散らかっている情報をまとめて整理して発信していく年にしようと意気込んで、いや、ほどほどに思っているところです。

さて、タケクでの自主隔離もあと2日となった6月23日。玄関の横に謎の物体が。卵、のように見えるけどなんの卵?

小ぶりなビー玉ぐらい。中でぐるぐるしている。

魚のような体型で外鰓がある。ということは両生類?おたまじゃくしのような体型ではなくスラっとしているし、サンショウウオだとすると脚がない。すると詳しい方からリプライをいただきました。

なんか、すごい生き物らしい。名前にミスリードを誘われたが、イモリが足を失ったグループ、ではなくて両生類の無足目、という無尾目(カエル)有尾目(サンショウウオ)でもない、3つ目の大きなグループとのことです。南米、東南アジア、インド、マダガスカル以外のアフリカに生息、パンゲア大陸由来とのこと。すごいな。

毒のある種もいるらしいとか、卵生とか胎生とか、地中性とか水性とか、いろいろと多様性があるようですが、如何せん情報が少ない。日本でも継代飼育に飼育した人はまだいないのだとか。

確かにラオスの雨季は粘土質の土が水を含んでヌルヌルになり、人の行く手を阻む。トヨタのオフロードでないと未舗装の道は踏破できない。農村部では田植えを終えると農閑期になり、あまり農作業をしない。農地で重たく粘着する土を無理にいじると体を痛めてしまう(私は腰を痛めました。)雨季は意外と生き物に出会いにくい気候なのだろう。 それでもなお、たまたま偶然、玄関の横に産卵したというのは喜ばしいことだ。フェンスで囲まれた敷地内なので、犬も怖くないし、泥棒も入ってこない。カメラを設置しよう。インターバル撮影だっ!

ここでお母さん登場。模様からコータオヌメアシナシイモリと推測されます。

タイムラプスが、、うまくいかない!マニュアルフォーカスが解除されてしまう(仕様とのこと)

二度目!

昼間は雨!水没したけれど大丈夫そうだ。

そしてその夜。オートフォーカスのための小さな明かりをともし、待ちます。昨日は日没後すぐに来ていたのに、なかなか来ない。うろうろしていたら土から顔を出すお母さんと目が合う!これはすまない。邪魔をしてしまっていたようだ。

そしてついに!タイムラプス成功!

今のところ、卵が完全に水没すると世話をしにこなさそうです。そして水に浸かっても卵は死なない模様。

周囲の水位が下がると、乾燥の危険が高まるので粘液をまとわせてそれを防ぐ、のでしょうか。抱卵といっても温めるというよりはぐるぐると回転させているようです。どんな意味があるのでしょう。翌朝子守をしたまま発見。抱卵の時間帯は結構アバウトなのか、それとも天気次第なのか、しばらく観察を続けます。

さて今夜は金土と続いた長い雨がいったん途切れ、6時からタイムラプスを動かし始めています。さて母親は来ているでしょうか?水位が低いので、これまでの考察がただしければ、日没後すぐに来るでしょう。

しかしこれ食えるのか、ラオスにも食う文化があるのか、知りたいところです。写真を見せて聞き込みをして、

調べてみます。

出国も迫る6月16日、サエボーグ個展「Livestock」を観てきました。イベントでのパフォーマンスが本領発揮なアーティストですが、展示として造形をじっくり観られるのもまたよいものです。パフォーマンスはまだ観れず。

ご本人も会場にいらして、「食べること」「ウンコすること」を中心に色々話しました。

センシティブなテーマであることもあって、一部撮影禁止だったり入り口からは見えない位置に置いてある作品もありましたが、全体的に「お祭り感」があるのがいいですね。ご本人も「祝祭」を意識されてるとのことでした。

どうしても作品展示というのは触れる時間が短くなりがちで、「なぜここにウンコがあるのかわからない」といった素朴な感想もあったようで、そりゃ大動物家畜がいて食肉生産をしていたら、そこにウンコがあるだろう、という発想が、どうやらない人もいるらしい、のです。

