コンテンツへスキップ

まとめていなかったのでまとめ直しておきます。

2017年、初めてラオスに訪れた際に、村人からドクバッタをもらいました。
「誰も食べない」と言われたドクバッタ。笹を食う、とその時は教えてもらいました。教えていただきましたがAularches miliaris が一番近そうです。

ということで結局味見はしていません。大発生して稲を食害する、という話もあるので、キョウチクトウなどの毒草を食べさせずに無害化できたら、彩りがよく動きも遅く、捕食者に狙われにくいので素晴らしい家畜になると思います。完全養殖したいですが、もうちょっと生態についても調べておきます。

人は苦痛を感じます。あなたもわたしも、言葉が喋れない赤ちゃんも、おそらく感じているだろう、と考えられます。

そして人には幸福追求権があります。幸福を一番定義しやすいのは「苦痛の回避」です。

堪え難い苦痛を受け続けるぐらいなら、幸福を追求するために死ぬことも選べる、というのがある種の究極の選択でしょう。

さて、最近は人間以外の生物の「苦痛」も考えられてきました。動物解放論では、先の赤ちゃんや、事故や病気によって苦痛の自己申告ができない人を「限界事例」と呼び
本人が申告できなかったとしても、社会はその苦痛の回避のために尽力すべきだ、としています。

そしてもう一つ、「種差別の禁止」を組み合わせました。これは人権侵害の多くの場合において、人権が認められない理由を「種が違うから」というレイシズムで説明してきたことへの歴史的反省です。そこで、種という概念を使わずに、「苦痛の回避」が行われるべき対象を考えると、人権が人以外の動物へと滲み出してきます。

ここらへんの倫理学の入門教科書はこちらをどうぞ。

そこで気になってくるのは「苦痛を感じる動物」の話です。

哺乳類は人間と似た神経システムを持っていますから、苦痛を感じているだろうと類推できます。そのためアニマルウェルフェアという概念によって
動物の倫理的な扱い(人と同程度の人権を与えるという意味ではなく)をすべきとしています。

今の議論は脊椎動物の系統を遡っていき、魚類まで注目がいきましたが、ついに無脊椎動物まで

さらに最近は「植物」といった侵害刺激を伝達するシステムも「苦痛」と呼び始めそうな勢いです。

ここでは「苦痛」ではなくより広義の「いたみ」としておきますが、ロブスターと人間と植物の間に、いますよね。
虫が。虫の「いたみ」についても考えましょうよ。

こういうリプをいただきました。

ということで、昆虫の神経特異的に作用するいまの最新の殺虫剤が「苦痛を与えている」と社会が判断したら、
殺虫剤で安定した収量を確保できているベジタリアンも含めて、どうしていくんでしょうかね。脊椎動物だけ議論して無脊椎動物を議論しないのは不公平だ、という問いかけに対して、「無脊椎動物を後回しにしろとは言っていない」と反論できますが、食というのは総量があまり変わらないので、脊椎動物をことさらに優先して議論を進めることが、本来公平に扱うべき「苦痛」を不公平にバイアスをかけてしまう危険があるわけです。できるだけフェアにいきましょう。

どうすべきかって? 毒植物とそれを無毒化できる昆虫とを組み合わせた農業が、新しい「倫理的な」農業になっていく、と予言しておきましょう。
ここラオスでやるのもそういうことです。

大阪府箕面公園昆虫館の館長、こぶ屋博士がいきなり、こんな問題提起をしてくださいました。

これに対する私のアンサーはこちらです。

害虫に対する基礎知識は「害虫の誕生」をお読みください。すごく面白いっす。

さて、改めて考えてみましょう。
よく聞く名称である「不快害虫」というのは「愉快益虫」の対義語なのでしょうか。

快不快、というのは個人のお気持ちです。
益虫、害虫というのは先の「害虫の誕生」にもありますように、社会の判断です。
害虫の誕生は殺虫剤の誕生と強く関連します。殺虫剤によって取り除ける「害」であることが認識される前は、虫の害は風水害のような天災の一種でした。

