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何を言っているかわからないと思いますが、私もわからなかったです。初、文春オンラインに寄稿しました。しかも昆虫食ネタではなく。ひとまず先に読んでいただきたいです。ブログではその記事からはみ出た部分を補足して、宣伝としたいと思います。

以前のこのTweetがバズってしまい、編集者の方に声をかけられて寄稿することに。

記事化にあたって改めて情報収集しようにも、攻略本は売り切れ、私はSwitch持ってない。

ゲーマーのみなさんから公式非公式の情報を集め、どうにか分析をすすめました。が。記事の長さの関係で、メンデル遺伝とあつ森遺伝学との関係を指摘する部分がメインになり、細かなあつ森遺伝学の遺伝子と表現型との対応関係なんかを大幅に割愛することとなりました。

一般向け雑誌に遺伝学を掲載するチャンスかと思ったのですが、私が遺伝学のおもしろみをうまいこと咀嚼することができず、小難しい文章が仕上がってしまい、結果割愛となりました。編集の方はめっちゃ親身に読者への狙いやわかりやすさについて助言くださって、私の文章能力不足が改めて身に沁みたわけですが、この割愛部分について、ブログで宣伝がてら書いて良いとのことでしたので、ここに放流しておきます。

あらかじめ言っておきますが、攻略に一切貢献しない情報です。

一体誰向けなんだと言われると、遺伝学に青春をささげた覚えのある人向け。

これが読み解けたからといってあつ森が有利になったり攻略が進むわけでもないです。外に出てくることが決してない、「あつ森の中の人」のことを妄想するためのテキストになります。

さて、最初の発端は小森雨太さんのこのつぶやきから。

おや、高校生のときに勉強した遺伝学みたいな図がならんでるぞ。あつ森なのに。

どうやら遺伝のルールにかなり忠実に花の色が設定されていて、遺伝交配によってレアな花が手に入る模様。

教えてもらった攻略サイトにある遺伝表をもとに、その遺伝子の対応関係を整理してみました。記事化の前提となるリサーチです。

最も素直な遺伝学を実装しているのはパンジー。

まずはパンジー。

白いタネにヘテロ接合で含まれる遺伝子の本体は青の遺伝子で、潜性ホモでBB青を発色する。これは赤い花の遺伝子RRと混色できるので、RRBBで紫、RrYyではBBの発色は隠れてしまいオレンジ、rrYYではイエローに。ここらへんはわかりやすいですね。

アネモネ

アネモネも比較的素直。オレンジの発色がえらく強いですが、W遺伝子の本体は青の色素。RとWの混色によって紫を発色します。

続いてチューリップ

RRだと発色が強すぎて黒になっちゃうので、それを抑制する遺伝子S(サプレッサー遺伝子)としますか。白いタネに含まれる遺伝子は赤色Rの脱色遺伝子。例外的に赤と黄が交じるRRYYで紫、というなんとも説明しがたい混色パターンを見せます。pHでも変わったアントシアン系色素なのでしょうか。「議論の思いやりの原則」にのっとって、最大限好意的に解釈していきます。

こちらはコスモス。

RRが赤、Rrがピンクとなり、遺伝子量効果のようなものが見えています。RrYYでオレンジ、RRYYでブラックというこれまた妙な混色パターンがあり、こちらも白いタネに含まれる遺伝子は抑制遺伝子なのですが、YYを抑制したりRRを抑制したり、赤の発色を強めたりとなかなかトリッキーなふるまいをする遺伝子です。

キクの発色もまた奇妙です。RRYYを混ぜたらグリーンというのはなかなか混色の発想としては逸脱しているように見えます。

「一番簡単なのはユリ」と教わったのですが、あくまで交配手順が最短で、多くの花色が手に入るという意味での「簡単」で、遺伝学的にいちばんシッチャカメッチャカなのもまたユリでした。

白にサプレッサー遺伝子があるのはチューリップと同様なのですが、RRSSTYYがすべてホモで揃ったらなぜか白。いやいやほかの色の時そんなに強く抑制効いてなかったやん。と、いいかげん抑制遺伝子の八面六臂の活躍ぶりに嫌気がさす感じですが、これは分析の当初、劣性ホモ系統を使った検定交雑を邪魔する目的かと思ったのですが、

交配二世代で、すべてのレア花を手に入れられるユリの難易度は低い、というユーザー視点の判断ですので、それは意図的な操作であろうと結論づけることになります。難易度調整としての逸脱で、こちらは難易度を下げる目的。

そしてヒヤシンス。妥当なrryyww青と、逸脱のRRYyWW青があります。27パターンのうちの2パターンが青。これは最後のバラが81パターンのうち1だけが青いバラの遺伝型になっている最高難易度と、差をつけるためでしょう。ここらへんは遺伝学を逸脱してランダムなゲーム性に任されている。

そして最後にバラ。

遺伝子量効果が色素遺伝子と抑制遺伝子それぞれで効いてくるので、花の色から推測される遺伝パターンがなかなか複雑に。それでもWの本体である紫の遺伝子と赤、黄色、抑制遺伝子の4つで青が発色されるのは妙です。

RRYYWWssはどうかんがえても黒の発色にならないと変。つまり類推によっては青にたどり着けなくて、81パターンすべてを解明しないとたどり着かない。まさに最高難易度。

そして記事を「プレイしていない人」という形でプレーヤーへの嫉妬でシメようとしていた先週のこと。ヨドバシカメラから抽選販売当選のメールが。

ええ、このタイミングで?!!

