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今まで分散していました、昆虫食情報発信ブログ

蟲ソムリエへの道

蟲ソムリエの実践ですが

こちらにまとめることにしました。どうぞこれからもご贔屓にお願いいたします。今年は散らかっている情報をまとめて整理して発信していく年にしようと意気込んで、いや、ほどほどに思っているところです。

要・急の情報があふれている昨今のネット社会において、不要不急の情報に飢えているみなさま、おまたせしました。

以前2017年に1から100までを作成しておいた、#いいねされた数だけ推し虫を発表する の続編をまとめました。101から200まで、完全ラオス編です。学名を間違えていたあの子も、訂正してくださった方がいたのに修正しきれずにいたあの子も、調べずに放置していたあの子も再度文献をあさり、まとめておきました。しっかり読めば140字×100ですのでそこそこの文字数楽しめます。また1から読むと日本での味見とラオスでの味見の意味合いの違いもわかってきますので、1から200まで、改めて再読をオススメしておきます。

101はやはりインパクトの大きかったキョジンツユムシからスタート。

ふんばりがすごい。

それではどうぞ! いいねが700ついてしまったので、律儀にやるならもっと味見をせねばいかんところですが。。。ひとまず今回のアップデートはここまでとします。

2020年4月9日、高知新聞にて掲載されました。このあと他の地方新聞にも転載されていくとのことです。地方紙を御覧の皆様、チェックしてくださるとありがたいです。

許可をいただいて転載しています。

取材は2月17日、例の感染症が世界的なオオゴトとして話題になるその少し前です。今思えばギリギリのタイミングでしたが、記者とカメラマンご本人が現場に来て、ゾウムシを実食して取材に臨むことで、もともと想定されていた記事の枠組みが、現場の声をもとにみるみる再編されて生み出されていく現場に居合わせることができました。

よくある残念な取材は、せっかくインタビューしているのに、現場に来ているのに、来る前の価値観をアップデートできずにそのままのストーリーを現場に押し付けてしまう案件をいくつか見てきました。

この書籍、「質的社会調査の方法」によると、「ゴシップ的な面白さと社会学的面白さを分けるのは調査者自身の『ものの捉え方』がバージョンアップされるかどうか。」とのことです。
どうしてもラオスの私達の活動は、貧困国ラオス、栄養のある昆虫と、わかりやすいキャッチーなアイコンが有ることで人目を引きやすいのですが、その副作用としてわかりやすいステレオタイプにさらされがちです。その中でどのように考え、これから何が必要で、そしてどうやったら「成功」なのか、将来のビジョンをラオス人スタッフと一緒に常に議論しています。

4月から20日まで、ラオスは外出禁止となっていて、すべての国境が大口の物流以外閉ざされ、すべての外国人は入国ができず、すべての国際・国内公共交通機関が止まり、街ごとの移動が制限されています。感染者数16人で、です。

村はというと、不自由ではあるものの、もともと米を自給自足し、昨年は普通に収穫できていたので、おかずの野生食材を確保すれば、生きていけます。すべての人と物の移動がつながってしまったグローバルな地域と、このような自給自足で野生動物をふんだんに食べられる地域、どちらが感染症のリスクなのか、多数派、少数派がそのまま正当とはなりません。改めて考える必要があるでしょう。

とはいえ病院に物資は届きませんし、保健医療のサービスは低下してしまうでしょう。ISAPHの医療スタッフ、そして栄養事業の私と、いち早くラオスの現状の情報収集を再開し、サポートを続けられたら、と思います。日本でできることもすでにスタートを始めています。そちらに関してはまた今度。

買いましょう、そして読まないことを今回はオススメしようと思います。

昨年の7月に買っていた「リウーを待ちながら」

正直に言いますと、マイナーマンガないかなーと思って何気なく買ったものです。

当時の読んだ印象は、「地味」です。ドラマティックな展開はないし、奇跡も起こらない、SF展開もないし、ご都合主義な偶然も奇跡もない。主人公もほとんど感情を荒らげない。そしてほとんど防護服とマスクで目だけの演技。

しかし硬派な作風の中からにじみ出てくる人間性がじわじわとゆっくり染みる、いいマイナーマンガでした。

そして今、作者が「今心が疲れている方は無理して読まないで」、とツイートしていたので、そんなにしんどい話だったかなぁ、読み返すと、きびしい。

「こんなドラマティックな展開ないじゃん」というのが今の感想でした。感染から発症まで短く、抗生物質が(初期なら)効いて。そして規模が小さく、行政の判断が迅速で的確、収束までが短い。3巻で収まってしまう。

今直面しているのは「よりセンセーショナルでない方、ドラマティックでない方の感染症」で、全世界、各世帯に確率的に平等に届けられ、14日程度と潜伏期間が長く、多くの人は無症状で、ごく一部のヒトや高齢者が重篤化する、というもの。

そしてB級パニック映画のような、ご都合主義みたいな不適切な行動言動をするヒトがどんどん現れます

あれだけ地味と感じた作品の「感受性が変わる」ということに驚きました。なので今はオススメしない。

過去に読んだことがあるひとは、再読をオススメします。

読んだことがないヒトは、積ん読をしておいて後で読むのをオススメします。

そういう意味で、「過去の表現物」というのは過去に触れた経験とともに蓄積され、「今の自分の状態の変化」を知る指標、測量で言うところの水準点のようなものになると思います。水準点がたくさんあるほうが、今の自分の姿勢を制御する助けになります。なので「アーティストは生存に不可欠なもの」なのです。

自主隔離が10日目になり、とある原稿を書き続けていますが、やはりストレスは高まっているように思えてきます。そして感染症に対する価値観も変化していくようです。自分は物理的にその場にとどまっていても、価値観がスピードをもって変化するとき、身体性に違和感が生じる感じがします。乗り物酔いみたいなもんですね。