農学研究においては「害虫化する」あるいは「潜在的害虫」と呼ばれるように、地球に生活している昆虫たちの多くは無益無害です。

また、害虫という虫がいるのではありません。害をもたらしたことでその虫を害虫と呼ぶ、つまり害虫は事後的に決まるものなのです。
事前に決まるのは「害虫可能性」といった確率的パラメーターぐらいでしょうか。基本的に、潜在的害虫も生態系の一員ですので、いくら害虫可能性が高くとも、
予防的に殺虫することはほとんどできません。

例外的に、衛生害が極めて大きいマラリア感染地域における蚊や、農業的に被害の大きいウリミバエなどの、侵入して間もない侵略的外来種などは予防的に不妊虫放詞などで選択的な個体数抑制が行われます。

さて、独立するパラメーター「快不快」「有害無害」「有益無益」を以下のように分類しましたが、これはどうにも「不快害虫」の一般的な用法と一致しません。

この分類では不快、でかつ有害なものが「不快害虫」と呼ばれるはずなのですが、そのような用法は見たことがないです。これらは単に害虫と呼ばれます。

「不快益虫」「不快無益虫」「不快無害虫」といった、社会的に有害有益と判断されていない、あるいは有益と判断された虫が「不快害虫」と紛らわしい名前をつけられて総称されているのです。

ちなみに「害」を想定しない「不快虫」は「Nuisance」という用語があります。個人のお気持ちとして不快に感じる虫、なので不快虫に対して散布される殺虫剤はプライベートな空間での使用を目的とした「家庭用品」なのです。

ようやく見えてきました。「不快虫」を「不快害虫」と読んでしまうことで、この用語に混乱が生じているのです。

つまりこぶ屋博士のいう「不快害虫」は「不快虫」と読み替えるべきで、「愉快虫」が対義語になります。
形容詞としての快不快は、個人のお気持ちに属しますので、虫そのものを不快をひきおこす、愉快を引き起こす、と形容するのはあまり普遍性がありません。
ある人にとっては愉快な、またある人にとっては不快な、あるいは時と場合と場所によって、愉快になったり不快になったり。虫と人との関係は一定ではありません。
「おいしい牛乳」みたいなものと考えていいかと思います。

あなたにとってのおいしい牛乳があるように、あなたの心の中に愉快な虫、不快な虫が住んでいるのです。

また、農業には農薬取締法、衛生害虫などの殺虫には薬事法が使われ、明らかな被害と、それに対する効果がはっきりしているものしか使えません。
殺虫剤は耐性昆虫を生みますので、メリットとデメリットをきちんと検証せずに、お気持ちだけで好き勝手に野外に撒くことは、「殺虫剤の効かない虫」という虫嫌いにとっては恐怖の昆虫を生み出すことに加担してしまうのです。

一方で、「不快害虫用殺虫剤」の法律上の区分は化審法ですので、
「農薬や殺虫薬品と同じ殺虫成分を含む家庭用品」です。「今日の髪型を保つためのヘアスプレー」と同じ扱いになります。つまりプライベートで楽しむぶんには家庭用殺虫剤を使っても構わないですが、それが社会の常識といいはったり、野外や農地で噴霧するのはよろしいことではありません。

ヘアスプレーで例えてみると
「他人の家に来てヘアスプレーを散布する」とか「他人にヘアスプレーの使用を強要する」というと、そのパーソナルな用途がわかりやすくなるかと思います。

さて、家庭における殺虫をプライベートな事案として押し込めてしまったことで、殺虫せざるを得ない、虫が苦手で、虫の情報も、虫の対処法も、ググることすら不快が強すぎてできない、という情報の少ない人達が生まれた、と考えられます。彼らは自らの不快を虫からの「被害」とすり替えてしまうことで、勇気を奮い立たせて「私刑/死刑」をしているのでしょう。

