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一つの夢が叶いました。

勘違いする人がいるといけないのであらかじめ断っておきますが、日本産ヨナグニサンを採集できるところはありません。
沖縄にしか分布せず、沖縄の条例で県全域で採集が禁止されてしまっているからです。

なにしろ翅の面積が世界最大と言われていた蛾(どうやら第二位らしいですが)、
日本最大は揺るぎません。コレクション欲求から開発で減ってしまった彼らにとどめをさすこともあり得る、との判断だったのでしょう。

某所保護施設では養殖ヨナグニサンがあるとのことですし、研究という形であれば許可を得られる可能性もあるらしいとの噂も聞きました。「味見をしたい」が果たして研究として認めてもらえるのか。悶々としていましたが、ここで大きな誤解をしていたのです。

和名ヨナグニサンというぐらいですから与那国の固有種だと勘違いしていました。東南アジアに広く分布するとのことです!

話はそれますが、同じように東南アジアに広く分布するタイワンタガメ、タイワンツチイナゴ、タイワンダイコクコガネなんかも
和名が誤解を招きそうです。ルール化をしていくといいんだろうなぁと思います。特に海外種の和名付けのルール。

ということで、私もラオスに滞在することになり、いつかヨナグニサンに出会えたらいいなと思っておりました。

そしてついに、その日が来たのです。

その日というのはラオスに工場をもつ日本の会社の社長さんがこちらに来られるとのことで、街の日本人に声をかけて夕食会をする、というものでした。社長さんに我が家で育てた焼きゾウムシを食べてもらえたので、これはこれで満足なのですが、
まぁ他にやることが溜まっていて、飲み会に参加するのもしんどいなと思いながらの帰宅だったのです。

レストランを出て家に帰る途中の、大きな街路樹のある道路。自転車で帰りつつ、右目の隅に、枯葉がふわりとはためくのを、ヘッドライトが照らしたような気がしたのです。

もう一度振り返ると、またふわり。

いたーーーー!!!!!!!

ヨナグニサン Attacus atlas

感動ですよ。というか飲み会帰りという日常の一コマにやってきたヨナグニサン。心臓に悪いほどびっくりしました。夜中に道端でウオオオッて吠える変な外国人が誕生してしまいました。近所の犬に少し吠えられました。犬は正しい。

Attacus atlas
Attacus atlas
Attacus atlas
Attacus atlas
Attacus atlas

さて、茹でていただきましょう。
腹部に残るバシッバシっとはじける卵のコクとすこし苦味と木の香があるが気にならない。
ヤママユガの普通の味。翅の面積にくらべてさほど体は大きくないので、
タサール蚕のほうがボリュームがあった。ぜひ次は幼虫を。食樹を探そう。

成虫になると翅の面積にもっていかれちゃって、やはりボリュームがあるのは幼虫だと思うんです。

トウダイグサ科がいけるらしいんですが、探してみます。

もうあまりに嬉しくて、翌日この写真を見せながら、一緒に仕事をするラオス人スタッフに言ったんですよ。
「あぁこれよく街灯に集まってよくいる。もっとでかいのもみたことあるよ」

…そうだけど!東南アジアに広く分布する普通種だけど! わたしにとっては幻の虫で嬉しいんだよ!

外国人がマイマイカブリにはしゃぐ気持ちが少しわかりました。

こんなニュースをみかけました。

引用します。

市によると、複数の市民からセミの幼虫を大量に捕っているという苦情を受け、6月に設置したものだ。

とのこと。苦情?

「やめさせてほしい」が苦情でしょう。
大量に捕っているというのは目撃情報です。そして彼らの用途が食用であるとの勝手な断定をして、このような看板を出したのでしょうか。
十分な説明とは言えないと思います。

噂レベルですが、関東でも関西でも、昆虫食文化をもつ外国人(であろう集団)が、
自分用か飲食店用かはわかりませんが捕っているという話はセミ食愛好家から伝え聞いています。

さて、ここで追記しておくのですが、
「食用に大量のセミを取る方法」が意外と皆さん知らないことをTwitterで知りました。

「土をほって植物や景観を破壊する」
という話を聞いてあれ?と思ったのです

セミ会のガイドラインにも書きましたが、

基本的に羽化のため登ってくるセミを10分サイクルでとる、というものです。
看板が夏限定というのもその反映です。

通報があったということは、その通報をした人を含めて
これらの看板製作に関わった人は「食用に」「見慣れない量の」セミが採られていることに驚いたのでしょう。
そこからあまり深く考えずに作ってしまったものと思われます。

セミの独占を防ぎたいのであれば「大量の採集を禁止」すればいいのであって、用途を限って禁止する理由に合理性はあるでしょうか。

また、食用にすることと、子供が採って遊ぶことのどちらが「守られるべき文化」でしょうか。

いま私はラオスにいますが、日本の都市公園ほどセミが大量に乱舞している場所はこちらにはないです。
落ち葉が取り除かれ、土が乾燥し、硬い土を掘り進むことができるセミだけが、都市公園に優占していると思われます。
それが「守るべき生態系」でしょうか。

さらにいうと、樹木は資産です。自治体の公園ですと樹木を破壊すると器物損壊になります。
大量のセミによってそれらの樹木が弱体化することがあるかもしれません。それらを採って食べることは
自治体にとって喜ばしいことであったとしても、禁止すべきことでしょうか。