だからといってSNSで違和感の最先端を追いかけるのは、なかなか高いストレスなのでオススメしません。このスピードに追いつけるのはやはり専門性のある感染症の専門家だけではないでしょうか。

ここでは「過去に触れた著作物にふれ直す」ことをオススメしておきます。自分が大きく変化したのか、それとも世界が変わりつつあるのか、そのどちらも、過去に触れた著作物との再会によって、見つかるかもしれません。過去の表現物との経験はそういう意味で消耗しない「備蓄」であるようにも思います。「役に立つ」学習とは別に、備蓄としての学習経験を見直すときなのかもしれませんね。

ラオスでは公共交通機関のストップが行われました。見つかった感染者数は合計10人よりも少ないぐらいです。しかし完全な国ごとのロックダウンと言える状態までの決断をしています。私達のゾウムシも4月20日まで、届けることができません。しかし農村部の彼らはコレまでと同じように、自給自足で米を栽培し、山や川に出て野生の食材をとり、現金収入にたよらず楽しく生きるのでしょう。しかし医療のサポートの低下はおこります。

これから日本で何が起こるのか、そして遅れてラオスで何がおこるのか。目を開いて見続けようと思います。

これまでにないハラハラの帰国となりました。

帰国した夜のサクラ。今年花見ができてしまうとは思わなかった。

緊急帰国の少し前、バンコクで人と会う用事があり、17日にバスでラオス第二の都市、サワンナケートへ。

民泊のようなホテルにはアルコールジェルがおいてあり、少しの緊張があるもののラオスはいつものように牧歌的な雰囲気が流れていました。

翌18日、9時半の飛行機でパクセー経由のバンコクへ。欧米系の乗客が多く、60%以上はマスクをしていて、日本では普通の光景がとうとう世界標準になったんだなぁと。タイ入国にあたり、日本などの蔓延国にこれまで14日以上滞在したことがないことを記入する用紙を渡されました。

バンコク、スワンナプーム国際航空につくと、その用紙では足りずアプリのインストールを要請されました。こちら。

アプリで個人情報の送信が確認されたら、入国手続き。

空港スタッフはみなマスクをしており、アルコールジェルも完備。電車に乗り換えたあと、バンコクのセントラルプラザで少しばかりの買い物をして

マックでてりやきマックバーガー(サムライポークバーガー)を食べ

すると先方からなんと、「発熱した」との連絡があり、ミーティングは流れることに。無念。と思ったんですがこのご時世ですし仕方ないですね。経費で負担してくださるとのことで、私はバンコクで少しの買い物をしてラオスに戻りました。

バンコクで宿泊して19日、バンコクのもう一つの空港、ドンムアン空港に行くとこちらも出入り口が一つに制限されていて、国際線と国内線の動線が分断されており、国内線であってもスタッフはマスクをつけ、アルコールジェルがいたるところに設置してありました。

国内線で移動後、ナコンパノム発の国際バスに乗り、第三友好橋を経由してツーリストビザを取得。

マスク装備のスタッフばかりだったタイ側に比べラオス側はゆるく、アルコールジェルはビザ窓口にあるものの係員はマスクなし。何度も「ラオスで仕事があるんだよね?」 と念を押され、入国を許可されました。そしてラオスの家に帰宅。

海外滞在者は外務省の「たびレジ」に登録すると在ラオス日本大使館からのメーリングリストが配信されますので、まじでオススメです。確認するとタイ側にいたときに国境封鎖の第一弾が発令されていました。

20日、ラオスへ戻った翌日金曜日、続けて不穏なメールが届きます。

よく情報を集めてみるとPCR検査に陰性との証明書がないとタイの航空便をつかうことができない。トランジットも含めて。

この週にベトナムも同様の条件になっていますし、ラオスには数件しか検査のできる病院がありません。これは事実上の国境封鎖です。

つい数日前まで使っていた経路が次々と封鎖していく様子は、なかなか逼迫感がありました。2月25日から3月前半にかけては「要請」はするものの強制力はなく、ラオス国内で感染者が確認された3月12日から急激に、一日一日、移動制限のレベルが上がっています。私もバンコクに行って帰ると「自己観察」となると考えていたのですが、どうにも事態は緊迫していきます。

20日午後の発表で事実上の民間航空の国境閉鎖が起こり、ビザが発給停止となり、在住25年以上のラオス猛者たちも帰国を始めたとの情報が入ってきました。

それから20時間ほどで今後の事務所の方針を話し合い、出国の準備を終え、私達が首都ビエンチャンに移動した21日の午後には、私が19日に入国したばかりの陸路での入国、すべての国境において商業的流通以外の観光・訪問・買い物及び小規模の商売での出入国がストップされました。そしてバンコク行きに使ったラオス航空が、国内国際便をすべて停止。国際バスおよび国内長距離バスも停止。

タイでも物資の輸送に限り通行許可、となりました。運転手及び補助者はウイルス検査を受けないといけないという条件付き、

そして昨日、私が帰国した日に、ラオス政府は滞在外国人について、「感染症が収まるまで」ビザの延長が延長申請可能になったとのことです。つまり缶詰。

私もラオスに缶詰になるのはやぶさかではなかったのですが、ラオスでの長期滞在はどうしても近隣国の医療レベル、物流に大きく依存しています。国境が封鎖され、ASEANの中でも最もレベルが低いと言われるラオスの国内医療しか頼れるものがなく、緊急時以外の国境が封鎖された中で、長期間待機する選択はできませんでした。

