去る11月9日、10日
我々食用昆虫科学研究会は
サイエンスアゴラに出展しました。
会場での投票や審査委員の判断により
「サイエンスアゴラ賞」に選ばれました。
200以上の出展者から12団体が選ばれたので
倍率としてはそこそこのものでしょう。
ひとえに
昆虫食に挑戦して下さる皆様
昆虫食を行う我々に理解を示してくださるみなさま
昆虫食を遠巻きに生暖かく見守って下さる皆様
の
おかげだと思っております。
ありがとうございます。
そして
昨日12月26日
授賞式に行ってまいりました。
平日に都合のつく学生3名で出陣。
あの
元宇宙飛行士の
毛利衛館長から賞状を手渡され
記念撮影。
(館長が肖像権が管理された方なので、写真の使用は申請が通り次第となります)
そして館長が16時から17時までしか
この会場に居れないというタイトスケジュール
受賞者は迅速に受賞しなくてはいけません。
さすが
サイエンス・コミュニケーションの皆様
巧みな連携プレーにより、
すべての団体の授賞式と記念撮影が35分で終わりました。
その後10分ほど歓談タイム。
各団体が1分ほど話せる、質問できる
恰好のコミュニケーションチャンスです。
ところが
各団体自己紹介するばかりで
コミュニケーションをとらない。
アゴラから二ヶ月半、
サイエンス・コミュニケーションの心を失ってしまったのか!!
燃える闘魂 いや虫魂。
この会場でコミュニケーションを取るべき相手は誰か。
「毛利衛館長」でしょう。
そして
1分でコミュニケーションを取るべき内容とは
「昆虫食」でしょう。
以下文字書き起こしです。
くろとわ「食用昆虫科学研究会という学生と社会人をメンバーとする団体です。
せっかくですので早速お聞きしたいのですが」
くろとわ「宇宙食で昆虫が出たらどう思われますか」
館長 「カマキリが苦手だから…」
くろとわ「カマキリは苦いので出されないと思います。ご安心ください」
館長「食べられたんですか?」
くろとわ「ハイ」
館長「そういえば高校生の科学フォーラムで昨日、カイコの昆虫食が賞を採りましたよ」
くろとわ「嬉しい事ですがカイコはちょっと味が悪いのがネックです」
館長「…なにかおすすめの昆虫はありますか?」
くろとわ「鱗翅目ですとエリサンというこれぐらいの(指で示しながら)大型のカイコが大変美味しいです。いかがでしょうか、今のところは…」
館長「…ううん ちょっと…」
くろとわ「ありがとうございます。精進します!」
毛利館長は身を持って
「おまえらのサイエンス・コミュニケーションは私に昆虫を食わせるには足らん!」
と激励をくださったのです。
「毛利衛館長がうなる、美味しい昆虫料理を振る舞う」が
ひとつのゴールに設定された瞬間であります。
そして
総評での館長のありがたいお言葉。
「サイエンスもアートも『文化として』発信することで社会がより良くなると思うんです」
まさに我々の方針ではないですか。
文化的に豊かな、そして科学的に裏付けられた確かな昆虫食の再導入を目指して
参りたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
日: 2013年12月27日
味見:フェロモン薫るタガメ
今回はタガメ。Lethocerus deyrollei
日本でも「田亀」として田んぼのパートナーとして
長らく親しまれてきた昆虫ですが
殺虫剤に対する感受性が高く、
完全な肉食性でもあることから
無農薬で生物が豊富な生態系がないと生きていけません。
今回幼虫を7月末に頂いて飼育してみたのですが
食べること食べること。
小赤という金魚すくいのチビ金魚を、一日に数匹たべます。
しかも、食べきることはせず、チューっと中途半端に吸ってポイ。
捕食者として飼育している
ピラニア(タガメの食後の死体でもペロリ)
タランチュラ(バッタの翅までを残さずペロリ)
ナマズ(丸ごとバクリ)
とは
大違いの贅沢な食べ方です。
幼虫で頂いたタガメ達はすくすくと成長し、立派な抜け殻を残してくれました。
スキャナで撮影。
複眼までくっきり
左がオス、右がメスで
メスのほうが一回り大きいです
脱皮直後の様子。
なぜか♂は緑色
タガメが脱皮。次の脱皮で成虫になりそう。 スケルトン仕様で美しい。背脈管とか気管系がよく見える。 pic.twitter.com/Ry6MCbPQ4P
— 蟲喰ロトワ(むしくろとわ) (@Mushi_Kurotowa) 2013, 7月 24
♀はピンク。
いただきもののタガメが羽化。金魚めっちゃ食う。幼虫脱皮はグリーンだったのに成虫はピンクなのはなぜだろう。 pic.twitter.com/SJpJkZrNHm
— 蟲喰ロトワ(むしくろとわ) (@Mushi_Kurotowa) 2013, 8月 7
ニンテンドーのコレにそっくりですが。因果関係は無いと思われます。
「タガメの幼虫は脱皮直後にグリーンだったのに成虫は脱皮直後がピンクだった謎」についてなんとなく答えが出た気がする。 pic.twitter.com/EBevzh7aGS
