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すごい虫に出会いました。後ろにあるのはキャッサバ畑。5月に植えたキャッサバの様子を見に来たら、そこにいた。村の人が言うには木によくいるとのこと。キャッサバの葉にいたけどそれを食うかはよくわからず、しばらく飼育して試してみました。結局よくわからなかったので茹でて味見することに。

ヨツモンヒラタツユムシ Sanaa intermedia
ヨツモンヒラタツユムシ Sanaa intermedia

まずデザインがやばい。4つのモンに分断され、ヘリにはギザギザの意匠のあるグリーンとブラウンのツートンカラーの前翅。そしてグリーンの裏側に相当する部分は黄色。そして後翅のモダンなメンズ扇子のような紺と水色のデザイン。めっちゃかっこいいけれどモリモリ過ぎて情報過多。バッと翅を広げたときのインパクトはすばらしい。

ヨツモンヒラタツユムシ 伏せた状態は結構地味に見える。
裏側はビビッドカラーがすごい。背側からみるとグリーンの部分は裏から見ると黄色で
裏地が派手なヤンキーの学生服を思わせる。

さて、ここまで警戒色を出していて食えるのか?かるく文献を調べたものの、見つからず、捕まえたときに黄色い、青臭い体液を出していたので少なくとも全くの無毒ではないだろうと警戒しつつ、情報を集めながら飼育していました。しかし何も食べない。

キャッサバやツユムシが食べそうないくつかの葉っぱを試したけれど、そもそも食事行動をなかなかせずにじっとしている。

そしてふと試してみたら食ったのがなぜかモモの皮。北部高原地帯シェンクワンで育てられているとのこと。硬めだけど日本の白桃の仲間と思われ、とてもおいしい。けれどこいつの生息域と一致しない。謎。

結局キャッサバの萎びた葉っぱを食べたのを見たのを最後に味見をすることにした。茹でると胸部から黄色の体液が出てきて、少なくともてんとう虫程度の苦味物質だろうと思われる。飲み込まず口に入れて、味を見てみる。

そしてこの翅の模様をスキャンしたい。

この翅の模様を意匠として扇子とか発注したいなとおもいまして、味見の前に翅を外し、スキャンしました。

ヨツモンヒラタツユムシの後翅

うつくしい。藍染で再現できないだろうか。

味見  全体的に青臭い。渋みの強い黄色い体液が胸部を中心に全身にひろがり、美味しいとはいえない。腹部と足の筋肉はタンパクで柔らかく、食べやすいがはっきりと毒とも言い切れない微妙な味。胸部の渋みと臭み以外、味はキョジンツユムシと大差ない印象だが、今回は大事をとって飲み込まないこととした。全体に筋肉が少なく、図体のわりにコクが少ない。食べて一日が経ちましたが体調に変化はなし。うーん。毒とは言い切れないけれど美味しくはない。彩りとしてどこかに使いたいなぁ。パフェっぽさがある。

あれ、そういえばキョジンツユムシの味見のブログを書いていない。後で書きます。

虫展、まだやってますね。日本帰国時に行ってきたレポートです。

ハムシがトップを飾る。カブトムシ、クワガタが定番のなか攻めている。
最初の概説パネル。うるさすぎず、シンプルにデザインされている。
多様性の極みともいうべき標本群。あえて分類群をまとめず、対比的に多様性を見せる並べ方をしている。
ラオスで竹の子イモムシ、と呼ばれている大型のゾウムシ。いつか食べたい。
巨大なゾウムシの脚。びっくりさせる、ギョッとさせる目的でエントランス付近においてある。 逆に言うと、ギョッとさせる目的ではない場所で巨大な拡大模型は「過剰」なんだと思う普通の人にとっては。
ロクロクビオトシブミ。かなり小さい。深度合成写真のレベルが上ったので写真を見ると巨大な昆虫のように見えてしまうが 重力加速度の影響が少ない小さい昆虫のほうが人間が理解できない姿をしている。
カブトムシの飛翔筋の模型。
はにわや工房さんのマンマルコガネ。バンダイから出ましたがこちらが元祖ですよ。
広々とした大展示。
トビケラの巣からインスパイアされたといういくつかの作品。巨大化することで設計コンセプトが変わるだろうに、 そのまま相似拡大して「新しさ」を出しているように見える。うーん。華奢な構造のモジュール構造は人間用の建築には向かないだろう。
有名な建築家が参加。 デザインの「お手本」とするときに工学的な要素はあんまりいらないんだろうか。 バイオミミクリーというよりはインスパイアという感じ。
どれもキレイにしか見えなかったのでまぁ。メインターゲットではないんだろうなとあらためて思う。
和名のいろいろを組み合わせて新しい昆虫をつくる