どうしても人間はピンとくる部分に目が行きがちで、作品を観に来るときはその感度が高くなっているときでしょう。そのときに「システム全体」を見ることがいかに難しいか。

ピッタリとしたラバーはきもちいい、とか、くびれやくるぶしがピタッとしていて、いいですね。

また一方で、「作る側」になると見え方が違ってきます。取材し調査し、試作と思索を繰り返し「何を強調するか」を考えるとき、「何を強調しないか」そしてその全体を把握していないと見失うものがあるのでしょう。

昆虫食と文明」という名著のあるデイビッド・ウォルトナー・テーブズ

の「排泄物と文明」にも話が及びました。

国境なき獣医師団をつくった疫学者で、学者肌の雰囲気を漂わせるナイスな翻訳文なのですが、サエボーグさん的には「めっちゃ大事なのはわかっているけれど読み込みにくい」とのこと。確かにちょっと硬いし、前提知識がいるし、サイエンスを背景にしない人にはとっつきにくいかも。

そういう意味で表現の目的ごとに「解説役」というのがいろんな形で必要なのでは、とも思うのです。対話型専門知だ。

最近リアルタイムで読書をしてメモを残していく「読書メモ」というのをやっているのですが、もともとは読書中にTwitterを占拠して、気が散るのを抑えるための苦肉の策だったのですが、意外と好評で、こういった専門知ユーザーとしての目線を増やしていく、というタイプの対話型専門知も実践できればな、と思っています。

専門知を再考する 読書メモ

https://togetter.com/li/1708730

食農倫理学の長い旅 読書メモ

https://togetter.com/li/1733281

さてさて、6月24日に渡航してから、なんやかんやあってホテル強制隔離が終わったのが7月8日。
日本にいる間に、呼吸器疾患をコントロールしてる関係でかかりつけ医に相談していたところ、早期接種を推されて一回目のファイザーワクチンを6月20日に打ったところで渡航となりました。

キャッサバが育ちつつあるタケクの我が家

隔離期間中にラオス側の調整をしていただいて、二回目をラオスで受けることになりました。これはけっこうレアなのでは。保健NGOとして田舎で活動する以上、感染リスクの持ち込みは最低限にしないといけません。mRNAワクチンは超低温冷凍庫が必要な関係で、首都ビエンチャンでしか受けられず、各社のワクチンがCOVAXというWHO主体の枠組みで分配されている様子。空港のPCR検査は韓国が提供しているとのこと。いまのところラオスでの接種の完全普及は2023年を予定しており、接種スピードの遅さから地域を分けた強いロックダウンが唯一かつ効果的な方法、とのことです。首都ビエンチャンはレッドゾーンで、活動地のカムアンは2週間以上、一人の市中感染者も出していないグリーンゾーンになります。やはりレッドゾーンはみなマスクをしていましたが、グリーンゾーンは普通の生活に戻っている様子。観光客がほとんどおらず、観光客向けのホテルや飲食店が閑散としています。

アジア経済研究所がここらへんまとめてくださっていました。ありがたい。

んで7月11日に接種して、そのまま中部タケクに移動。接種日までの週末に少し時間があったのでビエンチャンでパソコン関係の物品購入をチェック。気軽にタイに渡航できなくなったのと、近年のバーツ高もあって、なかなか日本と同じ価格、同じクオリティとは言い難いですが、それでもちょっと気の利いたものを扱う店もふえてきたようです。

今回持ち込める荷物制限が厳しく、重くてかさばる調理器具を運んだこともあり、かなりの物品を諦めていたので、ビエンチャンで補充できてよかったです。調べたらEMSも止まっていて、割高のDHLか船便。
送ろうと思って断念した、ちょっといいキーボードもこちらで買えました。
ゲーミングキーボードってレインボーにきらめくんですが、なんかアガりますね。タイ語がいい感じ。

接種後6時間でタケクへ。無事(?)肩が腫れてきて、翌日だるさと関節痛がマックス。


なんだかんだ一日だるく過ごしつつ、自宅待機となりました。入国隔離後、すぐに移動すれば二回目の隔離は免除されたのですが、レッドゾーンのビエンチャンにワクチン待ちで滞在していたため二度目の自主隔離に。
一週間は外に出れず、二週目は食材の買い出しはOKとのこと。

