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以前「昆虫料理写真展」のご案内をしましたが
その写真展の内容に加筆修正を加え、レシピまでつけた
完全版、「昆虫食写真集」が完成致しました。
お問い合わせはむしくい.netまでお願いします。

私もこの写真集に企画から参加させて頂きました。
この企画にかける熱い思いは写真展の時に大抵書きましたが、
今回は更に補足。
各シーンのコンセプトを紹介。

むしの市 (ロケ地:都内某所のお祭り)
将来昆虫食が定着、日本の場合「復活」としたほうが良いかと思いますが、
伝統昆虫食が新しい形で文化として定着する、そんな未来を想定しています。
むしの市のお祭りの雰囲気の中、
リンゴ飴ならぬむし飴をかじりつつ
着物姿の女性が
虫のお面をかぶって
出店でイナゴをおみやげに

今回ロケ地で偶然イナゴを売ってるオバちゃんに出会えたので、
そのまま撮影させて頂きました。
小規模ですが既にだるま市は一部むしの市であったといえるでしょう。

インセクトドーナツ ロケ地:某所某ドーナツ店の付近
ドーナツはアメリカ人が大好きなデブ食品です。
アメリカ人は同時に「ヘルシー」が好きです。
ヘルシーであれば、どんな新しい、奇抜なものでもすぐに取り入れてしまいます。
そんな自己矛盾を抱えたドーナツがアメリカから逆輸入、というコンセプトです。
油たっぷりのドーナツにチョコをかけ、ヘルシーな各種昆虫をトッピング
というナンセンスドーナッツ。
今後
昆虫食のブームはこのような病的に新しいものを求める集団から
起こるのかもしれません。

バグパエリア ロケ地:某所工事現場付近
バグパエリアは昨年、東京虫食いフェスティバルvol.4での企画、
「昆虫レシピコンテスト」においてグランプリを獲得した作品です。
海の幸や山の幸のそのもの味をシンプルな味付けでいただくスペイン料理パエリア。
山の幸昆虫をいただくにもピッタリの料理法といえるでしょう。
モデルにレシピ作者も登場するというご褒美感。来年もこのようにしたいですね。
コンセプトは「ブルーカラーの食事=丼飯」
某牛丼店をパロディしたパッケージに
たっぷりのバグパエリア。

労働者の食欲をウシに依存するのは環境に負荷が大きいので、
チェーン店各店舗での残渣や米ぬかを利用した自給的タンパク質生産により
実現した手軽でヘルシー、ガッツリ食べられる逸品です。

バグフラペチーノ ロケ地:某所某コーヒーチェーン店
香ばしいナッツはフラペチーノのトッピングとして最高。
それでもたっぷりかけるにはカロリーが心配。
そんなあなたにピッタリのトッピング「バッタ」
高タンパク低脂肪でサクサクパリパリ、香ばしい最高の食材です。
バッタはコーヒー園で発生するイネ科雑草の下草処理のために養殖されたもの。
もちろんコーヒーもバッタも無殺虫剤です。
De-caffeinated=デカフェではなく De-pesticides 殺虫剤抜き の商品を
選ぶことがクール、と思われる時代も来ることでしょう。

Mothバーガー ロケ地;某所某ファストフード店
ファストフード店に
ヘルシーなイメージを融合させたことで有名な
Mothバーガー。
完全農産物由来の昆虫バーガーが完成しました。
サツマイモのパティと、
そのサツマイモの葉から養殖されるエビガラスズメをたっぷり使った
トマトソースバーガー。
既存の農業では、サツマイモの葉はそのまま畑に漉き込まれてしまう
廃棄物ですが、このハンバーガーでは肉質の具材に変身してしまいます。
付け合せの揚げ物も二種類の蛾類の幼虫を使用し、
ドリンクはカイコのフン茶という徹底したMothっぷり。

サメハチ弁当  ロケ地;某所某公園

食糧資源の供給は時にアンバランスになります。それは
資本主義の貧富の格差拡大から生まれることもあるでしょう。
既に問題になっているフカヒレーサメ肉問題。
嗜好性の高いフカヒレの需要と、その数百倍の重量となるサメ本体の需要が
一致せず、サメ肉がどうしても余ってしまいます。
そこで賢い家庭はそのような「余剰食糧資源」をおいしくお弁当にしてしまいましょう。
きちんと処理されたサメ肉はササミのようで全く臭くありません。
同時に、近所に発生して駆除したもらったハチノコもトッピング。
食糧資源は地産地消が原則です。タンパクでウナギに似た味のハチノコは
サメ肉との相性もバッチリ。双子のお子様をもつご家族にモデルに成って頂きました。