話はそれますが、台湾が日本統治下にあった影響か、亜熱帯に広く住む昆虫の和名が「タイワンーーー」であることが多いように思います。 ラオスで見つけた昆虫がそのパターンである場合が多く、タイワン固有種と誤解を生みかねない不適切な和名ではないかと。実際私は誤解していました。
今後和名のルール化が目指される中で、地名が含まれるべきなのはその地域の固有種である場合ではないだろうかと思います。 (そういえば北海道にのみ生息するトウキョウトガリネズミなんてのも思い出しますね。)

昆虫食も売られてるやん!このスペースで将来、大昆虫食展を開きたいなぁとおもった。

さて、見に行く前から、うすうす気づいていましたが、そしてこの文章を読んだ方も気づいてきたかもしれないですが 、
この虫展は私はストライクゾーンに入っていません。外れ値だ。 もちろんブワーッと昆虫あふれる大昆虫展のほうがお気に入りだけれども、だがしかし。
気に入るということと、展示として興味深いことは別なのです。おそらく 展示学的にすごい判断が行われていたのではないか、と読み解きたい。それでは参りましょう。


はじめに提示するのは「世界一美しい昆虫図鑑」 クリストファーマーレー

レビューも投稿しました。そしてこちらが原著。

これは原著はアートワークなのですが、写真がたくさん入って情報が入っている分厚い本を「世界一美しい〇〇図鑑」と 名付けて売ることが一時的に流行したことを受けてのことでしょう。翻訳版が原著よりも安い、ということはそれだけ印刷したということで、一般向けに売れる方針をとらなければならないのでしょう。それは仕方ない。はたしてこれを学術的な文脈をもつ「図鑑」と位置づけていいものでしょうか。

だいたい昆虫の社会的位置づけが揺らぐと見に行くのは丸山先生、こんなことをおっしゃってました。

なるほど。学術の文脈を借りるのであれば、その文脈に対して侵害的であるのはマナーが悪い。
いくつかのアートワークでは折りたたみ、隠されている脚がいくつかの作品では取り除かれてしまっている。
丸山先生はただ批判だけして終わらない。(批判することはもちろん大事なのだが、そればかりでは外野から見ると息苦しくなってしまう) そのアンサーとして美しい書籍を送り出した。

その名もきらめく甲虫。
撮影技術、標本のクオリティ、そして角度を変えることで初めて「きらめく」はずの昆虫が 白い紙に平面に印刷されているのに、「きらめく」というそのすごさ。 大きい虫も、小さいむしもおなじぐらいに「きらめいて」いる撮影技術の一貫性 (同じように撮ってしまうと、サイズによってバラバラな写真になってしまうはずだが、そこが注意深く揃えられている。)
そして 次作

「とんでもない昆虫」
からの、共著者である東京芸大の福井さん作製のこの展示台につながるわけです。

多様性の極みともいうべき標本群。あえて分類群をまとめず、対比的に多様性を見せる並べ方をしている。
おわかりいただけただろうか。
ハムシの下の台紙の下になにかあるのを。

あえて昆虫の名前を隠すことで姿かたち、多様性に注目させ、ホワイトのバックにより清潔感をもたらす。 そしてラベルを「取り除く」という事もできたが今回は取り除かず、体の下に隠す、という方法をとった。
つまりこれは 学術標本の価値を全く損なうことなく、展示用に転用してみせたという意味ですごいのです。
更にいうと、ラベルを見せた展示もできたでしょう。 しかし見てわかるようにラベルというのは 採集当時に作られたもので、標本によっては黄ばみ、これまでの多様な昆虫標本では様々な時代、様々な人の字のクセが前に出てしまう。 このようなノイズを丹念に取り除く過程で、「ラベルを取り除く」のではなくて隠す、という選択をしたのでしょう。


