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2015年に創刊された学術誌、Journal of Insects as Food and Feedが、2020年6月の段階で意見記事を出していました。私が気づいたのは9月ですが、(しばらく下書きで放置していました)素早い対応に感謝します。社会全体が不安に煽られるとどうしても弱いもの、嫌悪感をそそるものに攻撃が行きがちです。解説しておきましょう

EUでは昆虫のヌーベルフード(新規食材)としての審査が最終段階にありますが、いずれも養殖昆虫を指していることから、この意見記事には採集昆虫に対する言及はなさそうです。

この感染症が発生当初から、センザンコウやコウモリなどの野生肉由来ではないか、と推察されてきたことから、中国では野生肉の食用を禁止する動きがありました。しかしロックダウンをするような事態になると、むしろ自給自足で野生動物の肉を食べている田舎において、流通の停止はむしろ栄養状態を悪化させてしまいかねません。

また一方で、風邪ウイルスの一種としてこれまでにも蔓延している「新型ではない既存のコロナウイルス」の研究では、ラットの肉が感染症を広げるのは、田舎ではなく食品卸売市場であるとの指摘。これはベトナムでの調査で、田舎ではなくむしろ都市の需要が、感染を拡大させている。とのことです。

つまりウイルスは「平等」にヒトに対して広がるのだけれど、リスクそのものは都市の市場が高める構造がありつつ、アクセスの悪い田舎にその対応を押し付ける(野生肉の禁止)という不平等になっています。これはこれまでの格差の構造を強化するかもしれない点で、留意されるべきでしょう。

ユニセフはこの事態に対して、途上国の子供の健康状態が悪化すると警告しています。

しかしまた一方で、ラオスの活動地、農村部では2020年4月の一ヶ月のロックダウンでは、「特にいつもと変わらない」と反応がありました。ピーマイという仏教正月を延長し、村では稲作の準備がおこなわれていたようです。また両親の出稼ぎは世帯収入を改善させるものの、子供の世話が高齢者の祖父母にたよられがちで、栄養リスクになる現状もあります。国境が閉鎖されてタイやベトナムからの帰国により、むしろ栄養状態は改善する可能性すらあるのです。

ここらへんも早期にラオスに戻れると、状況を観察したいところです。

久々の更新です。ラオスから日本に戻って1年。いろんなことがありました。

2020年9月の「おいしい昆虫記」出版から文字書きの依頼をいろいろといただきまして、セミナーなどでスライドを書いたりしていて、ブログが放置されていました。

過去記事を読み返してみると、情報のアップデートが必要なものもありつつ、「その時の空気」がおもしろかったりするので、本来のライフログと、個人としての自由な思考実験をできるようなブログをちょいちょい残していければとおもいます。

さて今年は4月末に渡航できるか、、、?という微妙なところで、関係者と交渉を続けていますが、できればタイミングがあれば渡航してしまって、ラオスからオンラインでできることを増やしていこうと思います。

日本に帰って、ラオスの活動を話す機会が増えたのですが、「貧困地域の貴重な栄養(だから自分は食べなくていい、自分は無関係)」という受け取られの多さに気づきました。「昆虫には栄養がある」という客観的事実ですら、偏見を助長しかねないのです。

「サルやコウモリ、ネズミや鳥が主食にしていますから、当然栄養はありますよね、さて」というように、短いセミナーではササッと避けて次の話をするようにしています。

というのも、「おいしい昆虫記」でラオスでの活動を「貧困地域の貴重な栄養」と誤解されたくないために私の半生をあえて読者に追体験してもらうことで、偏見を助長しないようストーリーを組むことにした、という経緯もあります。

つまり、とうとうやってきました。「昆虫食を社会の課題としてとらえる」という、これまで手を付けられていなかった本丸にとりかかろうとしています。

昆虫を食べなくなった私たちが、どのような社会を生きているのか。

昆虫を食べるラオスの人々が、どのような偏見にさらされているのか。

そして、ラオスでの活動は、小規模ながら「昆虫を食べるほど得をする社会」の構造を作ろうとしています。特をするならば、そこにお金を落とす人が増えますし、食べない人は損をするだけです。正直、「食べてほしい」という啓蒙や広告に、あまり興味がないのです。

私が昆虫の味見をすすめていく中で、昆虫が美味しそうに見えてきた辺りから、「食べたくない人」「食べたことのない人」の感覚がわからなくなってきたので、ここらでアーティストやデザイナーに任せていこうと思います。

アーティストやデザイナーのコンセプトの根幹に関わる議論をふっかけていければ。つまり社会問題です。

やはり強烈な書籍であった「フーディー」がこの一年の思考を深めてくれました。ラオスへ行きたい、という気持ちと、なぜ私はラオスで、大きく思考が変化したのか、という部分と、それが「日本に居ながら」変化をつくることができたら、更に発展するでしょう。

逆に言えば、「観光したから」「スタディーツアーしたから」といって、わかった気になってしまうのも困りものです。実際に行くことのよさは、どうしても言語化しないといけません。

もう一つ、難解な書籍ですが「専門知を再考する」もすごい書籍です。

昆虫食の分野を異分野の対話を続ける場である「対話型専門知」として高めていくことで、そのままその分野が「貢献型専門知」として社会に認められ、研究室がどこかの公的研究機関に設置されればいいと思います。

そのときに今、足りていないのが開発学の視点です。「応用昆虫学」のいち分野として再定義するのも、実は足りないのです。なぜ応用昆虫学から昆虫食が外れてきたのかという歴史的な反省と、それにより辺境に追いやられた昆虫食文化の回復、が大きな技術開発やガイドラインの軸になります。