虫BAR ロケ地:都内飲食店(よるのひるね
虫はタンパク質を味わうものとは限りません。
含まれる微量成分による滋養強壮や、香り成分によるカクテルなど、
オトナの嗜好品として楽しむべく蒸留酒に漬け込んだものを作ってみました。
今回はタガメ酒、カメムシ酒、スズメバチ酒を作って
キャンディでコートしたコガネムシやバッタをつまみに飲んで頂きました。
タガメやカメムシはフェロモンや威嚇に使う強い匂いを蓄積しており、
数匹お酒に入れるだけでその香りが楽しめます。
このような嗜好性の高い昆虫食も、
これから豊かな食生活を楽しむ上で重要な要素になってくると思います。

最後に
「冊子として発行することについて」
この冊子の元データは文字も写真もすべてデジタルですので、
当初は
電子書籍で作り、売れば印刷代もかからないし、
在庫を抱えることもない、世界中の誰にでも届くし
いいことづくめだ、と思いました。
ただ、今回の写真集は
「今まで紙媒体で新しい刺激を得てきたヒト」に
届けたい
と思い、
このような形(小部数の同人誌)にしました。
手に届くまでに時間と手間がかかるし、エコでもありません。
しかし、
今求められているのは
「自腹切ってまで発信したい責任のある情報」
ではないでしょうか。
まだまだweb情報には責任の所在が曖昧な情報ばかりです。
どんなにしっかりした根拠のある理論にも
「〇〇 トンデモ」と検索すれば陰謀論やウソ論がいくらでも出てきます。
web検索で自分の好きな情報は手に入れられるのですが、
自分と相容れない情報を受け入れる手段として、
やはり、
紙媒体の方が今のところ文化的に馴染んでいると思えるのです。
これから
全ての読み物をデジタルデータで読んできた次世代が
出てきます。
彼らにとっては紙媒体とデジタルデータへの
信頼度は同じようなものかもしれません。
このブログにも家庭でプリントアウトして読んでくれている
小学生読者が居ました。身の引き締まる思いです。
(将来が心配でもあります)
これからは、
ブログのように、
ベータ版のような新しく不完全な無料データと
書籍(電子書籍)にように
改変不可能で半永久的に残る有料データ
の2つになっていくと思います。
その点で電子書籍はまだまだ心もとないですね。
だれもがリーダーを持っているわけではないですし
端末の強度にも不安が残ります。
そして会社が倒産すれば
もう読めなくなってしまうという永続性がもうちょっとかな。。。。
と 思ったりしています。
この先、売れ行きによっては
電子書籍版がでるかもしれませんが。
というわけで
われわれ昆虫料理研究会は
写真画質フルカラー32pの冊子200部の在庫
抱えております。
どういうことかお分かりですね。
買って下さい。
欲しい方はまずお問い合わせを。