しかし、そのような私刑の後に残るのは、虫の死体です。「死体の方が怖い」もしくは「生き返ってしまうのでは」という恐怖にも襲われ続けます。それにより、家庭用にはより強く、より素早く動きを止め、神経に作用するタイプの強い薬剤が好まれていくのでしょう。いつまでもエスカレートし続けることでしょう。私たちも彼らも生きているだけで、遭遇は互いにとっての不幸な事故で、人間側が「なれる」ことでしか、この事故のダメージを減らすことはできないからです。

さて、今こそ、虫に対する法的な議論を始めるときです。
好き嫌いに関わらず、そろそろ昆虫は食用になります。
ラオスではすでに食用です。最先端です。

昆虫に対する人類の社会的態度とはどうあるべきか。

「不快に感じる人もいるんだから殺虫すべき」なのか

「ペットや食用にする人もいるんだから殺虫剤は公害」なのか。

「愉快に感じる人の目の前で昆虫を殺すことは嫌がらせ」なのか。

「飲食店で食用の昆虫を逃してしまったときは威力業務妨害」なのか。

いろんな事例で考えられますね。

いまこそ。昆虫の社会的扱いについて、家庭用殺虫剤メーカーに任せずに、虫好きも、虫嫌いも一緒に始める時でしょう。

では、「虫が苦手で画像すら見たくない」という人に、このブログをみてくださいといえるか。

NOですね。風の噂ではだいぶキツイそうです。

「虫ユニバーサルデザイン」というものも考えていきたいと思います。

昆虫食展でも大変お世話になった 西塚emさんの単行本「蟲籠奇譚」

を読みまして、

蟲籠奇譚(1)を読みました。という記事を書きました。

第二巻か三巻あたりでは「昆虫料理部」とかと生物部が戦ってほしいなぁ。

と書いていたのです。するとそのあと、メッセージをいただきまして

「蟲籠奇譚13話が昆虫食回なので監修してほしい」

とのこと!

なんともまぁ!なんともまぁ。 本当に2巻に昆虫料理が登場することになってしまいました。嬉しい。

昆虫食創作のレベルアップのために、私は尽力しますので、創作の皆様、気軽に声をかけてください。全力で監修します。

そして今だけ無料公開中!「むしばむ愛

昆虫食回だけテイストが浮いてしまわないか心配したのですが、きっちり他の話の流れに沿っていて、さすがストーリーテラーとしての漫画家はすごいなと。

可愛い女の子に昆虫を食べさせたい。可愛くてかっこいい昆虫の味も知ってしまいたい。という後ろ暗いフェチ心も描かれていて、

私にもそう言ったフェチに心当たりがありますので、私のドロドロとした深層心理を暴かれたようで、恥ずかしくもありますが。素晴らしいです。

「食べちゃいたいほど可愛いが実践できるのが昆虫」と、昆虫料理仲間のムシモアゼルギリコさんもおっしゃっていましたし

虫を喰う人と、虫を愛でる人が同じ場所で情報交換できる、というのもとても楽しいものです。犬とか猫、クジラやイルカだとこうはいかないと思います。

そんな、昆虫を介したいろんな楽しみの広がりを妄想しつつ、また昆虫食回来ないかな、とか、他の漫画家さんも昆虫食漫画描いてくれないかな、とか

ここラオスから考えています。いっぱいネタありますよ!

アイデアはあるんです。それを形にする手が不足していて、私の頭はアイデアでパンクしそうなのです。優先順位をつけて今ラオスにいるんですが、日本でやっておきたい事もたくさんあります。

そしてアイデアを貯蔵しておくだけじゃオリジナリティは守られないので、形にして著作物にしてしまいたいです。

なので形にしたい、という方、どっかにいいアイデア落ちてないかな、という創作の方。お待ちしております!