嬉しいやら困るやらで、編集の方に相談しながら結局記事のシメは変えないことにしたのですが、注釈にもありますように、もう我が家にあつ森は届いているのです。

さっそく移住です。

むしくろとわが、移住するならむしの島ですよね。

ん?コレは、、、、食材だぁーーーー!

*記事内の見解はすべて著者によるものです。「あつまれどうぶつの森」発売元の任天堂の見解ではありません。

あつ森はおいしい昆虫の宝庫だったのです。大きくて食べごたえがすごそう。バッタがキョジンツユムシのような、ザリガニや魚と同じくらいのボリューム感があります。

アップデートで昆虫を食べるコマンドつけてもらえないだろうか。たのみます。任天堂さん。

さて、このあつ森の入ったSwitch。次なる問題として、ラオスに持っていくかどうか迷います。あぁエクササイズ系のソフトも入れたい。無事私はあつ森の沼に沈んでいくのでした。

以前に購入した、GXR 50mm macroがラオスの景色を撮影するのに大変によかったのですが、防塵防滴ではない、この古くて弱々しいカメラに、そろそろラオスにも雨季の気配がやってきました。ちょっと心もとない。そこでレンズ検討をしました。

マイクロフォーサーズのマクロレンズには4種類があります。

ひとつは愛用している60mm 防塵防滴でカメラ内深度合成にも対応。

 そして軽くて安くてお手軽にしっかり寄れる、30mm 深度合成にも対応。これが防塵防滴なら完璧なんですが。惜しい。

そしてパナソニックから。こちらも防塵防滴ならラオスに持っていきたいんですが、日本でよく使っています。いいレンズです。

そしてやや発売年が古いですが45mm、これもいいらしいですね。

さて、GXRの50mmマクロを使ってみると、なかなか料理が美味しそうに撮れる。そしてこのカメラの案件はかなり遅いオートフォーカスと、防塵防滴がないので村に持っていくには心配なことです。

ということで更に古いレンズを探って、これにたどり着きました。

新品こんなにするの! 中古品で12000円のを買いました。

今回の帰国時に日本で動作確認をする予定だったのですが、予定がキャンセルになり動作確認をしないといけないので、厳重に梱包してEMSでエイヤッと送ってもらいました。必需品の粉アクエリアスと一緒に。

無骨でかっこよい。

位相差AFのみの対応なので、使えるボディはE-M1のみ。しかし、いい感じに写ります。すごい。

ううむ。すごい。

うまそうですね、GXRの50mm相当ハーフマクロと比較して、画角は半分、お皿を撮るにはちょっと離れないといけないですが、なかなか美味しそうに写りますね。カメラボディは新しいので手ブレ補正や高画素で、たよりがいがあります。そしてすべて防塵防滴。

AFが遅い、というレビューもあったんですがGXRよりはマシだし、レンズも300gとそこまで重くもないし。ということでかなり満足度が高いです。中古が安いので何本かストックしておこうかと思います。

ラオスの撮影条件はなかなかきびしくて、粘土質の赤土が粉になって舞い上がる乾季と、何もかもをカビさせる長い雨季、そして日本で言うところの真夏の日差しが年中斜めから降り注ぐ逆光の怖さ。そして薄暗いところはとことん暗く、明るいところは底抜けに鮮やか。こういったラオスの良さを描写できるのはこれではないかと思います。エクステンションチューブも同時購入したのですが、ピントの合う範囲がかなり狭くなるので今持っている60mmマクロを置き換えるほどではないかな、と。

テレコンEC-14を使えばパンフォーカスも可能と。こんなのもあるんですか、、、試してみたい。

ひとまずさらっと撮ってみました。接写キョウチクトウスズメはエクステンションチューブを使ってます。

いろいろキャンセルになって日本に帰れない日々が続いていますが、またしばらくラオスで楽しくやれそうです。

バレンタインデーなのでチョコの話をしましょうか。

昆虫のもつ構造色、食えるメタリックカラーとして以前から注目していましたが、スイスがやってくれました。昆虫を含まない構造色のチョコらしく。カメレオンチョコではなくてきらめく甲虫チョコ、と言ってほしい。特許もとるらしいです。

石川伸一先生がリファレンスとして出してくださいました。非学術の領域では引用がなかなかなされないので「オリジナリティ」は言い張ったもんがちになります。こうやって別分野ですが初出をだしていただいて感無量です。構造色の昆虫、利用していきたいですね。

ニジイロクワガタのパイグラタン
森の甲虫パエリア
フェモラータオオモモブトハムシのきらめくナッツタルト

こんなフグが。

いつものように街の市場にいきウインドショッピングをしていると、見慣れないサカナの盛り合わせが。

ラオスは内陸国なので海水魚が入荷してもだいたい輸入冷凍で、サバやアジが入荷するのが普通なのでこれは?と思いました。「メコンでとれたもの? 」と聞くと、売っていたお姉さんはそうだとのこと。「食べれるの?」と聞くと「食べれるおいしいよ」と。

また別のラオス人に聞くと「スープにするとおいしい」という証言が。これで「食える」という証言がふたつ

食うという話しからはそれますが、淡水フグはいつか飼いたい淡水魚でした。海水水槽はやはりハードルが高く、淡水水槽でも買える淡水フグ、淡水クラゲ、淡水エイあたりは憧れでした。そんなに簡単じゃないという話も聞きましたが。

話を戻しましょう。とにかく同定したかったのですが、うーん情報不足と私の実力不足。同定がうまいこといきません。メコンフグの幼魚なのか、汽水のミドリフグが遡上してきたものか、同時に売っていたサカナから汽水域からきたかどうか、とか判断できればいいのですが。

するとTwitterでこんなお返事が。ありがとうTwitter.

