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地球の味レストランのイベントに行ってきました。

7月9日に村で会議が行われ、10日に首都ビエンチャンまで移動し、11日朝に帰国、午後から打ち合わせをこなし、12日にはつくばで打ち合わせ、13日土曜日、初めての週末に、ラオス感がまだまだ残るアタマとカラダで行ってきました。

渋谷という立地、デザインとしておしゃれで、意識が高そうで、そして学術的なニオイがあまりしない中、石川先生と西廣先生、というアカデミックなゲストを呼んで何が展開されていくのか、とても気になりました。

今回は私はタダの客ですので、
主催者の意図をそっちのけでわざわざ昆虫食をぶっこんで質問するような無粋なことをしなかったのですが、会場で「昆虫が入るとこう考えるな」と心の中でつぶやいたこと
(けれど会場では言わなかったこと)をつらつらと書いてみようと思います。

まずは講演。
西廣先生は植物生態学者、地球環境変動、主に温暖化をテーマに
温室効果ガスを減らしていく「緩和」と
すでに温室効果ガス排出を今年ゼロにする、というとても達成できないゴールを設定したとしても、存在するガスによる温暖化は進んでいくという予測から
「適応」という見逃されがちなもう一つの手段について説明していきます。

そしてこれからの未来は「適応時代」だと。

ふむふむ、たしかに昆虫食は温室効果ガスを出しにくい、という「緩和」で注目されたけれども、
熱帯に多く生息し、(参考:熱帯雨林のアリのバイオマスは同地域の脊椎動物の総和を超える推定)
40度の高温でも生育障害を起こさない種もあったり

かつて地球がもっと温暖だった頃は変温動物が幅を利かせていたことも関係しそうだし
ガスを出しにくく高密度で買える性質から閉鎖系の熱交換器(エアコン)を使った飼育系にも
適応している(排気ガスの多い反芻動物はガス交換の需要がおおいので断熱しても熱交換器の効率に限界がある。)とも言える。

お次は田んぼの生物多様性、を調べると5668種の生物
うち昆虫、クモ類1867種!やはり昆虫多い!
そして、害虫でも益虫でもない、ただの虫が多い。

今後気候変動による農地の変化に対して「緩和」するにしても「適応」するにしても
この1800種という1/3の生物を、たった177種の害虫予備軍のために平等に
(無差別に)殺虫剤を撒いてしまうことの巨大なロスをあらためて感じるわけです。

そして救荒食としての雑草。
東大阪大学の松井欣也先生は救荒食としての昆虫に注目して研究していますし

次の話者である石川伸一先生も東日本大震災の経験をもとに話題にしていまして

「もしも」に備える食 災害時でも、いつもの食事を」にも、「もしものときに、いつもの食が手に入ったときの安心感はすごい」
と東日本大震災の被災時の実感を込めて書いていらっしゃるので
「非常時のみの食品」というよりは「非常時にも、そうでないときでも災害備蓄を確認するイベントとしての採集食」という位置づけが生まれてくると思います。緊急時の飢餓を回避する目的で、食べ慣れないものを無理やり食べる、というのは災害食としてはふさわしくないですし、戦時中の昆虫食の体験を記録している方も、やはりトラウマ的な記憶のようだ、と話されていました。
これでは豊かな文化とはいえません。

また、ラオスにおいては「失業しても稲作を手伝って野生動植物(昆虫を含む)をとってくれば死なない」
という生態系ベーシックインカムとして機能しています。

ちなみにですが、「データ栄養学のススメ」によると
東南アジアの(おそらく天水の)稲作の効率は焼き畑に次ぐカロリー収集効率で、熱帯モンスーン気候を生かして乾季は雑草伸び放題、雨季は雨の到来にあわせて土を耕し、苗を用意し田植えをする様子はかなりの省エネです。

とはいってもこの生態系ベーシックインカム機能は不完全で、野生食材に依存して生活している世帯の子供は栄養不良が多い状態が続いています。

つづいて石川先生は新書
「食の進化史」から。

「なぜ人は食の未来に興味をもつのか」ウーン。これは気になる。
関心が強い、食の研究者だけでなく、素朴な普通の人においても「食の未来」は気になってしまう。

私は一種のSFの潮流だと思っています。少し前までは
巨大な資源を投資して地球外に出ることで、なにか救世主(逆に展開すると破滅者)がやってくるのではないか、という展開が好まれました。