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今日はラジオの話から食育の話へとつながります
最近
作業BGMとして最近TBSラジオの録音を聞いています。
研究用のバッタ飼育室は年中30℃に設定されている
ウォークイン・インキュベーター。いわゆる冷蔵庫なので、
ラジオを聞こうにも電波が全く届きません。
なので録音したものや、Podcastで楽しんでいます。
今日もいつもと同じように聞きながらバッタの世話をしていると
お気に入りのラジオのひとつ、TBSラジオ「爆笑問題カーボーイ」の
1コーナー「わっ!びっくりした!」において
こんな投稿が読まれました。
11:00分〜 ぜひ聞いて下さい。(Podcastで聞けます)
以下概要。
長野出身の投稿者(ドンゴリラさん)の少年時代の話。
お気に入りのおやつ「イナゴの佃煮」を食べたいとおばあちゃんに言ったところ
「一緒に作ろう!」とのおばあちゃんの提案により
一緒に採り、フライパンで殺し、美味しく食べた経験がユーモアたっぷりに語られます。
「小一時間ほどで麻袋一杯にイナゴが採れ」
「フライパンに載せた麻袋(イナゴ入)が沸騰するようにボコボコしてきて」
「おばあちゃんに『麻袋の口押さえてろ!』とイナゴが逃げないよう任され」
「隣のコンロでは逃げたイナゴを直火焼きに」
「麻袋に感じるイナゴのうごきがだんだん弱くなり」
「おばあちゃんと美味しく食べ、近所におすそわけした。」
という
おばあちゃんによる「命の授業」。の話でした。
このような
「伝統的文化」の文脈の中で伝えられる
「命を奪って食べる」という食育
は、
子供へのショックが裏目にでないよう、
いくつかのポイントがあることがわかります。
この経験はまず「大好きなイナゴ」と
「大好きなおばあちゃん」との信頼関係の元行なわれたこと。
投稿者がイナゴをとって殺して食べる、という「知識」はあること。
「知識」はあっても「具体的にイナゴを殺すとはどういうことか」体験していないこと。
「いつものやさしいおばあちゃん」が豹変して、強制的にイナゴが死ぬ瞬間を体験させたこと。
イナゴ調理の結果「美味しく調理し、ご近所におすそわけする」という「楽しい体験」がもたらされたこと。
こんなにも完璧な「食育」があるでしょうか。
投稿者は「イナゴが死にゆく手の感触」によって
おばあちゃんの伝えたかったことを直感的に理解したのでしょう。
このイナゴ食による食育は
「日本の伝統的採集食としての昆虫食」のすばらしい文化的価値ではないかと思います。
さて、
近年「食育として家畜を屠殺する」というものがあります。
これは果たして「命の授業」といえるものでしょうか。
考えてみましょう。
鶏を使ったものと、ブタを使ったものがありますが、大抵が以下の様な流れです。
1,生徒はパック詰めされた肉を日常から食べている。
2.生徒も先生も、通常屠殺は行なわない。
3,屠殺する家畜・家禽は生徒がペットとして育てる
4,屠殺は先生が生徒の目の前で行う(家禽)
  もしくは生徒の目の前で屠殺場に輸送する(家畜)
5,生徒はその精肉されたものを食べる
さて、
この「命の授業」で生徒が体験することは何でしょうか。
生徒の担当するのは「ペットとして育てる」「殺される瞬間を目撃する」部分です。
ここで、日常と「命の授業=非日常」を繋げると以下の様な文脈になります。
「私達が日常食べているパック詰め肉は畜産農家がペットを殺すようなショックを伴って出荷されたものである。」
ここには2つの問題点が見受けられます
1,「ペットを殺す」経験を畜産農家はしていない
畜産農家は生活のため、家畜を殺すことを前提として
飼い始めます。ソレがイヤなら飼わなくて良いのです。
ところが、生徒はそのような飼い方を知りません。あくまでペット「コンパニオンアニマル」としてしか
家に動物を迎え入れることはありません。
一般的に動物を殺すことの抵抗感はヒトから離れるほど低減します。
しかし
残念ながらコンパニオンアニマル・伴侶動物は、
ヒトに準ずるレベルで「殺すことへの抵抗感」が強いのです。
近年ですとペットロス症候群の増加がコンパニオンアニマルの強い精神的影響を表しています。
つまり、
畜産農家の追体験をするはずの「命の授業」が
ペットを殺すという
現実的でない精神的ショックを生徒に与えてしまっている
のです。
2,生徒は「家畜を殺す」知識は持っており、「映像的に知識が補強されるだけ」になってしまっている。
この命の授業では基本的に生徒は家畜の命を奪いません
これは
ケガや感染症の危険性や、上に述べたペットを自らの手で殺すショックを低減するためと考えられるのですが、
これは命の授業で最も大切なはずの
『命を奪って食べる体験』
あくまで映像的な知識の増強にしかなっていません。
「映像的な知識の増強」が必要なのであれば、
先生が慣れない屠殺方法で生徒に見せることではなく、近代的な屠殺方法を
映像で見せるべきですし、このような上質なドキュメンタリが公開されています
「OUR DAILY BREAD」(邦題:いのちの食べ方)

以上のことより、
私は家畜を飼育し、屠殺するという「命の授業」は
「ペットを殺す体験をさせる」という意味で現実の畜産業を追体験したものではない点と
生徒が「命を奪う体験ではなく目撃しかできない」という点において不十分、もしくはショック過多であると考えています。
その点ではイナゴの佃煮を作る、という伝統的文化に即した経験は
今回のラジオ投稿にみられるように「手の感触としての体験」として
ショックは少なく、教育的効果が高いと考えています。
近年はイナゴ採集食を含め
昆虫食が「貧乏で野蛮な文化」として
廃れつつありますが、
このような日本ならではの食育ができるコンテンツとして
現代社会においても利用価値の高いものであり、
現代の食文化の変化の中で消えるべきでない、むしろ啓蒙していくべき
誇らしい食文化だと思うのです。
今回の記事作成にあたり、ラジオ投稿について
Twitterからの情報提供を頂きました、この場を借りてお礼申し上げます。

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カレハガの写真を簡単にGIFアニメにしてみました。
某モジャモジャの方の命名に習うとアハ体験?と言えるかと思います。