ようやく先週末に開放!ひさしぶりの町並み。変化はフードパンダ(ウーバーイーツみたいなの)が増えたこと。

湿気は強いですが雨上がりはひんやりと過ごしやすく、日本の夏よりもつらくない。
寝具にダニがやってきていたので晴れ間を狙ってダニ熱殺

隔離二度目といっても庭はあるき放題なので、かなりストレスは少ないですね。虫はよい。
今週末でようやく自由の身です。田舎に行きたい。

出国前にようやっと、完成しまして、害虫展season2 への応募が完了しました。これから一次審査、二次審査へと進み、落選しなければ、落選しなければ、ですが、足立区生物園、箕面昆虫館でそれぞれ展示されます。TwitterでRTいいねをしていただくと残れる確率が高まりますので、応援よろしくおねがいします。

Insect "Cooked" Specimens 昆虫”調理”標本

害蟲展は第一回、昨年2020年の応募が初めてで、入選をいただくことができました。だれが害虫、という線引をするのか、そしてそれを更改するのはだれか。(それがラオス人であってほしい、という願望も含めて)ヤシオオオサゾウムシを題材に、写真作品を応募しました。

審査員の館野鴻さんから、「そのままじゃん!」と講評をいただきましたので、今度は「表現」を噛ませたものを作ろうと、立体作品にしました。手法は「液浸標本」です。

「昆虫標本ってうまそうじゃないな、、、」がきっかけです。昆虫は外形の特徴をかんたんに、そして長期に保存できることから、乾燥標本が主流です。バッタなどの一部の昆虫は退色してしまい、生きているときの彩りを残すことができません。凍結乾燥などの高価な機材が必要な方法も普及に困難があります。

またトノサマバッタは茹でると、含まれるアスタキサンチンがエビのように赤く色づき、その後茶色く退色してしまいます。佃煮などの保存食にする頃には茶色いのです。茹でたあと、冷凍してもしばらくすると退色してしまいます。エビぐらい赤くおいしそうなまま、保存できる方法はないか。

ということで海産無脊椎動物の液浸標本の方法を教えていただき、茹でたバッタの赤を保存する方法を模索しました。ようやく、まだまだ完成ではないですが、各調理法に応じて、退色脱色を最小限にした保存方法ができたので、既存の乾燥標本と並べ、「茹で」「揚げ」「混和」「成形」の4種の調理歴をもつ「昆虫”調理”標本」ができたのです。

ああgあげあ

これが昆虫の乾燥標本と生体が並ぶ昆虫館に展示されることで、乾燥標本が美味しそうに見えない、ということと「昆虫が美味しそうに見えない」ということは、必ずしも同一とは言えない、という新たな軸がみえることを期待します。

今回は「混和」「成形」という本来の標本、つまり外形の情報が残らないものも、あえて「標本」と称して並べました。果たしてあなたが食材として口にするのはどういう調理法なのか、乾燥標本の軸から少し外れて、昆虫調理標本を目の前に(審査が通過すれば、ですが)考えてみてはいかがでしょうか。

ラオスを離れたのが2020年の3月22日ですので、実に1年3ヶ月!

日本で待ちぼうけで、おいしい昆虫記を書くことができましたが、

手続きはなかなか進まず、5月29日に渡航できそう、となったら歯のトラブルと、なかなかバタバタしておりましたが、渡航できました。今はホテルで14日間の隔離期間中です。バスタブはあるし、エアコンも新しく、ベッドも部屋も広い。なかなか快適な生活をしています。いまのところは。後半がなかなか厳しいらしい、との経験者のお話です。

さて、思い出してみましょう。6月24日。早めにアシアナ航空の窓口につきました。韓国の仁川国際空港を経由して、ラオスの首都ビエンチャンへのチャーター便を乗り継ぎます。このチャーター便を運行するのはティーウェイ。