しかし宇宙開発が年々縮小し、ソユーズを使い続けている現状では、なかなか未来のビジョンとして大成功した宇宙開発、というイメージは懐きにくいとおもいます。
一方で「胃袋を掴む」ではないですが、食の主体性を獲得した個人、もしくは組織は強いです。

そういう意味で社会性の原始的な形が「食」で、生命の持続可能性のためには持続可能な「食」がないといけない。
マッドマックスがおそるべき搾取的で、かつ効率的な食糧生産を
イモータン・ジョーの恐ろしさを説明する背景として設定にいれたのも
ブレードランナー2049でデッカードの隠遁生活を藻類と昆虫の養殖で示し、昆虫による物語の展開が起こったり、昆虫を養殖するファーマーとして死ぬことを選んだレプリカントがいたりと。
インターステラーは旧式に見える宇宙船で、地球の食料が壊滅することを理由としてやっとこさっとこ資源を調達して打ち上げ、新しい星を探しにいっていました。

未来の安心には食が欠かせない、とSFの世界(≒一般の人が感じる科学的な未来)が気づいてきたという納得の潮流です。

石川先生からはいったん科学を手放して、先生の知識をもとに
「歴史学的に」もぐっていこうという試みをこの本でも行っています。

「食の進化史」を読むとわかるのですが、専門分野の論文だけでなく
食に関する文芸、料理、アートまで先生の膨大な知識から
「未来を予測する」試みをしています。

そしてイベント最後、年表を用意し、過去から未来まで、食の歴史をひもとき
未来に「何が起こるのか」みんなで考えようというパフォーマンスアートが展開されます。

やはり「食べて考える」ことの五感の刺激度はすごいと実感しました。
視覚や聴覚を通じて、刺激的な文字情報、映像を見せたとしても
口の中や体内に取り入れることの「実感」にまさる情報量はないでしょう。
そこに「食べる」ことの決断性も含まれているように思います。
食べようと思わない限り食べないのが人類です。

しかし、今回は沈黙を貫きましたが昆虫に関する
直感的に想像できない項目については、
どうしても沈黙してしまうことも感じました。

日本人には相容れない、まだ早いという食文化を持つ人が日本に来た時に 日本人がどう準備できるか。そこに食の専門家がどうサポートできるか。— 蟲喰ロトワ 蟲ソムリエ しばらくラオス 一時帰国11月予定 (@Mushi_Kurotowa) July 13, 2019

西廣先生は耕作放棄地の生態学的調査を通じて
かわりゆく、温暖化が進みゆく地球でどのように対策するか
という一種の「適応」についてもその地域の現場に参加する中で研究しています。

日本では農業の成りてが減っていき、耕作放棄地も増えています。
一般に耕作放棄地は生物多様性が減少すると思われがちですが(私がそう思っていました)

かんたんな水張りと水路の管理によって生物多様性の豊かなビオトープのような土地が出現するとのことです。こういった「生態系サービスの供給源」としてのかんたん管理の耕作放棄地

もうちょっといい言い方をすると「水田リタイアビオトープ」のような感じでしょうか。
そこで「虫」の相談をしていただきました。近いうち動き出せればと思います。

生態系にこんなにも昆虫がいるのに、その料理法やメニューをもたない文化というもののアンバランスさを、知らない人は感じることもできず、

そしてそういった人には昆虫食の未来を予測することも困難です。

今回のパフォーマンスアートにもコオロギが少しだけ、未来の年表にも少しだけ昆虫の話がありましたが、「過去に昆虫が食べられていたという事実」を年表には示せていません。

つまり、
主観が入る余地が明確な「予測」だけでなく客観的な情報収集における収集者のバイアスですら、現在の食文化によるバイアスが網羅的な、中立的な未来予測を妨げかねないのです。

どうしても思うのが、
「未来や過去を想像するとき人間は現在の価値感に引きずられる」という一般的な傾向です。
そしてその緩和には、メンバーを日本人だけでにすること、あるいは先進国の人間だけにすることの不足を感じました。

もうちょっと具体的に言うと、
日本人だけで未来の予測をできると素朴に信じていることのはやっぱり危険です。

私から提案できるのは、
昆虫食文化を持つ、これから人口が増える国の人達との対話、そして場が温まってきたら、ゆくゆくはガチの議論ですね。

そんなイベントをしたいと画策しております。お待ち下さい。

1 thought on “地球の味レストランのイベントに行ってきました。

  1. ピンバック: サイエンスアゴラ2019でラオス人ゲストと語らうミニシンポを開催します。 | 蟲ソムリエ.net

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