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動物倫理がここまで来たかと、感心してしまうイベントが開催される模様です。引き続きウォッチしていきます。

名付けられたゴキブリ

こちらの記事によると、アメリカテキサス州のエルパソ動物園で、別れた恋人の名前をゴキブリにつけて、昆虫食性のミーアキャットに与える様子をライブストリーミングするというもの。Quit bugging me! イベントなので「五月蝿い黙れ!」といったニュアンスでしょうか。嫌な思い出として葬り去りたい過去の名前を、ミーアキャットに食べてもらおうという企画です。

金銭のやり取りはないですが、SNS拡散を狙ったネーミングライツのようなもの、と言えそうです。ミーアキャットは相変わらずいつもと同じ養殖昆虫を食べるだけですので悪影響はないですし、育てられた生き餌用のゴキブリも名前をつけられたからといって食べられる運命に変わりはありません。なので先にはっきりさせておきますが、動物福祉、アニマルライツ、どこから見ても全く問題のないイベントです。問題ない、ということはここからいろんな派生を想像して教材として利用することができます。それでは参りましょう。

ゴキブリをヒヨコかハムスターにするとどうか。

めっちゃ触れる動物園、という色々と飼養に問題が指摘されている個人経営動物園があったのですが、そちらではめっちゃ触られたヒヨコとハムスターが他の肉食動物の餌として使われていました。

PIECEという動物愛護団体がこちらに挙げた質問書では、それそのものへの嫌悪感が書いているわけではなくて、それにより感染症などの悪影響を増大する可能性はないか、質問としてあげています。なので今回の場合、名付けイベントによって衛生状態が悪化することはないでしょうから、ゴキブリをヒヨコにしても衛生上の問題はないでしょう。少なくともバレンタインイベントとしての楽しみ方は少し減るような気もします。

金魚ならどうか。

多くの子赤(縁日の金魚すくいでよくいるシュッとした赤いフナ)が肉食魚の餌として使われています。赤い色合いもバレンタインらしくいいでしょう。魚に関する「苦痛」の研究は盛んですが、現在の効率的な漁業のあり方がだいぶ魚に肉体的な負担をかけるものなので、研究が魚全般の扱いを変えるまでの政治運動になるのはちょっと時間がかかるような気もします。イベント参加者が金魚がかわいそう、となるのか。ここら辺が分水嶺として気になるところです。ライブストリーミングをした映像とその食べ方(丸呑みタイプの方がいいかもしれないです)にも影響される気もします。

藁人形ならどうか。

ここからトリッキーになってきます。

「クソがきども」などと脅し文句を書いたわら人形を小学校の通学路につるしたとして、東京都江戸川区の男性(41)が9月27日、脅迫の疑いで警視庁小松川署に逮捕された。

https://www.bengo4.com/c_1009/c_1403/n_6816/

なるほど。イネ科の植物の死体を束ねて人型にしたものを吊るし、不特定多数の不幸を願う文言を書いて吊るすと脅迫罪。

さてこうするとゴキブリをミーアキャットに食わせるという「呪術」が公知の事実として知られている、恐怖感を感じるかどうかが争点になりそうです。逆にいうと、ゴキブリを食わせるという露悪的なイベントが「もともと一般市民がゴキブリへ感じている恐怖感を殺して減らす」という効果があるならば、そこに批判(嫌悪)は生じないような気もします。

スーパーでやると威力業務妨害

スーパーマーケットの店内にゴキブリ10数匹をまき散らして業務を妨害したとして、兵庫県警垂水署は5日、威力業務妨害容疑で、神戸市西区学園西町、市立小学校事務員の女(56)を逮捕した。「ゴキブリを生かしておきたくて、逃すなら餌がたくさんあるスーパーだと思ったが、業務妨害をしようとは思っていない」と容疑を否認しているという。

https://www.sankei.com/west/news/160705/wst1607050024-n1.html

証言だけ見ると心優しいゴキブリ飼育者に聞こえるんですが、どうやら言い逃れのようです。私も日本でゴキブリ飼育をしていましたが、絶対に逃さないよう、皆様気を付けましょう。

