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「ファクトフルネス」を読みました。

ものすごい本が出ました。一般書です。公衆衛生学の教授が、妻と息子を共著者としてチームで作った、という家族崩壊しかねないのではないかと心配してしまう本です。これは全くの邪推で、素晴らしい良書に仕上がっています。公衆衛生学のはじめの教科書としても読めますので、私のラオスでの活動の意義を知りたい時の下地となるデータ集としても、もちろんオススメですが、私の驚きはそこではないです。

「平均」以外の統計用語を使わず、「GDP」以外の経済用語も使わずデータの重要性と、そこからファクトに近いものを選んでいこうという心構えを平易な文章で説明しています。本文で語られるいくつかの心構えのうち

直線本能 世界の人口はひたすら増え続ける、という思い込み

なんかは以前の記事「昆虫食は未来の食糧問題を解決しない。」とも直結する話です。


感想を呟いたら翻訳者にお返事をいただきまして、原著の志を汲み取り、「偉そうな文章を書かない」ことを心がけたようです。すごい。「だ、である」調は学術書を書く時に普通の文体で、翻訳版の価格が上がらないよう、紙の節約ぐらいの意識で使われてきたように思います。それを「偉そうに感じる」という理由でですます調を選んだ、というところに、やはり不特定多数の社会に向かって情報発信するからには、非専門家と専門家がタッグを組むことの重要性を改めて感じたのでした。専門家が一般向けに書籍を書く場合、専門書を読む前の要約入門書、のようなものになりがちです。しかし往往にして、ある分野の専門家になりたい人、というのはこういった本を読まずにガチの教科書に当たることが多く、専門家になりたくない人はそこまで興味を持ちません。この本は専門家の実体験や統計を駆使したデータの読み方、そしてデータは大事だけれども、それだけでは真実にたどり着かないことなどの失敗経験を通じて、「ファクトフルネスという態度」に気づかせようと作られたものです。なので専門家のスキルや経験はあくまでファクトフルネスに至るためのプロセスであって、それを手法としてうまいこと利用している、という点でものすごく一般書のあり方に自覚的であると思います。

そして見事な13問。バイアスを引き出すという意味で、3択の問題は恣意的にコントロールされています。これは回答者のありのままの考えを引き出すアンケートとしては良くないのですが、公衆衛生学の教授なのであえてバイアスが見えるようにやっていると思われます。世界はよりスリリングでドラマティックであるかのような思い込みを引き出された回答者は、ランダムに3択を答えるはずのチンパンジーの回答率を下回ってしまうのです。

もう一つお勧めしたいのが、この回答をチンパンジー以上に答えられた知識のある人です。統計や公衆衛生、世界の問題に自覚的に取り組んでいる方だと思います。統計の用語を理解しないとここら辺の理解は不可能だろうと私は思っていたのですが、この本は統計によってデータを扱うスキルではなく、その大切さ、というエッセンスを伝えることに成功していると感じました。伝え方。コミュニケーションの方法として、ものすごくストイックで、そのストイックさがとっつきやすさにつながっていますので感心することしきりです。つまりこの13問に答えられた人も、答えられなかった人もこの本のターゲットなのです。すごい。これぞ一般書。

そして、日本語訳者の宣伝の仕掛け方が新しくおもしろい。冒頭の13問(サービス問題を除く12問)に到達するには、本来ですとKindleの試し読みをダウンロードする必要がありますが、そのアクセシビリティを高めるためにウェブサービスとして実施しています。

このブログも多くはスマホで読まれているようです。一般向けにどう情報発信していくか。今は多様な手段がありますので、バチっとハマれば大きな資本がなくてもできてしまいます。すごい時代になったものです。それだけにどれを選んでいいかわからない。同じ分野の前例に習えばいい、となりがちです。

この宣伝活動を見て専門家が、非専門家とタッグを組んで、新しい価値を社会に向かって創り出せる時代がやってきた。未来は明るい、と感じました。

一方で、主著者の専門である公衆衛生で「世界は良くなっている」とは述べつつも、彼は専門外では「わからないことはわからないと言う」という態度ですので、もうちょっと生態系と人間とのこれからの付き合い方について「ファクトフルネス」の続きが読みたいな、と思えてきました。

残念ながら「世界の生態系は悪くなっている」というのはドラマティックな思い込みではないです。また、1日2ドル以下でくらす最貧困層は生態系への依存度が高い自給的生活をしていますので、その土地の生態系を抜きに現金収入だけで一括りにすることもできません。また、気候変動に大きな影響を受けるのは私たち現金収入が十分なレベル4の人ではなく生態系依存度の高い彼らである、という非対称性があります。この非対称性が、生態学の専門知識をもって最貧困層を支援すべき理由へと繋がると、私は考えています。今年は持続可能な開発を掲げたSDGsなんかが盛り上がっており、国際協力とビジネスを組み合わせて(寄付助成金だけに頼らない)持続可能にしよう、という経済的持続可能性はよく話題に登るのですが、その活動が現場の生態系に対してどこまで負荷をかけるのか、その活動の拡大がどこまで持続可能か、アセスメント がなされることがほとんどありません。経済的持続可能性をアピールするあまり、無限に活動が広まったら(ビジネス的に)無限に持続可能だ、といった有限な環境収容力を無視した言い方をしてしまうアピールをしばしば見ています。

つまりSDGsの流行にはサステナビリティの語源となったはずの生態学が、なんとも不足しているのです。生態学の専門家と、おそらく非専門家とのタッグがいいと思います。ファクトフルネスの生態学分野での続きを、どなたかよろしくお願いいたします。

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