というか生態系を意識して公園なんか作ってないですよね。

さて、なぜこんなにヒートアップしているのかというと
「食文化への差別的扱い」になっている危険性があることと、そうでないことを説明する責任が自治体にはあると考えるからです。
現在の説明では合理的でも十分でもないと思います。

例えば
ある生魚をたべない外国で「生魚を店で出すことを禁止」したときに、日本食を楽しみたい日本人に抑圧的なルールでしょう。
生魚による食中毒の発生があるなど、文化の制限には合理的な理由が必要になります。

法的には、食用にセミを採ることを許可するルールもないですし、禁止できるルールもないです。
なので、好ましいのは地元の合意を得ることです。地元の人たちがこの土地をどうやって活用していきたいのか。
保全生態学の作法にのっとって、セミとのあり方を考えていくことが望ましいでしょう。

少数の苦情?というか目撃情報によって自治体が勝手に決めてしまうのは、その土地に軋轢を残します。

少数の人による大量のセミの独占を防ぎたいのであれば、潮干狩りのように遊漁料をとる、量の制限をするなどの
建設的な方法もあります。街路樹は健康になり、自治体には収入が入り、いいことだらけではないでしょうか。

研究会が主催するセミ会では、毎度数を数えて、「数年以上にわたって減少傾向がある場合はその場でのセミ採集を中止する」
という方針です。

今後はデータが集まってきたら、参加者数、年、天気によるバラツキや、その土地から一年にどの程度のセミが発生しているのか
どの程度であれば問題ないといえるのか、調査できたらと思います。

調査にもなって、おなかもふくらんで、生態系も学べて、そして地元の交流になる。
セミ会から派生して「セミ祭り」のような地元の集まりをつくりませんか。お手伝いします。

さて、

セミ禁止令という語感の面白さが気に入ったので、SFを書いてみました。

6月4日は「虫の日」でした。

ラオス行き直前なのであんまり外に虫を見に行けないのですが、

こんなつぶやきが。

... "#虫の日 と #蒸しパンの日 と #虫食のグルメ" を続けて読む

#土用のむしの日キャンペーンを、
個人的かつ大々的にやってきたわけですが
現状、どのような代替物でも、
絶滅寸前のうなぎに比べたら「いいもの」です。
また、ウナギは年々価格が上がっていますが、対コストというより、
絶対量の不足による希少価値で値段が上がっている現状を見ると、
政治的介入をすべき段階だと思います。
この状態が、
地球の未来の紛争を見るようでなんだかやるせない気持ちになります。
現在、
多くのヒトは第一次産業に従事しておらず、従事していたとしても自給用ではないので

「食品は市場で買うもの」となっています。
そのため食品は市場価格をもちます。
ところが、他の物品と比べて、食品の市場価格は大きな特徴があります。
不足した時に市場が崩壊するのです。
食糧が不足する状態では、市場そのものが維持できません。
そのため、政治的に介入したり、国際的に援助をする必要があるのです。
ある供給力を下回った時に、食品は、市場経済では扱えないものに変わってしまいます。
それを回避するため、つまり
健全な資本主義経済の上で食品を回すことを目標とする
政治的な食料安全保障、という取り組みがあります。
同時に、個人の備えとして自給力を高める、という食料安全保障もあります。
投機的な市場経済の高速化によって、食品価格の乱高下は起こりやすくなっていきます。
大規模災害時には、流通が止まるので、市場経済にアクセス出来ない状態にもなります。
私の願望としては、個人の自給力を高める手段として、昆虫を利用した分散家畜を
実用化したいな、と思っています。
前置きが長くなりました。
端的に言いますと
「自給うな丼を作ろう」ということです。
ウナギは完全養殖の技術が確立していない未開発の家畜ですので
種を他のものにしましょう。
今年は以前から推している、エリサンです。
今年もとある方から分けていただき、養殖できました。
養殖に必要なシンジュの葉も、あるルートからもらうことができました。
わが家でもプランターに株を用意しています。

今回は、エリサンが繭を作って、蛹に脱皮する前の段階
「前蛹」を使って、エリ丼を作りましょう。
その前に、以前に作った代替うな丼を振り返ってみましょう。
2013年にはオナガミズアオ丼

オナガミズアオとエリサンを使った2014年はこちら

2015年はトノサマバッタ粉末を練り込んだパンケーキ状にしてみました。

さて、今年は
「エリ丼はうな丼の容量でいいのか」
という問題に向き合います。
我々の口の大きさは、ほとんど決まっています。握りこぶしが入るヒトはまれでしょう。
口腔の容積は150mlほどだそうです。
もちろん個人差があるでしょう。
喉奥にまで含めるヒトと、そうでないヒト、
ともあれ多くの昆虫は150ml以内に収まります。
「一口大」であることは昆虫の利点です。
一個体の味のすべてを、

ちょうど一口ぐらいで味わえるのはたいへん手軽なものです。


一方で、
肉牛などは一口でウシのなんたるかを全く味見できません。
また、屠殺は多くの事故が起こる危険な作業ですし
屠殺後、数週間熟成させるなど、おいしく食べるにはかなりの手間とリスクと時間を要します
脊髄や脳、骨など、食べられない部位もあります。
一方で、一口サイズよりも遥かに小さい、