今回はサナギで採集して羽化させたので対面出来ましたが
街角で出会ったらご挨拶デキる気がしません。
ヒトですら雑踏の中顔を見ても同定出来る自信がありません。
ヒトは同種なので
個体変異だけで認識しなければいけないので大変ですね。
枯葉とカレハガぐらい見分けられるようにならないと
都会に進出してはいけないような気がして来ました。

先輩から教えてもらいこんなものを発見。
なんと塩で昆虫を撃つショットガン!
名前は「BUG-A-SALT」(アサルト=強襲=ASSALTとかけている)
これを昆虫料理に応用すれば
下味と捕獲を同時に出来る!
と興奮致しました。
早速購入。二週間使ってみてのレビューです。

何事も思うようには行かないようです。

昨日羽化しそうだったので
5分のインターバル撮影をセットしておいたところ
うまくいきました。
1minぐらいのほうが自然だったと思いますが
羽化開始が4時半ぐらいなので撮影枚数的に仕方なかったかと。
上の方が切れてしまったのも残念です。

「マンガの神様」と言われる手塚治虫。
特にオサムシが好きで本名「治」をペンネーム「治虫」としたという話は
あまりに有名ですが、
彼は作品に度々養殖昆虫食を登場させています。

むしくい.net さんにて紹介されていたのは
ジャングル大帝レオによるバッタ牧場。コチラ

これはマンガ版、アニメ版ともに天変地異や脱走でバッタ牧場はうまく行かず、
ジャングル大帝の中では昆虫牧場の是非が明らかにされませんでした。

しかし、
こっそりと昆虫による食料生産が
成立していた描写があったのです。

それは超有名作「火の鳥 太陽編」

宗教戦争により火の鳥を崇拝する「光」と彼らの迫害により地下スラム街に追いやられる人々。
地下の人々は「シャドー」という反乱組織を作り、
「光」に対しスパイ活動を行い、頃合いを見計らって宣戦を布告する。

この地下世界
主人公スグル少年が
「横浜や東京の地下街と下水道をごっちゃにしたもの」
「寒く薄暗くジメジメして空気が悪い」
と表現しているとおり、かなり不自由なようです。

食べ物も限られていて、
地下の共済マーケットには

「無菌ネズミ」16頭ぐらいで8ダカット
「ゴキブリ10匹100円(うちのデュビアで換算すると約16g?)」
「ウジツクダニ(10gあたり?) 50円」
「ザザムシ 10G 200円」

が売られていました。(他は詳細が確認できず)

1ダカット=3.5g金貨なので
1gあたりの価格に換算すると
137005円! じゅうさんまん! 高いっ!

1頭1万円弱ですね。超高級品です。

大きさとしては200gぐらいあるでしょう。大きさはラットぐらいです。
参考;ラットの体重曲線

この資料を元にすると、
6週から10週程度で200gぐらいになりそうです。この間の摂餌量は15〜25g/24hですので
平均20gとして8週で1120g。
これを昆虫食で賄うと考えてみましょう。

うちのデュビアが一匹0.6g(乾重)でしたので
1866匹食べたことになります。ゴキブリだけで育てると飼料代だけで18660円です。
するとゴキブリよりずっと安いウジ(佃煮加工前)で養殖していた可能性が高いと思われます。

また、
ラットと昆虫の圧倒的な差額を考えると
昆虫より安い飼料源が
シャドーにはなさそうだ、ということも伺えます。

当然太陽の光が届かないのですから、
米麦などの穀物を初め果物やイモなど、
比較的裕福なスグル少年ですら買えないほど高価だったと思われます。

このスグル少年の職業は若干17歳にして殺し屋・スパイですので
今回地上に出ると、食べ慣れたこれらの食材とはしばらくお別れです。
任務に失敗したらもう食べられないかもしれません。

無菌ラット16匹は
さぞ奮発したことでしょう。

さて、
このラットの飼料でもありスグル少年の食料でもある
昆虫はどのように養殖されたのでしょうか。

使われていた昆虫の種類を考えると
ゴキブリやウジは分解者ですので、
生ゴミやウンコの再利用と考えられます。
しかし、
地下世界で排出されるウンコだけでは
それに含まれるエネルギー以上の生産は物理的に不可能なので、
次第に枯渇してしまいます。

そのため
有機物をシャドーの外から補充する必要があります。

人の出入りが殆どムリで、光も届かないのに
何がシャドーに供給されているのでしょうか。

有機物の供給源は
おそらく「光」からくる下水でしょう。
シャドーの世界は配管が多く、『水漏れにともなう消毒(殺菌?)』が頻繁にあることから
これらの配管の多くは不衛生な下水と思われます。

