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前回の記事
最新のライフサイクルアセスメントの結果をもとに、
コオロギがニワトリと同程度かそれ以上のポテンシャルをもつことを解説しました。

そして実験室での成果と産業での実際との効率にまだまだ差があるので、
今後はもっとハイレベルなコオロギ養殖のデザインが可能であることが示されました。

では、この2018論文が引用した「実験室での結果」2015Lundy論文を紹介します。

2015Lundy論文は1991年論文
「コオロギは体重増加1kgあたりの飼料が1.7kg ニワトリは同2kgなのでコオロギのほうが効率が高い」
を受けたものです。

2013年FAO報告書も、2010温室効果ガス論文も1991論文を引用したのですが、2015Lundy論文は
死亡率まで含めより詳細に検討し、タンパク質転換効率ではコオロギとニワトリが同程度だと示しました。

2015Lundy論文はコオロギをもてはやす風潮に批判的な態度という主旨ですので、厳密さという意味で信頼度が高いですし、
2018年論文は最もコオロギに批判的な2015論文を引用し、そのデータを使った上でライフサイクルアセスメントの結果を示したという意味で批判の応酬が見事に議論の質を高めています。このやり取りは大好きです。

Crickets Are Not a Free Lunch: Protein Capture from Scalable Organic Side-Streams via High-Density Populations of Acheta domesticus

それでは内容に参りましょう。

飼料栄養効率だけでなく
Feed conversion ratios (FCR)
タンパク質栄養効率
Protein conversion efficiency (PCE)
も比較しています。

このとき、普通のニワトリ飼料(PF)の他に
生ゴミ由来の飼料候補(FW)と作物残渣由来の飼料候補(CR)を試しています。
結果的にはあまり良い結果ではなかったですが、食料品店からの生ゴミ堆肥を使った飼料(FW-1)についてはニワトリ飼料PFよりやや低い程度のスコアで育ちました。他の飼料がずっと低い結果なのは、コオロギは共食いしやすく、FW-2 CR-1 CR-2のタンパク質(窒素)量が十分でなかったためと思います。

「薄い低品質の」タンパク質の濃度や質を高める能力は集団飼育コオロギは弱い、ということがわかります。

この、有機副流(organic side-streams)を処理するというアイデアは、コオロギから派生し、別の昆虫で実現しそうになっています。食物残渣で、かつタンパク質が薄くて低品質のバイオマスの質を高める昆虫を検討し、ゴキブリとミールワームがなかなかいいぞという論文がありますので、その3で紹介しましょう。

そして、コオロギのタンパク質転換効率はニワトリ飼料で最大となり35%。ニワトリが25%から33%ですので、
「タンパク質転換効率では大差ない」ということになります。

少し補足しておくべきなのが、65%はウンコもしくは分解消費されてしまうということです。
そしてコオロギの餌はニワトリと同等の、タンパク質を20%含むトウモロコシ・大豆・フィッシュミールの混合物です。

ニワトリ飼料は膨大な量が流通しており、
栄養的にはヒトの食用に適していて、残念ながら美味しくない、という特徴をもつバイオマスですので、
そのタンパク質の65%を失ってもなお機能性がある、ということをコオロギ食は今後アピールする必要があります。

そして、飼料栄養効率はFCRが1.47であることが示されました。1991の論文1.7よりも効率的ですが、
大量飼育したこと、1個体あたりの床面積が異なることが理由であろうと書いています。

少し脱線しますが、鉤爪をもち、隙間や裏天井のような場所が好きで、脱皮にぶら下がる場所が必要なコオロギには立体的な飼育環境が必要です。なので、「飼育密度」は床面積で表現するのは必ずしも正しくなく、立体的な足場の構造を含めて記述・比較して最も効率的な密度へと最適化していく必要があると思われます。

話を戻します。

そして素晴らしいディスカッション 最後の一文。

In order for insect cultivation to sustainably augment the global supply of protein, more work is needed to identify species and design processes that capture protein from scalable, low-value organic side-streams, which are not currently consumed by conventional livestock.