この展示に敬意を送りたい。すごい。
しかし、生きた虫がいてほしかった。と「いろんな床材に苦しむカブトムシの映像展示」に釘付けになっている男の子をみて 思うのだった。生きた虫はすごい。強すぎて他の創作物を邪魔しかねない可能性を考えて、あえてここに置かなかったんだろうと思う。 生きた虫はラオスで楽しもう。そうラオスで。

ヨツボシヒラタツユムシ

以前にTwitterでテングビワハゴロモを評して「色彩構成でゼロ点」とコメントを頂いたけれど、これもまたそう。すごい。キャッサバの栽培状況を見に行っていきなりこれが現れるとインパクトがすごい。

人間の創造物だとしたら悪趣味で売り物にならない、と言われそうなデザインセンスを 「このデザインで生き残っている」という圧倒的存在感でねじ伏せる生き様!かっこいい! この虫の話もまた後でしましょう。

場所は伏す。ことにします。

というのも私以外の関係者が多いのと、さまざまな(私じゃない)ツテをたよってたどりついたので、突撃されてもご迷惑になることもあるのでこのあたり伏せておきます。

タイ国内のとあるエリサン養殖場に連れて行ってもらいました。

元気なエリサンさん
エリサンいため

こちらの話はもうちょっと形になってから情報解禁、ということで、今回の驚きはこっちじゃないのです。

「バッタ養殖の村には副産物であるフンを使った工芸がおこるだろう」との予言とともに制作されたバッタ仮面

記念すべき一号機

順調に弐号機から四号機までつくり、

そして染め物まで。

そして、ついに出会ってしまったんです。「シンクロニシティ」に

この桶は。。

場所はエリサン農家の染色場。といっても台所のような共同作業場です。そこでさまざまな天然素材で色をつける工程をみせてもらいました。その中にあったエリサンのフン。ドキドキしながら「これはなんの用途?」と聞くと

「染めるんだよ」 キター!!!!

遠くタイで、バッタとエリサンのちがいはあれど、養殖した昆虫のフンで工芸(染色)する村はたしかにあったんです。めっちゃ興奮しました。

本当はエリサンの繊維をエリサンのフンで染めたものが最高だったんですが、コットンを染めたパンツを買いました。ありがとう。ありがとう。

理論と妄想で膨らませてきた昆虫の未来が、こんなかんじで実装されているのをみると自分は孤独じゃないと安心できますね。もっといろんなフンの染め物が見たい、とリクエストをしてこの村を後にしました。また来るぜ!

エリサン染めのパンツはいいパンツ。強いぞー
そもそもデンプン用のキャッサバ農地をもっている家庭が副業としてエリサンを育てている状況。そうだよこれこれ!

玉置標本さんにお誘いいただき、この虫を取りに行けることに。

タケオオツクツク Platylomia pieli

タケオオツクツク Platylomia pieli 脱皮直後成虫

実は昨年、玉置さんからおすそ分けをいただいていて、ラオス行きのバタバタですっかり味見を忘れてしまい、一年が経ってしまいました。私のズボラの不徳の致すところですが、あれからちょうど一年、ということはですよ、「セミを冷凍保存するとまずくなる」という検証を、外来種タケオオツクツクでできる絶好のチャンスなのです。ぜひ行かねば。手すりの虫のイベントでもとある方から「今年は梅雨明けが遅いのでタケオオツクツク、いい子出てますよ」とおしえていただいたりと、今年の梅雨明けを最も喜んでいた一人ではないでしょうか。

低い位置で羽化直後の成虫も見ることができ、満足です。腹側に長く伸びた鼓膜がカレイゼミの仲間の特徴のようですね。クマゼミと同じ透明の翅をもつセミですが、角度によってエッジがブルーに光る現象がみられて大変満足です。