すると「ゴキブリに元恋人の名前をつけてミーアキャットに食わすという呪術」が一般的でないからこそ脅迫罪に問われず、動物園で隔離された状態でライブストリーミングするので衛生的に問題がないため威力業務妨害にならず、ミーアキャットは名付けられたゴキブリといってもいつもの食事をするだけで、それでいてSNSで拡散するので宣伝にもなる、というなかなか多方面に配慮の行き届いた、そして攻めた企画であることがわかりました。

ゴキブリがおもちゃにされて殺されるイベントに不快感を覚える人や、本来生き餌用に衛生的に養殖されたゴキブリと、全く別種の、別の場所の衛生害虫としてのゴキブリ嫌悪を混同したような、分類学を無視したイベントの悪趣味さ、それを学問を司るという建前の公立動物園で開催するという点に辟易する人も、私を含めているかもしれません。

もしやめさせたい場合は、狙い目は脅迫罪です。人型に整形した稲ワラでいけるわけですから「ゴキブリに元恋人の名前をつけてミーアキャットに食わすという呪術がある」という都市伝説(今時はフェイクニュースといいますか?)を広めることで、悪趣味に嫌悪を煽られて消費されるゴキブリが救えるかもしれません。戦略的に参りましょう。

Twitterでお声かけいただいて、こちらのラオスでの活動の自由時間(オフタイム)に何をしてるのか、まとめて連載をすることになりました。こちらのメディアはこのブログとは随分と異なる読者層とのことをお聞きしましたので、今までお会いしたことのない読者層方面に向けて届いたらいいな、と思って文章を書いています。日記形式のブログではなく改めて昆虫ごとで情報をまとめると、なかなか面白いものだなと思います。アドベンチャー枠ではなく「ライフスタイル」としての参加をしておりますのでよろしくお願いします。

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先日公開したゾウムシ養殖の動画、とても反響が良いとISAPH事務所からもお褒めの言葉をいただきました。動画パワーはやはりすごいです。「写真よりも動画の方が美味しそうに見える」との面白いコメントもいただきました。人の動きが入ることで、虫が社会的存在になって、得体の知れない違和感、というのがなくなっていったのだと考察しています。なので動画パワーをもっと使っていこうと考えています。


昨年に公開された、助成元である味の素ファンデーションからも、動画が公開されています。この時はGH4を持ったプロのカメラマンさんに撮ってただきました。

... "動画パワー" を続けて読む

現在、味の素ファンデーションからの助成を受け、国際協力NGOであるISAPHの協力のもとで昆虫養殖普及のためのパイロット農家の育成を行っています。
ゾウムシはあくまで「斥候」のようなもので、簡単で養殖しやすく、飼料も比較的安くバランスがいいため一番手にしました。その後には少し養殖に手間のかかる昆虫や、市場ニーズの強いもの、あるいは養殖コストが安く効率の高いものが二の矢、三の矢として控えています。そのような段階を踏んて効果測定をしながら活動を進めていくことを、こちらの業界では「ラダー(ハシゴ)を組む」と呼ぶそうです。それが単に徐々に難易度を上げることで離脱を防ぐ効果だけではなく、昆虫養殖への動機付けが促進したり、今後の課題の理解が促進するようなスペキュラティヴ(問題を提起する)な効果があったと感じたので、その経過をここにまとめておきます。これまでの活動の動画を作りました。村での会議でも上映してもらい、好評だったとのことです。

初めはみなさんドン引きでした。私も(今思い返せば)安易なもので、昆虫を食べている地域であれば、昆虫を養殖して食べることも受け入れてくれるだろう、と気軽に構えていたのです。ところが。この8月の写真。

... "スペキュラティヴ・ゾウムシ" を続けて読む

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ものすごい本が出ました。一般書です。公衆衛生学の教授が、妻と息子を共著者としてチームで作った、という家族崩壊しかねないのではないかと心配してしまう本です。これは全くの邪推で、素晴らしい良書に仕上がっています。公衆衛生学のはじめの教科書としても読めますので、私のラオスでの活動の意義を知りたい時の下地となるデータ集としても、もちろんオススメですが、私の驚きはそこではないです。

