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今まで分散していました、昆虫食情報発信ブログ

蟲ソムリエへの道

蟲ソムリエの実践ですが

こちらにまとめることにしました。どうぞこれからもご贔屓にお願いいたします。今年は散らかっている情報をまとめて整理して発信していく年にしようと意気込んで、いや、ほどほどに思っているところです。

しんどかったです。

違和感に気づいたのが先週6月12日のお昼。なんかカラダがアツい。

急に発熱したことは何度かあったんですけど、その気配がしたので一度帰宅して体温計(という名のラインインつきの温度計)で測定。虫(この温度計はゾウムシ)にも使っているので若干の泥汚れがあるけれど気にしていられない。

このときは数日でおさまるだろうと高をくくっておりました。

二日後、ちょうどラオス人スタッフに余裕があったのでつきそってもらい検査へ。デングの抗体検査をやったんですが、残念ながら陰性。検査をまつまでがまたしんどい。全身の関節がむやみやたらに痛い。

このあたりから体温を測定するだけの生活。Twitter を見るのもつらくて、なんだか悪意の強い地獄を覗いているようで見る気もなくなってきました。言語能力が低くなるとストレスコーピングもヘタクソになる感じ。

ようやく治ってきました。みなさまデングにはお気をつけて。

我が家ではツムギアリを半養殖しています。彼らが巣を作るマンゴーの木に洗濯紐を結びつけ、そこから玄関のライトをブラックライトに置き換え、そこに集まる虫たちを彼らが夜中いっぱい集めるのです。彼らも慣れたもので、物怖じせずに利用しています。洗濯紐は格好の誘導路になっていて、出勤先のブラックライトの下で得た獲物はその紐をつたって、巣へと運ばれていきます。

同じ場所にハンモックも設置していまして、その網に、夜には珍しいアゲハチョウの仲間がとまっていました。絡まっているというよりはリラックスして寝ている様子だったので、その頭上にひっきりなしに行き来するツムギアリを尻目にゆっくりしている様子でした。そのギャップがおもしろく、動画を撮っていたら、ふと右上の方からツムギアリが画面に割り込んでくるではないですか。これはどうなる、食べられてしまうのか、とハラハラながら録画を続けたものがこれです。結論から言いますとアゲハは食べられました。

アゲハの死

最後にツムギアリに連れられて、洗濯紐をつたってひらりと一回転。もう頭のないアゲハの最後の舞いでした。

昨夜はこの顛末を見届けるために夜更かしをしてしまった。今回はiPad mini5 のiMovieで作成。なかなか簡単でよかったです。

第二弾です。主役はトラクター。すごい。

こちらは第一弾
そして今回公開された第二弾

今回の1月から5月までの取り組みは、雨季が迫っていることもあり、キャッサバの植え付け栽培を優先しました。

キャッサバはゾウムシ養殖の大切な基材であり、この村ではこれまでほとんど栽培されてこなかったバイオマスです。

また、雨季になると稲作のための準備が始まり、6月からは学校も休みになって全村、全家庭が7月までに田植えを完了させるべく、総力戦に入ります。それらをお邪魔することもできないので、5月までに植え付けを終えておきたかったのです。

それでも予約したトラクターの人が遥か遠くの村に出張してしまって戻れないので急遽変更したり、フェンスを作るための木材を予約したのに当日全部売れちゃったからもう在庫ない、と言われたりと、なかなかラオスの商習慣に合わせるのが難しかったのですが、優秀な若手スタッフのおかげと、農家さんのツテで色々と探してもらい、どうにか予定通り終えました。ひと段落。

こういった「順番」というのはどうしても人を見ながら決めなくては行けません。前回の動画でゾウムシ養殖を導入するときはキャッサバを街から持ち込んでいましたので、本来の「順番」からすると最初にキャッサバを育て、そしてその収穫を使ってゾウムシを育てる、という提案をしそうなものですが、今回は村人が実物を見て、昆虫が楽に育つこと、昆虫が美味しいこと、市場で高く売れることを実感した上でキャッサバの不足を考えられる「準備」が整ってから、農地の開墾を提案しました。

そういった現場レベルの判断を、昆虫の専門家がクイックにできるという意味でラオスという現場に入れてよかったと思います。

これが特定の昆虫ありき、研究ありき、順番ありきで大予算の暴力で村人に押し付けていたのでは、自発的に養殖を続けたり、養殖したものを売りにいったり、そしてキャッサバを植えるための農地を提供してくれたりはしなかったでしょう。ラオスの現場に来て、机上の空論だったものを地面にどっしり据え付けることの面白さを体感しています。おもしろいです。