そして続報。

この絵文字がすごい2020。言語を超えて伝わるコミュニケーションですね。

安全という証言が2、危ないという証言が1,そして同定ができていない。ということで味見は断念とします。以前にドクバッタのときに丸山先生にも助けていただきました。みなさまありがとうございます。

さて12月の帰国はこちらが本丸。交通費を出していただけたので、一時帰国して昆虫食の話をしてきました。第34回さんわかセミナー 

「タンパク質危機に挑む ~代替タンパク質の未来~」

とのことです。日本農芸化学会の産学官連携若手セミナー、さんわかセミナー。代替タンパク質としての昆虫の話。

代替タンパクの総論を、三井物産戦略研究所 の方がやってくれましたし、培養肉、藻類の有名な方がいらっしゃるので、昆虫食のほうは立派な「イロモノ」としてのびのびとやって来ようとおもいました。会場の反応も良好で、良いスパイスになれたかと思います。

おおまかなスライドを公開しておきます。(大事なデータは会場限定です。)

日本の昆虫食のデスバレー。多くのベンチャー企業が直面しますが、昆虫食は偏見が厳しいので状況は悪い。けれども頑張っている人がいるので徐々に変わりつつあります。

では「偏見があるかぎり昆虫食ではなにもできない」ではなくて、昆虫食文化のあるラオスで今すぐできることがしたい。せっかちなもので。

フードセキュリティはよく聞くけれども、その反対語であるフードインセキュリティって皆さん知りませんでした。ここをおさえたいのが理論編。

フードセキュリティを高めるポテンシャルは昆虫食も十分にもってます。

じゃあフードインセキュリティはどうか。「緑の革命」の成果物である農薬と高効率な種苗がまだ届いていないラオスにおいて、最新技術と効率化はいつになったら届くのか。それまで栄養不良にさらされなくてはいけないのか。

この事実を知ったときにわたしのあたまをよぎったのは以下の図。「昆虫を食べる地域ほど栄養状態が悪い」という疑似相関だったとしても寝覚めの悪い悪夢でした。

いまの活動は地域保健活動における潜在資源へのアクセス向上、という役割を担っています。潜在資源で先進国が技術を持たない昆虫について、ラオス発の技術を開発していくことが、途上国が他の国と渡り合える技術立国になる道として王道ではないでしょうか。

整ったインフラが前提となる「効率化技術」に比べると、インフラがないゆえに栄養不良にさらされている人たちにその技術が届くのは当分先になってしまいます。

じゃあ「最貧困層でも養殖できる」手軽さを持つ昆虫がソーシャルビジネスとしてスタートしたとき、2050年に昆虫を食べる人たちが、中間層になるのです。つまり大きなビジネスチャンス。

いまのところNGOの活動の枠組みですが、育てた昆虫を売る先は先進国のほうがいいです。高価格で買ってくれるので。品質を管理して、輸出して、ラオスに外貨をもたらす産業になってほしい、という意図でこちらに登壇してきました。お待ちしています!

会場で食べたもらったのは開発中のバッタ生キャラメル。おおむね好評でした。製品化は間近か!

最後、じかんがなくて表示できなかったんですが、セミナーの内容をみて寄付したくなったらこちらにどうぞ! 助成金獲得に割かれる様々な事務手続きを楽にしてくれる寄付は、かなり活動にとってありがたい存在です。よろしくおねがいします。

培養肉も藻類も、真面目に多くの研究者が参加していて、さまざまな裏話も聞けました。また「一般に向けて」どのようにアプローチしていくか、見慣れない食材としてどうやってアクションを起こしていくか、という話も盛り上がりました。昆虫食を日本でどう位置づけるか、ラオスでどう位置づけるか。

どうしてもラオスに滞在するとラオス的価値観になっていくので、いったん日本的価値観を再インストールして、バランスをチューニングしていこうと思います。

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さて、ラオスにいる時間が長いとTwitterに流れる日本での催し物に対して、とても「飢えた状態」になります。どれだけ行きたくとも、行けないという物理的制約です。「いきもにあ」に嫉妬してこんなことをしたこともありました。

そうすると日本に帰国した時に煽られていろんなイベントに参加したくなります。無理してでも。むしろ日本にいた時より年間の頻度は増してるかもしれないです。

最初に行ってきたのは、他の打ち合わせが早めに終わったので近場でこれ。

未来と芸術展

森美術館というオサレ空間を見てきました。やはり気になるのはこれら。なぜ建築家はビルにコケをはやしたがるのか。

なぜ建築家はビルにコケをはやしたがるのか。それで食糧生産、的なストーリーがついているのです。

都市、という不特定多数のニンゲンが密集する狭い狭い空間において、食糧の一次生産=光合成にするというのはなかなかナンセンスです。たとえ光合成効率100%というとんでもないものが生まれたとしても、そもそも利用可能な太陽光のうち、都市に降り注ぐのはわずかですし、都市、というのは田舎への依存によって成立する空間ですので、利用可能な土地全部が都市になってしまってはいけません。そして迷子がいるかもしれない都市で巨大な農業機械をぶん回すなど、危険すぎます。棲み分けがだいじです。というかこれらを考えている人と、評価する人、あなた都市にしか住んだことないですよね、と薄々見えてきます。