開発学を現地で実現するには、社会学と人文科学の営みも必要で、ここらへんが今年の攻めどころではないでしょうか。なんてことをぼやきつつ。

ひとまず一年!くじけずに生存ができました。ラオス行きたい。

「おいしい昆虫記」発売一ヶ月が過ぎました。
みなさまのお手元に届いているでしょうか。

某所でコラボを始めようとしている企業の方が、「おいしい昆虫記」を読みはじめてくださったとの報告をいただきました。また別のラオス関係の方から、本を熟読してくださり、信用を頂いたとのことでいろんな方をご紹介いただきました。

やはり、ひとまず信用を勝ち取るにはエモい部分が必要なんだろうと思います。その後にまでエモさで押し切るのはプロとしてよろしくなくて、私の手に余ることについては適切な専門家へと橋渡しをして、ビジネスとして成立するよう後押しするのが、蟲ソムリエの役割でしょう。

だいぶ前になってしまいました。

私のたっての希望で、AI HASEGAWAさんとトークイベントをできることになりました。同時に代官山蔦屋書店で昆虫食本のフェアもしてくださるとのことです。

非常に濃い時間になりました。ご覧いただいたみなさま、ついてきていただけたでしょうか。ここではもうちょっと補足を入れつつ、振り返ってみましょう。私とこのあたりの分野との、はじめの出会いはここらへんの書籍から。

最初は反発から入りました。「スペキュラティヴ・デザイン」問題を解決ではなく問題提起をするデザイン。
問題をほじくり出して、解決しようとしない。なんと無責任なことだろう!

このスペキュラティヴ・デザインの流れでバイオアートも説明されることが多くあります。バイオロジーを背景とする表現物でありながら、論文ではなく専門家による査読もない。評論は美術畑の人からはあるのに生物学からはほとんどない。反発そして嫉妬ですね。当時は私が論文がかけずに苦悩していた時期でしたので、余計に憎悪が募ったと思います。最近これを読み返すと、「思ったことをプロトタイプの状態で世間に出せるというのはなんと自由なんだろう!」というまた違った感情もわきあがってきました。ヒトの情動とは変化するものです。

そして、未来と芸術展での「POP ROACH」の展示。

こちらも以前から知っていた作品なのに、六本木という土地柄もあり、「都市」に寄り添うものの、昆虫食文化をもつラオスには縁遠い、と感じるようになりました。少しの寂しさと、フェアネスについて物申したい感じ。そして「おいしい昆虫記」を出したこともあり、日本の出版においてラオスの昆虫食の「リアル」を日本にただ、そのままを持って帰っても、「遠く異国の昆虫食」と、リアリティの薄い、地続きで見てくれない、という反応も気になってきました。

ラオス産の昆虫を日本に持ち込んだときに、「遠く異国の昆虫食」では売れないでしょう。そこにラオスと日本を共有する、リアルではなく「リアリティ」のスペキュラティヴなデザインを仕掛けないといけないのでは、と考えたのです。

そしてイベント直前、流れがまとまらずウンウンうなっていたとき、愛さんから送られてきた参考文献の中に、こんな本が出てるではないですか!

ラオスでバタバタしていて、帰国後はおいしい昆虫記を書いていたので、お恥ずかしいことにまったく気づいていませんでした。さっそく購入して、授業を受けてみることに。

どうしても通常のビジネス、デザインでは「望ましい」部分しか可視化されない。

PPPP図という、ピコ太郎みたいな図から入ります。現在から未来に向かって、可能性は円錐状に広がっていると考えてみると、人間の想像の限界によって、あるいは資本主義的な投資、投機のバイアスによって、どうしても今の構成員による「望ましい」未来しか想定されなくなってしまう。すごくよくわかります。昆虫食とほかの食資源の将来性を「直感に従えばフェアに比較できるとピュアに思いこんでいる」という場面によく出くわします。

縄文時代に昆虫食があったのか、証拠は見つかりにくいときに、「あっただろうと想像する」ことができなくなっている。

未来を考えるときに、昆虫を食品レベルの値段で養殖する技術はあるのに、その技術がまだない培養肉のほうが「望ましい」ので「起こりそう」と思われてしまっている。

おいしい昆虫記についても、前半は個人的な話ですが、後半はスペキュラティヴ、つまり社会的動機から問題提起をしたい、という構造になっています。

最後にワークシートがついています。この「スペキュラティヴ・デザイン」というのは対話型専門知の一つ、と言い換えられるかな、と思いました。

実際に空欄に入れていく、という行為によって、どっちつかずだったものを「とりあえず当てはめてみる」という思考の整理が進んでいきます。それが自分のモヤモヤのすべてを表すものではなくても、「選んで当てはめる」ということが大事。目指したいのはラオス発の昆虫養殖技術が世界に広がり、各地から多様な昆虫食材が貿易されて、みんなが食べたい昆虫を食える未来。

そして大資本が富裕層向けに昆虫を売り、ラオスの貧困層は労働搾取される、これが最悪のシナリオでしょうね。

やっぱり不思議だったのはこれまで書いてきた計画書との違いですね。「え、自分の痛みって必要なの?」と面食らいました。しかしNGOや研究者も、様々な個人的な背景から、熱意を継続している方が多くいます。なるほど、痛みか。。。。

私にとって「痛み」とは「自分が変人に見られたくない」ということでした。昆虫を食材として扱う、というまったくおかしくないことが、「奇妙キテレツ」に見られてしまうことで、これから昆虫食が取り組むべき技術的課題ではなく、見た目の問題に矮小化されてしまうのを見てきたからです。フェアに議論したい。そのときに偏見は大きく邪魔をしてきます。それが今は痛い。