新しいハリウッドのゴジラ、観てますか。こちらは観れませんのでTwitterを見ながら嫉妬しています。

うらやましいのでプライムビデオのゴジラ関連を観て、悔しさを紛らわしています。そしてひっそりと一年ほど前からウォッチリストに入れていたマイナー映画にプライムビデオのマークがついたので、早速観ました。オススメできる怪獣映画ではないのですが、おもしろい「怪獣の映画」でした。

ソウルに怪獣が出現、理不尽に街を破壊する。「怪獣は足元を見ない」「普通腰ぐらいのところにビルがあったら避けるか何かするだろう」「だからあれは生物ではなくて無生物とかロボットだ」などとこれまでの怪獣映画を若干ディスる発言もあり、なかなかおもしろいです。怪獣映画のフォーマットをしっかり踏まえた上で、インディーズ映画として(予算も節約しながら)どう解釈し、人物とストーリーに還元していくか、王道ではなく外道ですが、随分と考え練られた「怪獣の映画」です。

どうやら当初の企画段階ではソウルを東京に、怪獣がゴジラになるというプロットだったそうですが、もしこれが実現していたら異端のゴジラ映画として、マニアに名を残す存在になったことでしょう。東宝は懐が狭い。これはゴジラ映画に入れておくべきものだったと思いますよ。興行が振るわなくても後から再評価されるビオランテみたいな映画になったはず。

主人公グロリア(アンハサウェイ)はアルコール依存症のダメ人間として描写され、ネット炎上で休業状態。面倒見のいい彼氏からも見捨てられ、ニューヨークから誰も住まない田舎の実家に戻る。そこで小学生以来会っていなかったオスカーと再開し、彼のバーを手伝うことになるが、朝まで飲み明かすダメ生活に戻ってしまう。

ダメ人間、というのの掘り下げを怪獣を使って行うのがすごい巧みです。社会からの疎外と、報われない承認欲求が蓄積していくことで、一瞬定番のロマンス、あるいはそれからこじれたストーカーチックな気配は匂わせるものの、皆が孤独なモンスターを抱えており、加害と許容、という形でしか承認を満たせないかもしれない、という恐怖と戦い、そしてその具現化である怪獣を嫌悪し、畏怖しつつも少し憧れていることを隠しきれない。

つまり外道の怪獣映画ですが、観客を内包するという意味で王道の怪獣の映画なのです。ソフビ人形を持って砂場でドシャーンバキーンと無法を働くごっこ遊び。それが具現化し、遠くソウルの人たちを蹂躙していると知った時、人はどう動くか。

グロリアがオスカーの暴走を止められず、ソウルが蹂躙される様子を想像して地元の公園の砂場でガチ泣きするシーンが最高ですね。確かに昔のごっこ遊びはガチだった。

アンハサウェイが善人ではなくダメ人間として描かれ、そしてロマンスではなく性欲と承認欲求が素朴に描かれることで、男女というジェンダーから離れた、怪獣的な破壊衝動をうまいこと描いています。女性ジェンダーからの暴力衝動、というのは今後SFで盛んに描かれていくと思いますが、面白いです。アリータなどもそこらへん意識されていますね。そして怪獣デザインがうっすらプルガサリに似ていると思うのは気のせいでしょうか。

買えとオススメできないけれど、アマゾンプライムだからこそオススメしたくなる、そんな映画です。同じように買えとは言えないけど一度は見ておいたほうがいい、と言われて見たゴジラ映画がヘドラ。これもすごいです。ゴジラ以外全部おかしい。映像も音楽もヘドラも人間もサイケ。ゴジラだけが癒し。突然飛ぶのもご愛嬌にしか見えない。ありがとうゴジラ。信頼と実績のロマン輝くゴジラ。

私がバイリンガルかどうかも怪しいですが、前回の帰国時に4月に収録して出演してきました。内容は最新のラオスでの活動から虫の好き嫌いまで多様に渡る2時間半!長い!たっぷり!