酵母などの微生物は、その周囲の培地と分離することは難しいので
「酵母って美味しい」という人もほとんどいないでしょう。
酵母発酵したものは美味しいとはいえますが、そのものの独特の風味を
味わえる、というのは一定の大きさが必要であることもわかります。
そういえば以前に、クマムシ博士の研究室で、
クマムシの味見をしていました、
コケ臭いとのことでしたが、食餌であるクロレラとの比較をしないと
クマムシ本来の風味を抽出することはできないと思います。

http://horikawad.hatenadiary.com/entry/2016/04/01/000000
「酵母は美味しい」「ウシは美味しい」といえる人がほとんどいない一方で
「むしは美味しい」「むしはおいしくない」と言うヒトが結構多いのは
単離した一個体を一口で食べることで、「味を網羅した」気分になれるのではないでしょうか。
実際はというと、
卵、幼虫、フン抜き、前蛹、蛹、成虫と、
多くの成長段階で味は刻一刻と変わっていきます。
成長段階を網羅したとしても、
「この昆虫は美味しい/不味い」というのはなかなか判断できないものです。
また、昆虫はその調理法が未開発ですので、茹でて不味いからといって
その昆虫が美味しくない、と判断するのは拙速です。
コーヒー豆やウメの実など苦味や毒の強いものもありますし
ゴーヤなんかは最近美味しいとされてきましたが、昔はその苦味が敬遠されていたように思います。調理法や文化によっても「美味しさ」は変遷するのです。
昆虫を概観すると、茹でただけで「食べ慣れたような味」に達するものが多いことから
嗜好品ではなくベース食糧としての可能性が大いにあると考えています。


話がそれました。
ウナギの場合、「尾頭付き」という文化とも関連していそうです。
ハレの日の食品ですから、丸まる一尾食べたいものでしょう。
結果として、ご飯たっぷりの「うな丼・うな重サイズ」が
出来上がったと思われます。
あくまで縁起物ですから、
節分の福豆のように、ちょっと口にするだけでもいいはずです。
昆虫の場合、一口で尾頭付きを食べられる調度良いサイズなので
一口前後が、最適なサイズなのではないでしょうか。
ということで、今回のエリ丼は「一口、ないし二口サイズ」
になります。
動画で作ってみました。

ということで、
「未来のうな丼は一口サイズ」だといえそうです。
これはどうしてもウナギを食べたい方にもいい話ではないでしょうか。
今まで一尾食べていたのを一人一切れにするだけで、
消費量は1/10以下になります。

30年前の稚魚の漁獲が200トン、現在が20トンという統計とも一致します。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20120710/315512/?P=2

未来の子孫にウナギの味を残せるように
多角的に考えていければと思います。

1

「生食できる」とはスリルを伴う甘美な響きがあるようです。
しいたけの一種に「生食できる」と称したり
牛の生肝臓がダメなら豚を、とか
ジビエの鹿肉や猪は生食できる、なぜなら今まで大丈夫だったから、と称する中高年の狩猟者がいたりしますね。
生食できる食品を提供できる、というのは何だかすごそうだし、
それを身をもって体現している人はなんだか詳しそうに見えます。
一般的に生で食べられない、と
言われているものなら尚更です。
特に日本に生食の誘惑が強いように見えるのは、
魚介類の生食があるせいでしょう。


とんねるずが昔結成した
「野猿」というグループがありました。
鮒は生じゃ食えないはずさ
泥臭い 生臭い fish! fish! fish!
鯉は洗いで食えるくせに
甘露煮 鮒ずし だけなのね
https://www.youtube.com/watch?v=rEbVsKdwakU
「おいしいかどうか」よりも
「生で食えるかどうか」という魅力があるようです。
そして、それは付加価値として経済性をもちます。


欧米でもRAW FOODというブームが起こりました。
恐らくスシブームもその派生でしょう。
生のほうが酵素が生きたまま取り入れられるとか
消化に良いとかなんだとか、あることないこと言いながら営業をしています。
もちろん
生のほうが得やすい栄養もあります。
熱により変性しやすいビタミンなどがその一例です。
ですが
酵素の場合、胃酸で変性・消化され、アミノ酸として利用されるので
生で酵素を食べることの栄養的な利益は全くありません。
どの食品でも確かに言えることは、生で食べることは
食品の危険性(ハザード)は十分に高くなります。
例・サルモネラ菌が付着したキュウリのピクルスで死亡者3人
生で食べるべきかどうか、は
ハザードとベネフィットを天秤にかける状態。
つまり生で食べないと生命の危険のある状態に
考慮されるべきことで
日頃から
普通の食材を食べて栄養の良い状態で生きている人にとって
たとえ緊急的に食品が不足するような事態に陥ったとしても
生で食って改善される状況はまずありません。
緊急時はむしろ、医療不足のほうが致命的ですので
日本に生活しているヒトが
食品ハザードと栄養を天秤にかけ、
ハザードを選ぶことはまずないでしょう。
つまり、
日本において生食ができる、と安易にいうヒトは
疫学や食品衛生の知識がないのか、
営業を目的に意図的に無視していると考えられます。
無知ならば、あるいは営業ならば仕方ありません
とはなりません。
不良な食品は多くの人の生命を不特定に脅かしますので
社会的な影響が大きく、感染性ならば公衆衛生の敵です。
また、
それが簡単に予防できるにもかかわらず、
食品提供者の怠慢や短絡的な利益のために見逃していたりすると
食品という社会インフラの根幹に関わる問題ですので、行政が介入します。
つまり、
食品は特にハザードとして重要度が高いのです。
昆虫食がこれから安全に普及していくべき、と
考えている私としては
見逃すわけには参りません。
以前にペットの生き餌用昆虫の生食について警鐘しましたが
もちろん野外の昆虫にも、
ヒトに感染可能な寄生虫や感染症は数多く見つかっています。
私信で、論文報告は行われていませんが、
野外の昆虫を生で食べることによって、
本来野生の哺乳類に感染する寄生虫がヒトに感染したと思われる事例の情報も得ています。