「平均」以外の統計用語を使わず、「GDP」以外の経済用語も使わずデータの重要性と、そこからファクトに近いものを選んでいこうという心構えを平易な文章で説明しています。本文で語られるいくつかの心構えのうち

直線本能 世界の人口はひたすら増え続ける、という思い込み

なんかは以前の記事「昆虫食は未来の食糧問題を解決しない。」とも直結する話です。


感想を呟いたら翻訳者にお返事をいただきまして、原著の志を汲み取り、「偉そうな文章を書かない」ことを心がけたようです。すごい。「だ、である」調は学術書を書く時に普通の文体で、翻訳版の価格が上がらないよう、紙の節約ぐらいの意識で使われてきたように思います。それを「偉そうに感じる」という理由でですます調を選んだ、というところに、やはり不特定多数の社会に向かって情報発信するからには、非専門家と専門家がタッグを組むことの重要性を改めて感じたのでした。専門家が一般向けに書籍を書く場合、専門書を読む前の要約入門書、のようなものになりがちです。しかし往往にして、ある分野の専門家になりたい人、というのはこういった本を読まずにガチの教科書に当たることが多く、専門家になりたくない人はそこまで興味を持ちません。この本は専門家の実体験や統計を駆使したデータの読み方、そしてデータは大事だけれども、それだけでは真実にたどり着かないことなどの失敗経験を通じて、「ファクトフルネスという態度」に気づかせようと作られたものです。なので専門家のスキルや経験はあくまでファクトフルネスに至るためのプロセスであって、それを手法としてうまいこと利用している、という点でものすごく一般書のあり方に自覚的であると思います。

そして見事な13問。バイアスを引き出すという意味で、3択の問題は恣意的にコントロールされています。これは回答者のありのままの考えを引き出すアンケートとしては良くないのですが、公衆衛生学の教授なのであえてバイアスが見えるようにやっていると思われます。世界はよりスリリングでドラマティックであるかのような思い込みを引き出された回答者は、ランダムに3択を答えるはずのチンパンジーの回答率を下回ってしまうのです。

もう一つお勧めしたいのが、この回答をチンパンジー以上に答えられた知識のある人です。統計や公衆衛生、世界の問題に自覚的に取り組んでいる方だと思います。統計の用語を理解しないとここら辺の理解は不可能だろうと私は思っていたのですが、この本は統計によってデータを扱うスキルではなく、その大切さ、というエッセンスを伝えることに成功していると感じました。伝え方。コミュニケーションの方法として、ものすごくストイックで、そのストイックさがとっつきやすさにつながっていますので感心することしきりです。つまりこの13問に答えられた人も、答えられなかった人もこの本のターゲットなのです。すごい。これぞ一般書。

そして、日本語訳者の宣伝の仕掛け方が新しくおもしろい。冒頭の13問(サービス問題を除く12問)に到達するには、本来ですとKindleの試し読みをダウンロードする必要がありますが、そのアクセシビリティを高めるためにウェブサービスとして実施しています。

このブログも多くはスマホで読まれているようです。一般向けにどう情報発信していくか。今は多様な手段がありますので、バチっとハマれば大きな資本がなくてもできてしまいます。すごい時代になったものです。それだけにどれを選んでいいかわからない。同じ分野の前例に習えばいい、となりがちです。

この宣伝活動を見て専門家が、非専門家とタッグを組んで、新しい価値を社会に向かって創り出せる時代がやってきた。未来は明るい、と感じました。

一方で、主著者の専門である公衆衛生で「世界は良くなっている」とは述べつつも、彼は「専門外ではわからないことはわからないと言う」という態度こそファクトフルネスと書いていますので、もうちょっと生態系と人間とのこれからの付き合い方について「ファクトフルネス」の続きが読みたいな、と思えてきました。