さて、今回はあえて「おいしい昆虫記をスペキュラティヴ・デザインから解剖する」ということを愛さんと一緒にやってみました。

対談の中でいろいろとアイデアが湧いてきて、「演じてみる」ということが私のこれからの余白だろうなと思えてきました。自分じゃない人だったらどうするか。イーロン・マスクだったら昆虫を宇宙に打ち上げるだろうし、クリストファー・ノーランだったら緊張感が3時間つづく映画を作るだろう。

そしてやはり、昆虫は「悪目立ち」してしまう。先の森美術館の展示でも、poproachよりもアートとして高く評価されている作品、Shared baby やImpossible babyよりも、SNSでつぶやかれたのはPoproachのほうが多かったそうなのです。そして色を変えてゴキブリを食べやすくするという発想自身が「ルッキズム」ではないかという指摘をされて驚いた、とおっしゃっていました。

ゴキブリには人権がないので、この作品そのものはルッキズムにはあたらないのですが、その茶色い見た目が嫌悪されている構造から、肌の色を理由とする差別のような、ある種のルッキズムを連想させてしまったようなのです。これは驚いた。

以前に別の作家さんから「昆虫は無価値であることが社会的に共有されている」という話をもらったことを思い出しました。無価値だからこそ、食べない愛好家と、私のような食べる人が一緒に話ができる。

また無価値だからこそ、ある種のミームのように、自分の思い入れが自由に投影されてしまう。のでしょう。

昆虫食の見た目解決として、「すりつぶす」というのはルッキズムの度外視、とは言えそうですが、果たしてルッキズムからの解放、といえるのか、むしろ「すりつぶせば食える」ことこそルッキズムに縛られていないか。

ここらへんも新しい切り口です。ルッキズムと昆虫を、あえて近づけたり遠ざけたりして教材にしていくような、そんな攻め方ができそう、という、私にとっても非常にスペキュラティヴな経験でした。長谷川愛さん、ありがとうございました。

愛さんからも、「苦手な昆虫と向き合ってみる」という宣言をいただきました。アーティストが本気で昆虫と向き合っていく先に、どんな挑発的なデザインが生まれてくるか、とても楽しみです。

発売日は取り扱いによってまちまちだったのですが、販売が始まっておよそ10日間、いろんなイベントをしました。

立派なお花をいただきました。

立派なお花を出版社からいただきました。ありがとうございます。

最速はこちら!

今の御時世で、なかなかリアルイベントが開けません。昆虫関係者にも夏の昆虫イベントの中止が相次ぎ、苦しんでいるとの話も聞きます。また一方で、TAKEOは通販の会社です。そもそもの食品衛生の管理があり、その上で対面で長時間会話しない、という性質上、通販はレストランよりもずいぶんとリスクが低い、と試算されているようです。そしてさらに、テイクアウトの店先がある。おお、これは。

一つのリアルイベントの可能性として、挑戦してみようとTAKEOのみなさんと打ち合わせをしました。

1,私は会計を扱わない。サイン本のみ。

これは今回、1日店長という形ですが、客さばきを仕事とする「副店長」のような役割です。通常営業のみうら店長が引き続き会計とテイクアウトメニューの対応を行い、私が通常業務の衛生リスクを上昇させないようにしています。またサイン本についてはネット会計を済ませており、本人確認をした上で、手を洗った私がサインを手渡す、という一方向でのやり取りに抑えました。

2,店内へ入れるのは二組まで

こちらは軒先の私の仕事です。基本的に店外に顔を出した状態で会話します。幸い天気もよく、換気も十分にされていたとおもいます。狭い店内ですので、会計が必要な方、持ち帰り用のTAKEO商品をご購入の方のみ、私の案内で店内に入ってもらいます。

3,時間帯予約を入れてもらう

結果的に混雑することはなかったのですが、一時間ごとで時間帯予約をいれてもらいました。細く長く、客足が途切れない状態なので、小さなお店、小さなテイクアウトカウンターではおまたせ時間が減っていいかもしれません。

4,やっぱりリアルイベントの偶発的な出会いは必要

いまのオンラインで大きく不足したのが「雑談」と「偶発的な出会い」です。

防犯上仕方ないのですが、オンラインでは宛先のはっきりした出会いしか、いまのところありません。「とおりがかり」や「たまたま」の出会いが作られるのがこのリアルイベントの大事なところです。もちろん私の著書を買ってくださる、という極めて趣味の近い方が出会う場にもなるでしょう。無事何組か、知り合ってほしかった皆さんを近づけることができました。オンラインでは私の著書を介してのつながりしかなかったものが、オフラインで出会うことで私の介在なしに、勝手に話が進みそうで、すごく楽しみです。

こういった「リアルの出会い」によってオンライン上の関係性を一気に多重にして、「介在」という伝書鳩的ロスを省略してしまうのがリアルイベントのはっきりとした機能になるような気がしてきました。会うコストが高くなるにつれ、はっきりとした意義をもたせたリアルイベントが、今後増えていくでしょう。

今後の課題は「ランダム性」と「偶発性」をいかに防犯しつつ作り出していくか、でしょうか。あのリアルはなんだったのか、考えて整理する機会にもなりそうです。

さて次はオンラインイベント ロフトプラスワンウエスト主催でのトークイベントです。主催が大阪、会場は出版社の東京、ゲストはギリコさん、お客さんは全国、となんだかイベントとして「どこにあるイベントか」わからなくなるバーチャル感がありますね。

 

ギリコさんも「蟲ソムリエ」に。

無事終えました。アクセスいただいたみなさま、ありがとうございました。

さて(いまのところ)出版イベント最後はこちら!

