コンテンツへスキップ

分娩主義と実子とアニマルライツ

Twitterでクローズアップ現代+の感想が流れてきました。

ここでカワウソの密輸について論じるつもりはありません。またの機会にしましょう。ふと「本当に産んだらどうなるのか」と私の想像は進んでいきました。

「分娩主義」という法律用語があります。昔は親子関係を推定する方法がほとんどないことから、「母から分娩された」という事実を持って、母子関係を認定していました。ところが受精卵を使った代理母出産などでは、遺伝的な親子関係を持たない「母」が生まれることでその制度の限界が指摘されています。

代理出産における母子関係 : 分娩主義の限界

さて、今回はこの限界についても論じません。制度は変更される必要があるのですが、私の想像は「本当に産んだらどうなるのか」です。そうするとある一つの作品が頭に浮かびました。

AI hasegawa さんの「私はイルカを産みたい」です。

子宮という女体を持って生まれた人しか持たない臓器を、主体的に用途を決める、という発想の延長でしょう。残念ながら私はその臓器を持たずに生まれたことから、これまでいまひとつピンとこない作品でした。

ところが、他哺乳類の、あるいは多脊椎動物の「分娩」が行える技術ができてしまったら。それこそ先の事件のカワウソを「産んだ」と言い張ってしまえる技術レベルに達したら。

アニマルライツの世界は大きく変革するしかありません。「実子」なのです。つまり分娩主義、という時代遅れの法律と、時代の最先端の技術が融合することで、アニマルライツを大きく破壊する存在が生まれてしまうのです。

すると、アニマルライツが大きく変革した先の未来、という映画があったことを思い出します。ズートピアです。

ズートピアに昆虫食は出てこない、で考察しましたが、ズートピアが出来上がるためには、動物園にいる動物たちに大きなアニマルライツの変化があったことが想像されました。これでようやくその謎が解けました。二足歩行で頭が大きく、人間に近いプロポーションは、つまりは人間に分娩されやすくなるためのものだったのです。そして分娩主義の法律によって人間の「実子」として二足歩行で人語を解する哺乳類が生み出されたのでしょう。つまり卵生の鳥がおらず、昆虫に人権がなさそうなのも、「分娩」されなかったからです! うーむこれは新しい発見だ。そしてさらにこの作品が思い出されました。分娩(出産)を暴力として使う女性の話。

昆虫食が絡むSF、というのは男女問わず様々な著者が書かれていて、「殺人出産」もとてもいいものですね。これまでSF作家というグループが男性に占められていたせいで失われてしまった、多様な発想があったのだろう、ということを想像させてくれます。ジェンダーイコーリティが達成されることで死なずに済むアイデアが増えていくことを私は期待します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。