成田からインチョンまではアシアナ航空。すると窓口のスタッフがなにやら険しい顔。「通常、トランジットで荷物の引き渡しをティーウェイと結んでおらず、今から照会しますが、返事がかえってこない可能性が、、、」

なんと。通常ではこういった荷物の引き渡しのない乗り継ぎは、韓国に一度入国して、自前で次の航空便に載せる操作が必要になるのですが、今の韓国はノービザでの入国を認めていないので、「特例的に」乗客が入国しなくても、乗り継ぎできるよう荷物の受け渡しをしている、とのことです。

しかしアシアナ航空とティーウェイはそれをしていない。一時間待っても返事が来ず、韓国の入国管理局は「入国者としてカウントされている」との返事。

これはあれではないか。ターミナル。

1,出国すらできない。

2,出国できるものの、荷物が韓国に取り残されて、自分だけラオスに。

3,出国でき、荷物が無事引き渡され、無事ラオスに荷物とともに入国できる。

結局一時間待ったものの、ティーウェイから返事がこなくて、2か3が決定。

なやましい出国

「8割ぐらいの確率でうまくいきますよ」と謎のはげましとともに、アシアナ航空で出国。インチョンでいち早くティーウェイに問い合わせ、荷物を確認せねば。

いなーい! ウイングのはしっこの搭乗口から引き返し、総合案内へ。事情を説明するとそこそこあることらしく、ささっと確認。アシアナ航空へ。

「アシアナ航空のスタッフが、ティーウェイに引き渡したってさ」との返事。さすがアシアナ。信用できる。

そしてティーウェイへ。出発時刻が迫ってくるとようやくスタッフが。チケットを見せると写真をみせてくれて、「この荷物?」と。そうそうそれ!

無事ラオスに入国できました。

入国後、書類のチェックとPCR検査の検体をとったあと、腕にGPSをつけてホテルへ。

ようやく落ち着きました。

ごはんは選べないけれどおいしい。

今回の感染症とは無縁な訪問者がいるので、今日も元気です。

久々の更新です。6月24日に渡航許可がおりましたので、正式にラオスに行けることになりました。

依頼の原稿をこなしていると、無料でブログを書くことがなんだか億劫になってしまいがちですが、好き放題書けるこの空間を大事にしていきましょう。いちおう独自ドメインでやっている以上、プラットフォーマーからはそこそこ自由でいられる、はず。

以前の「専門知を再考する」から引き継いでいる問題です。

昆虫食に一言も触れていない書籍を買って、昆虫食「で」批判的に読み込む。

こういう読書の方法を「コンセプチュアリゼーション=文脈化」と指摘していただきました。先の専門知の中には、そのコミュニティに属しているから得られる文章化できない暗黙知が含まれているので、専門分野ごとの「文脈」があります。

構築された文脈に対して、まったく言及されない昆虫食を「あてこんで」意地悪く読み解くことで、分野横断的な対話を発生させたり、脱文脈化、再文脈化を繰り返して、異分野同士に糸を渡していくイメージでしょうか。

さて、この論文も「昆虫食で」読んでみましょう。

地域の哺乳類や鳥の行動と収斂する傾向が、となったときに、わたしはいちはやく「昆虫食ってるな」と読みたくなるものですが、この著者はデータすらとっていません。これは怠惰なのか、それとも、、偏見と解釈していくほうがいいかもしれません。「昆虫を食べてない地域で高等教育を受けた研究者の割合が高すぎる」という貧困格差からくる、教育機会の不均衡の問題へとつながっていきます。

じゃあさらに、農地に殺虫剤を撒いて害虫と益虫を消費する食生活は、昆虫食の哺乳類や鳥と「収斂」しているのか?とまで考えると、殺虫剤式の農業が、野生動物と同じように昆虫を食べる食文化を維持することを困難にしてきたことまで、推測できます。殺虫剤は社会を豊かにしたことは確かですが、昆虫食というマイナーな文化を継続したまま、豊かになる道を閉ざしてしまった。つまり昆虫を食べない、殺虫剤を使う農業にコミットしたほうが高等教育にありつけるのです。

