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「ふつうの食材」とわかってきた昆虫。「もっと普及すべき論」を整理しよう。

ラオスの田園風景

近年の様々な研究により、昆虫は「ふつうの食材」であることが明らかになってきました。
最近、まとめて説明するタイミングがあったので、ここにまとめておきます。久々に長い記事です。

昆虫食をオススメする人が誰しも言及するFAO(国連食糧農業機関)の2013年の報告書 があります。これまで注目されてこなかった昆虫食に対して、養殖にかかる温室効果ガスをウシやブタよりも低減できるかもしれない、というポテンシャルが注目されることで、先進国が昆虫食に対する見方を大きく変えた、という事件がこの報告書に続いて起こっています。
報告書で示された栄養、環境、社会経済のそれぞれの視点がその後の研究の進捗でどうなったのか、それをうけて、EUとFAOが「昆虫食普及の方向性」を示したこと。とくにFAOが注目している小規模農家が「昆虫食がもっと普及すべき論」の中心にあるところまでを説明します。

「昆虫食に栄養面、環境面のメリットはあるの?」という素朴な疑問はよく寄せられるのですが、いくつかの論文をもとに「ある」と答えることはできるものの、そこから単純に「これまで食べなかった人が食べ始めるべきか」「人は誰でも昆虫を食べるべきか」まで踏み込むことはできません。人間は自分の食べたいものを食べる自由があるからです。

「私達は将来、昆虫をたべないといけないのか?」
ちょっと前の総裁選でも、話題になりました。SDGsを学んだという小学一年生の虫好きの少年が、こんな質問をしました。

ここの解説はこちらにまとめたので、そこそこにしますが、コメントがなかなかですね。

大前提として権力者から「特定の何かを食べなくてはいけない」と強要されることは食の主権の侵害になりますので、基本的にナシです。もしやるとしても、保健における栄養指導、介入のように、本人の価値観に沿う形で、極めて慎重に行われないといけません。「〇〇を食べなくてはいけない」「〇〇を食べてはいけない」と強要される状況はできるかぎり避けなくてはいけない。ここが大前提です。

EUでは2021年6月、ついにミールワームを第一号として、新規食品ヌーベルフードとしての認可がおりました。そして2021年、11月、トノサマバッタが第二号として許可されています。その中に、興味深い質問と回答がかいてあります。

Why should we eat insects?

It is up to consumers to decide whether they want to eat insects or not. The use of insects as an alternate source of protein is not new and insects are regularly eaten in many parts of the world.

Q なぜ私達は昆虫を食べないといけないの?

A 昆虫を食べるかどうかは消費者の判断次第だ。代替タンパク源としての昆虫の利用は新しいことではなく、昆虫はふつうに世界のたくさんの地域で食べられてきた。

https://ec.europa.eu/food/safety/novel-food/authorisations/approval-first-insect-novel-food_en#why_should_we_eat_insects

このことから、EUは「昆虫を食べるかどうかは消費者の判断次第だ」としてしまったわけで、ここに昆虫食を普及させるべき意義、栄養面と環境面の利点は、個人の行動を変えるには、ずいぶんと弱いことがわかります。とはいえ、よく聞かれることなので、2013年以降の進展をざっくりとまとめておきましょう。

栄養(成分)の視点から

栄養価の総合評価でいうと何度か紹介している、シャーロット・ペインさんのこの2016年論文「Are edible insects more or less ‘healthy’ than commonly consumed meats? A comparison using two nutrient profiling models developed to combat over- and undernutrition」が網羅的です。
先進国の住民にすすめるならば、とOfcomという指標をつかうと、多くの昆虫は豚肉と同程度のスコア、(ゾウムシは脂質が多いので先進国向きじゃない)で東アフリカで貧困地域の栄養支援の目的で使われている栄養改善の指標、NVSを使うと、コオロギとミツバチは、畜肉の中でもっとも鉄分が高い牛肉よりも高く、比較した昆虫はすべて、畜肉のどの種よりも高いカルシウムとリボフラビンが見いだされた、とのことです。

これからさらに研究が進んで、様々な属性の人たちが、自分の自由な選択で昆虫を食べるようになり、数十万人規模で昆虫を食べる人、食べない人がたくさん増えて、栄養疫学的に解析することで、論文が量産されて、それらを適切にメタ解析をすることで、コーヒーのように、適量であれば概ね有益、という結論 が出せる可能性もあります。

