タイトル通り、いろいろとビジネス的に注目されつつある、コオロギ食について整理してみませんか。という記事です。
というのも、
昆虫食ビジネスとしてのコオロギ食スタートアップが増えつつある中で、食糧問題や効率など、キャッチーなコピーが強調されていますが、そもそも学術的な議論はどこまで進んでいるのか、きちんと把握できていないまま書かれた記事も散見されるからです。
コオロギ食を取材して記事を書く方、これからコオロギ食スタートアップを展開したい方、そして
コオロギ食関連の研究を応援しようと考えている方などなど、参考にしていただければと思います。
せっかくの利点があるのにアピールしそこねたり、盛りすぎるあまり信頼性を失ったり、というリスクを回避してもらえればと思います。今後の昆虫食の将来性を見積もるにあたって、最もデータの集まっているコオロギはその基準となるでしょう。
2013年のFAO報告書で、その温室効果ガスの少なさ
An Exploration on Greenhouse Gas and Ammonia Production by Insect Species Suitable for Animal or Human Consumption(2010年論文)
と、効率の高さ
Comparison of Diets for Mass-Rearing Acheta domesticus (Orthoptera: Gryllidae) as a Novelty Food, and Comparison of Food Conversion Efficiency with Values Reported for Livestock(1991年論文)
に注目が集まったコオロギ食。
あれから5年、その後の論文のやりとりはとてもエキサイティングでした。
この面白さが日本語で共有できていないのもなんなので、まとめてみようと思います。
今回は最新論文からさかのぼって紹介していく方式にします。
現段階においてコオロギ食に言えることは先にまとめますと
1,コオロギはニワトリと並ぶ高効率・低環境負荷の家畜になりうる。
2,産業的には、まだその段階に達していない。
そこから議論できることは、
3,産業的なコオロギ養殖技術を高めることがコオロギ食の環境負荷をニワトリよりも低くする大きなブレイクスルーになるだろう
蛇足にはなりますが、注意点として
4,残念ながら菜食との比較ができる段階にはない。
5,「全人類がコオロギを食べれば解決」みたいな雑な議論の段階にはない。
ので「言い過ぎ注意」です。
最新論文から参りましょう。1と2についてまとめます。
Afron Hallolanさんのこの
The impact of cricket farming on rural livelihoods, nutrition and the environment in Thailand and Kenya 博士学位論文。
リサーチゲートでダウンロード可能なんですが、その中に論文が5つ含まれています。
ここから読み解いていきましょう。
論文リストはこちら。
Paper I – Halloran A., Vantomme P., Hanboonsong Y., Ekesi S. 2015. Regulating entomophagy: the challenge of addressing food security, nature conservation, and the erosion of traditional food culture, Food Security, 7 (3): 739-746.
Paper II – Halloran, A., Roos, N., Eilenberg, J., Cerutti, A., Bruun, S. 2016. Life cycle assessment of edible insects for food protein: A review. Agronomy for Sustainable Development, 36: 57.
Paper III – Halloran, A., Roos, N., Hanboonsong., Bruun, S. 2017. Life cycle assessment of cricket farming in north-eastern Thailand. Journal of Cleaner Production. 156: 83-94.
Paper IV – Halloran A., Roos N., Hanboonsong Y. 2017. Cricket farming as a livelihood strategy in Thailand. Geographical Journal, 183 (1): 112–124.
Paper V – Halloran, A., Oloo, J., Ochieng Konyole, S., Ayieko, M., Roos, N. Awareness and adoption of cricket farming in Kenya. Submitted to Rural Studies.