— 蟲喰ロトワ(むしくろとわ) (@Mushi_Kurotowa) 2013, 8月 7
そして成虫になり、
冬が近づき摂食量がめっきり減り
冬眠させるか迷ったのですが
味見することに。
飼育期間と小赤の消費量を考えるとかなりの贅沢品です。
※♂が12月3日に脱走したので味見は♀のみになります。無念。
味見用に飼育していたタガメ♂が脱走した!これはくやしい。 「食べごろを逃す」というのは果物でよくある話ですが 「食べごろが逃げる」というのは昆虫ならでは。
— 蟲喰ロトワ(むしくろとわ) (@Mushi_Kurotowa) 2013, 12月 3
味見
ニホンタガメ ♀
茹でただけでは香りはわからないが、
内部を開けてみるとタイワンタガメに似てた香りが。明らかに薄い。ウリ科の果物、スイカの皮や藻類に近い。
腹部は空っぽだが胸部にプルンプルンの弾力のある美味しい筋肉が詰まっている。
さて、
続いてはタイで人気の
タイワンタガメ Lethocerus indicus
「洋梨の香りがする」ことで有名です。
左がニホンタガメ、右がタイワンタガメ
日本のタガメよりも二回りほど大きく
目が大きいシュッとした直線的な印象。
塩漬けで450円という大変リーズナブルなお値段。
東新宿のタイ食材店で塩漬け冷蔵で売られています。
そのままでは塩辛いので一晩水につけて塩抜きしてから使います。
(急ぐ場合は30分ほど茹でてもOKです。)
味見
強い洋梨の香り。
塩漬けのためか弾力は日本のものに比べ弱く、筋張っておりシーチキンのよう。
茹でるとゆで汁に油滴が落ちるほど油が多く、そこに香り成分が溶けている模様。
手で向きながら肉を食うと、手がタガメの香りに。カニ食うときに似てますね。
さて
タイワンタガメはこの香りのおかげで、1頭あたりコオロギ一皿分のお値段。
(コオロギ揚げが一皿20バーツでタガメ一匹20バーツぐらい)
バンコク北部では養殖も始まっており
人気が伺えます。
ここで注意したいのが
「全ての昆虫がエコなわけではない」ことです。
昆虫食の推進理由として温室効果ガスをあまり出さないことが挙げられますが
タガメの場合は養殖にあたって、一度オタマジャクシを養殖し、それをエサとする
ために多くの手間がかかっていて、それが価格にも反映されています。
おそらく、温室効果ガスも相当量出ていますし、雑な食べっぷり(食べ残し)も考慮すると
とても「効率的な食料生産」とは思えません(データはとっていないのですが)
なので、
養殖タガメの利用はあくまで採集タガメの乱獲防止を目的にしたものに止め
エコな食を推進したいヒトは食植生の昆虫を優先して食べるように
したほうがよいでしょう。
この
タイ人を虜にする香り
身近なもので言うとこの飲料
タガメ味だ… pic.twitter.com/yVt9fwo5J9
— 蟲喰ロトワ(むしくろとわ) (@Mushi_Kurotowa) 2013, 10月 4
がそっくりです。
塩漬けのタガメをイメージした少しの塩分が
タイワンタガメの雰囲気を醸し出してくれます。
タガメはなかなか買えませんが
この飲料は
まだスーパーに安くあったりするので、ぜひお試しください
奇しくもタガメ一匹と同じぐらいの値段ですね。
タガメの特徴的な香り成分、実は既に同定されており
http://www.pherobase.com/database/species/species-Lethocerus-indicus.php
こんなフェロモン物質だそうです。
1964年に オス・メス共に検出されたフェロモン
(E)-2-Hexenyl butyrate
http://www.pherobase.com/database/compound/compounds-detail-E2-hexenyl%20butyrate.php
1957年にメスに検出されたフェロモン物質
http://www.pherobase.com/database/compound/compounds-detail-E2-6Ac.php
(E)-2-Hexenyl acetate
けっこう単純な有機物ですね。
「これを化学的に合成すればいいんじゃない?」
と思われた方。その通りです。
ビジネスの才能があります。
むしくい仲間、ムシモアゼルギリコさんが買ってくれました。
ARTIFICIAL MEANGDANA(Lethocerus indicus) FLAVOR !
合成タガメ香料!
MEANGDANA=メンダーとはタイ語でタガメのことです。
中を開けるとこんな感じ。危ないクスリではありません。
成分
PROPYLENE GLYCOL 90%
CIS-3-4-HEXEN-L-YL ACETATE 5%
2-HENEN-L-OL 3%
2-HENEN-L-YL-ACETATE 1%
フィッシュソース(魚醤)チリペースト、
スイートチリソース1〜3オンス(1oz=28g)に数滴
入れるだけであなたの食事がタガメの香りに!