コーヒーのような大規模な疫学的データがとれるとしてもしばらく先で、いい解析のためには、地域や集団に偏りがなく、個人が自由な選択の楽しみとして、気軽に昆虫を日常的に食べるような、コーヒー並みの普及を昆虫食がしないといけない。じゃあどうやって、という状況です。研究をしたいから皆さん食べてください、では多くの人の行動を変える方法としては弱いですね。ありがたいことに、コオロギ粉末が入っているかどうか、被験者に隠した状態で食べてもらい、その腸内環境を測定したRCT研究も2018年に出ました。機能性がありそうな、単一の成分が検出される、という研究はすでにいくつかあるんですが、それが毎日の食事に昆虫を加えるとその効果が期待できるのか、強い効果があったらそれはもう医薬品じゃないの、その成分を昆虫から取る必要はあるのか、その成分を微生物で培養したほうが効率いいんじゃないの、なんかを考え出すと昆虫食という食の形から離れていってしまうので、ここではスキップします。あくまで「食事の形態としての昆虫食」に論点を絞っていきましょう。

環境の視点から

昆虫養殖産業の環境影響評価についてはアフトン・ハロランさんの、2017年コオロギライフサイクルアセスメント論文Life cycle assessment of cricket farming in north-eastern Thailand
研究室環境で効率化されたコオロギ養殖から類推される「未来のコオロギ農業」は、既存のニワトリやコオロギよりも、環境負荷が低くなる可能性は示されたけれども、既存の北タイのコオロギ養殖は、ニワトリの環境負荷と比べて差は少なく、ニワトリと共通する配合飼料であるダイズやトウモロコシの生産にかかる環境負荷が、コオロギ、ニワトリいずれも高い、という結論でした。 ポテンシャルは示せたものの、その後のライフサイクルアセスメントをするには生産規模が研究室レベルでは弱く、産業レベルではまだ十分に生産力がある昆虫が少ない、という状況があります。

とはいえ、栄養面、環境面から昆虫食がふつうの食材と同程度であって、特別な利点がなかったとしても、これまでの歴史的背景、社会的背景を見ると「昆虫食は今よりはもうちょっと普及するぐらいがフェアじゃないの」と言えると思います。その主役は、これまで食べてこなかった先進国ではなくて、やっぱり昆虫が豊富で、長らく食べてきた熱帯の途上国、その小規模な農家の皆さんです。逆に言うと、文化を離れると昆虫食論はふわっとしてしまいますので注意です。

じゃあFAOはどうしたいの?

私が最も重要と考えてるのが、栄養と食料に関するFAO-タイの方針です。より貧困地域の、社会経済的な利点が強調されていくことになります。2013年の報告書ばかりが注目されていますが、その報告書をまとめたオランダのグループよりも、その後はタイの存在感が増していきます。

FAOが昆虫食に注目したプロジェクトは2003年からスタートしていて、有名な2013年の報告書の前に、2010年にも報告書が出ています。ここでは、Edible forest insect 林産資源としての昆虫がテーマになっています。かいつまんでいうと、貧困国は林業による木材生産が手軽な現金獲得手段です。収入向上は住民の求めることですし、管理が届いていないところほど樹齢の高い木が多くあります。ところが、森林から得られていたものは木材だけでなく、林産昆虫に代表される、インフォーマル(現金収入でない)な食材もある、指摘しています。開発によって現金収入だけを優先してしまうと、そもそも彼らが得られていた食料安全保障がマイナスになる危険性を指摘したものです。

これと強く関連するのが、生物多様性条約の名古屋会議、COP10です。「2020年までに生態系が強靱で基礎的なサービスを提供できるよう、生物多様性の損失を止めるために、実効的かつ緊急の行動を起こす」その中で重要なのが利益配分です。

遺伝資源のアクセスと利益配分(ABS)に関する名古屋議定書
 COP10までにABSに関する国際レジーム策定交渉を完了すべしとのCOP8決定に基づき、COP10開催中に非公式協議会合(ICG)において、ABS議定書案の検討が行われたが、派生物、遡及適用、病原体等いくつかの論点での資源提供国と利用国の意見対立が続いたことを踏まえて、最終日に我が国が議長国としての議長案を各締約国に提示し、同案が「名古屋議定書」として採択された。また、議定書の発効に向けた政府間委員会の設置やその作業計画が決定された。

http://abs.env.go.jp/nagoya-protocol.html

学名がわかっている生物種のうち、半分以上が昆虫という今の地球の状況において、食料資源として将来性があるとわかってしまった以上、そこから得られる利益をきちんと推定しないと、利益配分の問題が生じると考えられます。それが昆虫食の将来性をいま、研究すべき強い意義です。

