最初に書いておきますが、ここはラオスです。日本でフチトリゲンゴロウ(Cybister limbatus)の味見をすることはできません。
日本のフチトリゲンゴロウ(Cybister limbatus)は種の保存法で採集が禁止されており、マニアの人気も高かった背景もあって誰かが密猟すれば
減ってしまった個体群にトドメを刺してしまう状態のようです。
しかしここはラオス。近縁と言われるCybister gueriniが、我が家のブラックライトにやってきたので、味見をすることにしました。
私が住んでいるのは比較的タイ寄りの都会ですが、このような素敵な出会いがあるものです。
大型のゲンゴロウは初めて。ナミゲンゴロウかと最初思いましたが、ナミゲンゴロウは温帯に住むことからこちらにはいないのではないか、と
丸山先生に教わりました。
さて、
捕まえて、というかシャワーを浴びて、玄関を開けてそこに何か来ていないか確認すると、落ちている!ガムシは何度か見たのですが、この水滴のような下膨れのボディはゲンゴロウ!やっほい初めまして大型ゲンゴロウ!
ということで写真撮影。あれれ、頭の後ろから体液?が漏れてるなと。灯火に来た時にぶつけてしまったのではないかと心配になりました。
気づいたのが外皮の模様。前胸背板は乾いたジャガイモのように無秩序にシワになっていますが、後翅は後ろに流れるように溝が彫られています。
これは水中で滑らかに泳ぐための「サメ肌水着」のようなものに違いない、と考えたのですが、どうやらお詳しい方によると違うようなのです。
なるほど。最初に返信をくださったのは満田晴穂さん。自在置物作家さんです。
詳しいと思ったらやはり作られていたのですね!雌雄ゲンゴロウを!
そして次に論文を紹介してくださったのがオイカワマル博士。ええと。魚の博士なはずなんですが、昆虫大学に出没したり
水辺に近い昆虫にも(というか生き物全般に)大変お詳しい博士です。
水中で交尾すると溺死してしまう! なかなかアクロバティックなセックスです。
そしてパワーではなくテクニックが必要と。昆虫のセックスはすごい。
確かに掴んでみるとツルンツルンと、濡れた石鹸のように逃げ回ります。
ここまでナミゲンゴロウ?ではないかと考えていたのですが風向きが変わったのが、夏休み子供電話相談室で大活躍中の丸山先生。
正式に依頼すると大変なお方ですが、Twitterで虫話が盛り上がっていると気さくにお声掛けいただけるので私のラオス生活もすごく助かっています。
むむ。ヒメフチトリゲンゴロウ(Cybister rugosus)とは。
黄色い模様があるのが特徴なのですね。
と、写真を見返したら腹側の写真がない!幸いまだ食べる前でしたので、家に戻ってから写真を取り直したんですが、「味見」というのは食べてしまうと
後戻りができないので、侵襲性の低い写真や計測をしてから食べるようにしておきましょう。
同定する前に食べる、というのは安全上問題があるのはもちろんですが、同定のポイントを写真に収めないままに
食べてしまうとはっきりしない味見になってしまう、という欠点もあります。
しっかり観察、しっかり味見を心がけたいものですね。
さて、お返事。
なんと。そして
調べれば調べるほどよく分からないフチトリゲンゴロウの世界。
外見ではほとんど区別のつかないいくつかの近縁種がいて、
「タイ産フチトリゲンゴロウ」といわれるものが輸入されていたこともあるそうですが、
それがそもそも存在するのか(フチトリゲンゴロウ(Cybister limbatus)がタイに分布しているのか )、という部分までよく分からないと。
これは食べてしまうので日本に持ち帰る予定はないのですが、種の保存法で学名が指定されてしまった生物と
外見上見分けのつかない近縁種、というのはとても大変な運用になっていくと思います。なんとまぁ。
さて、茹でて味見をいたしましょう。
前胸がまずい!
ゲンゴロウもオサムシ上科ですのでなんかの防御物質を持っていてもおかしくないですよね。
あの首筋の乳液はケガをして漏れた体液ではなくて捕食者である私に向けた防御物質だったんですね!
メッセージが伝わらない人でごめんなさい。
ちょっと古い本ですが、電子書籍でこれを買いました。
以前にも昆虫食の本を一冊買ったのですが、Elsevierで電子書籍を買うと、全くのセキュリティのないDRMフリーというのが選べます。
これで出版社が潰れてもデータが残る、という安心感のある仕様なのですが、
全ページに私の名前が書かれている。
という幼稚園のお道具箱かと思うような仕様で、これでDRMフリーのPDFとして売ったとしても、おいそれと配布できませんね。
流出すると出版社から私が損害賠償請求を受けてしまうでしょう。これはいい仕様だと思うので、各社真似して欲しいところですが。
ハネカクシなども含めて、甲虫のケミカルな防御物質はなかなか攻略が難しいものです。これを読んで勉強してみます。遠きラオスの地において、日本の有識者の方々にコメントをいただき、大変ありがたい、贅沢な味見になりました。ネットが通じる世界になって、ささやかな幸せを感じております。
言葉は通じないが昆虫を食べるラオスと、言葉は通じるけど昆虫は食べない日本と、食を通じて物理的に繋がっていくことで何が起こるか。
できればいいことが起こってほしいですよね。こんなにも農薬が少ない。というか農薬を使った農業をできるほどの所得がないラオスの貧困ですから
彼らが資本主義の荒波に放り出される時には、少しぐらい先進国から手助けがあってもいいじゃないですか。
そして農薬を使わない農業、という後進性の利益を享受して、昆虫を生み出す新しい有機農業を実装できたら、ラオスの特産になって
タガメやゲンゴロウがいつまでも元気な社会になって欲しいなぁと妄想を燃料にしながら日々を過ごしております。
さて、頑張ろう。
あ、最後に
フチトリゲンゴロウについて勉強するときにすげー邪魔だったのが、リンクは貼らないですが検索上位に上がってくる内容がゼロのHP。
「ググれ」が通用しない世界がもう虫の分野にも来てしまっています。ググりの先の情報に到達するためにも、やはり論文が読める訓練はどの分野でも必要だったと改めて感じます。