ジェンダーの問題でも、狩猟は男の仕事、採集や家事は女の仕事、というのが偏見から見逃されていたことが指摘され始めました。3割から最大5割は狩猟者は女性で、これまで男性研究者が多い分野だったことから、そこに懐疑的になる研究者がいなかったのでは、という指摘です。

私が妄想するのが、30年後、ラオス出身の食の哲学者が、私がラオスでやっている昆虫養殖事業の暴力性を批判する未来です。採集食という地域の生態系の様子を直感的に会得する機会を奪い、農地を広げ、ビジネスの材料へとした行為は、おそらく責められることになるでしょう。なってほしい。

そのときに、当時選択できた他の選択肢よりかはいくらかマシ、と言えるぐらいの理論武装はしておきたいものです。

この高等教育の不均衡の問題は、現行の資本主義を批判する文脈での弱々しさへとつながってしまいます。

都市生活者で高等教育を受けた、先進国の若者が批判した先には、彼らよりずっと困難にさらされている途上国の田舎を救うアイデアが出せませんし、彼らは批判者として先進国で「仕事」をしていますので、世界の田舎を救うインセンティブがないのです。これはいけない。上手に批判はできるけれど、代替案は出せない。そして今まさに作り出そうとしている昆虫食についても、批判者になってくれない。不耕起栽培や有機農業の弱々しさも、

有機作物の市場を背景とする温帯の農業の逆張りの一つ、として、慣行農業を批判することはできても、じゃあ昆虫が豊富で温かいラオスでも同じことできるの、という代替としての頑強さはありません。そしてそれを検証しようともしていないし、あったとしても新しい有機農業が誕生するのではなくて温帯での農法を移転するだけ。

そういう意味で、昆虫食を切り口にした、既存の学問分野、業界における「脱文脈化」と「再文脈化」が、これからの対話型専門知の構築を目指したい、昆虫食の役割だろうなと思っています。既存の学問分野において昆虫食を切り口に考えることで厚みが生まれ、頑強さが出るような「利点」が見えてくれれば、おもしろいのではないかと。

ということでまた読書に戻ります。

2015年に創刊された学術誌、Journal of Insects as Food and Feedが、2020年6月の段階で意見記事を出していました。私が気づいたのは9月ですが、(しばらく下書きで放置していました)素早い対応に感謝します。社会全体が不安に煽られるとどうしても弱いもの、嫌悪感をそそるものに攻撃が行きがちです。解説しておきましょう

EUでは昆虫のヌーベルフード(新規食材)としての審査が最終段階にありますが、いずれも養殖昆虫を指していることから、この意見記事には採集昆虫に対する言及はなさそうです。

この感染症が発生当初から、センザンコウやコウモリなどの野生肉由来ではないか、と推察されてきたことから、中国では野生肉の食用を禁止する動きがありました。しかしロックダウンをするような事態になると、むしろ自給自足で野生動物の肉を食べている田舎において、流通の停止はむしろ栄養状態を悪化させてしまいかねません。

また一方で、風邪ウイルスの一種としてこれまでにも蔓延している「新型ではない既存のコロナウイルス」の研究では、ラットの肉が感染症を広げるのは、田舎ではなく食品卸売市場であるとの指摘。これはベトナムでの調査で、田舎ではなくむしろ都市の需要が、感染を拡大させている。とのことです。

つまりウイルスは「平等」にヒトに対して広がるのだけれど、リスクそのものは都市の市場が高める構造がありつつ、アクセスの悪い田舎にその対応を押し付ける(野生肉の禁止)という不平等になっています。これはこれまでの格差の構造を強化するかもしれない点で、留意されるべきでしょう。

ユニセフはこの事態に対して、途上国の子供の健康状態が悪化すると警告しています。

しかしまた一方で、ラオスの活動地、農村部では2020年4月の一ヶ月のロックダウンでは、「特にいつもと変わらない」と反応がありました。ピーマイという仏教正月を延長し、村では稲作の準備がおこなわれていたようです。また両親の出稼ぎは世帯収入を改善させるものの、子供の世話が高齢者の祖父母にたよられがちで、栄養リスクになる現状もあります。国境が閉鎖されてタイやベトナムからの帰国により、むしろ栄養状態は改善する可能性すらあるのです。