田舎はグリーンとかピュアとかナチュラルといった「都会の無機質・閉塞感」のアンチテーゼから想像されるお花畑ではないんです。

「都市」が様々な資源(電力・食料・人的リソース・そして価値観)をその周囲から搾取していることを強烈に意識しているのが会田誠のNEO出島。東京という「日本の大将」たる都市の上空に、「グローバルエリート」というコンプレックスを刺激しまくるさらなる搾取の上位存在を浮かばせる、という、なんと田舎根性の卑屈な作品が作れるんだろうか。たぶん都市に住んでるのに。田舎出身の私としてはひどくスッキリしたものです。

ネオ出島。アリータの世界観にも近い。

次に見たのがNASAの火星移住プロトタイプ。現地の土で簡便なシェルターをつくり紫外線を遮り、中にもちこんだ空気圧式の居住スペースを展開していく。「宇宙船地球号」と呼ばれる地球そのものも巨大な半閉鎖系なのですが、こういった宇宙開発というロマンと組み合わせると、閉鎖式の生態系模倣型農業も、閉塞的なストレスが減り魅力的に見えてきます。

そして見たかった「POP ROACH」

ゴキブリを遺伝子組換えをすることで新たなフレーバーをもたらした昆虫食の新しい形、の架空の広告という設定のAI Hasegawaさんの作品。

AI Hasegawaさんは以前から存じ上げていて、とてもリサーチが強い、専門家からの批評にも耐える強度の高い作品を作られる方です。もう2点、生殖医療をテーマにした作品も展示されています。この話は後で紹介しますが、この作品でも、アートの反実仮想によって想定された「複数の親がいる子供の可能性」について、「専門家」にデメリットから先に語らせるという動画が流れています。

このゴキブリ作品も以前から知っていたのですが、なぜか、妙に、唐突で強烈な「不快感」が出てきたのです。

「私たちはゴキブリを食べられるのでしょうか?」

「不快だ」だけは面白くないので、なぜそう感じたのか、読み解いていきましょう。

ゴキブリ、という都市で汚染されたミームを持つ存在を取り上げていますが、多くの昆虫食文化は都市以外、つまり田舎で育まれてきたので、ゴキブリを食べる文化はさほど多くありません。森に行かないとまとまって手に入りにくく、独特の集合フェロモン臭があるからです。そして家屋の周りをうろついているゴキブリは衛生上の問題があります。それは「ニンゲンの生息環境が汚い」だけで、ゴキブリのせいでもないのです。

つまり典型的な昆虫食文化を背景にすればゴキブリを代表として選出するとは考えにくく、「昆虫食文化の文脈を意図的か非意図的に無視している」という点です。

これが意図的でないことはあとから解説します。アート、および建築意匠にかかわる人材の都市集中による構造的な問題かと思います。

そして次に「遺伝子組み換えによる風味の改変」です。

ゴキブリに一年間チョコを食べさせると味が変化する という実験からもわかるように、遺伝子組換えをしなくとも、エサによってでも風味を変えることは可能で、遺伝子組換えを登場させる意義としては弱くなってしまいます。もともと遺伝子組み換えと昆虫の相性はよいので、例えば自然界にない物質への栄養要求性を付与し、脱走すると死ぬ安全な食用昆虫とか、甲殻類アレルギーを緩和する作用のある昆虫などなど、今後活用される場面は色々考えられると思いますが、「ゴキブリにフレーバーをつける目的で行う」のはかなり後回しでしょう。

ゴキブリはタンパク質をあまりふくまない廃棄バイオマスからも効率的にタンパク質を回収できる、という論文もあるので、もちろん都市に適応したゴキブリを、都市型の廃棄物再処理目的で飼うことは全く筋が通っています。

しかし、それを「昆虫食の第一歩」「果たしてあなたは食べられるか、という踏み絵と」して提示されていることに、一種のさみしさを感じたのです。

あぁ私たちは無視されていると。ラオスに滞在しているからって「私たち」と総称することもまたおこがましいですし、それをもって都市生活者を攻撃するのもナンセンスなんですが。率直な気持ちとして。

と同時に、2015年にはこの作品を知っていて、こんな不快感は全く沸き起こらなかったことを思い出します。つまり、「私の不快感」はラオスに行くことで大きく変わったといえるでしょう。

すると愛読していた火の鳥までもが、昆虫食への偏見(火の鳥太陽編でのシャドーの食生活の酷さを示すためにゴキブリやざざむしが使われる)にまみれていることにイラッと来ますし、森美術館という都市のまんなかで、都市生活者だけで食の未来を語れると素朴に思っていることこそがおこがましい、とまで怒りは膨らんでいきました。展示の場所にも影響されている気がします。

ある現代アートに対して、「スペキュラティブだ」と評価がつくことがあります。作家が意図的であることを前提として、社会に向けて問題提起するパワーが強いことを美術批評家が発します。日本は批評家やキュレーターが豊富とはいえないので、そのように評価されたことを、アーティスト自らが発信しなくてはいけない側面もあります。(本来はアーティストが自分への評価を広告するのはやらなくていいはずですが)