残念ながら「世界の生態系は悪くなっている」というのは彼が指摘するようなドラマティックな思い込みではないです。また、彼の専門分野である公衆衛生と生態系は密接に関連しています。1日2ドル以下でくらす最貧困層は生態系への依存度が高い自給的生活をしていますので、その土地の生態系を抜きに現金収入だけで一括りにすることもできません。(余談ですがアフリカの砂漠地帯での1日2ドル以下、とこちらラオスでの1日2ドル以下、の生活は随分と異なります。ラオスは割と現金を使わずに、それなりに豊かな狩猟採集生活ができる生態系があります。)また、気候変動に大きな影響を受けるのは私たち現金収入が十分なレベル4の人ではなく生態系依存度の高いレベル1の彼らである、という非対称性があります。この非対称性が、生態学の専門知識をもって最貧困層を支援すべき理由となるでしょう。今年は持続可能な開発を掲げたSDGsなんかが盛り上がっており、国際協力とビジネスを組み合わせることで、いつまであるかわからない寄付や助成金だけに頼らない持続可能な形にしよう、という「経済的持続可能性」はよく話題に登るのですが、その活動が現場の生態系に対してどこまで負荷をかけるのか、どこまで環境収容力があって拡大可能か、とのアセスメント がなされることがほとんどなく「生態学的持続可能性」をかたるSDGsビジネスはほとんどないです。経済的持続可能性をアピールしたいがために無限に活動が広まったら(ビジネス的に)無限に持続可能だ、といった生態学的持続可能性を無視した言い方をしてしまうアピールをしばしば見ています。

つまり援助業界のSDGsの流行に際して、サステナビリティの語源となったはずの生態学の専門家がなんとも不足しているのです。生態学の専門家と、おそらく非専門家とのタッグがいいと思います。ファクトフルネスの生態学分野での続きを、どなたかよろしくお願いいたします。


2019 0317 翻訳者からコメントをいただきましたので追記しました。

非常に丁寧にコメントをいただき、原著者に対して批判的なコメントすらいただけました。なかなか原著者に対する批判的な態度というのは難しいものだと思います。今回のやりとりは非常に満足度の高いポスト読書の経験で、「ファクトフルネス」を地でいく翻訳者の態度に感銘をうけました。これはすごいことをしていて、そしてここをマネタイズすることが翻訳、という世界の革命になっていくんだろうなと。特に一般書ですが、翻訳者は本当に原著を読み込んだ最初の人で、ローカル版(今回は日本語版)をつくるにあたっての最大のキュレーターでもあるんだろうと感じました。日本語版注釈について、かなりの日数と文字数をかけて(この具体的な数値があるのもマネタイズすべき分量が可視化されていてファクトフルネスですね)うーん。重ね重ねすごい。

そしてこれは真似していくべきなんじゃないかと。かかった労力を開示して、その価値を見出してもらい、この先はマネタイズをしないとこんなにいい体験は持続可能じゃないぞ、と危機感をもたせる。「書籍」が何冊売れた、という部分を大きく超えた「読書体験の提供」があるような気がして、わくわくしました。

Twitterで反響がありまして、いくつかライフハックもおしえていただきましたので紹介しておきます。きっかけはこちら。

モンベル、すごかったんですよ。こちらの街に来ている日本人の方でもお腹の弱い方が多いようで、暑くて汗かいて汗冷えしてもまたお腹を下してしまう。トイレのグレードが日本のものには程遠く、なかなかいい環境のトイレにめぐりあえずにストレスになってしまうなど、暑い地域でのお腹の問題はなかなか困ったものがあります。個人差があったり、プラセボに近いものがあるとは思いますが、とりあえず自分のものと教えてもらった情報をまとめておきます。

私がこちらにきてからまだ半年ですので、そのほかライフハックがありましたらおしえてほしいです。

お寿司、というたいへん有名な日本料理があります。Sushi と呼ばれ、もう世界中でメジャーな存在となってきました。こちらラオスでも屋台でたまに見ます。カニカマが使われたり、鮮やかに色付けされた、とびっこが使われたりと、なんらかのアレンジが効いているのがいいですね。「寿司」というのは縁起を担いだ当て字で、魚を使ったものは「鮨」が一応の本来の漢字のようです。