代官山蔦屋書店からお声掛けをいただきまして、書店から無観客オンラインイベントを配信することになりました。お相手はわたしのたっての希望で「AI HASEGAWA」さんです。

じつは細く長いおつきあいがありまして、作品を何度も見に行っています。

非常に「硬派」な文脈の作品を作られるので、素人の私が見ても、あるいはアートとしてではなく「論文をベースとする表現物」として外から見ても、誠実で頑強なロジックが貫かれています。

私の願望が強く出過ぎた 笑 イベントなので、ちょっと説明が必要に思います。こんな経緯なのです。

ということで、何を話そうか、また新しい挑戦でハラハラしております。

27日の日曜日、お昼過ぎにオンラインでお会いしましょう!

ええと、もしや、、売れているんですか?正直なところ、Twitterでしか反応が見えないのです。いつも見る「昆虫を食べないみなさん」が買ってくださって、勇気づけられるコメントをいくつもいただきました。

すごくありがたいなぁと思うとともに、ふと一般書店を見ても(当たり前ですが)置かれているので、「Twitterを見ない方」にどれほど手にとっていただけているか、正直まったくわからないのです。

レビュー書いていただけるとありがたいです!

あと、10月にラオスとのオンラインでの調印式のあと、私がラオスに戻れるのは年明けになる予定になってしまいました。私はすぐ戻りたいのですが。ラオスは封じ込めに成功した国ですので、感染リスク制御については国際的な取り決めにならうしかありません。

そのため「ラオスの活動の広報」という形で、年内は国内でセミナーや講義などお引き受けできます。ラオスに行ってしまうと、日本に戻るのは難しいのでオンラインが基本になるでしょう。詳細はお問い合わせください

さて、タガメ基金に続いて温めていた企画、「トノサマバッタの食利用」について 進展がありました。私は今回も蟲ソムリエであり、議論には参加しますがプレイヤーではないので関与したことだけをプレスリリースに載せてもらっています。写真提供もしています

これまで多くの大学では、昆虫食の研究は「机上の空論」と突っぱねられてきました。 市場もないのに研究するのは昆虫学者の的外れの好奇心でしかなく、昆虫食に必要なのは嫌悪感をどうにかするマーケティングとデザインである、との主張を某大学の水産学部の先生からメールをもらったこともありました。

全然そんなことないんですけどね。「やらない理由」を賢く考えることは誰にもできますが 「やってみたら気づくこと」を丁寧に拾い上げ、体系的な知識として構築する能力こそが研究者だと思います
そんな「売れるかわからないから手を出しづらい」大学と 「もう売っているけど知識や技術をもっとほしい」昆虫食専門会社とのマッチングです。


私もプッシュしたこともあり、TAKEO「むし畑」企画の第一弾としてトノサマバッタが2019年にスタートしたのですが、

どうしても企業の体力で研究開発を進めるには限界がありました。プッシュした責任として私も日本にいれたらよかったのですが 、ラオスで長期滞在する関係上、オンラインでアドバイスする程度しか貢献できていませんでした。
さて、このトノサマバッタの食利用、私が学位に挑戦したテーマでもあります。 時間切れ、能力不足、さまざまなメンタルな理由も含めて学位取得は失敗したわけですが そこらへんも「おいしい昆虫記」に書きましたので読んでください(宣伝)


その時はTAKEOはバッタをスタートしておらず、 菅原博士はより分子生物学寄りの仕事をしていました。
ひょんなことから菅原博士が弘前大学に移ったとのこと。私のバッタのボス、田中誠二博士の母校でもあり、 イナゴ研究といえば、安藤先生が長年研究してらして、様々な分野の基礎昆虫学のサラブレッドを輩出した研究室です。
そして昆虫食にも手を貸してくれそう、との手応えを感じていました。 オンラインで議論をすすめ、一度弘前大の状況を確認して話し合いたいと、TAKEOの三橋さんと私で GOTOキャンペーンの前にこっそり、弘前に行ってきました。


当初は今後の方針について話す予定だったのが、菅原博士がもう予備実験をいくつかしていて、 〇〇なアレをすることで、大幅なコストダウンを実現できそうな、幸先の良い結果が続いております。 こんな発見ができたら学位取れていたのでは!? と嫉妬する内容でした。まだナイショです。


トノサマバッタ研究をしていたときは私の担当で8000頭ぐらい維持していたのですが、 本当に世話が大変で、試算したら、どえらい高コストなバッタを生産していました。
この技術はそれらを解決する可能性を秘めていますが、 知財化を狙っておりますので、私がおいそれと書くわけにはいかないのです。
私の肩書である「合同会社TAKEO技術顧問」というのも、秘密保持契約を結んで 「来たるべき時までナイショの情報を守る」という企業側の要望と 「そのナイショの情報を吟味し、ナイショにすべきでないものは公開し、ナイショなものも来たるべきときには公開できるようにする」という私の要望の契約です。
私はすべての情報を、業界そのものの発展のためにオープンにしたいと、お花畑な願望を目論んでいますが、それでは企業や大学は成り立ちません。なので「ナイショの範囲と期限を設ける」ことで知見のオリジナリティを守り、オリジナリティが主張できない情報は放流し、過度に死蔵されないように、と動いています。


このように目的の異なる法人、事業主が、合意形成をして共通のゴールを設定し、期間限定のチームを作る、 いまでいうところのアベンジャーズ結成みたいなのを、蟲ソムリエの仕事としてやっていきたいと思っています。 この企画にはもう一法人、参加しているのですが、これもまだナイショです。
この技術がどこまで高度な設備が必要なものとして成立するかはまだ不明ですが