日本で大学院生をやっていた時、虫の部屋は空調が効き、断熱パネルで覆われていたことから電波は不通。ダウンロードしたポッドキャストを聴きあさる日々でした。よく夜更かしをして原稿を書いたり、バッタのお面を作ったりしていたので、パートの研究補助のみなさんと一緒に朝9時に始まるバッタのエサ交換はなかなかテンションが上がらず、面白いポッドキャストを聴きながらニヤニヤしつつ草を刈り、交換したものです。

そんなヘビーリスナーだったポッドキャストの一つ、バイリンガルニュースはその時にはラオスで英語で仕事をするなど思いもせず、ニュースとしての内容がおもしろいなーと聴き流していたものでした。

実際に出演してみて、バイリンガル会話形式難しい! 聴いている時はそこまで難しいと感じなかったのですが、頭に浮かぶ単語と、文法を組み合わせると大抵「ルー語」になってしまいますね。

シドロモドロで後半ほとんど日本語ですね。英語を勉強したかったリスナーの皆様すみません。バイリンガルニュースで昆虫食を発信するなら自分以外いないだろう!というファン心で出演してしまいました。そして事前打ち合わせ無しの一発勝負!これは緊張しましたが、多くの隠し球を用意しておきそこそこ臨機応変に対応できたと思います(バッタチョコや動画など)。

お二人の「自分にないものに対する敬意や姿勢」が素晴らしかったです。理解や共感に近づこうとする態度と同時に、完全には分かり合えないことのバランスをとてもよく配慮してくださっていて、共感できない部分に積極的に疑問を用意して踏み込んでくださるのはとても心強かったです。

さて、内容について少し補足しておきます。「400種類食べた」というのは、はい。盛りました。367種が今の所記録されている正しい味見した種数です。すみません。成長段階や性別を分けると570パターンでした。

もう一点、

「感謝して昆虫を殺す・食べる必要はない」という点。Twitterで少しざわついた方がいらっしゃったようです。これはもうちょっと私としてもしっかり論理を整理する必要がありますね。「基本的に人間は自由に虫を殺して良い」が私の考えです。その時に「殺すならば感謝すべし」というのは無益どころか、傲慢ですらあると思います。生き物好き、虫好きの方には少しざわつく感じがあると思います。

もうちょっと細かく言います。

こちらの「マンガで学ぶ動物倫理」の解説の中で、「感謝すれば許されるのか」という問いかけがあります。この文脈は肉を食べる時感謝することが大切、という登場人物の発言を受けての議論ですが、「感謝されて殺されるのと、感謝されずに殺されるのと、殺される側から見て何が違うのか」という問いかけです。

私は何も違わないと思います。それよりも殺す時に苦痛を与えない。人間にも動物にも事故が起こらない体制を「感謝しようがしまいが」作ることが大事だと思います。こういった「感謝の押し付け」が無害ならばまったく個人の自由なのですが、私はむしろ有害である可能性が高いと思っています。それは虫好きと虫嫌いの「分断」です。

昆虫愛好家のうち、昆虫をなんらかの理由で殺す人の中では「虫を殺す時は感謝して殺す方が良い」というマナーが働いているようです。必要以上に殺すことがないよう、殺したものを無駄にしないよう、精神的な規範を示すことで抑止力としたいようですが、それでは「不快や遊びで虫を殺す人」はマナー違反であると見なされてしまい、それによる偏見が起こってし待っていると思うのです。

食の倫理からすると、私のような食用に昆虫を殺す人は比較的攻撃されにくい傾向が強いです。なぜなら誰しも食べるためには生物を殺す必要があり、その中で昆虫は(好きな人も嫌いな人も)それほど殺すことに抵抗感がないからでしょう。

昆虫愛好家の中でも「ゴキブリは別」という人も多いかと思います。これが「殺すなら感謝すべし」に含まれない種差別であるとしたら、これはこれでまた問題です。私が養殖した清潔なゴキブリも、「ゴキブリだから食べたくない」という種差別を受けている、といえてしまいます。それよりも「自分が殺したい虫を殺す自由権を行使している」とした方が、現段階では説明しやすいと思います。

つまり私が提案したいのは「生態系に影響しない限りにおいて、個人が虫を殺す時にどんな気持ちであるかは自由である」ということです。遊びでもいいです。学術用途でもいいです。そして嫌悪でも、食用でも、生態系に悪影響を与えない範囲で、人は虫を殺す自由権(あるいは一種の愚行権)があると考えています。学術用途については特別に、生態系の保全に必要なデータを取ることがありますから優遇されるのは当然でしょう。