ラオスの屋台のSUSHI

では魚を使わずに虫を使った鮨はどうなるか。探してみたら中国語にこの漢字がありました。𧊙 。虫偏に旨いと書いてzhiという読みで、意味がよくわからないのですが中国語を理解できる方がいらっしゃいましたら教えてください。

ということで今回はラオスで「お𧊙」を作ります。2キロほど離れた市場にいけば買える昆虫に対して、「鮨」の材料はきわめてアクセシビリティが悪いものです。とにかく日本食材が売っていない。いろんなもので代用していきます。まず台座。寿司下駄みたいなやつがほしかったので、二百円ほどでラオスで使われている木を輪切りにしたまな板を購入してその代替としました。笹みたいな敷き紙も欲しかったので、借家のバナナの葉をとってきました。長粒種のうるち米、カオニャオを買い、パイナップル酢とみりんの代わりにパームシュガー、そして味の素(こちらの味の素はキャッサバ由来)でつくります。そして海苔。これは代替はどうにもなりません。市場のお店でたまたま安売りしていた(とは言っても日本の倍ぐらい高い)味付け海苔があったので、購入してみました。次に無事熱帯の素材で「酢飯」らしきものができました。正直昆虫以外の食材を揃えて味を整える方が大変でした。

次に具材を決めましょう。養殖したゾウムシをピュアな味にしたかったので、一晩臭みのない食材をたべさせる、という従来の糞抜きではなく背開きにして消化管を取り除く、という物理的な背わた抜きで対応しました。背開きの後、脂肪が流れないよう注意してバナナの葉の上に置き、2分トーストしてから常温に戻すと溶け出した脂がチーズのように固まり、滑らかな脂肪の表面があらわれます。

ツムギアリは年中手に入る食材ですが、今の時期はちらほら女王アリを含む幼虫が売られていることがあります。女王は体積にして10倍程度でしょうか。食感としてはちりめんじゃこぐらいだった働きアリの幼虫に対して、プチプチ感がたまらず、イクラぐらいあります。プチっとした食感と、深いコクが特徴です。小さい皿で価格も2倍くらい。彼らも女王がおいしくて高いことを知っています。ツムギアリはさっと茹でた後、すぐに氷水に入れるとプリッパチッとした食感が戻ります。

Pupae and larvae of Oecophylla smaragdina ツムギアリの働きアリと女王の幼虫、成虫の比較。

それでは盛り付けて完成です。

ツムギアリ女王の前蛹と幼虫だけの軍艦。働きアリと混ざって売られていたものから箸で一頭一頭つまみ上げ、さっと湯通しして氷水に入れるとプリッとして透明感も戻る。イクラと甘エビのような味。陸上生物なのに磯の香りもする。白イクラと名付けようか。ネギがシャキッと磯臭さをまとめあげる。
ツムギアリ女王サナギだけの軍艦。サナギになると味が澄むかわりにコクは減り、シュクっとした食感。コーンで甘みとプチプチ感をプラス。成長段階の味の違いをはっきり比べられる軍艦に。
ゾウムシの開き。背ワタを破らないよう慎重にとりのぞき、トースターで2分。脂がこぼれないよう数分待って、とろけるチーズぐらいの硬さになったらトッピング。木の香りがするトロ。トロに比喩するのが失礼なリッチな森の味わい。

残念ながら、「𧊙」の字はブラウザによって文字化けするようです。

おつきあいいただきありがとうございました。いい字が見つかったので積極的に使っていきたいと思います。

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まとめていなかったのでまとめ直しておきます。

2017年、初めてラオスに訪れた際に、村人からドクバッタをもらいました。
「誰も食べない」と言われたドクバッタ。笹を食う、とその時は教えてもらいました。教えていただきましたがAularches miliaris が一番近そうです。