とはいってもゾウムシは育ちますし、2月にはこうなる可能性も含めて、直接手渡しではなく、公共交通機関に荷物を預けて村まで届ける実験をしたところですので、ゾウムシの供給だけは今後3ヶ月間、続けることにしました。

ラオス人スタッフが引き継ぎ、どこまで続けられるのか。そしてほぼ完全自給の田舎にウイルスを届けてしまうことなく、街で収束させられるのか、今後を見続けないといけません。

「発熱できない」という縛りがあることで行動はいつにも増して緊張感がありました。20日はほとんど寝れてませんし、疲労感がもしかしたら発熱の兆候では、と体温を測りながらの不眠不休の出国作業でした。

本当にギリギリでの出国でしたのでストレスもマックスです。ひとまず日本に戻り、自己観察として毎日検温をすることにしています。

そんな中ですが、今年度まで3年間、助成してくださった味の素ファンデーションの動画が完成したとのことです。ぜひご覧ください。見どころは「昆虫食で栄養改善」をガチでやるとこうなるぞ、というところです。当初考えていたタンパク質は不足しておらず油のほうが重要で、キャッサバを植えようといっても土地が痩せるからと断られ、ゾウムシが気持ち悪いと養殖に参加しないヒトもいて、そういった「現場」のロジックではない折衝の結果として、この動画の後に追加で参加したヒトもいて16人のパイロット農家の育成に成功しています。その中には妊娠出産のあとから参加したり、ゾウムシは気持ち悪い「けれども」参加したりと、なかなか新しい風が吹いているところです。ここを手放すことは、とても重要な「プロモーションの手法の技術開発」をみすみす見逃してしまうことになるのです。なのでラオスに戻らないといけなくて、このラオスで得たノウハウは、全世界に拡張する最初のモデルになっていきます。

私達の挑戦はこれからだ!というところでコロナにストップをかけられてしまいましたが、村で生産される産品を使って、高値で売れる、かつ売れなくても栄養になるというゾウムシとのマッチングに成功しつつあることは、この3年の重要な成果です。そして大事なのは「売ったときに栄養のあるものを買う購買行動」です。栄養教育と栄養モニタリングなしに「栄養のあるものを養殖すれば解決」なんてことは決して起こりません。

この件を受けて、彼らにも村での自給の重要性をさらに強調し、キャッサバの自給率を上げて、感染症が収まった頃にゾウムシがふんだんに輸出できるまでをやりたいと思っています。

それにはどうしても追加のお金が必要なので、クラウドファンディングなどの方法もとっていきたいと思います。またよろしくお願いいたします。

日本の加工食品がおいしいです。ひとまずゆっくり寝ます!

趣味で飼っていたタガメや、タンパク質が比較的足りていたことから、優先度の低いバッタはすべて処分しました。ラオス事務所の業務を絞り、ゾウムシに集中させることでスタッフの負担を下げつつ業務を続けてもらおうとしています。

自分で育てた昆虫は、自分の意志で収穫し食べることに喜びがあるものです。このような外からの理由で、食べごろかどうかにもかかわらず収穫しなくてはいけない、こんな悲しい収穫はもうゴメンだと思いました。

悲しいけれど仕方ない。絶対に再挑戦してやろうと闘志を燃やしつつ、日本の我が家のリモートワーク環境を整えました。14日間は打ち合わせを入れませんので、リモートでできる有償の仕事をお待ちしております。寄付をいただける方はこちらからお願いします。

私個人を応援してくださる方はほしいものリストを公開しています。安いものがラオスでの必需品です。高いものは私の夢です。見ていってください。

以前に購入した、GXR 50mm macroがラオスの景色を撮影するのに大変によかったのですが、防塵防滴ではない、この古くて弱々しいカメラに、そろそろラオスにも雨季の気配がやってきました。ちょっと心もとない。そこでレンズ検討をしました。

マイクロフォーサーズのマクロレンズには4種類があります。

ひとつは愛用している60mm 防塵防滴でカメラ内深度合成にも対応。

 そして軽くて安くてお手軽にしっかり寄れる、30mm 深度合成にも対応。これが防塵防滴なら完璧なんですが。惜しい。

そしてパナソニックから。こちらも防塵防滴ならラオスに持っていきたいんですが、日本でよく使っています。いいレンズです。

そしてやや発売年が古いですが45mm、これもいいらしいですね。

さて、GXRの50mmマクロを使ってみると、なかなか料理が美味しそうに撮れる。そしてこのカメラの案件はかなり遅いオートフォーカスと、防塵防滴がないので村に持っていくには心配なことです。

ということで更に古いレンズを探って、これにたどり着きました。

新品こんなにするの! 中古品で12000円のを買いました。

今回の帰国時に日本で動作確認をする予定だったのですが、予定がキャンセルになり動作確認をしないといけないので、厳重に梱包してEMSでエイヤッと送ってもらいました。必需品の粉アクエリアスと一緒に。

無骨でかっこよい。

位相差AFのみの対応なので、使えるボディはE-M1のみ。しかし、いい感じに写ります。すごい。

ううむ。すごい。

うまそうですね、GXRの50mm相当ハーフマクロと比較して、画角は半分、お皿を撮るにはちょっと離れないといけないですが、なかなか美味しそうに写りますね。カメラボディは新しいので手ブレ補正や高画素で、たよりがいがあります。そしてすべて防塵防滴。

AFが遅い、というレビューもあったんですがGXRよりはマシだし、レンズも300gとそこまで重くもないし。ということでかなり満足度が高いです。中古が安いので何本かストックしておこうかと思います。