昆虫養殖が世界のタンパク質供給を持続可能な形で増加させるには、育てるべき種を決めることと、他の家畜では未利用の低品質の有機副流(オーガニックサイドストリーム)から様々な規模でタンパク質を回収するプロセスのデザインが必要であろう。

そうなんです。プロセスのデザインが必要ということであります。

プロセスがデザインされシステムとして実装されると、ライフサイクルアセスメントができるので、そのシステム全体が持続可能性に寄与するかどうか、判断できます。

この提言により、2015年Oonincx論文へとつながります。
2015年Oonincx論文は有機副流からタンパク質を回収するにはどれがいいか、複数の昆虫を比較しています。

Feed Conversion, Survival and Development, and Composition of Four Insect Species on Diets Composed of Food By-Products

その3ではこの論文を紹介し、コオロギ食の研究が基盤となって、
これからは「システム」と「昆虫の種」をデザインしていく、そのときに必ずしもコオロギである必要はない、という現在の
学術的な昆虫食の全体像を見渡せるようにまとめようと思います。

2

タイトル通り、いろいろとビジネス的に注目されつつある、コオロギ食について整理してみませんか。という記事です。

というのも、
昆虫食ビジネスとしてのコオロギ食スタートアップが増えつつある中で、食糧問題や効率など、キャッチーなコピーが強調されていますが、そもそも学術的な議論はどこまで進んでいるのか、きちんと把握できていないまま書かれた記事も散見されるからです。

コオロギ食を取材して記事を書く方、これからコオロギ食スタートアップを展開したい方、そして
コオロギ食関連の研究を応援しようと考えている方などなど、参考にしていただければと思います。

せっかくの利点があるのにアピールしそこねたり、盛りすぎるあまり信頼性を失ったり、というリスクを回避してもらえればと思います。今後の昆虫食の将来性を見積もるにあたって、最もデータの集まっているコオロギはその基準となるでしょう。

2013年のFAO報告書で、その温室効果ガスの少なさ

An Exploration on Greenhouse Gas and Ammonia Production by Insect Species Suitable for Animal or Human Consumption(2010年論文

と、効率の高さ

Comparison of Diets for Mass-Rearing Acheta domesticus (Orthoptera: Gryllidae) as a Novelty Food, and Comparison of Food Conversion Efficiency with Values Reported for Livestock1991年論文

に注目が集まったコオロギ食。

あれから5年、その後の論文のやりとりはとてもエキサイティングでした。
この面白さが日本語で共有できていないのもなんなので、まとめてみようと思います。

今回は最新論文からさかのぼって紹介していく方式にします。

現段階においてコオロギ食に言えることは先にまとめますと

1,コオロギはニワトリと並ぶ高効率・低環境負荷の家畜になりうる。
2,産業的には、まだその段階に達していない。

そこから議論できることは、
3,産業的なコオロギ養殖技術を高めることがコオロギ食の環境負荷をニワトリよりも低くする大きなブレイクスルーになるだろう

蛇足にはなりますが、注意点として

4,残念ながら菜食との比較ができる段階にはない。
5,「全人類がコオロギを食べれば解決」みたいな雑な議論の段階にはない。

ので「言い過ぎ注意」です。

最新論文から参りましょう。1と2についてまとめます。

Afron Hallolanさんのこの

The impact of cricket farming on rural livelihoods, nutrition and the environment in Thailand and Kenya 博士学位論文

リサーチゲートでダウンロード可能なんですが、その中に論文が5つ含まれています。
ここから読み解いていきましょう。

論文リストはこちら。

Paper I – Halloran A., Vantomme P., Hanboonsong Y., Ekesi S. 2015. Regulating entomophagy: the challenge of addressing food security, nature conservation, and the erosion of traditional food culture, Food Security, 7 (3): 739-746.
Paper II – Halloran, A., Roos, N., Eilenberg, J., Cerutti, A., Bruun, S. 2016. Life cycle assessment of edible insects for food protein: A review. Agronomy for Sustainable Development, 36: 57.
Paper III – Halloran, A., Roos, N., Hanboonsong., Bruun, S. 2017. Life cycle assessment of cricket farming in north-eastern Thailand. Journal of Cleaner Production. 156: 83-94.
Paper IV – Halloran A., Roos N., Hanboonsong Y. 2017. Cricket farming as a livelihood strategy in Thailand. Geographical Journal, 183 (1): 112–124.
Paper V – Halloran, A., Oloo, J., Ochieng Konyole, S., Ayieko, M., Roos, N. Awareness and adoption of cricket farming in Kenya. Submitted to Rural Studies.