ということで結局味見はしていません。大発生して稲を食害する、という話もあるので、キョウチクトウなどの毒草を食べさせずに無害化できたら、彩りがよく動きも遅く、捕食者に狙われにくいので素晴らしい家畜になると思います。完全養殖したいですが、もうちょっと生態についても調べておきます。

あけましておめでとうございます。2019年はラオスに入り浸りになりそうな予感です。昨年11月から試験的に導入した昆虫養殖が予想以上にうまいこといっており、養殖された昆虫の「売り先」を確保しつつ持続可能な昆虫養殖ビジネスへとつなげていく必要性が目の前に迫ってきたのです。

支援先の村人や公務員からよく言われるのが「NGOは技術だけ教えてプロジェクトが終わったら何も残らない。売り先がないから村人はやめてしまう」とのこと。最近流行のSDGsには二つの「持続可能性=サステナビリティ」があります。一つはNGO、NPOの活動の持続可能性です。そしてもう一つは生態系から見た持続可能性です。

ななむしがゆ

参加し始めたばかりでこの業界について語るのも恐縮ですが、国際協力活動は、そのほとんどが寄付か助成金に頼っています。クラウドファンディングも含めて「寄付」は来年以降も続くとの確約がなく、そして助成金は3年などのプロジェクト単位での期限付きです。その中で「生計向上」を掲げるプロジェクトはその技術が普及したことを成功の指標としてデザインされていることが多いそうです。しかし、しかしですよ。技術を持っても生産するにはコストがかかるんですから、売り先がないことには持続可能にはなりません。3年プロジェクトで技術を普及させて、報告書を書いて、その後その団体が地域から去っていって誰も続けない、という残念な結果がよくあるとのことです。

そして、もう一つの持続可能性は生態系の持続可能性ですね。こちらは人間の都合が効かない、というか人間の活動は生態系が持続可能である前提で持続可能なので、もうちょっと重視されてもいいのですが、昆虫食の売り文句としてよく使われています。前に「昆虫食は未来の食糧問題を解決しない」でも触れたのですが、昆虫であれば、自動的に持続可能になるわけではありません。持続可能でない、生態系に負荷の大きい昆虫養殖は誰でも簡単にできます。なので、そこに監視の目が必要で、それをブランディングしていくことが、昆虫食の健全な拡大に貢献することになるでしょう。

ということで、現在は国際協力活動として助成金のスキームを使っていますが、その後は売り先を確保し、ソーシャルビジネスとして成立させ、売り上げを生計向上や栄養支援につなげながら拡大するのが社会貢献になるだろうと考えています。NPOという形態をとらないことで、専門人材をそれなりの待遇で迎え入れるための投資を募ることもできていくでしょう。

ともあれ忙しい一年になりそうです。年末年始の疲れを癒す、ななむしがゆを作って正月をおだやかに過ごしましょう。冷凍庫を覗くと中に7種ぐらいの昆虫があったので、在庫整理も兼ねて簡単に「ななむしがゆ」の料理をします。

揚げる食材

香ばしさとカリカリを楽しむ具材は揚げておきます。今回はゾウムシ幼虫、ゾウムシ成虫、トノサマバッタ、タガメとヒメカブトの前胸を揚げました。ヒメカブトとタガメは硬いので飾りです。

揚げない食材

タガメの胸肉、ヒメカブトの胸肉、ツムギアリの幼虫、タケムシの幼虫などの柔らかい昆虫素材たちはオムレツに巻き込みます。そのほかパクチー、揚げ玉ねぎ、ねぎ、トマト、ライムなどのラオス風おかゆ(カオピヤックカオ)に必要なオーソドックスな食材を用意しておきます。揚げ玉ねぎと一緒に、茹でて干して粉末にしておいたヤゴを振りかけて、風味をつけます。

鶏ガラで出汁をとったら、おかゆモードでうるち米を炊き、具材をトッピングしたらライムを搾り、軽くナンプラーをかけて完成です。辛いものが多いラオスでのお腹に優しい滋味深い味わいです。