ラオスの撮影条件はなかなかきびしくて、粘土質の赤土が粉になって舞い上がる乾季と、何もかもをカビさせる長い雨季、そして日本で言うところの真夏の日差しが年中斜めから降り注ぐ逆光の怖さ。そして薄暗いところはとことん暗く、明るいところは底抜けに鮮やか。こういったラオスの良さを描写できるのはこれではないかと思います。エクステンションチューブも同時購入したのですが、ピントの合う範囲がかなり狭くなるので今持っている60mmマクロを置き換えるほどではないかな、と。

テレコンEC-14を使えばパンフォーカスも可能と。こんなのもあるんですか、、、試してみたい。

ひとまずさらっと撮ってみました。接写キョウチクトウスズメはエクステンションチューブを使ってます。

いろいろキャンセルになって日本に帰れない日々が続いていますが、またしばらくラオスで楽しくやれそうです。

今回、研究費から渡航費を捻出し、リバネス研究費日本ハム賞の助成をうけたことから超異分野学会で発表する予定でしたが、この学会が延期となり、4月から始まるJICA助成の安全講習も延期となり、研究費を使って帰る主な理由がなくなってしまったことが帰国キャンセルの原因です。キャンセル料120ドルは研究費から出しますが、これで買えたものを考えると(乾燥キャッサバが一年分買えます。)なかなかつらいです。ご支援くださる方はこちらを見てくださるとありがたいです。安いものはラオスでの必需品、高いものは私の夢です。

オフィシャルな寄付先はISAPH食用昆虫科学研究会にいただけると、領収書も発行できますし、助成金以外で自由に動かせるお金が増えることで、ちょっとした挑戦もでき、事務手続きの手間が減るので少額でも、とてもうれしいです。団体の実績にもなり、認定NPO法人(寄付により減税されます)にも近づきます。よろしくお願いいたします

このタイミングにあわせて打ち合わせとか、訪問とか、フェモラータオオモモブトハムシを食べる会への参加を予定していたのですが、私が参加できなくなっちゃいました。こちらは三重県の郊外の野外ですので、屋内で閉じこもって飽き飽きしている方や、お時間のある方はぜひご参加ください。

感染症対策として、ラオス政府も日本などの感染国との入国審査が厳しくなるとのことで、14日間の自主的、自宅健康観察の要請や、スタディツアー延期要請など、観光にはなかなか来にくい感じになってしまいました。週の前半にNGOの会合で首都のビエンチャンに言ってきましたが、タクシーやトゥクトゥクのドライバーがマスクをしていて、ほんのり影響を感じました。あからさまな差別にはさらされていなくて、世間話程度にドライバーと話すこともありました。流しのトゥクトゥクが持ちかけてくる料金が普段の倍ぐらいふっかけられて、交渉するとすぐに半額になり、なかなかお客がいなくて大変なんだろうなと思います。

いちおうクレジットカードの更新とか、JICAの安全講習とか、学会が4月に延期されたのでそこに対応とか、4月に帰国できたらいいなとは思いますが、こればっかりは感染症なので未定です。キャンセル料も痛いのでまた状況に応じて航空券をとろうとおもいます。

今週ビエンチャンでみた花。サガリバナ科ホウガンノキと教えていただきました。仏教にまつわる花かとおもったら熱帯アメリカ原産とのことでおどろき。

さて、バッタ博士、研究に邁進するため取材を断っていたとのことですが、久々のメディア登場です。解説は専門家におまかせするとして、「バッタの大発生を昆虫食で解決できないか?」といういくつかの問い合わせと、いくつかの質の低い似た主旨のクソウェブ記事(できないか?きっとできないでしょう。いかがでしたか?みたいなやつ)を見かけたので、私からは昆虫食のほうをフォローアップさせていただきます。

バッタ博士の先生にあたる田中誠二博士の解説に、私も一言だけ参戦させていただきました。有料記事ですがこちら。

基本的には「フードセキュリティの4要素+サステナビリティ」で説明できます。大発生したバッタはその地域の食料安全保障を低めてしまい、そのバッタの群れ自体も、食用としての魅力が乏しいことを説明していきます。

フードセキュリティの逆、フードインセキュリティはこのような状態と説明できます。

さて、バッタの大発生、

「被害地域では誰でも手軽にかんたんにバッタを手に入れられる」

「バッタは食用にもなり栄養もある」

という2つの事実から、「食べて解決できないか?」と推測するのは当然といえるでしょう。

しかし無からバッタは生まれません。バッタの大発生状態、というのは通常の食糧生産システムのバランスが崩れた状態を意味します。

大きな変化が起こっているのは、草本バイオマスと捕食者です。ここからリプで書きなぐったものを、あらためて整理しましょう。

私達の周りにも、そして大発生が起こっている現地でも、平時は陸上には野生種、栽培種ともにイネ科の草本がたくさんあり、バッタはそれをいつでも食べられるように見える状態です。バッタは草だけを食べて成長し、1頭のメスは飼育下で調子がいいと400個ほど卵を生みます。

ではなぜバッタの大発生がすぐにおこらないか、というと、バッタは自然界では人気の食材で捕食者が常に食べているからです。

カエル、鳥、トカゲ、クモ、その他様々な生物が食べまくるので、期待値でいうと1頭のメスから生まれた卵が次世代の卵を生むメスになるのは1頭、つまりほとんどの子供が食べられることを前提にメスは産卵しています。バッタの現存量は草の生産スピードよりも、捕食者による被食スピードで強く制限されています。

私達から見える草地は草が生い茂り、バッタはぼちぼちいるぐらい。虫取り網をもってお腹いっぱい食べるにはそのカロリー以上の運動をしないと、なかなか集まりません。

しかし、大発生のときはこのバランスが崩れます。(ここのデータが不足しているので、発生予察がうまくいっていないのです。バッタ博士などの基礎研究者が必要なのも大発生前のデータをとるためです)