するとこういった「スペキュラティブさ」は

都市部の、お金持ちの、人口密集地の「社会」に対するメッセージ性で測定され

辺境の、貧乏の、過疎地の、もう一ついうとマイノリティの「社会」は見逃されがちであるという点に、多くの(貧乏な時代を過ごしたはずの)アーティストが自覚を失ってしまうことこそが、構造的な危険性をはらんでいるように見えてきました。

報われないアーティストが上流階級に入り込むため、同じような報われない境遇にある、非アーティストを踏みつけた作品を作るとしたら、それこそ表現の地獄というやつになると思います。そしてその多くは「非意図的に」「無自覚なリサーチ不足で」起こっている。

無自覚なリサーチ不足によって、アーティストが「お客さんとならない弱者」を採算から度外視することで、差別を再生産するとき、それに共感する「お客さん」の存在によって、アーティストの評価は決まってしまいます。

アウトサイダーである、ここでいうと昆虫を日常的に食べている人たちの声によって、アーティストの名声が落ちることは構造的にありません。アート・ワールドのこの構造を変えろということはないですし、コネと政治によって不当に高く評価されている論文(によって一般市民の健康が不当にバイアスがかかってしまう)が学術界は多々あるので、他山の石としたいものです。

他業界におけるアラが目についてしまうのは、お互いにないものねだりといえるでしょう。つまりこれから、どのような表現物に対しても「リサーチ不足」が致命的になりかねない、あるいはそうなるべきだとも思います。

幸いにも、この作者であるAI Hasegawaさんに、この疑問、不快感、問題を直接受け取めてもらうことができましたので、しばらくこの話は続きます。結論からいうと、コラボを企画することになりました。いつまでに、というものではないので気長に待ってください。いつかやりたい、とラブコールを改めて発しておきます。

次は人体を使った、ある意味「究極」の表現物、ミイラ展につづきます。

自己を犠牲にした究極の表現物「即身仏」はどのような「強さ」をもつのか。表現者がそれをやりたくなる衝動について、現代社会はそれを許容していいものか。

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今日は昆虫をオススメしない蟲ソムリエの話です。

先週8月最終週、味の素ファンデーションの助成で行われてきた村落栄養ボランティア研修を開催しました。その中で私は「栄養教育の完了したボランティアに、次の段階として栄養を得る方法を教える役割」を果たしています。昨年はゾウムシを一期修了生におすすめし、無事彼らの期待に答えてすべての希望者が継続的に昆虫養殖ができるようになりました。

こちらが2017年スタート時の様子です。

さて、昨年と今年の2月に実施された栄養調査によって、活動地の村において、「ビタミンAと油脂を含む食材の頻度」が相対的に不足しているという結果が出て、日本国際保健医療学会で発表されました。これまで気にしていたタンパク質の豊富な貝、魚、昆虫、そしてタケノコなどの、昆虫を含む野生食材は相対的にわりとみなさん食べている、という結果でした。当初タンパク質リッチで脂質の少ないバッタの導入を計画していたので、この結果は予想外でしたが、我々の目標は栄養なので、地域の問題に沿った提案をしなくてはなりません。

なぜなら問題を抱えているのはあくまでこの村の人達で、昆虫をオススメすることが自己目的化してはダメだからです。

昆虫で栄養を、というプロジェクトや企業からいくつか相談を受けましたが、その導入先の地域がどんな栄養の問題を抱えているか、というリサーチ抜きにスタートしているグループがいくつかあります。現地に行ったあとで、その昆虫がミスマッチだったとしたら、彼らはどの程度、現地に合わせて方針を変えられるでしょうか。

昆虫の多様性を利用したり、現地の生態系を俯瞰して提案できる食材が昆虫以外であったときに、どう動けるか、そのフレキシビリティが試されるとおもいます。

これから始まるJICAのプロジェクトの目標には、昆虫が栄養に至る経路については2つ準備をしています。一つはわかりやすい、直接食べるルート、もう一つは積極的に昆虫を売って、そのお金で別の食材を買う。あるいは市場に売りに行ったアクセスを利用して、その家庭に足りない栄養豊富な食材を買って帰ることです。昆虫を売って設けたお金で清涼飲料水やスナック菓子を買っては本末転倒ですし、昆虫養殖にかまけて育児がおろそかになってもいけません。

「売るならば栄養豊富でなくてもいい」という言い方もできてしまいますが、村の栄養状況に合わせた食材の養殖を推奨する中で、たとえ満足に売れなかったとしても、売れ残りを食べて栄養に貢献できるだろう(逆に言うと売れ残りを食べて栄養状態が悪化しかねないのが炭水化物です)という消極的な栄養貢献の役割も、含めてあります。

なのであくまで「栄養の問題を意識させ、改善していくこと」を常に目標として掲げ、養殖希望者には必ず栄養教育を受けてもらうことことなどを徹底する仕組みにしていきます。もちろんISAPHが今後の栄養状態についても追跡しますので、「昆虫養殖を導入したら栄養状態が悪化した」なんてことが万が一あっても検出できる、ステキな緊張関係を保ちつつ進めていきます。