ななむしがゆ

さて、新年もやさしく参りましょう。今年もよろしくお願いいたします。


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「昆虫食は未来の食糧問題を解決する」という話を巷でよく聞くようになりました。

「日本の風邪には」「ルルが効く」みたいなもんで、
「未来の食糧問題に」「昆虫食」とよく言われます。ゴロがいいですね。

うん。わかりやすい。

この文章はキャッチーですが、昆虫食に対する優良誤認を与えかねない文言なので、慎重に使っています。「昆虫食が未来の食糧問題を解決?」のような疑問形で言い切りを回避することが多いです。これも一時的な責任回避であって無責任と批判されても仕方ありません。当然ながら、「それって本当?」という質問や問い合わせも増えてきていますので、その説明責任を果たすべく、この記事を書きました。

さて、このキャッチフレーズには二つの大きな問題があります。

1つは、食糧や人口予測に対し、昆虫食が影響する根拠がまだまだ弱いこと。

もう1つは、解決すべき「未来の食糧問題」の設定があやふやであることです。


1、食糧や人口予測に対し、昆虫食が影響する根拠がまだまだ弱い

地球規模の未来予測には数多くのパラメーターが関与していますが、いまのデータが揃っていない昆虫食では、それらに影響できるほどの確たる根拠がありません。昆虫の中では一番データが揃っているコオロギですら、まだ技術的未来予測を含む段階です。ひとまずこちらにまとめましたのでお読みください。

コオロギ食について整理してみないか 1
コオロギ食について整理してみないか 2
コオロギ食について整理してみないか 3

温室効果ガスのデータがあるコオロギでこのまま突き進めばいい、というわけでもありません。コオロギの餌の組成が、人の健康に適した栄養バランスである以上、コオロギの餌となる穀物、大豆、魚粉などの供給が人の食料と競合しかねないからです。また、コオロギ養殖の主な環境負荷要因が、コオロギの餌の生産(ニワトリ用配合飼料の生産)であるとの指摘もされていますので、そもそも食用と競合しかねない飼料を生産すべきか、という前提まで検討する必要があります。他の昆虫、特に「人には十分足りている栄養成分のバイオマスを餌とする昆虫」あるいは「人が食べても栄養にならない餌を食べる昆虫」を検討し、単純な効率ではなく、機能としての養殖昆虫を検討しないといけないと考えています。

表題の煽り文句をちょっとマイルドにするならば、
現段階のデータでは、「未来予測に必要な昆虫食のエビデンスが揃ってない。」といったところでしょうか。食糧危機の根拠によく使われている、世界の人口増加予想も、出生率が変わるだけで、大きく発散する可能性もあれば、小さくおさまってしまう可能性もあります。

https://population.un.org/wpp/Graphs/DemographicProfiles/ から引用

現状では、この世界的な出生率に影響しそうな、あるいは出生率に応じた世界的な食料増産につながるような、強いエビデンスはまだありません。昆虫食の戦いはこれからだ!といったところです。


2、解決すべき「未来の食糧問題」の設定があやふや

こちらの方が問題は大きいでしょう。世界人口の増加から予測される「未来の食糧問題」は総量を想定していますが、総量が足りなくなってから訪れる未来の食糧問題、という想定は、現在の食料問題を反映していません。
現在の食料問題は総量不足ではなく分配の不均衡ですので、「未来」と「現在」の問題を切り離してしまった結果、「食料が適切に分配される社会システムが整った未来において」という、無理のある設定を「未来の食糧問題」に込めてしまっているのです。

このような都合のいい「未来の食料問題」に対して、昆虫食が貢献する可能性を積み重ねてしまうのはむしろ、実現性を怪しくするでしょう。総量がほぼ足りている現在ですら、分配の不均衡から栄養の問題が発生していますので、総量が足りなくなる未来になれば、その不均衡はさらに悪化すると考えるのが順当でしょう。現在の昆虫食マーケティングによって富裕層に昆虫を食べ始めさせることが、かえって貧困層の食用昆虫を将来的に奪ってしまう可能性すらあります。ではどうすればいいか。