なので、
この警告は
「野外の昆虫はペットの生き餌昆虫に比べて感染性微生物が少ないので生で食べられる」
ということでは全くありません。
意図的に読み替えて野外の昆虫を生食をしている、自称専門家がいるようなので
くどく繰り返します。
私は自称専門家として、警鐘に努めてまいりたいと考えています。
もちろん私刑のような野蛮な方法ではなく、言論で。
言論には自由が保証され、基本的に強制力がないので、弱いです。
もしこれをお読みの皆さんの中に、
これから昆虫を食べようとしている方がいましたら
整合性のある言動をする自称専門家を選んで、
(公的な専門家を養成できていないのは不徳のいたすところですが)
信頼できるかどうか判断されることをおすすめします。


とはいえ、
オレ、生の味知ってるぜ。
度胸と覚悟のない素人は真似するんじゃないぜ
って言うことは

ちょっとスリリングでカッコよくもありますよね

私は2013年から、
同定した昆虫を十分に茹でてから味見をして、
種間比較をしてきましたが、
茹でることにより見逃すことになった
おいしい生食用昆虫がいる可能性を考えると
気が来でなりません。
また、
日本には馬刺し、鶏卵や水産物、養殖サーモン、養殖カキなど
生で食べられる動物性食品はたくさんあります。
つまり、きちんと管理すれば生食できる動物はいるのです。
批判してばかりでは
ユーモアが不足しますし、より建設的な議論へと持っていくために
おいしい生食昆虫がいた場合、それを見つける戦術と、
おいしい生食昆虫が普及した将来について、考えてみましょう。
武器は度胸や覚悟などではなく
サイエンスとテクノロジーです。

中編に続きます。

5

それでは後編に参りましょう。
「サクサクジュワ~なグラタランチュラの調理法とは」



その前に、昨日の前編の公開後
「2年も飼育して愛着は湧かなかったのか」との質問を頂きました
そういえば書いていませんでした。追記しましょう。
このブログは学術ブログではないので、
「私の主観をきちんと入れる」ということを
大事にしています。
味の表現はまさに主観であり、
それが共感を呼ぶことで大きな力を発揮します。
また、その主観的な表現が、
「社会の普遍的な価値=客観的にも価値が見いだされるものか」
きちんと判断するためにも、
億劫にならずに公開することに意味があると思っています。
(私見や主観を述べる研究者が少ないのは、
それが曲解されて拡散し、批判を招くことかとおもいます。
ここに主観の「原著」を公開しておくことで、二次媒体による曲解を防ぐことが出来るのでは、とも思っていますが、どうでしょうか。)


お答えします。
愛着は湧きました。
彼らは
2012年3月19日に頂いたのですが
当初よりタランチュラを飼うにあたって
「家畜として扱う」という作法を使いました。
つまり「名前を付けない」ということです。
大型哺乳類の家畜の場合、
個体識別番号はつけるものの、個別に命名することはない、とのことです。
(畜産家によって個人差はあるようですが)
「タラ美」「タラ子」「チータラ」「タラオ」とか、
大変にかわいらしく美味しそうでいい名前だと思うのですが
今回はナシにしました。
コレまで三度、食べたのですが、
飼育期間が長いほど、そしてその個体の「アイデンティティ」を
理解するほど、殺すことに気が引けます。
今回の記事は、
研究所の一般公開でも共にした個体であることが
分かってしまっているので余計です。
少なくとも、いつもの採集昆虫にやっているような
「沸き立つ熱湯に入れる」
とか
「牙をもぎ取る」ようなことはできませんでした。
冷凍庫で冷凍し、
毛を剃る際も、できるだけ傷つけないよう気を使いました。
以前にもいいましたが「死化粧」のような神妙な雰囲気です。
また、料理に際して「失敗してはならない」という
強烈なプレッシャーを感じます。
焦がさないようこまめにオーブンを確認し、
使うパイ生地は事前に焼いてみて、その焼け具合を確認したり
「失敗したら廃棄」とはいえない、妙な緊張感がありました。
これはニワトリを調理した時にも感じたストレスです。
これから開放されて、「好き放題楽しく自由に」やれたほうが
気がラクだと思いますが、
その自由は娯楽的であり非生産的なので、
こういったストレスを
積極的に味わうと、見識が広がる気がします。
料理に、在りし日の姿を残す意味も感じました。
すり潰して見えなくさせることで
アイデンティティを喪失させ、
この「アイデンティティのある生物を殺した」というストレスを軽減することが
なんだか申し訳ないように感じたのです。
「おじいちゃんが共同墓地に埋葬された」ような、
墓参りに身が入らなくなるような、肩の力が抜けながらちょっとさみしい気分でした。