縁起でもない話として、 「最悪、知財化できる技術がひとつもなかった」ときに、何が起こるかを考えてみましょう。 「ラオスでみんなが真似できる」のです。
天然では季節性の強いバッタを、季節を問わず、育児中や農作業の繁忙期でも、家庭内で手に入れることができたら、 ラオスでは喜ばれる食材になるでしょう。人件費の最も安い国ですので、手作業による生産地という面でもラオスは強みがあります。


そんな様々な当事者がゆるやかにつながることによる 「失敗という概念の喪失」(ムーンショットの概念図でも話題になりましたがガチな概念として)を目指したいものです。
いまのところ、ラオスでもバッタの養殖ができることを確認していますが、養殖普及を先に進めているゾウムシのほうが 簡単でよく増え、アリの襲撃にも耐えるのでバッタは待機しています。
この共同研究によってさらに手間がかからず、簡単にバッタの養殖ができるようになれば、ラオスも生産地の候補として、 そして自給自足でバッタを年中食べられる栄養としても、機能してくれることでしょう。
様々な下心をもつ当事者、マルチステークホルダーといいますが、その中にマイノリティを含むことについて、 ちょっと前までは「足を引っ張る」と考えられていた時期もありましたが、マジョリティはとかく鈍感で、社会課題という マジョリティ側の鈍感さが引き起こす問題については、悲しいことに気づきにくいものです。
そして「マジョリティ性」というのは絶対的なものではなく、個人の中に多種多様なマジョリティ・マイノリティが多面的に含まれています。

「社会課題を解決する」というソーシャルなビジネスが増えていますが、それが 当事者のうめき声だけでも社会を動かせませんし、投機を目的としたビジネスマンだけでも無理です。
マルチステークホルダーがゆるやかにつながることで、「失敗という概念を喪失」した仮説検証型の 社会課題解決の事業が営まれるといいなぁと、蟲ソムリエとして希望を高く掲げておきます。

日本に戻ってラオスに行けないうちに、本が出ることになりました。
近頃ブログ更新が告知ばかりだったのはこの原稿を書いていたからです。

これまでいろんな昆虫食本の手伝いをしてきましたが、単著は初めて。

どうぞご予約を。

「ブログで書いた文字数に比べたら10万字なんて」と思って引き受けたことですが、めちゃめちゃつらかった、、、

一つの書籍として整合性を持たせるためには、数千字の「記事」を100個並べたところで本にはならないんです。(連載をまとめた書籍という体裁はありますが)そのため以前に指摘したことをあとから言及したり、まだ説明していないことを先に出してはいけなかったり、時系列をあえて逆順にすることで理解をなめらかにしたり、と今まで使ったことのない脳の部分を酷使する経験でした。

情報の整合性をとるため、ブログの記事単位で勘違いしていた過去のことを掘り返し、時系列を整理した年表を作り、そしてラオス編を放置していた味見スコアリングを整理し直し、それまで380種までまとめていた味見が、結局419種まで味見していたことが判明。その中から厳選10種を紹介しています。
(今回は図鑑ではないので、味見の全情報はまた別の機会に。)

締め切りも自分で設定することが難しく、一日何文字、という見積もりも当てにならず、編集の方々に尻を叩いてもらいながら、えんやこらせと書き続けました。こんな地獄を本を書いたみなさんは超えてきたのか、、、

そして本として仕上げるために、どうしても避けられなかったのが

「ブログで書いてこなかったこと」です。

このブログは私が書きたいこと、書いて楽しいことを垂れ流すことで、私の気分を良くすることが目的の文章たちです。そのため「何やってるかわからないヒト」と言われていました。昆虫食以外、何をやっているか。まぁ何もやっていなかったわけです。恥ずかしいのでそれを隠してきました。

大学院でのドロップアウト、就職の失敗、論文にならないだろう衝動的な昆虫食の試行錯誤、いろいろな理由でラオスに行くまでがなかなかしんどくて、思い出すことすらつらくて、書き続けることが大変でした。

そして私の喜怒哀楽。「興奮」と「好奇心」ぐらいしか認知できる感情がないもので、その時の情景を描写しても、いっこうに私の感情が思い出せないのです。なかなか困った性質をもっていることが、いまさらわかってきました。

しかし一般書ですから、著者の失敗、喜怒哀楽こそが物語のエッセンスです。ですが「ついに大成功」というカタルシスは、この本にはあまりないです。

12年、まるまる20代と30代のちょっとをかけてようやく、私に居場所のようなものが、徐々にできたかもしれないぞ、というささやかな変人の社会復帰のお話です。

2020年当初、書籍のお話をいただくちょっと前、こんな目標を掲げました。

「弱さを表明する」

今年前半、この書籍によって、やりきったとおもいます。

あつ森の記事でも、その「弱さの表明」の部分は意識して書いたつもりです。

玉置標本さんのインタビューでも。

やはり弱さを表明するには、失敗を表明しないといけない。弱さを表明できることがすなわち社会的強者の証明、みたいな使い方もしたくない。そのため弱さの表明が成功への「前フリ」ではなくて、人生そのものは、どちらかというと失敗のほうにある、ということが伝わればと思います。

私自身は結果的にヒトに恵まれたのでこの書籍ができたのですが、才能があったわけではなく、ただやり続けて止めるタイミングがなかっただけです。

あまり、みなさんに成功のカタルシスを届けることはできないのですが、失敗の続くほの暗い人生を続けるに当たって、

「よくわからないけれどやめそびれたこと」が、弱い依存先の一つになるかもしれない、という話になっているかと思います。

当初の初稿はあまりに卑屈で暗すぎて、編集のみなさんによって読みやすく、薄曇りぐらいの明るさに調整していただきました。そういう意味で「単著」といいながら私はあくまで責任著者であって、様々なクレジットによってこの本が完成したことを強調しておきたいと思います。