4

キョウチクトウスズメ Daphnis nerii

美しいですね。いまラオスにいますが、
先日、夕方、玄関に来ていたんです。会いたかった。食べられないけど。

さて、キョウチクトウスズメはその名の通りキョウチクトウを食べます
キョウチクトウの毒はオレアンドリンという強心配糖体というもので、心臓にアタックします。

まぁこれの急性毒性がすごい。枝を箸の代わりにつかったら中毒、バーベキューの串の代わりに使ったら中毒。

そして神経活動に欠かせない、すべての細胞の膜電位を司る
ナトリウムカリウムポンプを阻害するとのこと。これは怖い。

というかキョウチクトウスズメはなんで耐えられるのか。メカニズムを調べた論文があれば教えてください。

さて、完全に解毒しているのか、単に耐性が高いだけなのか、どちらか一方ということはあまりなく
解毒しつつ耐性もたかい、ような生き物なのでしょう。

なので今回は味見しません。キョウチクトウスズメをキョウチクトウ以外の無毒な葉で育てたことのある方、

教えてください食べたいです。

ともあれ、まぁ美しいですね。

じっくり見惚れてしまいました。

Daphnis nerii

Daphnis nerii

Daphnis nerii

Daphnis nerii

Daphnis nerii

そして、キョウチクトウスズメを目にした翌日

街路樹としてまちなかに大量のキョウチクトウが生えているのが目に入るようになりました。

「見える」というのはなかなか難しいものです。

まずは予告編をごらんください。

iTunesで1000円で購入できます。

ラオス行きのiPadにダウンロードしておいたんですが、結局見れたのは帰りの飛行機の中でした。

いやー、いいドキュメンタリー映画です。
... "昆虫食ドキュメンタリー映画「Bugs」を見ました。" を続けて読む

昨年2017年より、特定非営利活動法人ISAPHから専門家短期派遣という形で「ラオスにおける昆虫食を含めた栄養改善事業」のお手伝いをしています。そして今年6月から、長期の10ヶ月での活動ができることになりました。

ISAPH公式には以下の記事が公開されていますが、
http://isaph.jp/activities/2017/180221_01.html

http://isaph.jp/activities/2017/170908_01.html

助成金をいただいたAINからも動画が公開されています。

「そもそもなぜラオスに行くことにしたのか」

について、ここで説明をしておきます。
ISAPHからお声掛けいただいた、というのもその理由なのですが、私の興味関心、および使命感もあります。

ラオスの市場。ここに養殖昆虫が並ぶ日も近いかも。

... "私がラオスに行く理由" を続けて読む

1

夏眠中ですが、
私の言い出しっぺ企画を引き継いでいただいたので
【拡散希望】でご紹介します。
「外来種スジアカクマゼミを食べる会」の開催が決定しました。
http://kokucheese.com/event/index/196002/