この、昆虫養殖ビジネスが保健NGOと連携する仕組みのパッケージを開発することで、「昆虫食が栄養に貢献する社会実装」を実現しようとしています。

話がそれました。ビタミンAの供給源を何にするか。そしてそれが昆虫ではないということ。

ざっと検索してみたところ、アフリカの聞いたことのないバッタがビタミンAを多めに持っているという文献を見つけましたが、植物質の食品に比べると安定的にビタミンAをもっている昆虫はみつかりませんでした。ビタミンAは有力な栄養不良の要因の一つなので、(だからといって夜盲症が頻発しているわけではないのであくまで候補の一つ)ニンジンやかぼちゃなどの栽培も検討してきました、が、ラオスの雨季と乾季の水供給の差は激しく、ニンジンは乾季にフカフカになるまで手をかけた土壌を使い、袋栽培をするとある程度育つことが確認できたものの、雨季は全く育たず、かぼちゃも雨季は受粉がうまく行かず、ウリハムシにやられて失敗してしまいました。食糧事情が不安定なときの補完的な食品としての活躍を期待したいので、これではいまひとつです。

2018年乾季には人参栽培に成功。しかし手間とコストが大きい。

そこで雨季と乾季の両方を耐えうる、つまり「多年草化・樹木化」する植物にフォーカスを移し、情報収集を進めていたところ、昨年7月にこちらにたどり着いたのです。

ガックフルーツ。聞き慣れない名前ですがビタミンA前駆体のβカロテンが豊富に含まれていて、なにしろ栽培に失敗しにくい。つる性で雨季の増水も、乾季の乾燥にも耐え、広く葉を広げ、ウリハムシにも強く、植え付けから8ヶ月で実がなり始め、安定的に成り続けるというすごい特徴があります。

食べたことのない食品だったので子供に与えていいか検索したところ、ベトナムの未就学児185人を対象にした30日投与の論文が見つかったので、ひとまず安全性については大丈夫かと判断しました。ちなみに日本の場合、「モクベツシ」という生薬としてタネが使われてきた経緯から薬事法で種子の経口摂取用途の販売には縛り(pdf)があります。ご注意を。

タネからはトリプシンインヒビター(pdf)が見つかっており、下手に食べると下痢をしてむしろ栄養にマイナスに働いてしまうので、「タネは食べない」としておきます。今回も希望者に苗木で渡しました。

肖像の関係で顔の掲載はISAPH公式だけになってます。

この植物については全く世話の必要がなく、土地さえマッチすればどんどん生育し、その土地に肥料が足りなくなれば身が小さくなるので、各家庭の菜園の状態を把握することも、この配布の目的の中にあります。

先にこの村の栄養の問題、そしてビタミンAの話をして、

調理実習。ガックフルーツの果肉をつかった魚のスープ、ガックフルーツのパルプをつかった赤いドーナッツ、そしてパルプを使った甘いジュースをつくりました。こちらは料理学校の先生から提案されたもの。ガックフルーツはあまり一般的な食品ではないので、そのレシピから「美味しい料理」として村への導入を提案していきます。

ビタミンAはガックフルーツに任せるとして、油についてはゾウムシの出番です。来月はゾウムシにフォーカスにして、オススメするレシピと栄養の講義をしようと思います。
本家のソムリエと同じように、「適切でない場合はオススメしない」というのもソムリエの大事な仕事です。蟲ソムリエが昆虫をオススメするときは対象者が問題やニーズをもつとき。そうでないときは、昆虫よりもふさわしい別の食品を提案します。

逆に言うと、問題もニーズもないのに「昆虫の押し売り」をするのはソムリエとして恥ずべき行為といえるでしょう。幸いここラオスでは昆虫食文化があり、昆虫も他の食材と同じように扱ってくれます。一方で昆虫学の専門家はほとんどいません。そのギャップを日本の昆虫学とラオスとをつないで埋めていくことで、昆虫食文化が地元のニーズに沿って発展していくことをサポートするのが蟲ソムリエのしばらくのメイン仕事になると思います。

その中で「蟲をオススメしない」という結論に至った今回の活動は、たとえ昆虫が最適でないとしても対応できる前例となったので、蟲ソムリエらしい仕事ができたと自負しています。

更にいうと、「昆虫じゃない」という結論に至れる冗長性をもたないプロジェクトは、必要のない昆虫を住民にゴリ押ししてしまうリスクがあります。

本当に現場に昆虫が必要なのか、ご都合主義で昆虫養殖を自己目的化していないか、昆虫食プロジェクトを行う人も、それに支援する人も、皆様適度な懐疑主義とともに、相互批判をしつつ健全な業界になっていくよう、進んでいきましょう。

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7月9日に村で会議が行われ、10日に首都ビエンチャンまで移動し、11日朝に帰国、午後から打ち合わせをこなし、12日にはつくばで打ち合わせ、13日土曜日、初めての週末に、ラオス感がまだまだ残るアタマとカラダで行ってきました。

渋谷という立地、デザインとしておしゃれで、意識が高そうで、そして学術的なニオイがあまりしない中、石川先生と西廣先生、というアカデミックなゲストを呼んで何が展開されていくのか、とても気になりました。

今回は私はタダの客ですので、
主催者の意図をそっちのけでわざわざ昆虫食をぶっこんで質問するような無粋なことをしなかったのですが、会場で「昆虫が入るとこう考えるな」と心の中でつぶやいたこと
(けれど会場では言わなかったこと)をつらつらと書いてみようと思います。