さて、調理に参りましょう。
「サクサクジュワ~なグラタランチュラの調理法とは」
答えは「パイ生地」にありました。
バターとパン生地を積層することで、
焼いた時、もっちりふわふわにならず、サクサクとした食感となる
奇跡のワザ、使わせていただきます。
最近は冷凍パイシートなるものがあるのですね。ありがたいです。

予め作っておいたマカロニグラタンを
ポットに入れ、パイシートになじませたタランチュラをのせ、
卵黄を塗り、チーズを振って、

200℃のオーブンで
様子を見ながらカリッとなるまで焼きます。
完成

味見
パイ生地に埋まったタランチュラは香ばしく焼き上がっており、毛も気にならずややしっとりパリっとな感じ。甲殻類系味があり、風味もよいが、エビ・カニに比べて塩分が少ないのをきちんと考慮していなかった。下味に塩水にくぐらせておくべきだった。胸部腹部の味は更に濃厚。アミノ酸の旨味と分解系の磯っぽい香りがホワイトソースとよく合う。パイ生地に載せることでパリパリ感を損なうこと無くグラタンとマッチングできた。
これは他の昆虫にも応用できる新しい調理法かと思います。
パイ生地にパリっとさせたい具を入れ、
ポットにしっとりスープを入れる。この
「昆虫ポットパイ方式」
今後共チャレンジしたいところです。


さて、
カンボジアのタランチュラの写真は、食用昆虫科学研究会の
吉田誠さんが撮ってきてくれたものです。
その中で、昆虫食の未来を暗示するような
とてもいい写真がありましたので紹介します。
この写真。
撮影 吉田誠
いいですね。
これは巣穴を掘って生活するカンボジアのタランチュラの一種。
採集者は素手で手を突っ込み、タランチュラを掴むと
さっと牙を取って共食いと事故を防ぎます。
この手元、明らかに女性です
昆虫やクモ類は最大サイズが数十センチと、
いくら大きくても女性の力を上回ることがありません。
そのため、この先の途上国の貧困解消には
体力が必要でキケンな木材切り出しのような
「オトコ仕事」ではなく
老若男女、だれでも就業可能
昆虫養殖業が
より
広がっていくべき、と考えられます。
そして、日々の仕事の中で「マニキュアを塗れる」ような
精神的に豊かな生業へと発展させていきたいところです。
そんな
「非木材林産物 Non Wood Forest Products」
の一つとして、昆虫の養殖、半養殖が重要になってくるのではないでしょうか。


ここで論文を紹介しましょう。
Markets Drive the Specialization Strategies of Forest Peoples
61の非木材林産物の調査論文を解析し、
概説したものです。
その中で3タイプに分けられています。 以下引用です。


1.農民が非木材林産物を農作物のように管理するタイプ。
農民は、商品製産樹種を農園のように栽培 するか、 森林のなかでも集約的に管理します。 農家はその樹木の栽培に専念し、家計収入の大半がその生産物によるものとなっています。 多くの場合、土地使用権と市場へのアクセスが安定していて、生活も裕福です。資源を激減 させることもありません。人々と資源利用という点ではうまく行っています。しかし、 最貧困層の人々や手つかずの森林にあてはまることはまれなのです。アジアの事例の多くは このタイプに当てはまります。
2,貧しい農民が天然林から非木材林産物を採集しているタイプ。
森林資源の管理はほとんどなされません。人々は、何とか暮らしていくために様々な 森林産物に依存していて、過剰な採集をしてしまうことがよくあります。林産物は人々の生活の頼み の綱なのですが、将来の見通しは良くありません。このタイプはアフリカに特徴的です。
3.林産物は農家の収入のわずかな部分を占めるにすぎないものの、収入源を多様化させているタイプ。
これは、農家の収入の豊かさの点でも資源管理の集約性の点でも上の1と2の中間にあたります。


そして、この論文ではこう結論しています。
「援助機関や自然保護主義者が期待したほどに、非木材林産物を販売するだけで、森林が守られ人々の生活が改善されることは、ほとんど無いので す。」
これは残念なことですが、当然です。
林産物は、「林を保ったまま」バイオマスを利用するので、
単一の作物を作る畑に比べ、目的のバイオマスにたどり着くまで、多くのコストがかかります。
日本では「巨大なバイオマスを一発で仕留める」猟師ぐらいしか
生計を建てられないことを考えると、
人件費の低い地域、つまり貧困地域でしか
森林からの採集物を使って効果的な収入にはならないのです。
逆にいうと、
裕福になっては、人件費が上がってしまい、持続できないのです
そこで、単一のバイオマスに効率よくアクセスできる
「開墾とプランテーション化」の誘惑がまた、やってきてしまいます。
そこでやはり提案したいのが、
「昆虫を使役する」という発想です
以前の記事で。
「養蟻」=化学物質を使って蟻を使役する家畜化の可能性を示しました。
蟻は森林を縦横無尽に歩き、
新鮮で栄養豊富なタンパク質を集めてきます。
ヒトは巣を用意し、化学物質で彼らの触角をダマシ、
外敵から守ることで「新たな共生関係」を築くのです。
そうすると、
きちんとした技術の確立により、人件費が高くなる=裕福になっても
非木材林産物をアリを経由して持続利用出来ると考えています。
この
「使役」というアイデアは、
先進国でも養蜂が維持できていることを考えると
技術と品種改良次第でかなりの人件費高騰まで対応できるものと考えられます。
今回のアイデアの発端は、
山形大学・菊間満先生よりアドバイスを頂きながら、勉強させていただきました。
ここにお礼申し上げます。