何らかの理由によって捕食者が少なくなったり、草が急に増えたりすることが影響すると言われていますが、内戦などの影響もあり情報の精度にもムラがあり、日本の天気予報のように高精度の予測はまだできていないようです。

その結果、どこかの地域で小規模な集団が発生します。その時、その地域の捕食者は「腹いっぱい状態」になって、バッタは被食スピードよりも増殖スピードが上回っています。そのため捕食者が遅れて増殖するまでは、バッタはそこにある草を食い尽くすことができます。

この状態のバッタは仲間と会う頻度の高まりから密度を察知し、「相変異」という生理機能によって色と行動と形が変化していきます。これにより一度できた小さな群れを維持するため、通常の孤独な状態では不利益になるような集合性や、目立つ姿を獲得します。(相変異は密度上昇の結果として起こるため、バッタの大発生そのものは相変異を起こさないバッタでも起こります)

この相変異の不思議なところは、密度に応じて徐々に変化することです。逆に密度を下げると、徐々に緑のバッタに戻っていきます。この「変化することが(進化的に)保存されている」という部分が基礎研究的にめちゃめちゃおもしろいところですが、これもまたバッタ博士におまかせしましょう。

左が飼育下で高密度飼育したサバクトビバッタ。右が孤独状態で飼育したもの。

さて、昆虫食の話に戻りましょう。

発生予察をくぐり抜け、残念ながらバッタの大発生が起こってしまいました。いま、この地域の食糧生産はどのような状態でしょうか。

頼みの綱であった捕食者はおなかいっぱいです。そして大抵の捕食者はバッタよりも大型で、増殖の速度も遅いことが一般的です。そしてこのバッタは一日100km以上も移動していきます。つまり移動先の捕食者をも「おなかいっぱい」にして、その地域の草を食いつくせるようになってしまうのです。

飼育下で見た限りですが、サバクトビバッタは群生相でもあいかわらずおいしい草が好きです。まずい草にはほとんど口をつけません。

大発生した野生のサバクトビバッタの消化管内からは、毒植物が検出されています。これは「大発生で相変異として毒化する」という積極的な性質なのか、それとも「エサが足りないのでしゃーなしで食べている」消極的な性質なのか、2つの可能性が考えられますが、おそらく後者でしょう。

もし毒を溜め込んで捕食を回避する性質に変化するならば、大発生して捕食者がおなかいっぱいになっているその時よりも、お腹をすかせた捕食者から隠れてこっそり暮らす孤独な期間のほうが意義がある性質と考えられるからです。

そこから、大発生したバッタも、自由にエサを選択できる条件では相変わらずおいしい無毒な草が好き、と考えられますので、蓄養すればその毒をへらすこともできるでしょう。やってみたい。アフリカに行って蓄養の効果を食べ比べてみたい。おいしくなるのだろうか。

これらの蓄養バッタを食利用するには、毒抜きの効果を調べる品質検査、フン抜きによる食味の向上や脚にあるトゲの除去といったプロセシング、加工流通、保存の技術がまだまだ不十分です。昆虫食の技術開発は遅れていますので、これらの技術的な不十分を理由に、大発生バッタの食利用も難しい、という結論を導いた記事がほとんどですが、

これらはあくまで「技術」なので、バッタの基礎研究が必要なように、公的資金でバッタの利用技術が技術開発ができれば解決可能かとおもいます。なので、ここではもう一歩、未来に踏み込んでみましょう。

ICIPEではそのようなプロジェクトが2018年に始まったようですが、目立った続報があまり聞こえてきません。情報が入ったらまた報告します。

この先、公的研究機関への投資によって、大発生したバッタを蓄養し、毒抜きや品質検査をし、保存、流通する技術が整ったとします。それでも大発生の「解決」にはなりません。残念。

現場では何が起こっているか。

バッタによって引き起こされている、食糧生産システムのバランスの崩れが最大の問題です。食べられた草と、それによって育ったバッタはその地域では等価ではないのです。

一番深刻なのが「草の不足」です。現地の一般農家にとって、ウシやヤギは家畜でありながら「増える資産」です。売れば確実に現金に変えられ、そしてうまく育てば自動的に増えるので、貯金するよりも資産としての価値が高いようです。私達にはイメージしにくいのですが、「資産が餓死」します。すると経済的に破産してしまう個人も出てきます。(ちなみにですが、反芻動物に高タンパク質を食べさせると消化不良をおこしてしまいます)

そして農作物の「市場」にも大きなダメージが起こります。野菜や農作物も食べ、完食されないまでも傷つき、商品価値を下げていきます。そしてイネ科の主食も含めてその地域の植物を「すべてをバッタに変える」のです。住民はバッタを売ってバッタを買う経済しか許されず、「平等に」自然界からバッタを与えられた地域の市場は、はたしてその経済は回るでしょうか。

この「市場が回らなくなる」ことが、ウシやヤギのような家畜資産のない、より貧しい農家にとっても、大きな経済的ダメージになります。

当然経済状況の悪化は栄養状態にも直結します。そしてバッタ以外を食べられない状態というのは栄養のバランスが崩れがちです。バッタというタンパク源だけが過剰にある状態により、バッタに含まれない他の必須栄養素、脂質や炭水化物、ミネラルといった栄養素へのアビリティ(量)、アクセス(手に入りやすさ)、ユーティライゼーション(その場にあるバイオマスの有効利用)が圧迫されていきます。

そして大発生した群れそのものもまた、不安定です。すぐに移動し、いつかはどこかで収束します。つまりバッタの群れも食料として利用価値が低いのです。

大発生したバッタの群れは、食料安全保障でいうところのアビリティ(量)もアクセス(手に入りやすさ)も高いのですが、一方でスタビリティ(安定性)もありませんしサステナビリティ(持続可能性)も期待できません。周期性がなく、規模も予測できず、今回は70年に一度という大発生です。そして国境を無視し、一日100km以上も移動します。