つまり
「光」は下水をシャドーに垂れ流すことで、
シャドーの食料資源を供給しているのです。
また下水には排熱や、水の位置エネルギーも含まれています。
シャドー内に地下鉄や図書館・テレビが完備されていることから、
光からくる下水はシャドーの重要な熱・電気エネルギー源であったことが推察されます。

シャドーへの迫害が起こったのは「光」が成立した7年前ですので、
以前からスラム街と化していた不自由な地下世界を
そのまま追放スペースとしたのでしょう。

さて、このマーケットの商品で明らかに異質なものがあります。
「ザザムシ」です。

ザザムシとは
長野県伊那地方・天竜川にて冬場に捕獲される
食用のトビケラ・カワゲラの幼虫を指すことばですが
彼らは冷たく澄んだ低有機物の川に住むため、
下水由来の水から養殖できるとは到底思えません。

なぜでしょうか。なぜザザムシ養殖に適した水がどこからきたのでしょうか。

ここで仮説です。
「光」はシャドーへの兵糧攻めを行いはじめた

シャドーは組織的にスパイ活動を行なっており、
「光」にとっては脅威です。
また、出入り口は封鎖されており、互いに人員を送り込むこともできません。

そのためシャドーへ供給していた下水から
熱と有機物を除去することで
シャドーの熱源と食料源を奪おうとしたと思われます。

つまり、
ザザムシが住めるほど冷たく・有機物の少ない水が徐々に増えてきた
のでしょう。

低濃度の有機物を高濃度に集めることは困難です。
ゴキブリやネズミに与えるには多くの水を濃縮し、暖めなくてはいけません。
ザザムシでラットを育てるには
市場価格から類推して
更に1.6倍、一匹3万円の飼料代がかかってしまいます。

そのため
ザザムシの養殖はシャドーの食糧危機の前兆といえるのです。

シャドーがこのあとすぐに蜂起に踏み切ったのも、
ゴキブリ→ザザムシという食糧のやむを得ないシフトが原因と思われます。

ザザムシというマイナー食品が、
重要な戦争のきっかけとなった
、世にも珍しい作品といえるでしょう。

結論

手塚治虫作品でザザムシを養殖し始めるとヤバい。

以上
「火の鳥」の一コマから考えるザザムシ養殖でした。

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「始まってもいないのに何を」とおもわれるかもしれませんが。

2013年 5月13日 FAOが報告書を公開し、
一斉にニュースで取り上げられました。
201ページに亘る報告書なのでこれからしっかり読まなくてはいけません

題名を読む限り、
「Edible insects:Future prospects for food and feed security」

未来の食と飼料の安全保障に有望だ、との論調です。

実は2010年にも報告書が出ており
「Edible forest insects Human bites back」
http://www.fao.org/docrep/012/i1380e/i1380e00.pdf
森林資源としての伝統昆虫食を見なおせ、という内容でした。

このことから、
2013年の報告書は2010年よりも
もう一歩「未来」に踏み込んだ内容になっていると思われます。

これに並行して
昆虫食がブームになりそうな兆し

があります。
食に関して意識の高い
欧米のセレブを「Foody」というそうですが
大豆食・魚食(寿司食)ブームも彼らによって引き起こされました。

アメリカでは複数の食用昆虫の会社が企業しており、
この流れによって 他の健康食と同様に
昆虫食がブームとなる可能性が浮上してきました。

ですが
ヒトという巨大な胃袋が食性をかえる

ということは
自然界にとって大きなリスクとなります。

もし
採集でしかとれないタケムシやモパニワームが人気になったら。
もし
養殖が追いつかないほどの需要がコオロギやタガメで起こったら

ビジネスチャンスを求めた投資が起こるでしょう。
更にそのブームが一気に収束したら。

継続的な生業として成立しない
荒れ果てた食用昆虫市場が残されることになるでしょう。

昆虫は種の多様性が高いことから、
種内・種間の相互作用が複雑に絡み合っています・

ここにヒトという巨大な消費者が
「嗜好や流行」で
介入すれば影響は計り知れません。

ということで、

「昆虫食をブームで終わらせないために」

何ができるか考えてみましょう。

1,採集昆虫食は伝統的生産者に採集権を限定し、価格と流通量を決める

昆虫食のメリットは「誰でも・どこでも取れること」です。
つまり誰でも生産者になれる可能性があります。
逆に言うと誰もが参入することで、資源量と流通量を把握しきれない危険性があります。
漁業権のような組合の設立と生産者を限定する仕組みが必要と思われます

