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日本滞在時に取材を受けていたものが記事化されました。ヤフーニュースにも取り上げられたようで、なかなか広がりがあるようです。「昆虫食が世界を救う?」の「?」の部分に私の気持ちをくんでいただければと思います。

昆虫食が世界を救うなんて書いてないじゃないか!と思う方は、

詳しくは「昆虫食は未来の食糧問題を解決しない」をご覧下さい。

JICAの助成金に採択されたことで色々と日本での予定が組み代わり、気づいた頃にはラオスに戻る便が高くなってしまっていました。

そして見つけた「沖縄発ー香港経由ーバンコク行き」。国内線の値段込みでも安いので、これは面白いと、人生初沖縄にしてきました。国内でここまで緯度が低いと、本州よりもずっと東南アジアに近い気候や文化がありますね。亜熱帯の植物などめっちゃ勉強になりました。

ひとまず到着して沖縄そばを食べまして

日本のラーメンに比べて醤油への依存度が低い感じがします。

ゆいレールで市場へ。ハリセンボンが食べたかったので唐揚げを注文。ついた時には閉店間際だったのであら汁だのをサービスしてもらいました。いわゆる観光地価格でしたがまぁ良いです。ハリセンボン、身がめっちゃ少ないのと骨片が入り組んでいてまぁ食べにくい。あの針は他のフグが強烈な毒を持つ代わりに身を守っている、というよりもその針を突破しても捕食者にとってさほど実入りが良くない、という意味でもあったんでしょうね。バランスのとれた防御システムだと思います。

白身魚の刺身。亜熱帯の魚は身に脂肪を溜めて耐寒性を高める必要がないので、割と淡白でふんわりしています。塩焼きの方が相性のいい食べ方でした。刺身という結構北方の料理方法を指定して「南の魚はさほど美味しくない」というのはよろしくないですね。地元の生物には地元なりの美味しい食べ方があると。

翌日はゆいレール一日券があったので終点の首里城に行ってきました。半分ぐらいは外国人で外国語対応もしっかりしていて、観光産業が盛んな沖縄は未来の日本を先取りしているなぁと実感。すぐに本州もそうなると思います。

ラオスで見たことのあるような植物たち。やはり緯度が近いと植物も近い。そして公園の植物はありがたいことに名札をつけている。勉強になります。

そして食べおさめの沖縄豚を使ったカツ丼を食べ、バンコク行きの便に乗りました。

バンコクではドンムアン空港で国内便に乗り換え、さらに陸路でラオスへ。国内便で荷物がのせ忘れられる、というアクシデントもありましたが無事入国し、昨日は大家さんに連絡して契約更新と、クーラーも直してもらい、ひと段落。

ラオス人スタッフに任せていたバッタも無事育っていて、一安心。ですが酷暑でエリサンがやられてしまったようで、なかなか前途多難というか、むしろ腰を据えてトラブルシューティングできるので、長期でいられることのメリットはかなり大きいぞ、といった感じです。

久々の更新です。公開情報になったのでおしらせしますが、NPO法人食用昆虫科学研究会とNPO法人ISAPHの共同事業体がJICA助成金に採択されました。来年度以降の活動を継続するための予算がこれで確保できましたので、しばらくラオスにいれる事になりました。ラオスに長期で居られる、(マルチビザを取得できる)というのはなかなかのチャンスなので、いろいろ時間のかかることをチャレンジしたいと思います。

日本滞在中はインプットに努めた3週間でした。ひとまずラオスに戻り、こちらの気候に慣らしつつ日本でのインプットをまとめていこうと思います。にしてもこちらは暑い。

ラオスから一時帰国をしています。年度始めに帰ろうとしていたのですが、急に歯が縦に割れまして、徐々に違和感が増していき、保険会社に連絡しても「通常の生活での歯の問題は疾病ですので事故保険は適用外」と言われてしまいました。ラオスの大学病院でレントゲンを撮り、治療or抜歯することはできそうだったんですが、今回は大事をとって日本に帰ってきました。

歯医者の診断では縦に割れた歯の切断面はレントゲンでは映らないことから、まぁ日本に帰ってきてよかったですねとのこと。3月中に破片は取り除き、温存の方向で治療方針が固まりました。安心。