「バッタによって無職になった人をバッタ採集に再就職させよう」というアイデアも、ここで頓挫してしまいます。いつ終わるかわからず、次は来年かも70年後かもしれず、そして国境を超えて移動する職場。就職したい人はいないでしょう。(研究者以外は。)

これにより、大発生バッタを安全に食べる技術がない現在でも、その技術が開発されたかもしれない未来においても、

一度大発生してしまうと手遅れで、「昆虫食はバッタの大発生を解決しない」という残念な結論になるのです。

ですが、ここは昆虫食ブログですので、どんどん蛇足をしていきましょう。

大発生バッタの弱点であった、スタビリティとサステナビリティを確保した状態の「管理された局所的な大発生」つまり養殖利用がバッタ問題を予防しうるかもしれないという、私の楽天的なもう一つの未来の話をしておきましょう。

ICIPEで動き始めている先のプロジェクトの概念図にもあったように、野生のバッタは不安定で周期性のないバイオマスです。台風や竜巻のように、強すぎて安定性のないエネルギーというのは、その総量が膨大でも使いみちがありません。そして食料というのはエネルギーよりも保存に向きません。

台風や竜巻は小規模で再現しても安定しませんが、バッタならば、その大発生を真似た「管理された小さい大発生」を利用することで、野生個体群の大発生にも貢献できる経済的な仕組みをつくれるのではないか、と想像しています。

実際に実験室で飼育してみると群生相のバッタは互いに寄り添い、しずかで、そして安定してよく増えます。家畜に適しているなぁと感心するほどです。実運用から考えると、インフラの整っていない、田舎の小規模農家に適していると考えています。つまりバッタの大発生で最も影響を受けてしまう層です。

大家畜のように一度解体すると食べきるか冷蔵庫にいれないと保存できなくなるデメリットもなく、一口サイズで草さえあれば常温で維持でき、毎日少しずつ食べることもできます。養殖により、安定性が確保できる余地があるのです。

今回大発生したバッタは1000億から2000億頭と言われています。ざっと20万トンぐらいでしょうか。一年あたりの世界のニワトリ生産量は7800万トンです。もしバッタを食べる習慣がニワトリ程度までグローバルになれば、このぐらいを国際市場が吸収するのも無理ではなさそうです。

ただ、大発生は価格の混乱をもたらすので、バッタ養殖企業にとっての商売敵とも言えます。

そこでバッタ養殖企業が基礎研究者を雇い、もっと初期の段階で、企業のCSRとして、養殖のために確立された技術を使って野外のジビエであるバッタを買取り、殺虫剤と毒の検査をし、養殖のために開発した技術を転用することで、野生バッタを蓄養して販売するシステムを運用するのはどうでしょうか。住民は研究のために雇われた存在ではなく、「現金を得るために」野生のバッタを持ち込みます。そこに群生相の兆候があればやっと、基礎研究者を大発生の「前」に送り込むことができるのでは、と。

この企業により、これまで大発生のほとぼりが冷めるたびに公的研究機関から予算をカットされてきたバッタの基礎研究が安定し、持続可能になるのではないか、と妄想しています。

まとめましょう。

大発生してしまったバッタの群れは、バッタを食利用する技術が高まったとしても手遅れで、国際協力としての対応は、一般的な災害対応と同じで、被災者の生活再建を支援することが必要になります。

野生のバッタの群れを食利用するにしても、スタビリティとサステナビリティが低いことからバイオマスとしての利用価値が低く、野生の群れの食用化を、大発生収束の手段とするには至らないでしょう。

今後、バッタの養殖利用と産業化の運用次第で、バッタの大発生を予防するための持続可能なソーシャルビジネスに育つかもしれない、という将来の楽観論を個人的には期待したいところですが、

現状、大発生を予防するための能力と技術を昆虫食をまだもっていません。バッタを予測し、コントロールするには大発生の「前」の基礎研究が足りていないのです。

養殖利用するにしても、大発生予防のためにも、バッタ博士などの昆虫基礎研究者が長期に渡り、安定して研究できる環境をつくりましょう、とまとめておきましょう。

ラオスの村で食べさせてもらった野生バッタの串焼き、生態系の恵みですね。

バレンタインデーなのでチョコの話をしましょうか。

昆虫のもつ構造色、食えるメタリックカラーとして以前から注目していましたが、スイスがやってくれました。昆虫を含まない構造色のチョコらしく。カメレオンチョコではなくてきらめく甲虫チョコ、と言ってほしい。特許もとるらしいです。

石川伸一先生がリファレンスとして出してくださいました。非学術の領域では引用がなかなかなされないので「オリジナリティ」は言い張ったもんがちになります。こうやって別分野ですが初出をだしていただいて感無量です。構造色の昆虫、利用していきたいですね。

ニジイロクワガタのパイグラタン
森の甲虫パエリア
フェモラータオオモモブトハムシのきらめくナッツタルト

ツマベニチョウ、Hebomoia glaucippe ラオスでもよく見るチョウなのですが。借家の庭で幼虫を初めてみました。以前にどこかの昆虫館で飼育されている幼虫をみて、この青い目付きの悪い眼状紋にときめいた記憶があります。

ラピスラズリのような眼状紋が美しい。

そして食べていたのが庭に生えていた木。ホストであるギョボクであることもわかりました。ラオスの亜熱帯の植物は私にとって分類が難しく、花がつく、実がつく、そして鱗翅目の昆虫が食うことで、かなり絞れるようになるので嬉しい発見です。しかしコガネムシ、お前は何でも食う悪食なので全然参考にならぬ。