その中で、今の所種によって差別することも、昆虫に人権はなく、アニマルライツも設定されていないのですから人間側の自由権(愚行権)で包括することができるでしょう。

少し話は逸れますが、昆虫と食肉と菜食を含めた議論をする時に、昆虫の「苦痛」に関しては基礎研究レベルではかなりメカニズムがわかっている割にはその倫理についてはみなさん慎重です。

昆虫の神経系に特異的に作用する薬剤は殺虫剤の候補として人体に与える影響は少なく、薄い濃度で昆虫にだけ効くのでとても広く使われています。一方で漁業においては水に流すタイプの「毒漁」は資源保護の観点から禁止されており、農地用の殺虫剤だけが妙に「特別扱い」されているようにも見えます。殺虫剤の中には昆虫の神経を過剰に興奮させて死なせるタイプのものもあり、この先昆虫の苦痛を軽減する必要や、あるいは益虫として害虫を減らす役割のあるクモなどがとばっちりで殺される時の功利主義的な「倫理」においても考える必要があり、なかなか悩ましいものです。

話を戻します。

「昆虫を殺す時は感謝すべき」という押し付けは、昆虫を嫌悪(ストレスコーピング)で殺す人の罪悪感を増強させてしまいますし、虫好きから見ると、そういった人は無知で思いやりがなく、生態系保全に興味のない人だ、という偏見を持ちがちです。その気持ちの押し付けが社会を「虫好き」と「虫嫌い」に分断する要因になっているのではないでしょうか。

ともあれ、音声メディアであるバイリンガルニュースによって「映像はキツいけど音声なら大丈夫だった」とか「食べたくなってきた」といった、昆虫や昆虫食に無関心な方が少しばかり関心を持ち始めたようですので、虫の好き嫌いにかかわらず、誰しもが受け止めやすい情報発信ができたと思います。

この路線、しばらく追求してみます。

2017年に開業した本格昆虫食レストラン、Insects in the backyard. 予想以上にすごいレストランだったので感想を書きます。単純に「高級料理に昆虫をのっけただけ」にならないようになっています。そしてシェフが英語をしゃべれる人だったのと、空いている時間帯だったので色々話すことができました。まずは外観から。

ちょうどシェフとお話できて、彼が英語も喋れ、タイの伝統的な食材を国際的にアップデートしなくてはいけない、ということ。そしてタイにまだまだいる農村部の貧困家庭を助ける方法として、昆虫養殖は正しい産業として成長すべきだろう、という壮大なビジョンを聞かせていただきました。

まずは初心者を逃さない。そして上級者をうならせる、という一見相反する目標を両立するためにかなり料理の試作を繰り返し、レシピをしっかり設計している様子が伺えました。すごい。しっかりお金をとり、昆虫料理が「仕方なく食べるもの」ではなくて「しっかりお金を出して買うもの」という方向性を目指した最も先進的なレストランであると言えます。オススメです。そのうちラオスで養殖した美味しいゾウムシを彼に仕入れてもらいたいなぁと。

おしゃれなHPもすごい。予約もネットから簡単にできます。バンコク郊外なんですが、バンコク中心部からタクシーで200バーツぐらいでいけました。

村での活動中に見かけた、Callizygaena ada 最初は南国のウミウシに見えた。

このピロピロがすごい。

ラオス人は派手な虫、あるいは毛のある虫、食用とはっきりしない虫に関しては毒があると信じているようで、この虫も毒毛虫、と言われた。ベイツ型擬態という概念が導入されないと、その擬態の効果は人間にも及んでいるんだなぁ、と改めて昆虫分類学のパワーを実感。

昆虫分類学が導入され、擬態、という生態学的な概念を知って初めて「毒っぽいけど無毒な虫」というジャンルが目に見えるけれど、ラオスにはその概念がまだ入っていない。なので身をもって確かめるしかないのである。ラオス人にどう思われようとも。

腕のやらかい所に当てるだけの「簡単な実験」ではあるが、相当に心の準備が必要であった。痛いのはヤダ。ラオス人にバレたらバカだと思われるだろう。つらいけど知りたい。痛いのは嫌だけど知りたい。彼らが毒なのか知りたい。そして今回は、今回は。私の勝ちだ。

触れることがわかったら急に強気である。

モフれる、とわかったら次の難関が待っている。これだけ毒々しいカラーということは食べて毒なのではないか。触って毒ではないことを確かめてしまった以上、食べて毒である可能性はむしろそれを知る前よりも高くなったのではないか。モンティ・ホール問題ではないか(違います)