味見 比較対象は一年前のタケオオツクツク幼虫と、今年同じ場所でとれたアブラゼミです。

幼虫 腹部の一部に苦味があり 少し残るものの歯ごたえがよく、外皮もやわらかい。胴が長いためかボリューム満点でおいしい。
アブラゼミ 木質系の香りがかなり強く、苦味は逆に少ない。旨味がやや強めでアブラゼミはおいしいセミであることがわかる。
一年前のタケオオツクツク 少しかたくなり、香りが全くダメになっている。変な臭みが発生し、苦味も引き続き残っている。美味しくない。
脱皮直後固まりかけのタケオオツクツク成虫 そっけない味で少しの苦味があり、うーんアブラゼミの旨味がやっぱり恋しい。
メス成虫 やわらかいかたまりかけ クリーミー! やはり少しの苦味があるもののクリーミーさにマスクされてきにならない。 ボリュームが有るぶん食べやすく、料理方法も工夫したいものだ。

もしかしたら、かなり美味しい種類のセミが日本の公園に大発生しているのではないか、と思います。そしてセミは冷凍しても味が落ちていく。つまり旬のセミを食べるしかない。これはセミが美味しいと知っている、昆虫食文化のある国の人からみるとたまらない状況でしょう。引き続き味見を続けましょう。

さて、この場所は私有地で、私有地のフェンスの外の遊歩道に、のそのそと歩いて出てくるセミを捕まえています。そしてこの私有地には看板。

竹の子ドロボー天罰

さて。タケオオツクツクが外来種であることも含めて、

昨年はセミ禁止令なんて看板もありました。

この「昆虫食と土地倫理の問題」どう考えていきましょうかね、とってもおもしろいです。

横浜で平日のみ、という自分にとっては厳しめの日程で開かれていたこの展覧会。

たまたま神奈川県での別の打ち合わせがちょっと早めに終わり、横浜に寄っても次の埼玉の用事に間に合いそうだったので、足を伸ばしてきました。

お目当てはTwitterでいつも拝見している福田亨さんと、奥村巴菜さんです。

まずは奥村さんのツノゼミ・ハゴロモ群。

女の子がお母さんらしき人に連続で質問していて、「ツノゼミはほんとにいるの?」「いるんだよ。」「じゃあポテトツノゼミは?」「これはいないよ」「え、ポテトツノゼミはいないの?」とのやり取り。たしかにこれは難しい。

パロディというのはなかなか成立が難しく、とくに奇天烈なツノゼミの前胸背板の多様性にインスパイアされて創作したポテトツノゼミ、トウガラシツノゼミは、年若い女子にはなかなかハイコンテクストだったのではないでしょうか。しかしポテトツノゼミのハイコンテクストに負けず、好奇心が刺激されたようでそこの文脈が伝わらなくても伝わっている部分にパワーを感じました。

そして立体木象嵌の福田亨さん

すげぇ。ゲンゴロウで水面を表現してる。。。超絶技巧の昆虫、というどえらく存在感のあるもので、日頃見慣れた水槽の水面を、何もない空間に見せてくるってすごくないですか。360°どこから見てもスキがなく、欄間や障子のような日本の風情をもつきっちりした枠に透かし彫りの水草の雰囲気と、水面のようなむらのある木材、そして生き生きと丸っこいゲンゴロウ。これはずっと見ていたくなる。

そしてTwiterで話題になったクワガタ。あえて樹皮を図案化してクワガタの生々しいエロいラインを見せてくる台座。えっちだ。

私もTwitterユーザーのはしくれとして、バズるツイートができればいいなと思っていた矢先、ふとみるとなんだか通知がうるさい。

みんな虫より○チンコが好きか。パチンコが。これまでの虫関係のややバズりつぶやきを大きく抜いて、この横浜駅前の看板がいちばんバズる。なんとも需要と供給とは難しいものですか。ね、虫を見ていってくださいよ。○チンコではなくてさ。このアカウントは昆虫食アカウントであり、このブログは昆虫食ブログですよ。そういえばシン・ゴジラでバズったことがあったな。

注意力散漫昆虫食ブログ、どうにかやっていきます。

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7月9日に村で会議が行われ、10日に首都ビエンチャンまで移動し、11日朝に帰国、午後から打ち合わせをこなし、12日にはつくばで打ち合わせ、13日土曜日、初めての週末に、ラオス感がまだまだ残るアタマとカラダで行ってきました。

渋谷という立地、デザインとしておしゃれで、意識が高そうで、そして学術的なニオイがあまりしない中、石川先生と西廣先生、というアカデミックなゲストを呼んで何が展開されていくのか、とても気になりました。