そういえばツマベニチョウって毒があったような、と検索すると、猛毒イモガイと同じ神経毒を、幼虫の表皮と成虫の翅にもち、成虫の体には存在しない、という面白い論文がありました

気になるのは、やはり「茹でれば失活するのか」というところでしょうか。

低分子のペプチドは温度を上げても失活しにくい、と一般的に言われていますが、こちらはペプチドといえどもそこそこ大きそうですし、ウェスタンブロットで泳動できているのですから界面活性剤で失活しているのでしょう。イモガイの用途は「刺して」使うタイプですが、こちらは「食べられて」何らかの影響を及ぼすタイプなので、注意が必要です。とはいえヤモリとか普通に食べてるようですが。

こちらに来ると「何らかの毒は持っているけれどそれが効く濃度か」という部分が意識されます。なんらかの防御システムをもっていない植物、動物などない、という感じです。厳しい生存競争だ。

低温調理などで「75℃1分相当」を計算する式が公開されていましたが、界面活性剤による失活なども茹で時間とか温度で計算できないものでしょうか。

チラリと見える青い目。

さて、、、、食べてみようと思ったのですが、、、、死にました。

葉脈に沿って隠れている。

糸を吐き始めたので蛹化するのかと思い、様子をみてきたのですが、蛹化することなく死にました。幼虫の体表と、成虫の(体でなく)翅にのみ局在するのですから、蛹が最も安全なのでは?との期待がありました。しかし。

次回ツマベニチョウを見つけたら迷わず味見すると心に誓いました。早く来い来いツマベニチョウ。

 

ブルキナファソで研究中のシャーロットさん、新しい論文をだしました。すばらしい。そして私達の活動とも関連するものです。食用昆虫が、「栄養」だけでなく「収入」の面からもフードセキュリティに貢献していることを鮮やかに示しています。本当にこの方はすばらしく賢い研究者だなぁ。

前作は同じ地域のこの研究。農地に着目して、シアの葉は芋虫に食べられる冗長性をもつことから食べられても収量は減少せず、そのぶん日光が樹の下に届くのとフンが落ちるのでそこで栽培されている主食のトウモロコシがより育ちやすくなる、というもの。

農業生態系に昆虫が入ることが、必ずしも悪ではない、というコンセプトは、殺虫剤を使うことを前提とした慣行農業と、殺虫剤をあえて使わない(旧来の)有機農業の概念をゆさぶります。これまで、農薬の使用と収量はトレードオフであり、有機農業は収量の低下を招くので、トータルの環境影響評価をすると、むしろ慣行農業のほうが低環境負荷だ、という結果になってしまっています。

この論文は偶発的に発生する昆虫をも含めた上で「最大効率」になるポイントがあるかもしれない、という文化に根ざした新しい農業モデルを提案しています。もっと有名になってほしい論文。

今回はフードセキュリティの季節的変化を測定する方法として、「アクセス」について重点的に評価をする指標を使っています。名前はHFIAS Household Food Insecurity Access Scale (HFIAS) for Measurement of Food Access 

主観的に本人が感じている変化をインタビューするという形式上、そもそもが「緊急時の」フードインセキュリティを測定する方法で、通常時と比較して食材へのアクセスが変化したかどうかを質問紙調査で評価できます。とてもいい指標なのですが、これが私の活動するラオスでどうか、そしてこの現場であるブルキナファソでも本当にそれでいいのか、といった指標と現場のマッチングについての考察の話はあとの方でしましょう。

そして、フードインセキュリティのうち、昆虫が貢献しうるのは「アクセス」なのか。それとも。という話も後半でしましょう。

こちらが質問の内容。

Feelings of uncertainty or anxiety over food (situation, resources, or supply);
▪ Perceptions that food is of insufficient quantity (for adults and children);
▪ Perceptions that food is of insufficient quality (includes aspects of dietary diversity, nutritional adequacy, preference);
▪ Reported reductions of food intake (for adults and children);
▪ Reported consequences of reduced food intake (for adults and children); and
▪ Feelings of shame for resorting to socially unacceptable means to obtain food resources

http://www.fao.org/fileadmin/user_upload/eufao-fsi4dm/doc-training/hfias.pdf

訳しますと

  • 食物への不確実性や不安(状況・リソース・供給)食物が量的に不十分であるという認識 (大人と子供向け)。
  • 食品が質的に不十分であるという認識 (食事の多様性、栄養の妥当性、嗜好性)
  • 食物摂取量の減少の証言(大人と子供向け)。
  • 食物摂取量の減少の影響の証言(大人と子供向け)。および
  • 社会的に容認されない手段に訴えて食料資源を取得することに対する恥の感情

すると「不足の感情・認識」が存在することが前提になりますね。

まずはイントロから。「世界の半分以上のカロリーがグローバルサウス(南半球から中緯度の途上国)の小規模農家から生産されている」とのこと。しらなかった。ラオスだけでなく自給自足で現金収入がない農家、というのは同緯度帯に世界中にいるんですね。彼らをターゲットにするビジネスがBOPビジネスと言われて注目されているのも納得です。この小規模自給自足農家をどうやって「よく」できるかが今後の世界の動向を握っているといえるでしょう。彼らの価値観に沿う形でありながら、資本を集中させている「グローバルノース」からの投資を引き出すために。