今年5月、
中国本土や朝鮮半島・台湾に生息するセミの一種、スジアカクマゼミが
石川県金沢市に侵入し、拡大しているとのニュースを聞き
http://www.47news.jp/localnews/ishikawa/2014/05/post_20140515063602.html
http://www.toyama.hokkoku.co.jp/subpage/H20090924103.htm
石川県ふれあい昆虫館の
福富 宏和さんにご連絡しました。
福富さんは虫cafe!2014にも
サプライズプレゼンターで参加するほどのプレゼン上手で、ユーモアがあふれ、
人と虫、一般と虫屋の間をつなぐことに意欲的な専門家です。
昆虫食にも興味を持ってくださっていたので、
「スジアカクマゼミを食べたい」と、お声掛けした所
場所の確保や自治体の担当者の方にも話をつけていただき
あれよあれよという間に実施出来る状態に。
その後、
私の学位取得に向けて、夏眠を決めたので、
来年にまで延期になりかかったのですが、
虫食い仲間のムシモアゼルギリコさんが
この企画を引き継いで下さり
開催にこぎつけました。
私は生き霊を飛ばして参加しようと思います。
とまでに
思い入れのあるこの企画。
「外来種問題をニュートラルに考える」
最適な形ではないか、と思っているのです。
外来種を含め、我々一般人が生物の扱いについて考える時、
どうしても専門家の話に耳を傾けがちです。
また、外来種駆除すべてに反対する集団も存在します。
(彼らは人が目に見える形で生物を殺すことを嫌悪しますが、その目的の達成のために論理が破綻してもいとわないので、なかなか相手をしにくい方々です。)
興味のない人の間では、
「なにもせずに放置」という人もいますが
「なにもしないことがベストである」という議論
事例に合わせてする必要があるので
いずれにせよ、社会において
ベターな解を求めて、きちんと議論しつづけなくてはなりません。
そして、議論の前には、
他人の意見に左右されない「ニュートラル」な
生物との触れ合いが大事ではないか、と思っています。
その形の一つが「食べる」でしょう。
私の経験なのですが、美味しい昆虫にはどうしても愛着がわいてきます。
おいしくなくとも、食べたことのある昆虫には親近感がわきます。
苦手だったカマドウマですら、
今では美味しいリクエビにしか見えてきません。
少なくとも、ぞんざいに扱えなくなります。
そんな彼らをどうすべきか、
知識をつけるのはそれからで十分でしょう。
生物をぞんざいに扱わないために、
きちんと勉強し、議論していく「良識ある市民」
日本の生態系のあり方を舵取りする上で、もっと重要になると思います。
この先、
日本は相対的に貧困になることが予想されています。
その場しのぎの開発や、持続可能性の低い活動により
短期間での経済効果を求めるのではなく、
将来にわたって日本の生態系をどう付き合っていくべきか、
まじめに考えられる人が増えてほしいものです。
ま、ともあれ
彼らはきっと美味しいです。
素敵な出会いとなることでしょう。
日本では金沢にしかいない貴重な食材です。
味のレビュー、お待ちしております。
嫉妬と羨望の眼差しで、聞き耳を立てたいと思います。
ぜひご参加ください。

1

だいぶ前にまとめたものを放流しておきます。


某大学の昆虫学の先生から聞いた話ですが
「昆虫食をテーマにしたい」
学生が増えているとのことです。
どれほど人数がいるかわかりませんが
そう考えて頂くのはとても嬉しいです。
しかし、現状では高いハードルがあります。
以前書きました通り、
応用昆虫学をベースとして包括的な昆虫食の実現を目指す実学、
「昆虫食学」を我々食用昆虫科学研究会は構想していますが
その方面では、まだ「学術研究未満」です。
そして
昆虫食は欧米では失われた文化的な事象として
文化人類学の分野で先行研究が多くなされています。
その時に栄養学的な解析が併せて行われることも多いのですが
「伝統的昆虫食文化がその地域においてどのような機能を担っていたか」
を示す目的で行われています。
つまり、現状はあくまで社会科学・人文科学の学問領域なのです。
この路線で行きたい場合は、
立教大学文学部 野中健一教授 (地理学 生態人類学)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1748-5967.2009.00240.x/abstract

ピッタリかと思います。
著書も多く出されている民俗昆虫学の先生です。
大変多忙なため、アポイントが取りにくい先生です。
野中先生の分野に昆虫学、つまり自然科学系の学問を融合させると
いわゆる「学際的」となり、なんだかカッコよくて、時代の先端を行っているようで
聞こえはいいですが
昆虫食に限らず、学際的な研究は
学生にとってのデメリットが大きい場合が多々あります。
学生の
受け入れ先のパターンを比較してみましょう。