まずは講演。
西廣先生は植物生態学者、地球環境変動、主に温暖化をテーマに
温室効果ガスを減らしていく「緩和」と
すでに温室効果ガス排出を今年ゼロにする、というとても達成できないゴールを設定したとしても、存在するガスによる温暖化は進んでいくという予測から
「適応」という見逃されがちなもう一つの手段について説明していきます。

そしてこれからの未来は「適応時代」だと。

ふむふむ、たしかに昆虫食は温室効果ガスを出しにくい、という「緩和」で注目されたけれども、
熱帯に多く生息し、(参考:熱帯雨林のアリのバイオマスは同地域の脊椎動物の総和を超える推定)
40度の高温でも生育障害を起こさない種もあったり

かつて地球がもっと温暖だった頃は変温動物が幅を利かせていたことも関係しそうだし
ガスを出しにくく高密度で買える性質から閉鎖系の熱交換器(エアコン)を使った飼育系にも
適応している(排気ガスの多い反芻動物はガス交換の需要がおおいので断熱しても熱交換器の効率に限界がある。)とも言える。

お次は田んぼの生物多様性、を調べると5668種の生物
うち昆虫、クモ類1867種!やはり昆虫多い!
そして、害虫でも益虫でもない、ただの虫が多い。

今後気候変動による農地の変化に対して「緩和」するにしても「適応」するにしても
この1800種という1/3の生物を、たった177種の害虫予備軍のために平等に
(無差別に)殺虫剤を撒いてしまうことの巨大なロスをあらためて感じるわけです。

そして救荒食としての雑草。
東大阪大学の松井欣也先生は救荒食としての昆虫に注目して研究していますし

次の話者である石川伸一先生も東日本大震災の経験をもとに話題にしていまして

「もしも」に備える食 災害時でも、いつもの食事を」にも、「もしものときに、いつもの食が手に入ったときの安心感はすごい」
と東日本大震災の被災時の実感を込めて書いていらっしゃるので
「非常時のみの食品」というよりは「非常時にも、そうでないときでも災害備蓄を確認するイベントとしての採集食」という位置づけが生まれてくると思います。緊急時の飢餓を回避する目的で、食べ慣れないものを無理やり食べる、というのは災害食としてはふさわしくないですし、戦時中の昆虫食の体験を記録している方も、やはりトラウマ的な記憶のようだ、と話されていました。
これでは豊かな文化とはいえません。

また、ラオスにおいては「失業しても稲作を手伝って野生動植物(昆虫を含む)をとってくれば死なない」
という生態系ベーシックインカムとして機能しています。

ちなみにですが、「データ栄養学のススメ」によると
東南アジアの(おそらく天水の)稲作の効率は焼き畑に次ぐカロリー収集効率で、熱帯モンスーン気候を生かして乾季は雑草伸び放題、雨季は雨の到来にあわせて土を耕し、苗を用意し田植えをする様子はかなりの省エネです。

とはいってもこの生態系ベーシックインカム機能は不完全で、野生食材に依存して生活している世帯の子供は栄養不良が多い状態が続いています。

つづいて石川先生は新書
「食の進化史」から。

「なぜ人は食の未来に興味をもつのか」ウーン。これは気になる。
関心が強い、食の研究者だけでなく、素朴な普通の人においても「食の未来」は気になってしまう。

私は一種のSFの潮流だと思っています。少し前までは
巨大な資源を投資して地球外に出ることで、なにか救世主(逆に展開すると破滅者)がやってくるのではないか、という展開が好まれました。

しかし宇宙開発が年々縮小し、ソユーズを使い続けている現状では、なかなか未来のビジョンとして大成功した宇宙開発、というイメージは懐きにくいとおもいます。
一方で「胃袋を掴む」ではないですが、食の主体性を獲得した個人、もしくは組織は強いです。

そういう意味で社会性の原始的な形が「食」で、生命の持続可能性のためには持続可能な「食」がないといけない。
マッドマックスがおそるべき搾取的で、かつ効率的な食糧生産を
イモータン・ジョーの恐ろしさを説明する背景として設定にいれたのも
ブレードランナー2049でデッカードの隠遁生活を藻類と昆虫の養殖で示し、昆虫による物語の展開が起こったり、昆虫を養殖するファーマーとして死ぬことを選んだレプリカントがいたりと。
インターステラーは旧式に見える宇宙船で、地球の食料が壊滅することを理由としてやっとこさっとこ資源を調達して打ち上げ、新しい星を探しにいっていました。

未来の安心には食が欠かせない、とSFの世界(≒一般の人が感じる科学的な未来)が気づいてきたという納得の潮流です。

石川先生からはいったん科学を手放して、先生の知識をもとに
「歴史学的に」もぐっていこうという試みをこの本でも行っています。

「食の進化史」を読むとわかるのですが、専門分野の論文だけでなく
食に関する文芸、料理、アートまで先生の膨大な知識から
「未来を予測する」試みをしています。

そしてイベント最後、年表を用意し、過去から未来まで、食の歴史をひもとき
未来に「何が起こるのか」みんなで考えようというパフォーマンスアートが展開されます。

やはり「食べて考える」ことの五感の刺激度はすごいと実感しました。
視覚や聴覚を通じて、刺激的な文字情報、映像を見せたとしても
口の中や体内に取り入れることの「実感」にまさる情報量はないでしょう。
そこに「食べる」ことの決断性も含まれているように思います。
食べようと思わない限り食べないのが人類です。