さて
タランチュラに話を戻しましょう。
実は、もう養殖が始まっています。
それは、少し残念ですがカンボジアではなく
チリの農家で、ペット向けに養殖されているのです。
彼らは近くに別の個体がいると、攻撃して共食いしてしまうので、
1頭1頭分けておかなくてはいけません。
ただ小さいケースで構いません。
元々待ち伏せ型の狩猟方法をとるので、
運動スペースはほとんど不要と考えられています。
体の二倍ぐらいの床面積があればよさそうです。
人でいうと「三畳風呂なし」ぐらいでしょうか。
チリでは、
ミールワームやゴキブリを養殖し、それをエサとして
タランチュラを飼育、送料込みで、25ドルでアメリカに出荷しているとのこと。
これを、
タイのコオロギ養殖とつなげれば
容易に東南アジアでも養殖が出来ると考えられます。
ただ、出荷に時間がかかるので、
大量のタランチュラを「成熟」させるための大きなスペースが必要です。
そういった意味で、やや手工業のような雰囲気、
チーズ熟成所のような規模で、食用タランチュラの養殖
始まることを期待します。
やってみたいです。
興味のある方、私をカンボジアに連れてってください。

1

久々の長編になります。
今回は昆虫ではないものの「昆虫食性の食用資源」
としてこの先注目していきたい
「タランチュラ」の話をまとめましょう。

ウィキペディアによると
「タランチュラ」は俗称で、
元はヨーロッパの伝説の毒グモの名前だそうです。
噛まれると「タランティズム」という病を発症し、
タランテラという踊りを踊ると治るとか。覚えておきましょう。
タランテラ

踊りましょう。
その伝承から、
ヨーロッパ人が新大陸で見た大きなクモをタランチュラと呼ぶようになり
次第にオオツチグモ科をざっくりと示す名称になったとのこと。
低緯度地域に広く分布しており、形はよく似ていますが
地上性から半地中性、乾燥地域から高湿度まで
地域に合わせて様々な生態の分化が見られます。
食用としては、特にカンボジアでよく食べられており、
炭火で毛を焼き落とし、カニのように山盛りに売られています。

写真 吉田誠
味もカニに似ており
大変美味で、多くの昆虫食未経験の人にも親しみやすい味です。
カンボジアでは穴に潜むタランチュラを素手で掴み、捕獲しています。
2013年のFAO報告書には「少なくなっているというインタビューもある」とのことですが
現地におけるタランチュラの捕獲量、現存量については調査されていません。
この先、
人口が増えた結果、もしくは昆虫食が人気になった結果、
美味しいタランチュラが乱獲されてしまいかねません。
肉食で、数年かかる性成熟までの期間を考えると、一度乱獲されてしまうと
その回復は困難になるでしょう。
当然「養殖化」が望まれますが、どのように進めるべきでしょうか。
そのことについても考えていきましょう。


私が初めて見たタランチュラは
映画「ホーム・アローン」でした。

クリスマスのバカンスに向かう大家族。
そこで取り残されてしまった末っ子、ケビン少年は
バカンスで留守の家を狙う泥棒二人組に
独自の方法で応戦する。
その中でキーとなるタランチュラ。
ケビンの長兄、ジャイアン風の少年が
飼育しているのですが、
強そうで毒がありそうでキケンな風貌。
劇中ではケビン少年がそっと掴み、うまく利用します。
ココで思うのは
「そんなにキケンな虫を映画に使って大丈夫?」ということ。
はい。大丈夫です。
タランチュラの仲間は強い毒を持ちません。
獲物を捉えるときに消化液を出しますが、
人が噛まれても大事にはなりませんし
第一ほとんど噛みません。手乗りもOKです。
移入して問題になっている
セアカゴケグモなどの神経毒アリのクモと比べると
はるかに安全です。
逆に言うと
「映画で使われる生物は安全なものが多い」といえるでしょう。
カラス研究者の方が
「ヒッチコックの映画・鳥によって大量のカラスに対する嫌悪感を植え付けてしまった」
とつぶやいておられましたが
映画ではそのビジュアルの強さのわりに、安全なものが喜ばれます。
ですが、その安全性が好まれて映画に使われ続けてしまうと、
その虫がキケンなもの、との印象を強くしてしまうのです。
タランチュラに対する嫌悪感は
「映像制作者が植えつけたもの」と言っても
過言ではないのかもしれません。
話は少し逸れますが、
瀬戸口明久 著 「害虫の誕生」