生物多様性条約は、先進国に強い制限がかかるようにできています。それは、貧困国の医薬品原料や薬草の伝統的知識に、先進国の製薬会社がただのりして、莫大な利益を得たにもかかわらず、現地の国や地域になんの還元もなかった、という反省からです。
こういった社会的背景を無視して、大規模効率化ばかりを推進してしまうと、、過去の製薬会社のように、途上国の遺伝資源(昆虫そのものと、それを利用する伝統知識)を勝手に持ち帰り、技術ノウハウを高めて、大企業が大きな利益を得て、それが現地に還元されないとなりかねない状況です。FAOは実はスタンスが一貫していて、2013年の報告書からはむしろ読み取りにくいですが、ポイントは「小農」です。小農宣言というのが2018年に国連で採択されていますが、日本は未参加なので全く報道されていません。

FAOは世界の食料の8割は小規模もしくは家族経営の農家が生産しているとして、貧困にさらされているのも彼らなので、食料安全保障を達成するためには、小農の権利を守ることが重要と指摘しています。FAOより控えめに見積もったこの論文でも、55カ国を調査して(日本とラオスが入ってないのが残念ですが)世界の食料の半分は5ha以下の小規模農家で生産されています。

そのため、2020年に公開されたコオロギ養殖の世界向け手引書、Guidance on sustainable cricket farming – A practical manual for farmers and inspectors においては、大規模効率化はあくまで選択肢の一つで、小規模農家への養殖指導の内容が多く割かれています。先程紹介した、同じ著者、タイのコンケン大学のユパ先生による2010年から2013年のタイ・ラオスのプロジェクトの論文ですが。こちらも20000件のコオロギ農家が、最大75000人の雇用と収入を生んでいる、と推定してあります。そのため、大規模効率化、自動化ばかりがフードテックと語られがちで、昆虫食もフードテックの一部として語られがちなのですが、そのように単純に語ってしまうとタイのコオロギ農家から収入の手段を奪い取ってしまう危険すらあるわけです。

「これまで食糧生産を担ってきた小規模農家」を昆虫食の未来から除外してしまう、という片手落ちが起こってしまいます。

どんな形でもいいから、ブームをつくってしまえばなにかいいことがあるだろう、という動きも危険です。「スーパーフード」とまつりあげられて、一過性のブームになることで、生産地の経済と環境にダメージを与えます。生産者、特に小規模生産者と消費者の橋渡しを適切に行うことで、より良い形ができるだろう、と締めくくられています。

まとめましょう。

「栄養面」「環境面」からいうと昆虫は、「他の食材とおなじくらい」ということがわかってきました。また、他の食材よりも優れた利点が見つかったとしても、他人の食を無理に変えさせるほどの強い倫理はうまれてこないのです。食べたい人が食べられるようにする、食べたくない人に強要するものではない。しかし、これまで昆虫食が当たり前の食材として評価されたり、開発されてきた様子がほとんどないのです。それは先進国が食べない国だったから。

むしろ「なぜ今までふつうの食材として昆虫が研究開発されてこなかったのか」という社会的背景のほうに、昆虫食をもっと(他の食材と同程度には)開発普及させるべき論の主軸があります。つまりこれまで、昆虫を食べる、あるいは養殖する小規模農家を応援できてこなかった、ということです。採集にせよ、それらを養殖に転換するにせよ、小規模農家の貢献なしに地球の食糧生産は成り立ちません。先進国がもつ技術や知識を伝えるという「支援」はこれまでされてきましたが、昆虫を支援するにはゼロから技術を開発する必要があり、「前例が少ないために、計画の実現性が低い」とマイナスに評価されてしまいがちです。また一気に、大企業による大規模な生産がやってくれば、これまでの食料と同じような労働問題が発生しかねません。手放しで昆虫食の未来をアピールするのではなくて、「どのような形ならいいか」というハンドルを握った状態での議論を進めたいものです。

なので、「昆虫食をもっと普及させるべき」論を丁寧にするには、条件を付ける必要があることがわかってきました。その中心は「世界の貧困地域、小規模農家の支援をどういう形でするか」それを抜きに、昆虫食の養殖ポテンシャルだけをとりだして、気候変動と結びつけて「SDGs」と言ってしまうのは、あまりにストーリーを簡略しすぎているというか、フワッとした昆虫食論になってしまいがちです。

学生さんがふわっとした昆虫食論を立ち上げてしまって、リサーチするうちに袋小路に迷い込んでしまい、昆虫食の話じゃなくて、他のマイナー食材ぜんぶに言えてしまう話になってしまう、という相談が舞い込みがちです。

さてようやく、なぜ私がラオスに注目し、伝統食である昆虫を開発し、生計につなげようとしているか、説明できるようになりました。

それはまさに小規模農家の支援にあり、またさらにいうと、生計の向上すらも、栄養状態の悪化につながりかねない、というなかなかの貧困状況、栄養教育の不足にもあります。かれらの栄養をモニタリングしつつ、生計の向上を確実に栄養につなげるまでの技術開発を進めていこうとしています。

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