2,各昆虫資源について顧問研究者を任命する

昆虫の研究は昆虫種と同じで多様性が高く、
一人の研究者が全ての昆虫を網羅することは到底出来ません。
昆虫種に応じた経済に左右されない基礎的な研究者を顧問としたいものです。

3,ミーハーなヒトは養殖昆虫を食べる
採集昆虫はとてもデリケートです。アマチュア昆虫研究者間でも
希少な昆虫のスポットは互いにナイショにしていたりするそうです。
口コミが伝わると業者にバレ、根こそぎ採集される危険があるためと効いたことがあります。

一方で、昆虫は多産・高死亡率の生存戦略をとる生物なので、
捕食者から隔離するだけでどんどん増えます。
更に、短いものでは一世代が二ヶ月ほどなので、
養殖昆虫はニーズに応じた生産調整がしやすい家畜と
いえるでしょう。
ブームに乗っかっていると自覚した方は養殖昆虫を食べると良いでしょう。

4,養殖昆虫を生産する際の農業生態系にも目を向ける

既存の家畜は単純に食肉を生産するためのものではありません。
マズいけどよく育つ飼料作物や農業残渣である麦わら・稲わら、生ゴミを処理し、
食肉生産と同時に堆肥化してくれる重要な農業生態系の一部です。

一部の研究者が主張するように
『ウシをコオロギに変更したするとより効率的なタンパク質の生産と二酸化炭素の削減ができる』
かもしれませんが、コオロギのフンや病気の管理、生産調整等
様々な農業生態の変化が予想出来ます。
その影響をきちんとコントロールできないと
「ウシのほうがまだよかった」となりかねません。

食べる昆虫がどのような経緯で生まれ、どのように環境負荷を抑える目的で生産されているのか、
きちんと考えてからでないと、安易な昆虫食ブームは
既存の家畜産業を破壊しかねません。

とまぁ

杞憂であれば嬉しい(同時にブームが来ないと悲しい)のですが。。。。。

ここから妄想が入ってきます。

「もしバッタを養殖するムラがあったとしたら」

養殖昆虫は近年ようやく出現した昆虫食の形で、既存の食用昆虫のほとんどは
採集食か、機能利用(はちみつや絹)の副産物として食べられてきました。

そこで 未来の
養殖昆虫食のカタチとして、
資源の有効活用を目指した
自給自足型のバッタ養殖のムラを想定します。

トノサマバッタはイネ科の草本を、一日に体重の1.5倍食べます。

そして
トノサマバッタ類は時に大発生することが知られています。
時にはその総数は500億匹・11万トンとも推定されています。

日本の牛肉の生産量が10万トンですので、
ヒトの手がかかっていない単一種の陸上バイオマスとしては
途方も無い量といえるでしょう。

各家庭に、誰かがタダで国産牛肉が配ったとしたら
牛肉生産者は食いっぱぐれてしまいます。

バッタ養殖ではこのような危険があるのです。
養殖昆虫業が生き残るには「自然界という競合相手」と
渡り合っていくことが必要でしょう。

養殖にあって
採集(狩猟)にないものとは
「副産物の利用」が考えられます。

具体的にはウンコです。
バッタは一日に体重の1.5倍という膨大な量をたべます。
想像してみて下さい。 60kgの成人男性ならば90kgです。
当然フンも大量に出ます。

つまり、
ウンコの利用が
バッタ養殖業の継続のカギといえるでしょう。

ウンコの利用・ウンコの利用・・・・と考えて
ここ一年
色々な妄想特産品を開発しました。

お茶 お茶プリン

紙や染めモノ 

…工芸?
…祭り?
…収穫祭?

妄想は続きます。
「バッタ養殖のムラには、バッタのフンを利用した工芸が起り、その工芸で着飾った住人たちによる収穫祭が開かれるだろう」

との大胆な仮説(妄想)から
こんなのが生まれました

解説

このお面はバッタのフンを50%含む紙粘土でできています。
バッタのフンは繊維質が多く、紙粘土との相性がよく、風合いのよいお面ができます。

また、触角はカイコの繭をバッタのフンで染めたものです。
フンにはバッタが利用しなかった色素や老廃物があり、煮出すことで落ち着いた茶色となって
定着するのです。

装着してみましょう。 思いの外デカイ。

祭り感。。。。。?