ここらへんも早期にラオスに戻れると、状況を観察したいところです。

久々の更新です。ラオスから日本に戻って1年。いろんなことがありました。

2020年9月の「おいしい昆虫記」出版から文字書きの依頼をいろいろといただきまして、セミナーなどでスライドを書いたりしていて、ブログが放置されていました。

過去記事を読み返してみると、情報のアップデートが必要なものもありつつ、「その時の空気」がおもしろかったりするので、本来のライフログと、個人としての自由な思考実験をできるようなブログをちょいちょい残していければとおもいます。

さて今年は4月末に渡航できるか、、、?という微妙なところで、関係者と交渉を続けていますが、できればタイミングがあれば渡航してしまって、ラオスからオンラインでできることを増やしていこうと思います。

日本に帰って、ラオスの活動を話す機会が増えたのですが、「貧困地域の貴重な栄養(だから自分は食べなくていい、自分は無関係)」という受け取られの多さに気づきました。「昆虫には栄養がある」という客観的事実ですら、偏見を助長しかねないのです。

「サルやコウモリ、ネズミや鳥が主食にしていますから、当然栄養はありますよね、さて」というように、短いセミナーではササッと避けて次の話をするようにしています。

というのも、「おいしい昆虫記」でラオスでの活動を「貧困地域の貴重な栄養」と誤解されたくないために私の半生をあえて読者に追体験してもらうことで、偏見を助長しないようストーリーを組むことにした、という経緯もあります。

つまり、とうとうやってきました。「昆虫食を社会の課題としてとらえる」という、これまで手を付けられていなかった本丸にとりかかろうとしています。

昆虫を食べなくなった私たちが、どのような社会を生きているのか。

昆虫を食べるラオスの人々が、どのような偏見にさらされているのか。

そして、ラオスでの活動は、小規模ながら「昆虫を食べるほど得をする社会」の構造を作ろうとしています。特をするならば、そこにお金を落とす人が増えますし、食べない人は損をするだけです。正直、「食べてほしい」という啓蒙や広告に、あまり興味がないのです。

私が昆虫の味見をすすめていく中で、昆虫が美味しそうに見えてきた辺りから、「食べたくない人」「食べたことのない人」の感覚がわからなくなってきたので、ここらでアーティストやデザイナーに任せていこうと思います。

アーティストやデザイナーのコンセプトの根幹に関わる議論をふっかけていければ。つまり社会問題です。

やはり強烈な書籍であった「フーディー」がこの一年の思考を深めてくれました。ラオスへ行きたい、という気持ちと、なぜ私はラオスで、大きく思考が変化したのか、という部分と、それが「日本に居ながら」変化をつくることができたら、更に発展するでしょう。

逆に言えば、「観光したから」「スタディーツアーしたから」といって、わかった気になってしまうのも困りものです。実際に行くことのよさは、どうしても言語化しないといけません。

もう一つ、難解な書籍ですが「専門知を再考する」もすごい書籍です。

昆虫食の分野を異分野の対話を続ける場である「対話型専門知」として高めていくことで、そのままその分野が「貢献型専門知」として社会に認められ、研究室がどこかの公的研究機関に設置されればいいと思います。

そのときに今、足りていないのが開発学の視点です。「応用昆虫学」のいち分野として再定義するのも、実は足りないのです。なぜ応用昆虫学から昆虫食が外れてきたのかという歴史的な反省と、それにより辺境に追いやられた昆虫食文化の回復、が大きな技術開発やガイドラインの軸になります。