出国ギリギリでマルチビザの更新ができ、扱いは一時帰国なので免税を使ってみたいなと、apple新宿へ。

一時間ほど並んでセルラー 256GB スペースグレイを確保。

持ち歩いて手書きをするので、筆圧検知をしても意味ないだろうと丈夫なcrayonを買いました。これでメモも全部ipad miniで完結できるように。

お気に入りのEVA素材のケース。子供用ですが、誤ってアスファルトにぶん投げてもiPadが無事なとってもいい耐衝撃性能です。カッターで工作できるのもいいですね。そして軽い、安い。

動作感はmini4で感じていたモッサリが完全解決されて、powerpointもよく動き、ペン対応になったことでエクセルでのセル選択が楽チンに。とてもいい買い物になりました。RAW画像の読み込み、動画の読み込みも重くなりにくい様子。

それでは歯の治療も目処が立ったので、ラオスの正月が終わる4月後半にラオスに戻ろうと思います。いろいろと日本で打ち合わせをこなしているところで、3月末には無事応募していた助成金が通過したので来年以降もラオスに関われることになりました。4月はしばし日本で活動します。なんか面白い仕事があればお声掛けください。

昆虫コンテンツを「テキストサイト」で、どこまでできるか考えているんですが、こんなのどうですか。









































Twitterでクローズアップ現代+の感想が流れてきました。

ここでカワウソの密輸について論じるつもりはありません。またの機会にしましょう。ふと「本当に産んだらどうなるのか」と私の想像は進んでいきました。

「分娩主義」という法律用語があります。昔は親子関係を推定する方法がほとんどないことから、「母から分娩された」という事実を持って、母子関係を認定していました。ところが受精卵を使った代理母出産などでは、遺伝的な親子関係を持たない「母」が生まれることでその制度の限界が指摘されています。

代理出産における母子関係 : 分娩主義の限界

さて、今回はこの限界についても論じません。制度は変更される必要があるのですが、私の想像は「本当に産んだらどうなるのか」です。そうするとある一つの作品が頭に浮かびました。

AI hasegawa さんの「私はイルカを産みたい」です。

子宮という女体を持って生まれた人しか持たない臓器を、主体的に用途を決める、という発想の延長でしょう。残念ながら私はその臓器を持たずに生まれたことから、これまでいまひとつピンとこない作品でした。

ところが、他哺乳類の、あるいは多脊椎動物の「分娩」が行える技術ができてしまったら。それこそ先の事件のカワウソを「産んだ」と言い張ってしまえる技術レベルに達したら。

アニマルライツの世界は大きく変革するしかありません。「実子」なのです。つまり分娩主義、という時代遅れの法律と、時代の最先端の技術が融合することで、アニマルライツを大きく破壊する存在が生まれてしまうのです。

すると、アニマルライツが大きく変革した先の未来、という映画があったことを思い出します。ズートピアです。

ズートピアに昆虫食は出てこない、で考察しましたが、ズートピアが出来上がるためには、動物園にいる動物たちに大きなアニマルライツの変化があったことが想像されました。これでようやくその謎が解けました。二足歩行で頭が大きく、人間に近いプロポーションは、つまりは人間に分娩されやすくなるためのものだったのです。そして分娩主義の法律によって人間の「実子」として二足歩行で人語を解する哺乳類が生み出されたのでしょう。つまり卵生の鳥がおらず、昆虫に人権がなさそうなのも、「分娩」されなかったからです! うーむこれは新しい発見だ。そしてさらにこの作品が思い出されました。分娩(出産)を暴力として使う女性の話。

昆虫食が絡むSF、というのは男女問わず様々な著者が書かれていて、「殺人出産」もとてもいいものですね。これまでSF作家というグループが男性に占められていたせいで失われてしまった、多様な発想があったのだろう、ということを想像させてくれます。ジェンダーイコーリティが達成されることで死なずに済むアイデアが増えていくことを私は期待します。

監修したと思ったらあっという間に発売されました。連載なしのいきなり単行本!

ムシグルメン !

こちらは私の著書ではなくて、昆虫食に関する部分を、昆虫食仲間のムシモアゼルギリコさんと一緒にヘルプする形で監修したわけです。私の著書ではないので無理して宣伝しても何か印税があるわけではないのです。

ですが、構想の初期段階からリサーチが徹底しており、これはおもしろい書籍になるぞと気づいて参加したところ、出来上がってみるとなんとも不思議で予想をはるかに上回る出来栄えの本だったので是非ともみなさんに読んで欲しい、と思って勝手に広報します。