今回は私はタダの客ですので、
主催者の意図をそっちのけでわざわざ昆虫食をぶっこんで質問するような無粋なことをしなかったのですが、会場で「昆虫が入るとこう考えるな」と心の中でつぶやいたこと
(けれど会場では言わなかったこと)をつらつらと書いてみようと思います。

まずは講演。
西廣先生は植物生態学者、地球環境変動、主に温暖化をテーマに
温室効果ガスを減らしていく「緩和」と
すでに温室効果ガス排出を今年ゼロにする、というとても達成できないゴールを設定したとしても、存在するガスによる温暖化は進んでいくという予測から
「適応」という見逃されがちなもう一つの手段について説明していきます。

そしてこれからの未来は「適応時代」だと。

ふむふむ、たしかに昆虫食は温室効果ガスを出しにくい、という「緩和」で注目されたけれども、
熱帯に多く生息し、(参考:熱帯雨林のアリのバイオマスは同地域の脊椎動物の総和を超える推定)
40度の高温でも生育障害を起こさない種もあったり

かつて地球がもっと温暖だった頃は変温動物が幅を利かせていたことも関係しそうだし
ガスを出しにくく高密度で買える性質から閉鎖系の熱交換器(エアコン)を使った飼育系にも
適応している(排気ガスの多い反芻動物はガス交換の需要がおおいので断熱しても熱交換器の効率に限界がある。)とも言える。

お次は田んぼの生物多様性、を調べると5668種の生物
うち昆虫、クモ類1867種!やはり昆虫多い!
そして、害虫でも益虫でもない、ただの虫が多い。

今後気候変動による農地の変化に対して「緩和」するにしても「適応」するにしても
この1800種という1/3の生物を、たった177種の害虫予備軍のために平等に
(無差別に)殺虫剤を撒いてしまうことの巨大なロスをあらためて感じるわけです。

そして救荒食としての雑草。
東大阪大学の松井欣也先生は救荒食としての昆虫に注目して研究していますし

次の話者である石川伸一先生も東日本大震災の経験をもとに話題にしていまして

「もしも」に備える食 災害時でも、いつもの食事を」にも、「もしものときに、いつもの食が手に入ったときの安心感はすごい」
と東日本大震災の被災時の実感を込めて書いていらっしゃるので
「非常時のみの食品」というよりは「非常時にも、そうでないときでも災害備蓄を確認するイベントとしての採集食」という位置づけが生まれてくると思います。緊急時の飢餓を回避する目的で、食べ慣れないものを無理やり食べる、というのは災害食としてはふさわしくないですし、戦時中の昆虫食の体験を記録している方も、やはりトラウマ的な記憶のようだ、と話されていました。
これでは豊かな文化とはいえません。

また、ラオスにおいては「失業しても稲作を手伝って野生動植物(昆虫を含む)をとってくれば死なない」
という生態系ベーシックインカムとして機能しています。

ちなみにですが、「データ栄養学のススメ」によると
東南アジアの(おそらく天水の)稲作の効率は焼き畑に次ぐカロリー収集効率で、熱帯モンスーン気候を生かして乾季は雑草伸び放題、雨季は雨の到来にあわせて土を耕し、苗を用意し田植えをする様子はかなりの省エネです。

とはいってもこの生態系ベーシックインカム機能は不完全で、野生食材に依存して生活している世帯の子供は栄養不良が多い状態が続いています。

つづいて石川先生は新書
「食の進化史」から。

「なぜ人は食の未来に興味をもつのか」ウーン。これは気になる。
関心が強い、食の研究者だけでなく、素朴な普通の人においても「食の未来」は気になってしまう。

私は一種のSFの潮流だと思っています。少し前までは
巨大な資源を投資して地球外に出ることで、なにか救世主(逆に展開すると破滅者)がやってくるのではないか、という展開が好まれました。

しかし宇宙開発が年々縮小し、ソユーズを使い続けている現状では、なかなか未来のビジョンとして大成功した宇宙開発、というイメージは懐きにくいとおもいます。
一方で「胃袋を掴む」ではないですが、食の主体性を獲得した個人、もしくは組織は強いです。