この1,2はレビュー、4はタイで、5はケニアでの実際の産業的養殖の報告なので、特に重要なのはPaper3です。
Paper3のいいところは、コオロギ食に対して厳密で、かつ批判的な2015年の論文
Crickets Are Not a Free Lunch: Protein Capture from Scalable Organic Side-Streams via High-Density Populations of Acheta domesticus
を引用しているところが学問的に誠実です。2015年論文の主な主張は
「ニワトリとコオロギのタンパク質転換効率はさほど差がない」ことです。
この論文についても私の大好きな論文なので、後の記事で解説します。
どうしてもビジネスとなると、いいところを伝え、弱いところはあえて強調しない、というのが一般的なマーケティングの作法になるので、学術論文レベルで誠実な批判のやりとりがあることが素晴らしいです。
逆に言うと、ビジネスでの限られた表現に対して、学術的な議論を仕掛けるのは野暮、ということも言えそうです。だからこそ、ビジネスとは少し距離をおくことができて、昆虫食に関わるすべての人が周りを気にせずガチで議論できる場を設けたい、というのが私のこれからの野望でもあります。
コオロギはニワトリと同じ飼料で育てられることから、コオロギとニワトリの比較は容易です。また家畜の環境負荷を比較するときに、ある一つの(有利な)一点で比較するのではなく、
ライフサイクル全体を総合的に診断しよう、という方法がとられています
「ライフサイクルアセスメント LCA」と呼ばれます。
ニワトリとブタのライフサイクルアセスメントについてはFAOが報告書を出しています。
http://www.fao.org/docrep/018/i3460e/i3460e00.htm
この中で、「GLEAM」というモデルが提示されています。
家畜の生産、というものは
肥料を投入して飼料を育て、家畜を育て、産物を出荷し堆肥を得て、そして飼料を育てるという半閉鎖系の循環といえます。
つまり、2013年の段階で、コオロギの利点は効率と温室効果ガスの二点のみであって、ライフサイクルアセスメントによる総合的な評価が行われていないことが他の家畜との比較において不十分であったといえます。
例えて言うなら身長と体重だけを比べて、どちらが健康か判断するようなものです。健康の大きな要素ではありますが、ヌケモレのない調査とはいえないでしょう。
さて、Paper3について読んでみましょう。
全体的な環境負荷については、ブロイラーと現在のコオロギ養殖がだいたい同じくらいかややコオロギのほうが優勢。
そして研究室でのデータをもとにした「将来のコオロギ」という項目を使うと、死亡率が低く効率が高いのでブロイラーとよりも優勢な結果となりました。
この結果より、
1,コオロギはニワトリと並ぶ高効率・低環境負荷の家畜になりうる。
2,産業的には、まだその段階に達していない。
となりますので、
3,産業的なコオロギ養殖技術を高めることがコオロギ食の環境負荷をニワトリよりも低くする大きなブレイクスルーになるだろう。
というのが、これからコオロギ養殖ビジネスを始めるにあたって強力な根拠になると思われます。
4,残念ながら菜食との比較ができる段階にはない。
ところがこの論文においては、多くの環境負荷因子において、「エサの生産」が主なファクターとなったのです。
つまりトウモロコシ、大豆の生産が大きな環境負荷をもたらしており、それを食べさせる家畜をブロイラーからコオロギへと転換したところで、全体としてはあまり大きな変化ではないかもしれません。
そして、論理的菜食主義者の主張では「飼料用作物を人が食えばいい」というものがあります。
コオロギの口に入る時点で、人の食用に適した栄養バランスと栄養素をもっていますので、この論理に対して、
家畜はどうしても勝てません。
プロセスが増えるとどうしてもエントロピーは増大しますので、家畜を経由して人が食べるよりも、直接家畜飼料が食えれば測定するまでもなくそれは省エネです。
5,「全人類がコオロギを食べれば解決」みたいな雑な議論の段階にはない。
菜食主義主張は理論的には強力ですが、
実際問題として、飼料用作物を美味しく食べられるか。食用に転作してもきちんとその土地で育つか。
経済問題として食用作物の価格暴落を起こさなないか。など、「すべての人が菜食になれば世界は救われる」
というのは「すべての人が昆虫食になれば世界は救われる」と同じくらい雑な議論です。
結局の所、文化的なものも含めて、人類は文化的な食として昆虫食「も」取り入れ、最適化していくのだと思います。
データ上のチャンピオンを探す旅の終着点は、「すべての人がチャンピオン作物を食べるディストピア」ではなく
「様々な文化的な食の選択肢を選びつつ、持続可能性を高めていく社会」になると思われます。
その2では、2015年コオロギ・ニワトリ論文と
その3では 2010年温室効果ガスの紹介をしながら
コオロギの次の一手と、
コオロギ以外の「次世代昆虫食」としてどのようなものが考えられるか
解説していこうと思います。
ピンバック: コオロギ食について整理してみないか その2 | 蟲ソムリエ.net
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