主役となる漫画のテイストは往年のコロコロコミックのような趣を持つ、まっすぐアツくてある意味バカバカしい、王道の燃える展開の漫画です。子供にも楽しんでもらえるわかりやすい話だと思います。そして絵柄。マンガ家古本ゆうやさんの見事な手腕により、文字情報の脚本段階ではうーん?どうかな?と思っていた話の流れが、マンガになってしまうととってもいい感じの疾走感や納得感が生まれて、イリュージョンを見た気分でした。「メディア」そのものが持つパワーを感じました。メディアとしてのマンガのパワーはすごいですね。とはいえ、そのパワーに頼り切ってしまうのも監修者としてよくありません。納得させた気になり、見逃してしまいがちな無理のある論理や、文化や地域への偏見、差別になりかねないセンシティブな表現にはかなり慎重に表現を検討して、校正をお願いしました。

「世界虫食フェスティバル」の設定を作るために各国のキャラクターとその代表料理を考える!といった謎のクリエイティビティを発揮したのもいい思い出です。各国で活動する昆虫食有名人をこっそりモチーフにしたりもしていますので、元ネタになった人を探してみるのも楽しいと思います。

そしてコラムの量と質。ここに全てを注ぎ込みました。本編の漫画のテイストに比べるとこのコラムたちは硬派です。ガチでその昆虫の美味しさを引き出す料理レシピから、ここ数年に起こった昆虫食の最新情報までをきっちり更新して、参考文献リストも作れるぐらいにしっかり取材して作りました。かなりこの風味の違いに驚かれるとは思いますが、そのギャップがなんだかおもしろい雰囲気を生み出しているように見えます。

写真提供などでお世話になった「ざざむしの人」からこんな素晴らしいコメントもいただきました。ありがとうございます!

理と愛。大事ですね。

愛するからこそ理をかなぐりすてる、というメロドラマ的表現もありますが、愛するからこそ、理を詰める。そういった愛もあっていいと思います。

先のファクトフルネスを読みました でも書いたように、専門家と、非専門家がタッグを組むことで生まれる「新しい価値」を大事にしたいと、改めて思わせてくれる名著でした。私からのイチャモン、無理難題におつきあいいただき、大変ありがとうございました。

そして帯に注目! 昆虫を食べるにあたっての大事で簡単な心構えを書いています。これを読んだキッズの皆さん、自分のキッズ心を刺激されたかつてのキッズの皆さん、まずはこの心構えを読んで安全に注意をしてから、この本を読みきり、そして昆虫を改めて観察することで、どのような昆虫食の未来が見えてくるでしょうか。

昆虫食を始める前のはじめの一歩として、保護者の方にも安心してお勧めできる本になっていると思います。いい本を完成させてくださりありがとうございました!なんだかファンだか著者だかよくわからない言い方で申し訳ないですが、監修者の喜びを表現しています。ぜひ買ってください!

玉置標本さんにも写真提供で協力していただき、書評も書いていただきました。ありがとうございます!

日本からゲストが来ていたんです。彼らの希望で私が養殖したゾウムシを振る舞うことにしたんですが、あいにくの停電。乾季で電気の問題はあまりなかったのですが、雨季が近づくにつれてスコールが増えてくると、乾季の間に溜まっていたあれやこれやの電気的問題が噴出するイメージです。季節の変わり目の雨が降る日は停電に注意。

しかし、我が家のキッチンには炭火のコンロがついていたのだ。停電なんぞに負けるわけにはいかない。というかオーブントースターよりも炭火で焼いた方がどうやら美味しいぞ、ということも村での活動でわかってきました。前日にあるものを食べさせて、フン抜きをしておいたゾウムシを用意。

いつも使っている電気ポットも使えない。炭火をおこしたらまずは湯を沸かす。

手を入れて熱いぐらいのお湯をかけることで最後のフンがプリッとでることがわかったので毎回この方法を使っています。生きたまま竹に挟むと脱走する奴がいることもあって一旦殺してしまいます。

日本だとサラサラの塩を振るのもできるんですが、ラオスで売っている塩はザラザラしててこのまま振ったら塩辛いと言われてしまいました。なのでさきに塩水にしてからまぶすと良い。

さて、日本のゲストは美味しく食べてもらえました。作るたびに味が良くなっていきます。

このどんどん美味しくなる方法も活動から生まれてきたものです。さすがラオス人。美味しい方法をもっとずっと知っているので、勉強しようと思います。そして収入、最終的には栄養という形で還元できればようやく恩返しになるかなと。