おもしろかったらクレジットのみなさんのおかげ、つまらなかったら私のせいです。

そしてなんと、イラストにじゅえき太郎さんが参加してくださいました。まだ直接お会いできていないのですが、生粋の虫好きで、昆虫食もOK、そしてリアルよりの虫も描きつつ、「ゆるふわ昆虫図鑑」という作風もできちゃうという、多才な方です。

ぜひまたお会いできることを楽しみにしつつ、ひとまず入稿が終わりました。実は結構前に予約できる状態だったのですが、入稿するまで自分自身が信じられず、告知をする勇気がありませんでした。

3月の帰国時は、7月にはもうラオスに帰っていると思っていたのですが、ラオスの国境制限と、次のJICAプロジェクトの開始の遅れから、8月後半から9月以降になってしまうのではないか!と戦々恐々としながら日本での時間を過ごしています。

発売日を日本で迎えることになるかもしれません。販促イベントなどへのお誘い、お待ちしております。

ラオスのほうも、今後のプロジェクトのあと、私がいなくてもシステムが回ることを目標の一つとしていたのですが、プロジェクト開始前に私の不在の数ヶ月が挟み込まれることになり、いろいろと不具合が見えてきました。

ラオスに戻れたら、ラオス人スタッフを育てつつ、そして外から新たな人材を取り入れながら、オンラインとオフラインのメリハリのついたプロジェクトに仕上げていこうと思います。

予約してください! おそらく当分の間、電子書籍化の予定はありません!

書籍の予約、というのは「商品である文章を読む前に買うことを決める」という意味でギャンブルでもあります。

Twitterで「予約しました!」とリプライがあるたびに、おもしろくない文章を売りつける詐欺を働いてしまうのではないか、とお礼を言いながらヒザがガクガク来ています。

そうか書籍を出すヒトはこんな気持ちなのか、と、新しいタイプのストレスを味わうことができました。

心の平穏はまだまだ先ですが、自ら招いたいろんなストレスを、自分なりにじっくりと味わい、おいしく人生をすすめる準備は、20代のころより整ってきたように思います。

先の害虫展のレセプションで、おそらく4年ぶりぐらいに絵本作家の舘野さんにお会いしたのですが、「なんか雰囲気がよくなった」と言われました。

昔はもっと張り詰めていたとのことです。自分では変化したつもりはないのですが、周囲が存在を認めつづけてくれたおかげかもしれない、と思っています。

ブログ共々、私の文章を今後ともよろしくお願いいたします。

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不動産サイトであることをすっかり忘れるほどの濃いインタビューです。文字数も画像も内容もてんこもり。そして最後に玉置さん製麺の、昆虫手料理パスタをいただきます。

製麺したパスタを送り、私が茹でて仕上げ、スカイプでその感想を語り合うというソーシャルディスタンス手料理、というのを実践してみました。コレがなかなか良い。パスタの詳しい話はこちらの記事も。

濃度と昆虫と製法を変えた玉置さん自家製パスタ。

バーチャルな関係性のスカイプに、共通となるリアルが一品追加されるだけで、リアリティがぐっと増すんですね。オンライン飲み会で同じコンビニの同じ商品をそれぞれ買うとシェア感が高まるのと同じだと思います。これはあたらしいオンラインの形。「お通し」的なものをシェアしてから通話に挑みましょう。

今回、依頼をいただいたとき、念頭にあったのは、ざざむしさんのこちらの濃いインタビュー。

こんなにやってくれる媒体があるのか!と驚き、私もやって欲しいと思っていたところなのでインタビューをお引き受けし、遠慮なくかなり濃い話をお願いしました。ガッツリ向き合ってくださった玉置さん、さすがです。ありがとうございます。

思い切り出し切った濃さなので大満足ですが、最近情報発信の濃度というものを、改めて考えさせられたので並べておきます。

1つ前の記事、あつ森の文春オンラインの記事は遺伝学部分の大幅なカットをすることで、ライトな層にも読まれたようです。

そのあと、好評とのことで、CREAという女性誌ウェブ記事にも転載することになりました。浮いてませんか?大丈夫ですか?

この記事のリサーチにかかった時間と労力はほんの一言、

「青のバラの遺伝型は、ゲーム内の混色と抑制のルールに則ると、黒と予測される遺伝型です」

CREA

に集約されています。リサーチの時間と記事の内容は比例しない。

おそらくですが、こうやって「薄めた」表現も大事なんだろうと思いますし、原液のままの「濃い」記事は全力疾走したような開放感があって私にとって気持ちよく、それもまた必要なのでしょうが、遠くまでリーチするのは薄めたほうがいいだろうというのもわかります。

原液の濃さには自信がありますが、その濃さは薄め方のバリエーションが豊富である、ということへの利点として、編集の方に注目してもらえるのかもしれない、と気づきはじめました。そうすると濃すぎるコンテンツでも適切に薄めたバリエーションを整えることで、社会に向けてアピールできていくのだろうなと。

あえて、何かの要素を封印して、それでも漏れ出してくるクセのある部分にエッセンスが宿るのではないかと。

もちろん体系的に全てのエッセンスをかき集め、学問として成立させたい気持ちではいるのですが、濃度を適切に選んでしてさまざま射程で届ける方法、私は苦手ですが、今回はさまざまな編集者に恵まれました。この濃淡の差をじっくり比較してもらえたらと思います。