そういう意味で社会性の原始的な形が「食」で、生命の持続可能性のためには持続可能な「食」がないといけない。
マッドマックスがおそるべき搾取的で、かつ効率的な食糧生産を
イモータン・ジョーの恐ろしさを説明する背景として設定にいれたのも
ブレードランナー2049でデッカードの隠遁生活を藻類と昆虫の養殖で示し、昆虫による物語の展開が起こったり、昆虫を養殖するファーマーとして死ぬことを選んだレプリカントがいたりと。
インターステラーは旧式に見える宇宙船で、地球の食料が壊滅することを理由としてやっとこさっとこ資源を調達して打ち上げ、新しい星を探しにいっていました。

未来の安心には食が欠かせない、とSFの世界(≒一般の人が感じる科学的な未来)が気づいてきたという納得の潮流です。

石川先生からはいったん科学を手放して、先生の知識をもとに
「歴史学的に」もぐっていこうという試みをこの本でも行っています。

「食の進化史」を読むとわかるのですが、専門分野の論文だけでなく
食に関する文芸、料理、アートまで先生の膨大な知識から
「未来を予測する」試みをしています。

そしてイベント最後、年表を用意し、過去から未来まで、食の歴史をひもとき
未来に「何が起こるのか」みんなで考えようというパフォーマンスアートが展開されます。

やはり「食べて考える」ことの五感の刺激度はすごいと実感しました。
視覚や聴覚を通じて、刺激的な文字情報、映像を見せたとしても
口の中や体内に取り入れることの「実感」にまさる情報量はないでしょう。
そこに「食べる」ことの決断性も含まれているように思います。
食べようと思わない限り食べないのが人類です。

しかし、今回は沈黙を貫きましたが昆虫に関する
直感的に想像できない項目については、
どうしても沈黙してしまうことも感じました。

日本人には相容れない、まだ早いという食文化を持つ人が日本に来た時に 日本人がどう準備できるか。そこに食の専門家がどうサポートできるか。— 蟲喰ロトワ 蟲ソムリエ しばらくラオス 一時帰国11月予定 (@Mushi_Kurotowa) July 13, 2019

西廣先生は耕作放棄地の生態学的調査を通じて
かわりゆく、温暖化が進みゆく地球でどのように対策するか
という一種の「適応」についてもその地域の現場に参加する中で研究しています。

日本では農業の成りてが減っていき、耕作放棄地も増えています。
一般に耕作放棄地は生物多様性が減少すると思われがちですが(私がそう思っていました)

かんたんな水張りと水路の管理によって生物多様性の豊かなビオトープのような土地が出現するとのことです。こういった「生態系サービスの供給源」としてのかんたん管理の耕作放棄地

もうちょっといい言い方をすると「水田リタイアビオトープ」のような感じでしょうか。
そこで「虫」の相談をしていただきました。近いうち動き出せればと思います。

生態系にこんなにも昆虫がいるのに、その料理法やメニューをもたない文化というもののアンバランスさを、知らない人は感じることもできず、

そしてそういった人には昆虫食の未来を予測することも困難です。

今回のパフォーマンスアートにもコオロギが少しだけ、未来の年表にも少しだけ昆虫の話がありましたが、「過去に昆虫が食べられていたという事実」を年表には示せていません。

つまり、
主観が入る余地が明確な「予測」だけでなく客観的な情報収集における収集者のバイアスですら、現在の食文化によるバイアスが網羅的な、中立的な未来予測を妨げかねないのです。

どうしても思うのが、
「未来や過去を想像するとき人間は現在の価値感に引きずられる」という一般的な傾向です。
そしてその緩和には、メンバーを日本人だけでにすること、あるいは先進国の人間だけにすることの不足を感じました。