嗅いでみましたが強烈なタガメ風味です。
そっくりです。
ただ、成分表示を見るに
天然物と同じ物質ではなさそうです。
一般的な香料原料を調合し、
似せているのでしょうか。
そこで
物質名と構造を調べてみたのですが
「henen」という表記に悩まされました。
何か物質の別名だとは思うのですが
確証には至らず。
ということで助っ人を呼びました。
化学者のためのポータルサイト
「ケムステ」に所属する優秀な(仙台に居た時の)後輩
Green氏に協力を依頼しました。
結果
素晴らしい過不足のないレポート。
許可を得て転載いたします。
要約しようとおもったのですが、この律儀な返信メールに
Green氏の人柄を感じていただければと思います。
***調べもの成果***
査読論文ではなく単なるエッセイのようですが文献[1]にhenenが登場します。
図52を参照しながら、1級アルコールをアルデヒドに変換する反応で、
「trans-2-henen-1-olをtrans-2-hexanalに変換する」とあります。
この文章から、「trans-2-henen-1-ol」は「trans-2-hexen-1-ol」と同義であると、推測されます。
また、スペインの特許文献[2]にもhenenが登場します。
こちらもtrans-2-henen-1-olはtrans-2-hexen-1-olと同義であると考えると文章の整合性がつきます。
引用されているアメリカ化学会誌のイライアス・コーリーの論文は、ヒドロキシ基をシリル保護する方法について述べたものでした。
この文章から、スペイン語、もしくはスペイン訛りの英語では、hexenをhenenと呼ぶのではないかと推測されます。
以上より、2-henen-1-yl acetateは2-hexen-1yl acetateと同義であると推定されます。
化学式にすると、CH3-CH2-CH2-CH=CH-CH2-O-CO-CH3です。
シスかトランスか、どちらの酢酸ヘキセニルなのかは、ウェブサイト[3]にある情報だけでは、分かりません。
論文[4]によれば、リンゴにはトランス体が含まれており、シス体は検出されなかったようです。
また、ウェブページ[5]によれば、長谷川香料株式会社はモモ香料にトランス体を使っているようです。
確定はできませんが、トランス体が一般的であるように考えられます。
化学式は添付のとおりです。ついでに分子モデルもつけておきました。
[1] The synthesis of indoles and quinolines using Cu/TEMPO catalyzed aerobic alcohol oxidation.
optimisationexperiments and rate studies by Koskinen on the conversion of trans-2-henen-1-ol to trans-2-hexanal showed that the best mole ratio of Cu:2,2-bipy:base is 1:1:2.
[2] http://www.oepm.es/pdf/ES/0000/000/02/20/77/ES-2207721_T3.pdf
スペイン語
La olefina se preparó a partir de trans-2-henen-1-ol y cloruro de terc-butildimetilsililo según el procedimiento de Corey y colaboradores. J. Am. Chem. Soc. 1972, 94, 6190-6191.
英語(グーグル翻訳)
The olefin was prepared from trans-2-henen-1-ol and tert-butyldimethylsilyl chloride according to the procedure of Corey et al. J. Am Chem Soc 1972, 94, 6190-6191.
[3] http://food.oregonstate.edu/glossary/henen2.html
[4] Molecular cloning and expression of a gene encoding alcohol acyltransferase (MdAAT2) from apple (cv. Golden Delicious)
http://dx.doi.org/j.phytochem.2006.01.027
[5] http://www.t-hasegawa.co.jp/cgi-bin/fru.pl5
***以上***
Green氏は切れ者の後輩で、サイエンス原理主義に近い
論理性を持ちながら社会へのアウトプットにも力を入れている
イケてるサイエンティストであります。
現在は関東にて博士課程中。今後が楽しみです。
本名が轟く日も近いと思われますが、ここでは一応匿名、ということで
数年後を待ちましょう。
ううむ。スペイン語系の方言とな。
以上のことから、
構造式まで類推できました。
PROPYLENE GLYCOL 90%(一般的な香料の基材)
CIS-3-4-HEXEN-L-YL ACETATE 5%→ cis-3-hexenyl acetate
2-HENEN-L-OL 3%→trans-2-hexen-1ol
2-HENEN-L-YL-ACETATE 1%→trans-2-hexen-1yl acetate
やはり天然のフェロモンとは異なる構造であることがわかりました。
ただ分子量や構造は似通っており、混ぜることでよく似た香りを再現できるのだと思われます。
採集タガメと
養殖タガメ、
そして合成タガメフレーバーと
市場の高いニーズを背景に高度な技術を適用し
食用利用の最先端を走っているタガメ。
食用昆虫の未来像として
参考にしたいですね。
久しぶりに構造式に触れ合って疲れました。