開発学を現地で実現するには、社会学と人文科学の営みも必要で、ここらへんが今年の攻めどころではないでしょうか。なんてことをぼやきつつ。

ひとまず一年!くじけずに生存ができました。ラオス行きたい。

「蟲ソムリエ」 は私 佐伯真二郎の商標で、「昆虫ソムリエ」「虫ソムリエ」は株式会社昆虫食のentomoの商標です。 「蟲ソムリエ」と「昆虫ソムリエ」「虫ソムリエ」は独立のものであり、相互に資本、技術その他の提携関係は存在しません。 「昆虫ソムリエ」「虫ソムリエ」商標に関する問い合わせは、商標権者となる株式会社昆虫食のentomoへお願いいたします。

「おいしい昆虫記」発売一ヶ月が過ぎました。
みなさまのお手元に届いているでしょうか。

某所でコラボを始めようとしている企業の方が、「おいしい昆虫記」を読みはじめてくださったとの報告をいただきました。また別のラオス関係の方から、本を熟読してくださり、信用を頂いたとのことでいろんな方をご紹介いただきました。

やはり、ひとまず信用を勝ち取るにはエモい部分が必要なんだろうと思います。その後にまでエモさで押し切るのはプロとしてよろしくなくて、私の手に余ることについては適切な専門家へと橋渡しをして、ビジネスとして成立するよう後押しするのが、蟲ソムリエの役割でしょう。

だいぶ前になってしまいました。

私のたっての希望で、AI HASEGAWAさんとトークイベントをできることになりました。同時に代官山蔦屋書店で昆虫食本のフェアもしてくださるとのことです。

非常に濃い時間になりました。ご覧いただいたみなさま、ついてきていただけたでしょうか。ここではもうちょっと補足を入れつつ、振り返ってみましょう。私とこのあたりの分野との、はじめの出会いはここらへんの書籍から。

最初は反発から入りました。「スペキュラティヴ・デザイン」問題を解決ではなく問題提起をするデザイン。
問題をほじくり出して、解決しようとしない。なんと無責任なことだろう!

このスペキュラティヴ・デザインの流れでバイオアートも説明されることが多くあります。バイオロジーを背景とする表現物でありながら、論文ではなく専門家による査読もない。評論は美術畑の人からはあるのに生物学からはほとんどない。反発そして嫉妬ですね。当時は私が論文がかけずに苦悩していた時期でしたので、余計に憎悪が募ったと思います。最近これを読み返すと、「思ったことをプロトタイプの状態で世間に出せるというのはなんと自由なんだろう!」というまた違った感情もわきあがってきました。ヒトの情動とは変化するものです。

そして、未来と芸術展での「POP ROACH」の展示。

こちらも以前から知っていた作品なのに、六本木という土地柄もあり、「都市」に寄り添うものの、昆虫食文化をもつラオスには縁遠い、と感じるようになりました。少しの寂しさと、フェアネスについて物申したい感じ。そして「おいしい昆虫記」を出したこともあり、日本の出版においてラオスの昆虫食の「リアル」を日本にただ、そのままを持って帰っても、「遠く異国の昆虫食」と、リアリティの薄い、地続きで見てくれない、という反応も気になってきました。

ラオス産の昆虫を日本に持ち込んだときに、「遠く異国の昆虫食」では売れないでしょう。そこにラオスと日本を共有する、リアルではなく「リアリティ」のスペキュラティヴなデザインを仕掛けないといけないのでは、と考えたのです。

そしてイベント直前、流れがまとまらずウンウンうなっていたとき、愛さんから送られてきた参考文献の中に、こんな本が出てるではないですか!

ラオスでバタバタしていて、帰国後はおいしい昆虫記を書いていたので、お恥ずかしいことにまったく気づいていませんでした。さっそく購入して、授業を受けてみることに。

どうしても通常のビジネス、デザインでは「望ましい」部分しか可視化されない。

PPPP図という、ピコ太郎みたいな図から入ります。現在から未来に向かって、可能性は円錐状に広がっていると考えてみると、人間の想像の限界によって、あるいは資本主義的な投資、投機のバイアスによって、どうしても今の構成員による「望ましい」未来しか想定されなくなってしまう。すごくよくわかります。昆虫食とほかの食資源の将来性を「直感に従えばフェアに比較できるとピュアに思いこんでいる」という場面によく出くわします。