なんということでしょう。
お祭り感が感じられません。

一人でセルフタイマーで行なっているせいでしょうか

祭りというより 奇人変人の類であります。

むしろ B級SFの世界。 ウルトラQでしょうか。
セミ人間なんていうのもありましたね。。。
「ガラモンの逆襲」に出演したそうですが。。。。

ということで作ってみました。
「バッタモンの逆襲」

 

私が所属している「昆虫料理研究会」では、
毎年4月に昆虫料理写真展を開催しています。
昨年、今年と
私も企画・ディレクター(モデル)として参加しました。
こんなチラシもエイプリル・フールにあわせて作ってみました。

一昨年2011年は昆虫料理そのものの写真。
昨年2012年は昆虫料理を食べるヒトの写真 「昆虫菓子を食べる女子会」
そして
今年は昆虫料理が普及した未来社会の写真 「虫食い散歩2033 ~未来の街角から~」

年々マクロ化していっています。
さて、
この写真展の企画意図なのですが
「飢餓にならない限り昆虫なんて喰わない」
という声が多く聞いたことがきっかけです。
未来に人口爆発が起こり、
既存の食糧は底をつき
じゃぁ虫でも食うか
そんなディストピアで昆虫を生のままバリバリと食う。なんて。
そんな未来は嫌だ。
そもそも
既存の食料=生物が底をついた時、
昆虫も生きてはいられませんし。
また、
単純に昆虫を食えば飢えがしのげるというのも
昆虫食への過大評価といえるでしょう。
今まで
利用してこなかった昆虫を
食料資源への利用することは考えるべき課題だと思うのですが
昆虫さえ食えば食糧問題解決・みんなハッピー
というわけにはいかない
ようです。
さて このへんは本業とかかわってくるので
話を戻します。
「ディストピアな世界で昆虫ボリボリという未来」

そんな糞尿地獄みたいな未来はイヤなんです。
もっと
多様でステキな楽しい昆虫食が普及した未来
見られないか
そのような提案を
昆虫料理写真展というアート企画

表現できないかと考えました。
養殖された昆虫が食卓に気軽に並び
休憩や団欒に楽しむ
そんなパラレルワールドを表現するにはどうすべきか
「そうだ パロディにしよう」
今の
「食」が定着したのも歴史の結果偶然起こったこと。
ならば同様に
昆虫が今のファストフードに採用されたパラレルワールド
あっても不思議ではありません。
そのような世界を小道具で表現するため
「ロゴのパロディ」を考えました。
白羽の矢を立てたのは研究所の先輩の横山拓彦さん
学位を取得後、イラストレーターになった異色の経歴の持ち主です。
横山さんも昆虫好きで昆虫食を嗜むお仲間ですので
きっとステキなデザインを作ってくれると思い依頼しました
期待以上の出来栄え

こうして作られたロゴを使い
パロディ元のチェーン店でロケ撮影をする
という極めてロックな方法で
しかも
プロのポートレートカメラマン
お願いすることにより
今回の写真展が実現したのです。
もちろんモデルさんは昆虫料理を嗜む方。
自信があります。
見に来て下さい。

昆虫食は研究として、
未来の食として多く紹介されることが多いのですが
まだまだ克服すべき課題も多くあります。
しかし、
私は昆虫食が普及する明るい未来がくると信じています。
そんな根拠なき妄想といえる研究の理想像
論理的に詰められていない段階で
コンセプトアートとして発信
してもいいのではないか。
そんな
ささやかな個人的願いが込められています。
そんな昆虫料理写真展も
今日明日明後日まで。
28日には虫屋台もでます。
是非お越しください。

毛づくろい、身繕いをする生物って愛らしいと思います。
バッタでもそれは同様ですね。

研究室に届いたバッタを拝借して、
写真と動画を撮影しました。
目と触角を丁寧に丁寧に、メンテナンスする様子はとても可愛いです。
たまに静止画かとおもうぐらいじっとしている時はカノジョ(メスです)は
なにを考えているのでしょうか。
マニュアルフォーカスで撮影したのですが、後半はピントがズレてしまいました。
一眼レフの動画って楽しいのでしょうかね。マクロレンズでやってみたいです。

あけましておめでとうございます。
昨年11月17日に参加した昆虫大学についての
詳細な卒業論文がメレ山メレ子(元)学長から更新されました。
その2あたりに(講師でもないのに)紹介して頂きました。 ありがとうございます。
そういえば、と
ブログを見返してみるとものすごく印象に残ったイベントなのに
参加報告をしていないことに気づいた!ので今から書きます。
言い訳ですが
11月はサイエンスアゴラ、昆虫大学、虫フェスと三週連続の虫イベントの他、
本業で神戸、山口行き等が重なり、風邪も引いて
このあたり結構グロッキーです。
あぁ写真写りが胡散臭い。。。。
さて。
この昆虫大学
詳細は主催者であるメレ子学長のブログをご参照頂くとして。
昆虫業界において
大変エポックメイキング
イベントであったことをココに記しておきたいと思います。
※あくまで蟲クロトワ個人の主観的な見解でありますので
若造が語るには不正確・認識不足な部分はあろうかと思います。
昆虫大学のイベントとしての特性を理解するため
他のイベントと比較することをご容赦ください。
さて
昆虫はどう愛でるべきか?