これまでに第1巻第2巻と感想を書きまして、そしてなんと昆虫食回、13話に監修として参加させていただいたなんともありがたい今作、3巻にて物語が一旦幕を閉じました。西塚emさんはスターシステムのようなものを採用しているので、いろいろな背景を変えて、また別の作品で彼らに会うことができるでしょう。ひとまずお疲れ様でした、そして通して読んでも昆虫食回がまったく浮かない、凄まじいフェチの全力疾走を見せていただきました。すごい。

さみしい、のですが、なかなかこのマイノリティである、虫好きの心をえぐるというか、私にとってはヘビーな物語でした。何度か3巻を通読してようやく感想が書けるようになったのでここにまとめておきたいと思います。売上に貢献するには発売後すぐに公開すべきところなんですが、なかなかこれは一筋縄ではおわらねぇぞと。

蟲やクセの強い生き物を愛する、「虫塚」を主人公として女性ヒーローとしての「ねね」というこれまたクセの強い登場人物、それらを学園であったり学校もの、日常モノというある種のお約束に入れ込むことでなんとなくマンガ的なものになっていく。そしてお約束の水着回と、恋愛?要素。

かと思いきや、「アンタの普通はアンタの基準で作ればいい。他人の基準を使って自分だけ擬態しようなんて許さん」とライバルである園芸部の花崎から厳しい一言。

これまでの虫ものマンガを否定するわけではないんですが、虫や虫好きは大抵物語上、マイノリティとして登場します。その虐げられてきた虫に対する愛着や知識が、効果を発揮してストーリーを展開させ、一躍ヒーローになるどんでん返し、スカッと展開、という形が数多く見られましたが、この漫画はそれを「許してくれない」のです。これは大変だ。

普通に対する憧れ。人生で一度も普通になれたことがないけれど、もしそこに「戻れたら」そこから見られる景色はなんとも安心で生きやすいものなんだろうという憧憬。そういった普通に一歩近づけるためにマイノリティのために用意されてきた「スカッと展開」なんだろうと思います。みんなを救ったり窮地をしのいだり、それによって達成されるのは「マイノリティな自分の趣味がマジョリティに『普通に』受け入れられる瞬間」なのでしょう。

しかし、しかし。

この物語はそれを許してくれない。普通を達成する、という課題設定そのものが普通ではないし、他人の借り物である。たとえ自分が植物性愛、昆虫性愛であることを自認をせざるを得ない状況に追い込まれたとしても、そしてそれを自認した上で他人に隠す選択をしたとしても、自分で自分の基準で自分をつかむまでが青春なんだと。青春とは客観的に測定できる解決や達成ではなく主観的にヌルい寛容と受容と先延ばしなのかもしれない。

そして転校生の女性ヒーローは虫の世話を手伝うばかりで何もしない。普通に戻れない、普通などないという最初から存在した事実を改めて明るく照らしてくれるヒーローだった。

人生をこれから決して共にしないだろう、全く価値観の違う、相入れない人物たちと、たまたま未成年の制約で同じ空間を共有したあの「青春」はなんだったんだろうか。

自らの力で人間関係を構築するようになった「オトナ」にはもう現れない。思い出される彼らが私に寛容だったのか。それとも諦念だったのか。それはもう青春という蟲籠だか蟲塚の向こうに霞んでしまってもう見えない。

もしかしたらそれは一種の共有された悪夢だったのかもしれない。

寝苦しかったんです。先々週にエアコンが壊れまして、風は来てもその風は冷えず。部屋の温度が32度を切るのがだいたい12時ごろ。朝になると28℃ぐらいまで下がるので寝起きは快適なんですが、寝つきが悪い。

こういう時は庭をぐるっと回って虫を数えるといいんですね。ひつじより虫。

ところがその中に昨年食べたボクトウガ Xyleutes persona がいたんです。ツムギアリに襲われた状態で。このツムギアリは私が積極的に餌を与えて半養殖している巣の構成員なので、横取りするのは気が引けたんですが、ふと先日トムヤムクンを作ろうとスープの素を買ったので、ねれないので温かいスープを作ってしまおうかと。

さて、「クン」はエビのことですので、今回のこれはトムヤム節足動物、としましょうか。分類的にはとてもひろい。先日自転車を盗まれる原因となったチャグロサソリを入れて、蛍光灯に集まっていたセミも入れちゃいましょう。

ウコン、レモングラス、トマト、長インゲンを入れて煮立てたらスプーン一杯のトムヤムスープの素を入れて、節足動物を入れたらすぐ完成。ライムを絞って簡単おいしい。酸っぱいスープ。

ブラックライトで光らせるのもまた楽しいです。

トムヤム節足動物