縄文時代に昆虫食があったのか、証拠は見つかりにくいときに、「あっただろうと想像する」ことができなくなっている。

未来を考えるときに、昆虫を食品レベルの値段で養殖する技術はあるのに、その技術がまだない培養肉のほうが「望ましい」ので「起こりそう」と思われてしまっている。

おいしい昆虫記についても、前半は個人的な話ですが、後半はスペキュラティヴ、つまり社会的動機から問題提起をしたい、という構造になっています。

最後にワークシートがついています。この「スペキュラティヴ・デザイン」というのは対話型専門知の一つ、と言い換えられるかな、と思いました。

実際に空欄に入れていく、という行為によって、どっちつかずだったものを「とりあえず当てはめてみる」という思考の整理が進んでいきます。それが自分のモヤモヤのすべてを表すものではなくても、「選んで当てはめる」ということが大事。目指したいのはラオス発の昆虫養殖技術が世界に広がり、各地から多様な昆虫食材が貿易されて、みんなが食べたい昆虫を食える未来。

そして大資本が富裕層向けに昆虫を売り、ラオスの貧困層は労働搾取される、これが最悪のシナリオでしょうね。

やっぱり不思議だったのはこれまで書いてきた計画書との違いですね。「え、自分の痛みって必要なの?」と面食らいました。しかしNGOや研究者も、様々な個人的な背景から、熱意を継続している方が多くいます。なるほど、痛みか。。。。

私にとって「痛み」とは「自分が変人に見られたくない」ということでした。昆虫を食材として扱う、というまったくおかしくないことが、「奇妙キテレツ」に見られてしまうことで、これから昆虫食が取り組むべき技術的課題ではなく、見た目の問題に矮小化されてしまうのを見てきたからです。フェアに議論したい。そのときに偏見は大きく邪魔をしてきます。それが今は痛い。

さて、今回はあえて「おいしい昆虫記をスペキュラティヴ・デザインから解剖する」ということを愛さんと一緒にやってみました。

対談の中でいろいろとアイデアが湧いてきて、「演じてみる」ということが私のこれからの余白だろうなと思えてきました。自分じゃない人だったらどうするか。イーロン・マスクだったら昆虫を宇宙に打ち上げるだろうし、クリストファー・ノーランだったら緊張感が3時間つづく映画を作るだろう。

そしてやはり、昆虫は「悪目立ち」してしまう。先の森美術館の展示でも、poproachよりもアートとして高く評価されている作品、Shared baby やImpossible babyよりも、SNSでつぶやかれたのはPoproachのほうが多かったそうなのです。そして色を変えてゴキブリを食べやすくするという発想自身が「ルッキズム」ではないかという指摘をされて驚いた、とおっしゃっていました。

ゴキブリには人権がないので、この作品そのものはルッキズムにはあたらないのですが、その茶色い見た目が嫌悪されている構造から、肌の色を理由とする差別のような、ある種のルッキズムを連想させてしまったようなのです。これは驚いた。

以前に別の作家さんから「昆虫は無価値であることが社会的に共有されている」という話をもらったことを思い出しました。無価値だからこそ、食べない愛好家と、私のような食べる人が一緒に話ができる。

また無価値だからこそ、ある種のミームのように、自分の思い入れが自由に投影されてしまう。のでしょう。

昆虫食の見た目解決として、「すりつぶす」というのはルッキズムの度外視、とは言えそうですが、果たしてルッキズムからの解放、といえるのか、むしろ「すりつぶせば食える」ことこそルッキズムに縛られていないか。

ここらへんも新しい切り口です。ルッキズムと昆虫を、あえて近づけたり遠ざけたりして教材にしていくような、そんな攻め方ができそう、という、私にとっても非常にスペキュラティヴな経験でした。長谷川愛さん、ありがとうございました。

愛さんからも、「苦手な昆虫と向き合ってみる」という宣言をいただきました。アーティストが本気で昆虫と向き合っていく先に、どんな挑発的なデザインが生まれてくるか、とても楽しみです。