単純に原液の濃さを競ったり誇ったりするのではなくて、薄め方のバリエーションとして適切な出力ができるよう、私の苦手な部分も含めた、新しいチャレンジがいくつか進んでいますので、またの機会に宣伝させてください。

要・急の情報があふれている昨今のネット社会において、不要不急の情報に飢えているみなさま、おまたせしました。

以前2017年に1から100までを作成しておいた、#いいねされた数だけ推し虫を発表する の続編をまとめました。101から200まで、完全ラオス編です。学名を間違えていたあの子も、訂正してくださった方がいたのに修正しきれずにいたあの子も、調べずに放置していたあの子も再度文献をあさり、まとめておきました。しっかり読めば140字×100ですのでそこそこの文字数楽しめます。また1から読むと日本での味見とラオスでの味見の意味合いの違いもわかってきますので、1から200まで、改めて再読をオススメしておきます。

101はやはりインパクトの大きかったキョジンツユムシからスタート。

ふんばりがすごい。

それではどうぞ! いいねが700ついてしまったので、律儀にやるならもっと味見をせねばいかんところですが。。。ひとまず今回のアップデートはここまでとします。

2020年4月9日、高知新聞にて掲載されました。このあと他の地方新聞にも転載されていくとのことです。地方紙を御覧の皆様、チェックしてくださるとありがたいです。

許可をいただいて転載しています。

取材は2月17日、例の感染症が世界的なオオゴトとして話題になるその少し前です。今思えばギリギリのタイミングでしたが、記者とカメラマンご本人が現場に来て、ゾウムシを実食して取材に臨むことで、もともと想定されていた記事の枠組みが、現場の声をもとにみるみる再編されて生み出されていく現場に居合わせることができました。

よくある残念な取材は、せっかくインタビューしているのに、現場に来ているのに、来る前の価値観をアップデートできずにそのままのストーリーを現場に押し付けてしまう案件をいくつか見てきました。

この書籍、「質的社会調査の方法」によると、「ゴシップ的な面白さと社会学的面白さを分けるのは調査者自身の『ものの捉え方』がバージョンアップされるかどうか。」とのことです。
どうしてもラオスの私達の活動は、貧困国ラオス、栄養のある昆虫と、わかりやすいキャッチーなアイコンが有ることで人目を引きやすいのですが、その副作用としてわかりやすいステレオタイプにさらされがちです。その中でどのように考え、これから何が必要で、そしてどうやったら「成功」なのか、将来のビジョンをラオス人スタッフと一緒に常に議論しています。

4月から20日まで、ラオスは外出禁止となっていて、すべての国境が大口の物流以外閉ざされ、すべての外国人は入国ができず、すべての国際・国内公共交通機関が止まり、街ごとの移動が制限されています。感染者数16人で、です。

村はというと、不自由ではあるものの、もともと米を自給自足し、昨年は普通に収穫できていたので、おかずの野生食材を確保すれば、生きていけます。すべての人と物の移動がつながってしまったグローバルな地域と、このような自給自足で野生動物をふんだんに食べられる地域、どちらが感染症のリスクなのか、多数派、少数派がそのまま正当とはなりません。改めて考える必要があるでしょう。

とはいえ病院に物資は届きませんし、保健医療のサービスは低下してしまうでしょう。ISAPHの医療スタッフ、そして栄養事業の私と、いち早くラオスの現状の情報収集を再開し、サポートを続けられたら、と思います。日本でできることもすでにスタートを始めています。そちらに関してはまた今度。

これまでにないハラハラの帰国となりました。

帰国した夜のサクラ。今年花見ができてしまうとは思わなかった。

緊急帰国の少し前、バンコクで人と会う用事があり、17日にバスでラオス第二の都市、サワンナケートへ。

民泊のようなホテルにはアルコールジェルがおいてあり、少しの緊張があるもののラオスはいつものように牧歌的な雰囲気が流れていました。

翌18日、9時半の飛行機でパクセー経由のバンコクへ。欧米系の乗客が多く、60%以上はマスクをしていて、日本では普通の光景がとうとう世界標準になったんだなぁと。タイ入国にあたり、日本などの蔓延国にこれまで14日以上滞在したことがないことを記入する用紙を渡されました。

バンコク、スワンナプーム国際航空につくと、その用紙では足りずアプリのインストールを要請されました。こちら。

アプリで個人情報の送信が確認されたら、入国手続き。

空港スタッフはみなマスクをしており、アルコールジェルも完備。電車に乗り換えたあと、バンコクのセントラルプラザで少しばかりの買い物をして

マックでてりやきマックバーガー(サムライポークバーガー)を食べ

すると先方からなんと、「発熱した」との連絡があり、ミーティングは流れることに。無念。と思ったんですがこのご時世ですし仕方ないですね。経費で負担してくださるとのことで、私はバンコクで少しの買い物をしてラオスに戻りました。

バンコクで宿泊して19日、バンコクのもう一つの空港、ドンムアン空港に行くとこちらも出入り口が一つに制限されていて、国際線と国内線の動線が分断されており、国内線であってもスタッフはマスクをつけ、アルコールジェルがいたるところに設置してありました。

国内線で移動後、ナコンパノム発の国際バスに乗り、第三友好橋を経由してツーリストビザを取得。

マスク装備のスタッフばかりだったタイ側に比べラオス側はゆるく、アルコールジェルはビザ窓口にあるものの係員はマスクなし。何度も「ラオスで仕事があるんだよね?」 と念を押され、入国を許可されました。そしてラオスの家に帰宅。

海外滞在者は外務省の「たびレジ」に登録すると在ラオス日本大使館からのメーリングリストが配信されますので、まじでオススメです。確認するとタイ側にいたときに国境封鎖の第一弾が発令されていました。