によると
日本では1960年代
ペストやチフスを防止する、といった公衆衛生の概念を
一般に知らせるために「ハエ取りデー」というキャンペーンを行ったそうです。
これは一日にとれたハエの数を競争し、一番多かったヒトに商品を与えるというもの。
専門家からはその効果を疑問視する声もあったのですが
(蔓延地域でないのにハエを捕獲することに意味はあるか。
  発生地ではなく成虫を集めても効果は低いのでは 等)
その結果、
チフスではなく、ハエにだけ嫌悪感を持つ人が増えたのは
言うまでもありません。
また、
「幼少期、虫を背中に入れられて以来虫が嫌い」という人もいます。
この時、本人と虫は被害者で、加害者は入れたヒトです。
このことから、
「嫌悪感」の責任を負うのは加害者ではなく、近くにいる「弱者」であることが類推できます。
(人間社会においても、そのひずみによるストレスは、しばしば加害者ではなく弱者に向けられますね)
物言わぬ。
そして動物倫理を顧みられない彼らに
責任を追わせ過ぎではないでしょうか。
話を戻します。
タランチュラは、ペットとしても人気で
恐らく欧米では「嫌悪の対象を愛でる」という
ロック・マッチョ的な嗜好もあるとは思いますが
日本では単純に愛でてしまう方も多いようです。
手のひらをそっと歩くジェントルマン。
赤い密林に玉の水が跳ねる様子。美しい…

こちらを見てさっと捕食するハンターとしての才能。
いやぁ。 いいもんですね。
抜け殻もこんなに美しい。(スキャナ写真を加工)

さて、この
チリアンコモンとかローズヘアー等と言われる南米産のタランチュラ
Grammostola rosea
国内でブリードしている方から、
「食用に」ということで
生まれたてのベビーを譲っていただいたものです。
それから2年、
バッタを与えて、研究室の片隅ですくすくと育ち、
研究所の一般公開ではバッタとともにアイドルとなり、
とうとうこの日を迎えました。
感慨深いですね。
味見です。
といっても揚げて何度か食べたことがあるので、
今回は新しい料理法への挑戦でもあります。
以前の記事で、「毛を剃る」ことで毛虫の食感の悪さを克服しました。
今回も、
冷凍したあと、毛を剃ることで食感を向上しようと思います。
剃る前

剃ったあと。

表面に見える毛は二重になっていることがわかります。
赤い毛の一本一本が見えるものと、
みっしりと密生していてビロードのような感触の焦げ茶の毛です。
綺麗に剥かれた腹部は巨峰のよう。おいしさが詰まっています。
今回は「グラタン」にしようと思いました。
シーフードグラタン、ならぬフォレストフードグラタン、になります。
ところが、
今回はレシピの考案がなかなか大変です。
タランチュラの表皮をサクサクと仕上げたい所ですが、
グラタンのソースがかかったところは、しっとりしてしまいます。
うまく分離して焼き、かつ食べるときにサクサクジュワ~っと合流するような
そんな料理はないか、考えました。
次回に続きます。

4

最後に
全てを盛りつけ
まとめてみましょう

お節足料理(おせつたしりょうり)
お品書き
エリサンの大陸海老
殿様飛蝗の紅白蒲鉾
ちょろぎ風エリサン蛹のなます
黒豆風毛深赤茶黄金の甘煮
鳶色雀の休眠雑煮
モパ煮付け
栗虫金団
小翅蝗と殿様飛蝗の田作り
殿様飛蝗と蟷螂の数の子


今回は昆虫が少ない冬に
ストックの冷凍昆虫を使って、限られた中、料理をしました。
本来のおせち料理もこんなものだったのだと思います。
寒く、
食料が不足しがちな冬に
新年を越すことが出来た喜びを
できるだけ美味しく
栄養が豊富で彩り良く
豊かな食事で迎えたい、
みんなが食卓に座って分かち合いたい。
そんな思いを感じました。
今回のおせちは
あくまで「ちょい足し」ですので
素材から作る手間はもっと大変だったと思います。
そのうち
全ての「おせつ料理」を
素材から作れたら、と思います。
このように、
郷土料理をなぞること
その料理に含まれている意義や知見
汲み取れたら
昆虫料理開発としては成功だと思います。
料理をすりつぶして機械にかけて、
栄養がああだこうだと解析できるのは、
文化のごくごく一部であることを
肝に銘じなければなりませんね。
今回の収穫は「保存」と「休眠」でしょうか。
ということで長いシリーズになりましたが
これにて「おせつ料理」シリーズは終わりです。
ごちそうさまでした。
喪中につきあけおめとは申しませんが
今年もよろしくお願い致します。
むしくろとわ

前回は
モパニワームの乾物を使い
傷みやすい昆虫の「保存」について考えました。
昆虫は死ぬと短期間で傷んでしまうので
食材としてきちんとした保存方法の確立が必要です。
塩漬け(タガメ)
水煮缶詰(アリの子)
佃煮(イナゴ)
乾燥(モパニワーム)
いずれも他の食材と同様に用いられてきた保存方法です。
更に
昆虫には未開拓の保存方法があります。
それは「休眠」です。
といってもヒトは休眠しないので
ピンとくるのは休眠の一種、「冬眠」でしょうか。
クマやヤマネは冬になると体温を下げ、代謝を抑制し
エネルギーを節約する「休眠状態」になります。
哺乳類の場合、寒さがきっかけとなりますが
他の生物はそうとも限りません。
トノサマバッタのメスは、
日の長さ・日長に応じて
休眠卵と非休眠卵を産み分けます。
本州のトノサマバッタは年2回発生します。
春先に孵化した幼虫は、6月後半に非休眠卵を産み
その後すぐに第二世代が孵化します。
一方で、
秋にさしかかり、日長が短くなってくると
それを察知して、冬眠用の「休眠卵」を作ります。
この休眠卵、室温に放置しても全く孵化しません。
ゆっくり温度を下げ、およそ一ヶ月4℃の低温にさらすと
休眠状態が解除されます。
その後室温に戻すときっかり10日後に孵化するのです。
また、4℃のまま保存すると、
半年から一年は80%以上の確率で孵化します。
卵だけでなく、
幼虫やサナギ、成体も休眠状態になるのが昆虫のスゴイところです。
以前紹介したエビガラスズメ
日長をきっかけにサナギで休眠するので、
15℃の部屋で半年以上保存できます。
幸いなことにサナギのエビガラスズメは大変おいしく、
「食べごろ」が保存できる点で、他の生物より
昆虫の休眠の食品保存への利用価値は高いと思われます。
鱗翅目は前蛹がおいしいので、
「前蛹で休眠」する都合の良い鱗翅目がいればいいな
と思っていた所、
以前に紹介した激ウマのトビイロスズメがなんと、
前蛹越冬するとのこと。
越冬させてみました。