しかし、今回は沈黙を貫きましたが昆虫に関する
直感的に想像できない項目については、
どうしても沈黙してしまうことも感じました。

日本人には相容れない、まだ早いという食文化を持つ人が日本に来た時に 日本人がどう準備できるか。そこに食の専門家がどうサポートできるか。— 蟲喰ロトワ 蟲ソムリエ しばらくラオス 一時帰国11月予定 (@Mushi_Kurotowa) July 13, 2019

西廣先生は耕作放棄地の生態学的調査を通じて
かわりゆく、温暖化が進みゆく地球でどのように対策するか
という一種の「適応」についてもその地域の現場に参加する中で研究しています。

日本では農業の成りてが減っていき、耕作放棄地も増えています。
一般に耕作放棄地は生物多様性が減少すると思われがちですが(私がそう思っていました)

かんたんな水張りと水路の管理によって生物多様性の豊かなビオトープのような土地が出現するとのことです。こういった「生態系サービスの供給源」としてのかんたん管理の耕作放棄地

もうちょっといい言い方をすると「水田リタイアビオトープ」のような感じでしょうか。
そこで「虫」の相談をしていただきました。近いうち動き出せればと思います。

生態系にこんなにも昆虫がいるのに、その料理法やメニューをもたない文化というもののアンバランスさを、知らない人は感じることもできず、

そしてそういった人には昆虫食の未来を予測することも困難です。

今回のパフォーマンスアートにもコオロギが少しだけ、未来の年表にも少しだけ昆虫の話がありましたが、「過去に昆虫が食べられていたという事実」を年表には示せていません。

つまり、
主観が入る余地が明確な「予測」だけでなく客観的な情報収集における収集者のバイアスですら、現在の食文化によるバイアスが網羅的な、中立的な未来予測を妨げかねないのです。

どうしても思うのが、
「未来や過去を想像するとき人間は現在の価値感に引きずられる」という一般的な傾向です。
そしてその緩和には、メンバーを日本人だけでにすること、あるいは先進国の人間だけにすることの不足を感じました。

もうちょっと具体的に言うと、
日本人だけで未来の予測をできると素朴に信じていることのはやっぱり危険です。

私から提案できるのは、
昆虫食文化を持つ、これから人口が増える国の人達との対話、そして場が温まってきたら、ゆくゆくはガチの議論ですね。

そんなイベントをしたいと画策しております。お待ち下さい。

今回の村の滞在目的は農地の新規開墾でした。ゾウムシの餌になるキャッサバがどうにも村の中で手に入れることができず、その一方で水稲に向かない傾斜地や高台は放置され、藪になっている現状もありました。キャッサバは乾燥に強い作物です。ではそういった土地で自給してみよう、と持ちかけ、開墾に至ったということです。この話は近々まとめます。

その帰り、他の活動をしているラオス人スタッフと合流するためにその家に寄ったところ、こんな鍋が。

こちらはパグガエル、と教えていただきました。ラオス人に聞いた通り、夏眠の性質があるそうです。これ以外のカエルについては以下にまとめ直しておきます。

美味しそうですね。

こうした旬のカエルを含む野生食材というのは彼らの栄養をしっかり支えていることがわかってきました。日本で言うところの「野食」というものとは随分と異なります。

日本の野食は都会で現金収入を得られる人たちだからこそできる(というか現金収入がない状態で、手作業メインでの自給自足生活をすることは日本ではほとんど困難です。)趣味であって、栄養をそれで賄っているわけではありません。

ラオスの栄養の問題、と言うと「足りないタンパク質を昆虫で解決」のような簡単なストーリーが思いつきがちのようで、ここらへんの栄養調査の結果に基づく、あるいは国連などの国際機関の調査、判断に基づく戦略についても、理解を広めていきたいところです。

アウトサイドジャパン展と同じ日、夜に少し時間が取れたので行ってきました。

装飾に用いられる穴の空いた自然物、という括りでのビーズ展。元々は2017年に国立民俗学博物館で行われたものに、科博とのコラボによって再編集されたものです。

特に好きなのがこれ。猿の歯として民博に収蔵されていたものが、科博によってイルカと同定されたもの。こういったコラボの醍醐味ですね。

ずっと見たかったのがこれ。オオスズメバチの顔の首飾り。存在は知っていたんですが展示がされていなかったので見れなかったものです。よく見るととても折れやすい触角が綺麗に残っており、いわゆる首飾り、ネックレスのような使用するものではなくて、お守りのような大事に繊細に扱うものであることがわかります。見れてよかった。

何も聞いていなければアウトサイダーアートではないかと思うこの緻密なビーズ。所変われば文脈も変わるわけで、全ての表現物のうちそのほとんどは今現在の市場価値だけで見るとアウトサイダーアートなのではないかと思います。専門家にしかわからない価値、というのもそれかと。

くやしかったのは同時開催の「大哺乳類展」に標本が取られてしまって実物展示のなかった剥製たち。くやしい。あっちは有料の企画展、こっちは常設展示の片隅。仕方ないとはいえ。私は日本館の渋い企画展を応援します。行こう。科博の日本館。

こうしてみると食べたものの残りを装飾に使う、というのは普通の感覚で、私が昔に作ったバッタのふんのマスクも民芸という意味では普通の表現活動なのではないかと思ったり。アウトサイドジャパンと同日に見れたことでなかなか広がりのある1日になりました。