昆虫食の講座のある大学院を選ぶ
昆虫食について活発に論文を書いている大学は
私の知る限り野中先生の他に2つです。
他の団体はFAOの報告書にも見当たりませんでしたので
あっても小規模でしょう。
(ご存知の方いらっしゃいましたらお知らせください)
ワーヘニンゲン大学&研究センター
http://www.wageningenur.nl/en/Expertise-Services/Chair-groups/Plant-Sciences/Laboratory-of-Entomology/Edible-insects.htm
「ウシと昆虫の温室効果ガス」を比較した論文が有名です。
Wageningen UR (University & Research centre).
‘To explore the potential of nature to improve the quality of life’
生活の質の向上を達成する自然潜在価値の発見
ただ、教授の個人ページによると
http://www.wageningenur.nl/en/Persons/prof.dr.ir.-A-Arnold-van-Huis.htm?subpage=scientificpublications
個人的にお付き合いがないので、類推になりますが
作物学、植物学の教授であることがわかります。
つまり、昆虫学の体系的な教育を受けていない可能性があるのです。
論文に使用した昆虫も、だれでも簡単に購入、養殖できる
コオロギやミールワーム、ゴキブリを使ったものが多く見られます。
コンケン大学 農学部 作物学専攻 昆虫学講座
http://ag.kku.ac.th/entomo/english/aboutus.html
コンケン大学は、大学主導でコオロギの養殖を農家に指導し、
農村部の所得向上を目指す「参加型開発」というプログラムを行っていますが
あくまで昆虫学の知識は付随的で、「農村開発」を調査することはできるのですが、
昆虫学としての学生の受け入れは難しそうです。
※追記・詳しい話は控えますが、
ここでの昆虫食をテーマにした研究は極めて難しいことがわかりました。
興味のある場合は食用昆虫科学研究会にお問い合わせください。


既存の研究室で昆虫食を研究する
今の研究会の学生は皆この状態です。
開発学・農学が主な分野ですが、いずれもボスの寛大な処置によって
研究が許されていますが、そのボスが昆虫食を専門としないことによって
デメリットがあります。そのデメリットを埋めるための
研究会なので、ぜひ入会していただきたいです。



その他の課題
1,昆虫食の研究の後、どのような職種を目指すのか
昆虫食でメシを食う人は残念ながら日本には居ません。
修士まででしたら、けっこう就職には有利なようです。
(残念ながら当研究会を就活対策に利用されるのはご遠慮ください)
2,その職種につくための指導を誰から得るのか(指導教員の選定)
いわゆる「昆虫食学」を専門として論文を書く教授は残念ながら日本には居ません。
つまり、指導をうける際に、
自分の専門とする既存の学問分野を選択する必要があります。
3,どのような学位論文を目指すのか
博士課程を目指す場合、
学位論文には何を書いても基本的に自由ですが、
審査にあたって数本の国際誌への論文掲載実績が求められます。
私が今、大変に苦労している部分です。


まとめます
「昆虫食をテーマにしたい学生のガイドライン」
1,学問分野の選定
「食」は人類全てに関係するため、
それをテーマにする多様な専門分野があります。
そして、
専門分野にはそれぞれ「学会(学界)」が存在し、
投稿論文にはそれぞれ書き方のマナーがあります。
そのため、まず
「どの専門分野から昆虫食にアクセスしたいのか」を
絞る必要があります。
2,研究室・研究環境の選定
論文をどこに投稿するのか、投稿料は?
私見ですが。「総合的な学問・学際的な学問」は
研究者にとっては他分野への新たな挑戦ですが
学生にとっては両刃の剣ともいえます。
その先生がどのようなバックグラウンドを持つのか
背景を持たない場合は別のどの先生に聞けばいいのか
きちんと相談する必要があります。
その分野のエキスパートが存命・現役であることは
あなたにとってかけがえのない幸運です。
現状、日本の農水系の研究において、
養殖昆虫食へ注目した研究予算は全くありません。
3,ボスを探せ!
昆虫食をテーマに受け入れてくれる教授は
なかなかいません。
論文指導には膨大なな労力と知識が必要なので、
書きたい論文のフォーマットに
慣れている先生を探すことが必要です。
そして
ボスへの絶対的信頼関係が、
自分の学問のためには必要です。
私の「ボス」は今3人目ですが
いずれのボスも学生のことを想っており、
決してコマとして使い捨てを考えるような
ヒトではありませんでしたが
「自分側」の問題で信頼関係を築くことが難しく、断念した経緯があります。
「ボスと絶対的な信頼関係を能動的に築くこと」です。