写真上、家庭用冷蔵庫で 10月中旬から3ヶ月保存したもの。
冷凍焼けして茶色くなってしまったトビイロスズメです。
写真下、同じ期間を湿度を管理して常温保存した前蛹
だいぶシナシナですが、「生きています」
触るとピクピク動きます。
これを雑煮に仕上げました。

味見
冷凍トビイロスズメ
冷凍によって劣化しているかとおもったが、多少脂質のニオイがするが味は相変わらずよい。
上手に作った卯の花と同じぐらいの旨味とコク
休眠トビイロスズメ
外皮がかためになっているが相変わらずうまい!大豆の香りと濃厚な旨味。
歯切れがよく口に残らない外皮も美味しくいただける。
冷凍保存の電力エネルギーを考えるとこの美味しさは見事。
食品保存の新たな地平、「休眠」
昆虫を使って切り拓いてみたいと思います。
冷凍冷蔵技術が未発達な地域における
食品廃棄、及び
遠隔地への食料調達労働の頻度を
減らせるのでは、と考えています。
市場への食品の買い出しを行う
児童や女性の労働時間を減らし、教育へと向けることができれば
昆虫食がそれこそ「世界を救う」事になるかもしれません。

1

お節料理は基本的に
「保存食」をベースに作られます。
煮しめは根菜類と干ししいたけ、
こんにゃくを強めの味付けで煮て
お節料理としたものです。
この
干ししいたけ。
通常とても傷みやすいキノコを、常温で保存しやすくするために、干したものです。
干してからまた水で戻すことで旨味や風味が増し、独特のいい味を出します。
同様に、
傷みやすいナマコやアワビも
中国では干しナマコ、干しアワビとして流通し
それらの製造や調理には技術がいるので、生より高価なのだそうです。
さて、
昆虫食界の干ししいたけといえば。
モパニワームですね。
アフリカ原産のヤママユガ科の大型のイモムシで
「モパニ」という樹の葉を食べることで有名です。
市場流通しているのがよく見られ、
けっこう高値で取引されているとのこと。
アフリカに行った複数の方からおみやげで多く頂きました。
アフリカは冷蔵冷凍流通が整備されていないので、
モパニワームは内臓を絞り出した後、天日に干され、干しシイタケ状態で
流通します。こんな感じ。

乾眠するクマムシのようですね。
これを水に戻すと生き返る、と嬉しいのですが、残念ながら
乾眠する昆虫はネムリユスリカしか見つかっていません。
ですが、生き返らないにしろ
段々と元のイモムシの形に戻ってきます。
現地ではトマトなどと一緒に煮物にされているそうです。
何回か乾燥したまま食べたのですが、
魚介類の乾物のような旨味とボソボソとした食感
スナックというよりやはり
「乾物:食品原料」という印象がつよいですね。
今回は干ししいたけにならって、
水で戻し、あごだしをベースにした魚介ダシを使って
モパニワームを煮しめにしてみました
「モパ煮しめ」
御覧ください。

まんまイモムシですね。(笑)
おせつ料理を作っていて気づいたのですが
「和食は食材そのままの姿が残っていることが多い」ですね。
洋食に比べ、食材の姿を見る、食の楽しみがあるのかもしれません。
味見
かなり美味い。魚介系のダシとの相性もよく、
外皮のクチクラ部分がプチプチとアクセントになり面白い。
食感は干しプルーンのようなしっかりした噛みごたえ。木の香りがして味はやさしく、
高野豆腐のように噛むとジュワッとダシ汁が口に広がる。
もしかしたら干して戻す過程で旨味が増えているのではないか。
そのうち 生モパニワームとくらべて食べてみたい。
見た目はアレですが。
モパニワームに保存昆虫食の未来を見たような気がします。
また、モパニワームに関しては「産地」によるブランド化が
起きているとのことです。
ルワンダの貴重な輸出品なんだとか。
そもそもが
傷みやすいものですから
人力で採集し、ゴミを取り除き、内臓を抜いて乾燥させ、市場に卸した時に
「戻した時に美味しくなるよう」ノウハウがあるに違いありません。
日差しの強い乾燥帯ならではの加工だと思います。
(日本ではヘタすると腐ってしまうでしょう。)
かなり美味しく、そして保存も容易なので、アフリカに行かれた方、
おみやげにぜひ買ってきてください。
次はラスト、「トビイロスズメの休眠雑煮」
です。