 

この1,2はレビュー、4はタイで、5はケニアでの実際の産業的養殖の報告なので、特に重要なのはPaper3です。

Paper3のいいところは、コオロギ食に対して厳密で、かつ批判的な2015年の論文

Crickets Are Not a Free Lunch: Protein Capture from Scalable Organic Side-Streams via High-Density Populations of Acheta domesticus

を引用しているところが学問的に誠実です。2015年論文の主な主張は
「ニワトリとコオロギのタンパク質転換効率はさほど差がない」ことです。
この論文についても私の大好きな論文なので、後の記事で解説します。

どうしてもビジネスとなると、いいところを伝え、弱いところはあえて強調しない、というのが一般的なマーケティングの作法になるので、学術論文レベルで誠実な批判のやりとりがあることが素晴らしいです。

逆に言うと、ビジネスでの限られた表現に対して、学術的な議論を仕掛けるのは野暮、ということも言えそうです。だからこそ、ビジネスとは少し距離をおくことができて、昆虫食に関わるすべての人が周りを気にせずガチで議論できる場を設けたい、というのが私のこれからの野望でもあります。

 

コオロギはニワトリと同じ飼料で育てられることから、コオロギとニワトリの比較は容易です。また家畜の環境負荷を比較するときに、ある一つの(有利な)一点で比較するのではなく、
ライフサイクル全体を総合的に診断しよう、という方法がとられています
「ライフサイクルアセスメント LCA」と呼ばれます。

ニワトリとブタのライフサイクルアセスメントについてはFAOが報告書を出しています。
http://www.fao.org/docrep/018/i3460e/i3460e00.htm

この中で、「GLEAM」というモデルが提示されています。

家畜の生産、というものは
肥料を投入して飼料を育て、家畜を育て、産物を出荷し堆肥を得て、そして飼料を育てるという半閉鎖系の循環といえます。

Greenhouse gas emissions from pig and chicken supply chains
より一部改変翻訳

つまり、2013年の段階で、コオロギの利点は効率と温室効果ガスの二点のみであって、ライフサイクルアセスメントによる総合的な評価が行われていないことが他の家畜との比較において不十分であったといえます。

例えて言うなら身長と体重だけを比べて、どちらが健康か判断するようなものです。健康の大きな要素ではありますが、ヌケモレのない調査とはいえないでしょう。

さて、Paper3について読んでみましょう。

全体的な環境負荷については、ブロイラーと現在のコオロギ養殖がだいたい同じくらいかややコオロギのほうが優勢。
そして研究室でのデータをもとにした「将来のコオロギ」という項目を使うと、死亡率が低く効率が高いのでブロイラーとよりも優勢な結果となりました。

この結果より、
1,コオロギはニワトリと並ぶ高効率・低環境負荷の家畜になりうる。
2,産業的には、まだその段階に達していない。

となりますので、

3,産業的なコオロギ養殖技術を高めることがコオロギ食の環境負荷をニワトリよりも低くする大きなブレイクスルーになるだろう。

というのが、これからコオロギ養殖ビジネスを始めるにあたって強力な根拠になると思われます。

4,残念ながら菜食との比較ができる段階にはない。

ところがこの論文においては、多くの環境負荷因子において、「エサの生産」が主なファクターとなったのです。
つまりトウモロコシ、大豆の生産が大きな環境負荷をもたらしており、それを食べさせる家畜をブロイラーからコオロギへと転換したところで、全体としてはあまり大きな変化ではないかもしれません。

そして、論理的菜食主義者の主張では「飼料用作物を人が食えばいい」というものがあります。
コオロギの口に入る時点で、人の食用に適した栄養バランスと栄養素をもっていますので、この論理に対して、
家畜はどうしても勝てません。

プロセスが増えるとどうしてもエントロピーは増大しますので、家畜を経由して人が食べるよりも、直接家畜飼料が食えれば測定するまでもなくそれは省エネです。

5,「全人類がコオロギを食べれば解決」みたいな雑な議論の段階にはない。

菜食主義主張は理論的には強力ですが、
実際問題として、飼料用作物を美味しく食べられるか。食用に転作してもきちんとその土地で育つか。
経済問題として食用作物の価格暴落を起こさなないか。など、「すべての人が菜食になれば世界は救われる」
というのは「すべての人が昆虫食になれば世界は救われる」と同じくらい雑な議論です。

結局の所、文化的なものも含めて、人類は文化的な食として昆虫食「も」取り入れ、最適化していくのだと思います。

データ上のチャンピオンを探す旅の終着点は、「すべての人がチャンピオン作物を食べるディストピア」ではなく

「様々な文化的な食の選択肢を選びつつ、持続可能性を高めていく社会」になると思われます。

その2では、2015年コオロギ・ニワトリ論文と
その3では 2010年温室効果ガスの紹介をしながら

コオロギの次の一手と、
コオロギ以外の「次世代昆虫食」としてどのようなものが考えられるか

解説していこうと思います。