このように考えることで、
もしあなたの興味が「昆虫食」ではなく
地域開発・国際協力・地理学・昆虫学・など
「既存の学問分野」の範囲内であるのなら、それほど恵まれたことはありません。
公的資金を投入することは先人が既に開拓してくれているので
そこに乗っかって、次の扉を開きましょう。
もし。
どうしてもその範囲に収まらない場合、
それでも恵まれています。アマチュアでも研究はできるからです。
もしその先に公的研究機関での研究に採用されたい場合、
学問以外の努力や戦略が必要になるでしょう。


最近思うのが
「自分の最大の興味が犯罪にカテゴライズされる社会じゃなくてよかった」
ということと、
「自分の最大の興味がオカネのかかる研究じゃなくてよかった」
ということです。
もし麻薬や覚せい剤、未成年との性行為など、
「犯罪」になるものへ興味が募る人生は
考えただけでも辛いと思います。そこに自由はないのです。
また、
ヒト細胞や哺乳類を使った研究はオカネがかかるので、現在過当競争のまっただ中です。
自分の研究ができることを夢見て、過酷な労働を自ら喜んで課している研究者も多く
学生も消耗しています。
私も一度は「生活の安定」が頭をよぎり、
研究費の多そうな学問分野を目指したこともアリましたが
残念ながらそこまで器用でないことが分かってしまいました。
なので、
環境としては決して恵まれていませんが
「それでも残念ながら昆虫食」なのです。
とはいえ、
偶然にも、「犯罪でない範囲」に自分の最大の興味がある、
ということは恵まれたことです。
昆虫食に限らず、「自分の興味」をトライアンドエラー方式で探してください。


蛇足ですが
「考える・考えない」の切り替えについて、最後に紹介します。
「より多くのチャレンジができるかどうか」
を指標にしてみてください。
多くの成功した研究者を見てきましたが、
いすれも「行動量が多い」ことが共通します。
才能や効率ではなく「量」です。
そのため、
「よく考えて行動につながる」条件と
「何も考えず行動につながる」条件を整えてください
「考えすぎて行動できない」
「考えずに行動できない」場合は、
速やかな切り替えをオススメします。
あなたにとって良い学問がみつかりますように。

新しい学問分野を切り 拓くのは誰か?
〜食用昆虫科学研究会の挑戦の日々〜

https://www.facebook.com/events/728722173819522/

告知です。
今週末土曜日、六本木の政策研究大学院大学にて
「Smips・研究現場の知財分科会」の1演題として、
食用昆虫科学研究会について話します。
今回は昆虫食の普及活動ではなく
このブログを含め
「大学の外で学問をすること」について、
多くの方と討論することが目的です。
今回の講演は、主催の山田光利先生が当ブログの過去記事
昆虫の味見は「研究」か
を読んで下さり、オファーを頂きました。
今回は、食用昆虫科学研究会から
私だけが
フロントマンとなり、他のメンバーの名前はあまり出しません。
研究会の中で起こるべくして起こった
多くの「問題・失敗・克服」の過程を
一緒に分析し、他山の石としていただきたいと思います。
概要です。


1,学術研究における昆虫食の位置〜大学の外でやる必要あるの?〜
2,食用昆虫科学研究会の活動実績〜論文掲載とサイエンスアゴラ賞〜
3,デメリット〜公的機関からの援助の重要性を再認識する〜
4,メリット〜多くのデメリットの中で得たもの〜
5,討論:この先どうするか、どうすべきか。


最初の方は、
一般的な昆虫食の話をしようと思います。
なので、細かい研究の話もしません。
あくまで
「大学の外で学問を深めた経験」を共有し、議論するための情報を公開します。
「昆虫食の研究の最先端を知りたい!」のであれば、
毎月行っている当研究会の勉強会に見学、

もしくは入会してください。http://e-ism.jimdo.com/
以上告知でした。