考えたことはあるでしょうか。
私の幼少期は
片道一時間かかる通学路を3時間かかって帰り
道すがらバッタやカマキリ、コオロギを捕まえ
一緒の袋に入れて持って帰ると数が減っている 笑。
このことから「被食捕食関係」を学んだものです。
生きた虫以外は興味がなく、触れると折れてしまう標本は
触ったらバチが当たる墓標のようで好きになれませんでした。
オトナになってあれよあれよという間に
「生物学の研究として愛する」
「食材として愛する」という道に進んではいますが。
2011年、初のインセクトフェアに参加した時
どこか 定型的な愛で方
「昆虫の希少性、憧れの昆虫のヒエラルキー(順位)」
「目ごとの細分化」「昆虫はこう愛するべき」
というフォーマットを感じました。
参加者イメージとしてはこんな感じ。

「共通のフォーマットで収集することによるライブラリー化」は
学術上とても重要なことですし、日本におけるアマチュア研究の層の厚さは
誇らしいことだと思います。
ただ、多様性が魅力であるはずの昆虫を愛でるニンゲン側が
画一的にフォーマット化されていないか?という疑問が残りました。
真逆の例として
昆虫食イベントを挙げます
「東京虫食いフェスティバル」
日本で唯一の昆虫料理研究家、内山昭一率いる
昆虫料理研究会主催のイベント。
参加者イメージとしてはこんな感じ。

中野での開催、という土地柄もあり、「奇妙な非社会的空間を共有したい」
というサブカルエンターテイメントとしての昆虫イベントといえるでしょう。
そのため、昆虫に学問的興味を持つ人は比較的少数で
友人には話せても職場では話せないような刺激的な体験を求めて
参加される方が多いようです。
余談になりますが、昆虫研究者同士の繋がりはとても個人的で
学会イメージとしてはこんな感じ。

隣の昆虫研究者がどの学会に属しているか、自分が参加していない学会が
どのようなカラーで活動しているか、あまり見えて来ません。
更に、「昆虫」と括られたくない某モデル動物の巨大業界とか。。。
ここでは割愛します。 笑
更に蛇足になりますが
サイエンスアゴラ

ここまでアウェイの場所で宣伝したことを誇りに思います。
さて
本題の昆虫大学はというと
こんな感じ

いいですね。贔屓目に見ていますがよかったです。
会場ブースが昆虫学、昆虫アート、昆虫文学と入り乱れ
出展者同士が和気あいあいと交流しながら多様性を共有する感じ。
まさに昆虫の多様な生き様を体現したかのような一見カオスで安定した空間。
一日目終了後に突然始まったオオゴマダラの羽化を、
出展者が片付けを放り出して多種多様な視点から観察したあの時間に
偶然にも参加できたことを嬉しく思います。
この昆虫大学のカオスっぷりはいかにして成し得たのか
考えてみましたが
やはり
メレ子学長という「マネージャーの存在」ではないでしょうか。
とある方からの受け売りですが
Manage=動詞;どうにかする。なんとか都合をつける
という仕事は
日本語の「管理職」に当たる仕事なのですがちょっとニュアンスが違いますね。
異分野が融合し、新たなモノが生まれることを助長し、調整する
中立で強力なマネージャー、学長がいたことで
昆虫大学の他に類を見ない雰囲気が出来上がったのではないかと思います。

最後に
昆虫に関わる人がそれぞれの多様性を保ち、認め合うことで、
昆虫の新たな価値を見出すことができると信じています。
昆虫学の殆どは基礎的で地味で低予算ですが
「基礎的な学問は大事だ それが分からん一般人はバカだ」
ではなく
基礎的な学問から現代にも通用する具体的な魅力を見出すことは
昆虫の多様性をもってすれば不可能でないと思います。
ただ、昆虫の世界は種数だけでも膨大で、一人では網羅することができません。
それぞれのスペシャリストをつなぐマネージャーの存在が
昆虫コンテンツをより魅力的な形で社会に提示するキーパーソンと
なっていくのかもしれません。