もうちょっと具体的に言うと、
日本人だけで未来の予測をできると素朴に信じていることのはやっぱり危険です。

私から提案できるのは、
昆虫食文化を持つ、これから人口が増える国の人達との対話、そして場が温まってきたら、ゆくゆくはガチの議論ですね。

そんなイベントをしたいと画策しております。お待ち下さい。

昨日ラオスに戻りました。バンコクでも何日か休日をはさんでいたんですが、いろいろと用事が入ることで結局休みなしのままラオス入りです。

8月4日に紙版で掲載していただいた昆虫食記事のラオス取材部分を、ウェブ版ではたくさんの写真とともに紹介してくださっています。

実は2つ記事がありまして、紙版と同内容の記事と、写真を集めた記事があります。合わせてお読みください。

ひとまず疲れた。。。。。ラオスの急な雨とべったりと張り付くような湿気を楽しみながら、順応していきます。

一ヶ月ぶりのラオス。いつも食べていたカオヂーパテに豚肉から作られた田麩がはいっていて時代の変化を感じました。ラオスは着実に前に進んでいる。

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先週は取材対応をしていました。無事デングがおさまったあとだったのでよかったです。
昆虫食のイベントで2012年頃に知り合い、何度か昆虫食の記事を書いてくださった記者の方が世界の昆虫食について取材企画を立ち上げ、その一貫として私達のラオスでの昆虫食の活動を取材してくださることになりました。

ラオスでの取材受け入れの手続きなどなどをこなし、いざお迎えに。(ラオスは社会主義国なので関連省庁に報道関係者の活動について書類を提出しておく必要があります)
一日目、タイ側で昆虫を売っているスーパーをチェックし、ラオス側に陸路で入国、事務所のある街でまず作業場での昆虫養殖、市場を見に行き、二日目、村まで100km、ぬかるみの道を同行し、私達の昆虫グループの活動、ゾウムシ養殖とキャッサバ栽培を見てもらいました。3日目は村落栄養ボランティア育成の活動をあわせて見てもらいました。

やはり事前の知識が深く、これまでの昆虫食の流れも理解されているので質問も鋭く、私が聞いておくべきだった内容をズバッと農家に聞いていて、改めてプロはすごいと実感しました。


最終日、空港に移動する前に街のもう一つの市場に行ったのですが、レンタカーのおじさんが「タイに行くのが記者さん一人なら子どもたちも連れてっていい?」と聞いてきてあぁラオス人らしいなと思ってOKし、そこで別れたのですが、あとから記者の方からきくと、なんとドライバーの妻、娘二人、息子のオール家族がついてきたそうです。ラオスらしい。


取材内容については記事をみていただきたいので、ここでは触れませんがGlobe 8月4日版に掲載予定とのことです。購読中の方はぜひ見てください。ウェブ版も同時に公開されるとのことで、紙版を購読していない方もお読みいただける予定です。ひとまず告知でした。
7月12日頃から8月5日ごろまで、日本に一時帰国します。その間にイベントしたりなんだり、という予定をいま急いで組んでいるところです。

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以前に修士課程で伊那でヘボの研究をしていたシャーロット ペインさん、今はブルキナファソをフィールドに博士課程をしているそうです。2019年の5月にとっても良い論文を出したので紹介しておきます。

狙いはシアワームと呼ばれるシアの木を食べる幼虫。Cirina butyrospermi という学名です。アフリカ産の食用ヤママユというとモパニワームが有名ですが、シアバターノキを食べるいくつかのヤママユも食用になっていて、以前にお土産でアフリカ産のCirina forda をいただいたことがあります。

野生の植物は基本的に葉を食害されてもなお、次世代を残すために冗長性を備えていて、多少食べられても収穫に影響しない許容値をもっている、と考えられます。このCirina butyrospermi が植物を食べ、フンをするとその周囲に有機物が還元されますので、落ち葉よりも良質な肥料源として、周囲のトウモロコシ畑にプラスの影響を与えている可能性がしめされたのです。

シアバターノキを食害するおいしいイモムシが知られていて、食べられた木はほとんど葉を落としてしまう。

一見深刻な食害にみえるけれども、シアナッツの収穫をみるとその食害との関連は見えませんでした。食害のあるなしにかかわらず、どちらもしっかり実をつけます。

またシアナッツの木の下ではトウモロコシが栽培されていて、毛虫が葉を落とすことでフンが落ち、そして日照も良好になります。そのため食害を受けたシアバターノキの近くではむしろトウモロコシの成長が促進する可能性がしめされました。

