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「虫がさわれない」と「虫が好き」は両立します。

先日こんなつぶやきをしたら、思いの外多くの反応をいただいて、おもしろかったのでまとめておきます。

自分としては当然というか、当たり前のことを当たり前のテンションでつぶやいた、つもりだったのですが

リプライと引用RTが多く、届くべき方たちに届いたんだなぁと感慨深いです。しばらく素の反応をいただきたいので、コメントは控えて放置していたのですが、気になったコメントをピックアップしていきましょう。

とその前に、図解をしてみました。

さわれることと、好きなことは相乗効果があります。昆虫を好きでいるために、ハンドリングできると便利ですし、よりたくさんの情報を得ることができます。

また逆に、きらいなこととさわれないことにも相乗効果があります。さわれないことで不意の昆虫との遭遇で対処できる手が限られますし、そのとき虫から攻撃されたり、逆に殺してしまったりしたら、苦手な気持ちは高まるでしょう。

しかし、さわれるし、すきな人、と、さわれないし、きらいな人が大部分であるからといって、すきでさわれない人、きらいでさわれる人が見えなくなってしまうと、昆虫との付き合い方が狭くなってしまいます。すくないけれども、そこに人がいることを確認して、多様性の広がりを見ていきましょう。

ということで先のつぶやきに至ったわけですが、先に「図解」するよりも、その図でいうところの見逃されがちな右下だけに言及することで、これを見た人のつぶやきを誘ってみることにしました。語りすぎないほうがいい。

「私だ」とか「私の家族だ」という反応が10人ぐらい。大人になると種類によって異なったり、何らかのエピソードがきっかけだったりして経験の多さを感じます。子供も興味はあるけどさわれない、さわれる方法がまだわからない、と大人を頼ってくる様子もあります。

その中で「ありがたい」という反応もあって新鮮でした。やっぱり少ないからといって、無いものとされることとは違うわけです。

「イルカやクジラ、トラ、イヌ」といった、他の動物と比較するコメントもありました。イルカやクジラは、触ったことがない、そして野生の場合ですと触ることが適切でない動物ですが、それでも堂々と好きと言える許容があります。おそらく虫だと「すきなのにさわれないの?」「さわれないんだったらすきとはいえないんじゃないか」といった圧を感じる経験があったのではないでしょうか。

文章から図解の構造を読み解いてくれた方もちらほら、シンプルなテキストにすることで、そこから受け止めやすい方法でそれぞれ響いてくれるという意味で、意外な大きい反応になったのでは、と分析しています。

難しいですがこういうの、もっとやってみたいですね。

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