20日、ラオスへ戻った翌日金曜日、続けて不穏なメールが届きます。

よく情報を集めてみるとPCR検査に陰性との証明書がないとタイの航空便をつかうことができない。トランジットも含めて。

この週にベトナムも同様の条件になっていますし、ラオスには数件しか検査のできる病院がありません。これは事実上の国境封鎖です。

つい数日前まで使っていた経路が次々と封鎖していく様子は、なかなか逼迫感がありました。2月25日から3月前半にかけては「要請」はするものの強制力はなく、ラオス国内で感染者が確認された3月12日から急激に、一日一日、移動制限のレベルが上がっています。私もバンコクに行って帰ると「自己観察」となると考えていたのですが、どうにも事態は緊迫していきます。

20日午後の発表で事実上の民間航空の国境閉鎖が起こり、ビザが発給停止となり、在住25年以上のラオス猛者たちも帰国を始めたとの情報が入ってきました。

それから20時間ほどで今後の事務所の方針を話し合い、出国の準備を終え、私達が首都ビエンチャンに移動した21日の午後には、私が19日に入国したばかりの陸路での入国、すべての国境において商業的流通以外の観光・訪問・買い物及び小規模の商売での出入国がストップされました。そしてバンコク行きに使ったラオス航空が、国内国際便をすべて停止。国際バスおよび国内長距離バスも停止。

タイでも物資の輸送に限り通行許可、となりました。運転手及び補助者はウイルス検査を受けないといけないという条件付き、

そして昨日、私が帰国した日に、ラオス政府は滞在外国人について、「感染症が収まるまで」ビザの延長が延長申請可能になったとのことです。つまり缶詰。

私もラオスに缶詰になるのはやぶさかではなかったのですが、ラオスでの長期滞在はどうしても近隣国の医療レベル、物流に大きく依存しています。国境が封鎖され、ASEANの中でも最もレベルが低いと言われるラオスの国内医療しか頼れるものがなく、緊急時以外の国境が封鎖された中で、長期間待機する選択はできませんでした。

とはいってもゾウムシは育ちますし、2月にはこうなる可能性も含めて、直接手渡しではなく、公共交通機関に荷物を預けて村まで届ける実験をしたところですので、ゾウムシの供給だけは今後3ヶ月間、続けることにしました。

ラオス人スタッフが引き継ぎ、どこまで続けられるのか。そしてほぼ完全自給の田舎にウイルスを届けてしまうことなく、街で収束させられるのか、今後を見続けないといけません。

「発熱できない」という縛りがあることで行動はいつにも増して緊張感がありました。20日はほとんど寝れてませんし、疲労感がもしかしたら発熱の兆候では、と体温を測りながらの不眠不休の出国作業でした。

本当にギリギリでの出国でしたのでストレスもマックスです。ひとまず日本に戻り、自己観察として毎日検温をすることにしています。

そんな中ですが、今年度まで3年間、助成してくださった味の素ファンデーションの動画が完成したとのことです。ぜひご覧ください。見どころは「昆虫食で栄養改善」をガチでやるとこうなるぞ、というところです。当初考えていたタンパク質は不足しておらず油のほうが重要で、キャッサバを植えようといっても土地が痩せるからと断られ、ゾウムシが気持ち悪いと養殖に参加しないヒトもいて、そういった「現場」のロジックではない折衝の結果として、この動画の後に追加で参加したヒトもいて16人のパイロット農家の育成に成功しています。その中には妊娠出産のあとから参加したり、ゾウムシは気持ち悪い「けれども」参加したりと、なかなか新しい風が吹いているところです。ここを手放すことは、とても重要な「プロモーションの手法の技術開発」をみすみす見逃してしまうことになるのです。なのでラオスに戻らないといけなくて、このラオスで得たノウハウは、全世界に拡張する最初のモデルになっていきます。

私達の挑戦はこれからだ!というところでコロナにストップをかけられてしまいましたが、村で生産される産品を使って、高値で売れる、かつ売れなくても栄養になるというゾウムシとのマッチングに成功しつつあることは、この3年の重要な成果です。そして大事なのは「売ったときに栄養のあるものを買う購買行動」です。栄養教育と栄養モニタリングなしに「栄養のあるものを養殖すれば解決」なんてことは決して起こりません。

この件を受けて、彼らにも村での自給の重要性をさらに強調し、キャッサバの自給率を上げて、感染症が収まった頃にゾウムシがふんだんに輸出できるまでをやりたいと思っています。

それにはどうしても追加のお金が必要なので、クラウドファンディングなどの方法もとっていきたいと思います。またよろしくお願いいたします。

日本の加工食品がおいしいです。ひとまずゆっくり寝ます!

趣味で飼っていたタガメや、タンパク質が比較的足りていたことから、優先度の低いバッタはすべて処分しました。ラオス事務所の業務を絞り、ゾウムシに集中させることでスタッフの負担を下げつつ業務を続けてもらおうとしています。

自分で育てた昆虫は、自分の意志で収穫し食べることに喜びがあるものです。このような外からの理由で、食べごろかどうかにもかかわらず収穫しなくてはいけない、こんな悲しい収穫はもうゴメンだと思いました。

悲しいけれど仕方ない。絶対に再挑戦してやろうと闘志を燃やしつつ、日本の我が家のリモートワーク環境を整えました。14日間は打ち合わせを入れませんので、リモートでできる有償の仕事をお待ちしております。寄付をいただける方はこちらからお願いします。

私個人を応援してくださる方はほしいものリストを公開しています。安いものがラオスでの必需品です。高いものは私の夢です。見ていってください。