「フードインセキュリティは様々な要素の複合であり、食の主権、教育、および女性や少数民族のエンパワーメントが重要であろうと指摘されている。」うん。やれている。

「隠れた飢餓」カロリー以外の栄養素の不足から栄養不良の状態にあり、20億人が今でも影響をうけている。「病的な低体重」の解消はずいぶんと進んだ印象ですね。

そこで昆虫食は女性の貢献が大きく、栄養的にも優れていて、高単価で収入にもなる。今回のシアの葉を食べる毛虫Cirina butyrospermi は9ヶ月の休眠(!)でしょうね)があるがそれをホルモンの注射や薬剤を溶かした水へ浸すことで打破する方法が見つかったが、商業的な養殖方法は確立されていない。

話はそれますが、この論文いいですね。掲載されたのは2015年に創刊された昆虫の食利用・飼料利用をテーマにした専門誌で、昆虫学的には、「この昆虫でやった」以外に新しい知見はないです。他の昆虫で確認できていた方法で、同じような方法で休眠打破が確認されたという銅鉄研究です。しかし、「この昆虫が広く利用されている文化があり、この地域の栄養不良と戦う栄養源として有用である」という背景をもつことで、これが銅鉄研究であっても価値の高い論文となります。ホルモンの直接注射だけではなく、薬剤を溶かした水に浸すというやり方まで試したことは、商業ベースの大量養殖を見越してのことでしょう。

「これまでの学問分野では評価しずらかったこと」を積極的に評価するという専門誌としての矜持を感じる掲載です。すばらしい。

話を戻しましょう。

この論文以前の2018年の論文で、この毛虫を含む食卓のほうがカルシウムとタンパクが優位に増加することが検証されています。(論文を取り寄せているので、彼らに不足するのが本当にカルシウムとタンパクなのか、というプロファイルが今後わかると思います)これも私達のラオスの方法論と一緒ですね。ラオスの場合、脂質、ミネラル、ビタミンAとなりました。アフリカとアジアで食文化が違うので、栄養不良の改善のために推奨される栄養素も、それに対応する昆虫も変わることが当然だ、と考えて良さそうです。ここのマッチングシステムそのものが、新しい体系的知識となるでしょう、と予言しておきます。そしてそのマッチング次第によっては、「昆虫でない」結論に至ったとしても問題ありません。

雨季(毛虫のシーズン)よりも乾季のほうが、食物への不足感(アクセス)が遠ざかる実感があることが示され、同時に収入における毛虫の役割も大きいこと、また販売量と民族性に関連はなかったが、家庭における消費量と民族性に関連があったことを示しています。

結論としては「毛虫がなければ、この地域の食料安全保障は低下してしまうだろう」とくくられています。

さて、読み解けたところで、こちらのラオスの状況に沿わせて比較してみましょう。

彼女らとの比較は私が「NGOとして」現地にいることです。つまり介入が前提。「なくなると困るだろう」という論文の結論とは異なり「介入するとよくなるだろう」という見積もりが必要です。

そういう意味で「ラオスの昆虫食文化にないことを作り出そうとしている」という点で、今やっていることは研究者とは言えません。証拠の捏造、とまではいかないですが、ラオスの昆虫食文化に栄養に貢献する要素があったとしても(これまでの栄養調査の結果からそれは言えそうですが)、まだまだ低身長を解消するまでには力不足である、この昆虫食文化をエンパワーする、という戦略になっています。

彼女らの論文は「なくなったら困るだろう」という方式で昆虫食文化の栄養と収入の両面から評価していますが、逆に言うと「どう介入すべきか」という結論をもたらすものではありません。この毛虫の養殖技術はまだまだ未確立であり、もし休眠打破をしたとしてもシアの葉がなければ成立しません。そしてシアの木が十分に育つには多くの時間が必要でしょう。また、シアの木と実、そしてイモムシの所有権は土地の所有者にある、という点で、貧富の格差を解消するにあたって障壁があるといえます。

また、ラオスの栄養状況で言うと、「栄養が不足すると感じていないことが問題」というなかなか困難な状況にあります。おそらく先の指標では、彼らがフードインセキュリティにさらされている、という自覚がない限り検出されないように思います。低身長について話を聞くと、(栄養ではなく)家系的に身長が低い、とか、栄養のある食材を採ったり買いに行く時間がない、お金がないから買えない、と言われます。

村の中でも比較的ビジネスに成功してもスナックや清涼飲料水を買い与えて子供が喜ぶからいい親だ、といった、栄養への意識の低さが大きな障壁となっています。今後、昆虫養殖を所得向上の動機でスタートする人が、栄養を一層ないがしろにしてしまう、というリスクをどうコントロールするかが求められています。

具体的には栄養教育とセットで養殖普及をしていく、という点と、この論文が注目している「アクセス」ではなく「ユーティライゼーション」(村に「ある」のに利用されていない、利用しにくいバイオマスをバイオコンバーターとしての昆虫が転換する)に着目している点で少しの戦略の違いがあります。

南北問題と言われる貧富の格差は、今後しばらく続く地球温暖化によって将来的に、「南の農業を北が逆輸入する」未来が見えています。しかし現状の途上国の農業は、労働搾取が横行しており、殺虫剤の使用も多く、とても現状の先進国に逆輸入できるクオリティではないでしょう。そこで、「北」の先進国の市場や文化ではなく「南」の彼らの文化をもとに技術を開発し、先進国にない食糧生産の新しいシステムを開発することは、将来の地球全体への恩恵へとつながり、そしてここで開発された知的財産を「南」が「北」に提供するという形は、先進国が途上国の遺伝資源を搾取してきたこれまでの反省を踏まえた生物多様性条約の理念にのっとるものになるだろう、と予測しておきます。

この論文をみて、私が今やっているのは「活動家」であって、かつてあこがれた「研究者」ではないんだろうな、と改めて思えました。適切な人に適切な虫をオススメする「蟲ソムリエ」として、誰に何をどうやってオススメするのか、日々考えて実践していきたいと思います。