マダラガ科には体の内部に毒を貯めていることがあるので、食べるのはまた躊躇する。茹でただけで結構しっかりと美味しくなさそうな草の匂い。渋い雑草を煮詰めて缶詰にしたような匂い。

これも口に含むしかない。

はい。Callizygaena ada はモフれるくさくて苦い毛虫である。

今回の村の滞在目的は農地の新規開墾でした。ゾウムシの餌になるキャッサバがどうにも村の中で手に入れることができず、その一方で水稲に向かない傾斜地や高台は放置され、藪になっている現状もありました。キャッサバは乾燥に強い作物です。ではそういった土地で自給してみよう、と持ちかけ、開墾に至ったということです。この話は近々まとめます。

その帰り、他の活動をしているラオス人スタッフと合流するためにその家に寄ったところ、こんな鍋が。

こちらはパグガエル、と教えていただきました。ラオス人に聞いた通り、夏眠の性質があるそうです。これ以外のカエルについては以下にまとめ直しておきます。

美味しそうですね。

こうした旬のカエルを含む野生食材というのは彼らの栄養をしっかり支えていることがわかってきました。日本で言うところの「野食」というものとは随分と異なります。

日本の野食は都会で現金収入を得られる人たちだからこそできる(というか現金収入がない状態で、手作業メインでの自給自足生活をすることは日本ではほとんど困難です。)趣味であって、栄養をそれで賄っているわけではありません。

ラオスの栄養の問題、と言うと「足りないタンパク質を昆虫で解決」のような簡単なストーリーが思いつきがちのようで、ここらへんの栄養調査の結果に基づく、あるいは国連などの国際機関の調査、判断に基づく戦略についても、理解を広めていきたいところです。

昆虫大学でお世話になっていた、とよさきかんじさんが新しい本を出すようです。なんとテーマは「手すり」

手すりといえば遊歩道、日本の話でここラオスでは特に手すりのようなバリアフリー設備なんてのもないので、興味はあったんですがラオスに持ってくることはないだろうな、と思っていました。しかし、著者からリプが。

いえいえ、これは柵です。柵がないとヤギが食うための弱肉強食の農業施設で、有刺鉄線で武装している世紀末ヒャッハーなもので、手すりなんてそんな歩行者をサポートするなんてやさしみのあるものではないんですが。

こんなお返事が。手すりの概念が拡張されました。

 

ということは、ラオスにものすごく「手すり」があることがわかります。柵だらけなので。そして素材も様々。

それでは国境なき手すり観察inラオス、続けていこうと思います。本も予約しました。日本に帰った時に読みます!(電子書籍も欲しい!)

こちらはガチの国際保健の論文です。2015年から2017年にかけて、ラオス中部において行われた大規模研究、Lao Zinc Study の報告論文が公開されました。3400人を超える子供たちを4群に分けて、ランダム化比較試験(RCT)をしたもので、単独の調査の中ではかなり信用度の高い論文になります。これは読んでおかないといけない論文なのですが、私が保健の訓練を受けていないのでISAPHの皆さんに教えてもらいつつ読んでみました。

なぜ読んでおかなければならないか、というと

「亜鉛をサプリメンテーションすれば栄養問題が解決」

のようなロジックと同じように

「昆虫を食べれば栄養問題が解決」といった誤ったロジックに陥る危険があるからです。

はい、ここ重要です。誤ったロジック

背景:ラオスのサプリメンテーション

サプリメンテーション、というのはすでに栄養の足りている私たちが健康食品の錠剤を飲んで元気になった気がする、という「サプリ」の話ではなくて、国際保健における一つの手法です。実はラオスにおいては予防接種に合わせたビタミンAのサプリメンテーション(経口投与)と、市販の食塩に微量のヨウ素が添加されるサプリメンテーションが行われています。サプリメンテーションは最終的にはこのような国の施策へとなっていくもので、今回の研究ではこれらの次のサプリメンテーションとして亜鉛(ここで注目されているのは鉄も)重要なのではないか、と着目されることとなりました。

さて、亜鉛、というと、こんな論文が思い浮かびます。

THE SPECIFIC LOCATION OF ZINC IN
INSECT MANDIBLES

昆虫のアゴに亜鉛が局在しているという話は昔から知られており

Tooth hardness increases with zinc-content in mandibles of young adult leaf-cutter ants.