とのことです。

アグロフォレストリー(林産物と農産物の複合的な生産)の一貫として、一見深刻に見えてしまう虫による食害を公平に調査研究し、「生態系から持続可能な形で最大限に搾取しつづける」という功利主義的な昆虫利用、生態系利用の形として、これまで「お話」でしかなかった植物の冗長性と、昆虫への転換、そして日照の有効利用といった複雑な現象を解明したという意味で素晴らしい論文だと思います。これはあくまで自由発生した昆虫の利用ですが、これを完全養殖、半養殖しながら人間が介在することで、農地と森林からの最大効率利用、そして複合的なあたらしいシステムの導入によってこれまでにない持続可能な農業の形が見えてくる、と思います。

おもしろい論文が出ました。こちら。デング熱で先週やられていた身としてはタイムリーな蚊の論文です。

Adaptation to agricultural pesticides may allow mosquitoes to avoid predators and colonize novel ecosystems

農薬への適応は蚊が捕食者を避け、新しい生態系を植民地化することを可能にするかもしれない。

と直訳できます。may allow という、論文に使うにはかなり弱い示唆の用語が使われているので、そこまで強力な根拠ではないのですが、可能性を示したという意味で重要な論文になります。どういった可能性かと言うと

「殺虫剤による農業の増産が感染症リスクを上げるかもしれない」というルートの発見です。コスタリカなどの暑い地域の(比較的所得は高いですがまだまだ支援を受けている地域)開発途上国では、感染症の予防と農業の効率向上による栄養や所得の改善はそれぞれのセクターで別々に支援されてきた分野です。特に蚊による感染症は、わたしもかかりましたがつらくて消耗するだけのことが多く、栄養状態や健康状態の良好で、かつ適切な医療ケアを受けられるヒトではまず死にません。そのためワクチンの開発も後回しになり、栄養状態の悪い人、医療機関へのアクセスが悪いヒトへのトドメの一撃となってしまうのです。

こういった先進国のヒトにとっては致死的でない、熱帯の感染症を「「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)」と呼んだりします。これらの感染症は貧困とも、栄養状態とも関連するので、感染症、保健、栄養、農業といったセクターワイド(最近ではマルチステークホルダーともいいます)で分野横断的に対策する必要があることがわかってきたのです。

そんな中でのこの論文のインパクトは、殺虫剤による農業の増産といった「正義」が必ずしも住民の健康、感染症リスクと無関係ではなく、逆に悪影響をもたらしかねないことを示しています。

細かいところをみていきましょう。コスタリカのオレンジ農場の周囲の森林において、ブルメリアという着生植物に注目しています。これらは雨水をためた小さい水場を作ることがしられており、それをファイトテルマータ( phytotelmata)と呼びます。蚊は池で発生すると考えがちですが、大きな池は蚊を食べる捕食者も多く、リスクとしては人家で放置されたペットボトルの水とか竹を切ったあとの水たまりとか、小さな水たまりのほうが、蚊の発生源となりがちのようです。

今回は蚊の捕食者として、ファイトテルマータに住むイトトンボの幼虫を選びました。基本的に捕食者のほうが被食者よりもライフサイクルが長く、そのためライフサイクルが短いほど獲得の速度がはやい殺虫剤耐性においても、蚊とイトトンボに差があるのではないか、との仮説です。

実験室内では、農場近くの蚊は森の蚊にくらべて殺虫剤への耐性を獲得しており、イトトンボはいずれの場所でも殺虫剤への耐性は変化がなかった、とのことでした。そこから類推されることは、殺虫剤の散布によって蚊が耐性を獲得し、イトトンボの耐性獲得が遅れることでオレンジ農園の近くに蚊の天国が形成されている可能性があり、それが農地で働くヒト(基本的に貧困層)の蚊媒介性の感染症リスクを高めてしまっているのではないか、ということをにおわせています。

そのため、感染症に弱い貧困層のリスクを高めないためにも、殺虫剤を減らした農作物を積極的に採用し、それをアピールしてフェアトレードにつなげていくことがこれからの虫とヒトとの付き合い方なのではないでしょうか。

とはいっても、デングにかかったあとは個人的な恨みから蚊など死んでしまえ、と思いますね。なかなか恨みは深いです。

人家の水瓶などに発生する蚊を殺すため、このような羽化阻害剤をつかった蚊対策の実験も進んでいるようです。楽しみです。