私からの提案は昆虫食の未来予測をするためにも、

「昆虫食は、現在の食料問題を解決できるか」から始めませんか、です。

私は、ラオスの栄養問題に対応すべく、ここに来ています。
栄養問題といっても一般的に思いつきがちなガリガリのお腹の空いた子供たち、のような「飢餓による痩せ」はラオスでは大きな問題ではなく、お腹は空いていません。「カロリーは足りているが他の栄養素が足りない」という低身長の子供達が多い状況です。
では他の栄養素にアクセスできるにはどうすればいいか。単純に栄養のあるサプリをプレゼントしても、彼らが自力で栄養を得る手段にはつながりません。足りていない栄養を補う技術として養殖昆虫食を提案しているところですが、同時に教育や貧困対策も複合的に関わってきます。ではどのようにアプローチできるか。これは国際協力における「地域保健」と呼ばれる分野になります。貧困と栄養は分けて考えられがちですが、「洪水により作物がとれなかったときに現金で市場に買いに行ける」といった具合に、現金収入の向上は間接的に栄養改善にも影響します。なので、我々の技術提供によって養殖された昆虫が直接農家に食べられなかったとしても、複合的に栄養改善につなげるサポート体制を整えようとしています。
そして、この活動は現場の生のデータがとれる「昆虫養殖場」がラオスに誕生することでもあります。地域の自給自足のバイオマスを使い、廃棄物は土地に還元し、村で利用されてこなかった余剰のバイオマスから、栄養バランスのいい食品へと濃縮する機能性が、昆虫に求められています。その第一目的は、交通の便が悪く、現金収入のほとんどない村落において、都市部に遜色ない昆虫養殖のランニングコストを達成するためですが、それは同時に、持続可能な昆虫農業の新しいモデルを作ることでもあります。


昆虫食文化のある地域において、その地域にあるバイオマスを使い、僻地であっても持続可能な農業が栄養を補っていく、あるいは地域外に向けて現金収入になる生業を普及させていくというアイデアは、昆虫を使うこと以外はまったく王道の、オーソドックスな国際協力といえます。そしてそのような「現場」が生まれることは、昆虫食に足りない様々なエビデンスの源泉といえるでしょう。
ラオスには昆虫食に対する偏見はありません。苦情を言ってくるご近所もいません。私の今の借家の大家さんも寛容で、環境は整っています。つまりこれまでの昆虫食普及論で言われがちだった「これから社会の偏見を減らす必要があるだろう」と締めくくることはできないのです。とても責任を感じてヒリヒリします。
昆虫食は「採集から養殖へ」という大きなポテンシャルがありながら、昆虫養殖を使って栄養を届ける国際協力プロジェクトはこれまでほとんどありませんでした。なぜなら先進国に昆虫食の概念がなかったために、他の家畜や農業に比べて知識や技術も乏しく、成功例もなかったからです。
一方で、すでに栄養の足りている先進国の間で「昆虫食には栄養がある!」「未来の栄養!」と(私を含めて)声をあげてビジネス化を急いでしまうことは、今まで昆虫以外の生物で起こってきた、遺伝資源の搾取や文化の盗用につながりかねない、危なっかしい状況と感じています。

あなたが食べている昆虫、本当に持続可能ですか。
あなたが誰かに食べさせている昆虫、本当に持続可能ですか。

私は月に3から4回、村に出張して最初の昆虫農家を指導しながら、都市部の拠点では3種類の昆虫について、卵の安定供給のための技術開発をしながら、村にあるバイオマスをつかって餌を完全自給できるよう、組成を改良する実験もしています。当然ながら、人材と資金が足りません。
未来の話をするためにも、「現在の食料問題に」「昆虫食で」できることはありませんか?

これがうまいこといったら、
「現在の食料問題には昆虫食が効く」ので
「未来の食料問題にも昆虫食が効きそうだ」ということが
ようやく言えてくると思います。

様々な背景を持つ、みなさんの参入を歓迎します。