アゴに蓄積した重金属が歯の強度を高めているらしいことがハキリアリで確かめられたとのこと。そこから

Insects as sources of iron and zinc in human nutrition.

鉄と亜鉛の供給源として昆虫はどうか、という論文もまとめられました。そのため亜鉛と鉄と昆虫は無関係ではないのです。

今育てているヤシオオオサゾウムシもそこらへんを意識していまして、100gあたり10mgの亜鉛という論文もありました

さて読み込んでいきましょう。

4群にランダムに分けられた2歳未満の子供達。

1、予防的亜鉛(7mg/day)これが一番安いでしょうね。これが2と同じぐらい効いたら安くてよく効く第三のサプリメンテーションを始められる。

2、15種類のマルチ微量栄養素タブレット;WHOが使っているもの。亜鉛(10mg/day)だけでなく鉄を少量(6mg/day)含むと書いてるのはエンドライン調査で貧血への効果が少しあったため。ここで使われた多微量栄養素剤(multiple micronutrients)は引用元によると ビタミン A・E・D・B1 ・B2 ・B6 ・B12・C、ナイア シン、葉酸、鉄、亜鉛、銅、セレニウム、ヨードの15の微量栄養素を含んだ錠剤だそうです。

3、治療的亜鉛(20mg/day );子供が下痢をするたびに10日間高濃度亜鉛を投与。下痢と関連する亜鉛不足を治療する投与の別の方法。こちらが効いたら毎日ではなく下痢に対して投与を推奨、となる。

4、プラセボ;ランダム化するためにはこの比較をするのは仕方ないんですが、何も効かないものを栄養状態の悪い人に毎日飲め、というのはなかなか暴力的な気がするんですがモヤモヤしますね。

と分けられ、9ヶ月実施した後にエンドライン調査によって比較されました。

2が「ポジコン」になると期待しての設計かと思われます。
15種類を確実に適量含むタブレットを製造する技術、品質管理、そして輸送にはコストがかかります。 今回の結果により1,もしくは3,の亜鉛の投与にフォーカスが当たれば、より安く効果的にサプリメンテーションができると期待できます。
こちらはラオスで行われる研究ではかなり巨大プロジェクトなのですが、その誤算はそのポジコンになりそうだった15種類タブレットのサプリメンテーション効果が今ひとつだったことでしょう。

炎症状態になるとこれらの微量栄養素の数値が影響されてしまうらしいので、補正した数値をもとに検定すると血中亜鉛濃度(1と2)と亜鉛欠乏症の割合、2においてフェリチン濃度(鉄欠乏貧血と関連)に有意差が見られました。(storage IDってなんでしょう?)

一方でラオスで長年問題になっている低身長(Stunting)は44%から50%とばらつきがあるものの、介入による有意差はありませんでした。

この論文が引用している鉄サプリの論文があるんですが、こちらにも多少は貧血に効いたものの低身長に対する効果は見られず、食生活の改善による栄養の補完が大事だろうと結論づけています。

そうなのです。

ラオスの低身長は長年の案件で特効薬と言えるものは見つかっておらず、もっと総合的なアプローチと戦略が必要なのです。そこに対するアプローチとして、昆虫養殖の普及に伴う食生活の変化が何か貢献できないだろうか、と試行錯誤しています。

昆虫養殖によって時間に余裕ができ、お金に余裕ができ、そのお金でスナック菓子を買っては本末転倒ですので、栄養教育も並行して実施していく。その時に「食べ慣れた昆虫が自宅で手に入る」という面白さ、真新しさがどの程度彼ら(と私たち)のモチベーションに貢献していくか、という部分が大事になっていくだろうと思います。

逆にいうと、これほど人体に対するエビデンスがしっかりしているサプリメンテーションですら、地域での実装段階ではかなり多くの不確定要素があり「効かない」ことが多くあります。エビデンスがそれ以下である昆虫を引き合いに出して「昆虫を食べれば栄養問題が解決」などというのは現段階ではおこがましいのです。

昆虫食文化のある地域で、養殖昆虫がどんな役割を担っていくのか、いくべきか、という部分を掘り下げ、ラオスの他の地域でも応用可能か、検討していくことが今後の課題となるでしょう。

以前にも触れましたが、「昆虫食は未来の食糧問題を解決しない」のです。

今の栄養問題を解決できない限り。